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第14話 山の主は温泉マニア
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翌朝、俺は地響きで目を覚ました。
地震ではない。
リズミカルだ。
一定間隔で、ズン、ズン、と足音のような振動が近づいてくる。
「カイトさん!」
ミレイの声。
ログハウスの扉が勢いよく開いた。
「起きて。来る」
「わかった」
俺は寝袋から這い出た。
暖炉の残り火が、かすかに赤い。
タマが不満そうに「にゃ」と鳴いたが、今はそれどころじゃない。
外に出ると、夜明け前の薄暗い森が広がっていた。
木々の間から、朝靄が漂っている。
冷たい空気が、肺に染みる。
そして。
ズ、ズン。
森の奥から、巨大な影が現れた。
◆
岩だ。
いや、岩が歩いている。
高さは、五メートル以上。
ゴツゴツした岩石で構成された人型。
腕は丸太のように太く、足は地面を踏むたびに小さなクレーターを作る。
『警告:大型敵性存在』
『種別:ロック・ゴーレム』
『脅威度:A』
『注意:物理攻撃に対し極めて高い耐性を持つ』
DMSのアラートが赤く点滅した。
「この山の主、ね」
ミレイが裁ち鋏を構えた。
タエさんは煙管を咥えたまま、臨戦態勢。
スキマは、いつの間にか木の隙間に隠れていた。
「任せな、旦那!」
ハチさんが前に出た。
三メートルの巨体が、さらに大きな岩の塊と対峙する。
「待っ」
俺が止める前に、ハチさんが飛び出した。
「ぽぽぽ! デカいのは好きだよ!」
三メートルの白い巨体が、五メートルの岩の巨人に組みついた。
ズドォン!
衝撃波。
周囲の木がバキバキと折れる。
地面が陥没する。
「グォォォ!」
ゴーレムが腕を振り回した。
ハチさんが弾き飛ばされ、ログハウスの壁に激突した。
メキッ。
「やめろぉぉぉ!」
俺は絶叫した。
「せっかく建てたログハウスが! 丸太が! 俺の不動産価値がぁぁぁ!」
「旦那、今それ?」
ハチさんが壁から這い出てきた。
白いワンピースに木屑がついている。
「お前ら、一旦止まれ!」
俺は両手を広げて、二人の間に入った。
「カイトさん?」
ミレイが目を丸くした。
「見ろ。あいつ、追撃してこない」
ゴーレムは、こちらを見下ろしていた。
だが、それ以上襲ってこない。
じっと、俺たちを観察している。
いや、違う。
あいつが見ているのは、ログハウスだ。
◆
「グォォォォ」
ゴーレムが、低いうなり声を上げた。
威嚇ではない。
なんというか、不満そうな声だ。
「スキマ」
「……なに」
「あいつの言葉、わかるか?」
「……ちょっとだけ」
スキマが木の隙間から顔を出した。
目を閉じて、集中している。
スキマは隙間から覗く存在だ。
物理的な隙間だけじゃない。
言葉の隙間、意思の断片も、読み取れるらしい。
「……うるさい、って」
「うるさい?」
「……昨日、ずっとうるさかった、って」
俺は昨日の作業を思い出した。
ハチさんの杭打ち。
ズドン、ズドン、という地響き。
三時間以上、続けていた。
「騒音トラブルか」
「は?」
ミレイが素っ頓狂な声を上げた。
「あいつ、建設工事がうるさくて起きたんだ」
「山の主が、騒音クレーム?」
「そういうことだ」
俺は腕を組んだ。
なるほど。
敵意があるわけじゃない。
ただ、安眠を妨害されて怒っているだけだ。
これは交渉の余地がある。
◆
「ハチさん、下がれ」
「え、でも旦那」
「大丈夫だ。俺が話す」
俺は一歩、前に出た。
五メートルの岩の巨人が、見下ろしてくる。
圧倒的な威圧感。
岩肌から熱気が漂い、硫黄の匂いが鼻をつく。
普通なら、足が竦むだろう。
だが、俺は元社畜だ。
納期三日前に「仕様変更」を告げてくるクライアントに比べれば、こんなもの可愛いものだ。
「おい、岩」
「グォ?」
「お前、寒いのか?」
沈黙。
ゴーレムが、首を傾げた。
岩が軋む音がした。
「スキマ、通訳してくれ」
「……わかった」
スキマが囁くような声で、何かを伝えた。
俺には聞こえない。
意思の断片を、直接送り込んでいるのかもしれない。
ゴーレムが、ゆっくりとうなずいた。
「……寒い、って。地熱が薄い場所は嫌だ、って」
「なるほど」
俺はゴーレムを観察した。
岩の隙間から、白い蒸気が漏れている。
体内に熱源を持っているのか。
マグマ核のようなものがあるのかもしれない。
使える。
「提案がある」
俺はゴーレムに向かって言った。
「お前、うちで働かないか?」
◆
「は?」
ミレイの声が裏返った。
「カイトさん、今なんて」
「協力契約だ」
「いや、相手は山の主だよ? 魔物だよ?」
「魔物も怪異も、適材適所だ」
俺はゴーレムを見上げた。
「お前、熱いのが好きなんだろ?」
スキマが通訳する。
ゴーレムが、またうなずいた。
「なら、いい場所がある」
俺は親指で、建設予定地を指した。
「露天風呂を作る。お前は、その湯を沸かす係だ」
「グォ?」
「毎日、温かい湯に浸かれる。俺たちは風呂に入れる。お互いにメリットがある」
沈黙。
ゴーレムが、じっとこちらを見ている。
スキマが通訳を続けた。
「……温かい湯、毎日?」
「ああ。源泉かけ流しだ。お前が熱源になれば、二十四時間いつでも入れる」
ゴーレムの体から、蒸気が多く噴き出した。
興奮しているのか?
「……いい、って」
スキマが報告した。
「……でも、条件がある、って」
「条件?」
「……静かにしろ、って」
俺は振り返った。
ハチさんが、バツが悪そうに目を逸らした。
「昨日は、ちょっとやりすぎたかね」
「今後は配慮する。それでいいか?」
スキマが通訳した。
ゴーレムが、ゆっくりとうなずいた。
交渉成立だ。
◆
その日の午後。
露天風呂の建設が再開された。
ただし、今回は「静かに」だ。
「ハチさん、杭打ちは禁止」
「えー」
「代わりに、岩を積み上げて浴槽を作れ」
「あいよ」
ハチさんが、しょんぼりしながら岩を運んだ。
杭打ちができないのが不満らしい。
ゴーレムは、その様子を見守っていた。
監督気取りだ。
「グォ」
「……もっと大きく、って」
スキマが通訳した。
「なんであいつが指示出してるんだ」
「……温泉の専門家だから、って」
「専門家か」
どうやら、この山の地熱地帯に長年住んでいたらしい。
温泉の適温も、湯船の深さも、全部把握している。
まあ、任せるか。
◆
三時間後。
岩風呂が完成した。
直径五メートル。深さ一メートル。
ゴツゴツした岩で囲まれた、野趣あふれる露天風呂だ。
湯気の向こうに、夕焼けの森が見える。
「で、あいつはどこに入るんだ?」
「……ここ」
スキマが、浴槽の底を指さした。
見ると、浴槽の中央に、ゴーレムがすっぽり収まる穴が掘られていた。
「半身浴か」
「グォォ」
ゴーレムが、満足そうな声を上げた。
ゆっくりと、浴槽の中央に沈んでいく。
岩の体が、水と一体化する。
そして。
ボコボコボコ。
湯が沸き始めた。
「おお」
ゴーレムの体熱で、水が温められていく。
五分もしないうちに、湯気が立ち上った。
硫黄の香りが、ふわりと漂う。
「ホウ」
ゴーレムが、息を吐いた。
リラックスしている。
まるで、温泉に浸かるおっさんのようだ。
「ガス代、浮いたな」
「魔物を給湯器扱い? それ、どこまで本気で言ってるの」
ミレイが呆れた顔でこちらを見た。
「給湯器じゃない。熱源担当だ」
「同じでしょ」
◆
夕暮れ。
俺たちは完成した露天風呂を囲んでいた。
ゴーレムの名前は「ガンさん」に決まった。
湯を沸かし続けている。
適温は四十二度。
絶妙だ。
「入らないの? カイトさん」
「ああ。今は足湯で十分だ」
俺は岩に腰かけて、足を湯に浸けていた。
じんわりと、熱が体に染み込んでくる。
疲れが、足の裏から抜けていく感覚。
これだ。
これが、俺の求めていた「秘密基地」だ。
「ぽぽぽ、いい湯だねえ」
ハチさんが、向かいで足湯を楽しんでいる。
巨大な足が、湯船からはみ出しそうだ。
「……きもちいい」
スキマは、岩の隙間から足だけ出している。
相変わらず、全身を見せない。
「あんたたち、もう少し普通に入りなさいよ」
ミレイが呆れている。
彼女は肩までしっかり浸かっていた。
タオルを頭に乗せて、完璧な温泉スタイルだ。
「師匠は?」
タマはログハウスの中、暖炉の前で丸くなっていた。
「……めんどい」
相変わらずだ。
尊敬する。
「グォォ」
ガンさんが、また息を吐いた。
湯面に波紋が広がる。
満足そうだ。
「タエさんは?」
「あたしは後でいいさね。煙管が濡れちまう」
タエさんは、少し離れた岩の上で煙を吐いていた。
夕焼けを背に、煙が紫に染まっている。
風情がある。
「明日から、ここが俺の出勤場所だな」
「出勤って、風呂に入るだけでしょ」
「入浴は仕事だ。疲労回復は生産性に直結する」
「屁理屈」
ミレイが湯の中で肩をすくめた。
俺は空を見上げた。
夕焼けが、木々の間から差し込んでいる。
湯気が、オレンジ色に染まっている。
どこかで鳥が鳴いた。
悪くない。
ブラック企業を辞めて、よかった。
心の底から、そう思った。
◆
『協力者登録』
『名称:ガンさん(ロック・ゴーレム)』
『役職:設備担当(熱源)』
『契約形態:業務委託』
『報酬:毎日の入浴権』
DMSに、新しい協力者が追加された。
怪異ではなく、魔物。
召喚ではなく、契約。
従業員ではなく、外部委託。
まあ、細かいことはいい。
仕事をしてくれるなら、それで十分だ。
「よし。これで設備担当も揃った」
「揃ったって、まだ六人目でしょ」
「質だ。量じゃない」
俺は湯から足を上げた。
「明日は何をする?」
「明日?」
「そうだ。秘密基地はまだ完成してない」
俺は周囲を見回した。
ログハウス。露天風呂。結界杭。
基本的なインフラは整った。
だが、まだ足りない。
「次は、食料自給システムだな」
「食料?」
「ダンジョン産の食材を安定供給できれば、外部依存度が下がる」
「また効率の話か」
ミレイが苦笑した。
だが、俺は本気だ。
完全自給自足。
外部との接点を最小化。
究極の引きこもりライフ。
それが、俺の最終目標だ。
「グォォ」
ガンさんが、また湯を沸かし直した。
いい仕事をする。
契約してよかった。
続く
地震ではない。
リズミカルだ。
一定間隔で、ズン、ズン、と足音のような振動が近づいてくる。
「カイトさん!」
ミレイの声。
ログハウスの扉が勢いよく開いた。
「起きて。来る」
「わかった」
俺は寝袋から這い出た。
暖炉の残り火が、かすかに赤い。
タマが不満そうに「にゃ」と鳴いたが、今はそれどころじゃない。
外に出ると、夜明け前の薄暗い森が広がっていた。
木々の間から、朝靄が漂っている。
冷たい空気が、肺に染みる。
そして。
ズ、ズン。
森の奥から、巨大な影が現れた。
◆
岩だ。
いや、岩が歩いている。
高さは、五メートル以上。
ゴツゴツした岩石で構成された人型。
腕は丸太のように太く、足は地面を踏むたびに小さなクレーターを作る。
『警告:大型敵性存在』
『種別:ロック・ゴーレム』
『脅威度:A』
『注意:物理攻撃に対し極めて高い耐性を持つ』
DMSのアラートが赤く点滅した。
「この山の主、ね」
ミレイが裁ち鋏を構えた。
タエさんは煙管を咥えたまま、臨戦態勢。
スキマは、いつの間にか木の隙間に隠れていた。
「任せな、旦那!」
ハチさんが前に出た。
三メートルの巨体が、さらに大きな岩の塊と対峙する。
「待っ」
俺が止める前に、ハチさんが飛び出した。
「ぽぽぽ! デカいのは好きだよ!」
三メートルの白い巨体が、五メートルの岩の巨人に組みついた。
ズドォン!
衝撃波。
周囲の木がバキバキと折れる。
地面が陥没する。
「グォォォ!」
ゴーレムが腕を振り回した。
ハチさんが弾き飛ばされ、ログハウスの壁に激突した。
メキッ。
「やめろぉぉぉ!」
俺は絶叫した。
「せっかく建てたログハウスが! 丸太が! 俺の不動産価値がぁぁぁ!」
「旦那、今それ?」
ハチさんが壁から這い出てきた。
白いワンピースに木屑がついている。
「お前ら、一旦止まれ!」
俺は両手を広げて、二人の間に入った。
「カイトさん?」
ミレイが目を丸くした。
「見ろ。あいつ、追撃してこない」
ゴーレムは、こちらを見下ろしていた。
だが、それ以上襲ってこない。
じっと、俺たちを観察している。
いや、違う。
あいつが見ているのは、ログハウスだ。
◆
「グォォォォ」
ゴーレムが、低いうなり声を上げた。
威嚇ではない。
なんというか、不満そうな声だ。
「スキマ」
「……なに」
「あいつの言葉、わかるか?」
「……ちょっとだけ」
スキマが木の隙間から顔を出した。
目を閉じて、集中している。
スキマは隙間から覗く存在だ。
物理的な隙間だけじゃない。
言葉の隙間、意思の断片も、読み取れるらしい。
「……うるさい、って」
「うるさい?」
「……昨日、ずっとうるさかった、って」
俺は昨日の作業を思い出した。
ハチさんの杭打ち。
ズドン、ズドン、という地響き。
三時間以上、続けていた。
「騒音トラブルか」
「は?」
ミレイが素っ頓狂な声を上げた。
「あいつ、建設工事がうるさくて起きたんだ」
「山の主が、騒音クレーム?」
「そういうことだ」
俺は腕を組んだ。
なるほど。
敵意があるわけじゃない。
ただ、安眠を妨害されて怒っているだけだ。
これは交渉の余地がある。
◆
「ハチさん、下がれ」
「え、でも旦那」
「大丈夫だ。俺が話す」
俺は一歩、前に出た。
五メートルの岩の巨人が、見下ろしてくる。
圧倒的な威圧感。
岩肌から熱気が漂い、硫黄の匂いが鼻をつく。
普通なら、足が竦むだろう。
だが、俺は元社畜だ。
納期三日前に「仕様変更」を告げてくるクライアントに比べれば、こんなもの可愛いものだ。
「おい、岩」
「グォ?」
「お前、寒いのか?」
沈黙。
ゴーレムが、首を傾げた。
岩が軋む音がした。
「スキマ、通訳してくれ」
「……わかった」
スキマが囁くような声で、何かを伝えた。
俺には聞こえない。
意思の断片を、直接送り込んでいるのかもしれない。
ゴーレムが、ゆっくりとうなずいた。
「……寒い、って。地熱が薄い場所は嫌だ、って」
「なるほど」
俺はゴーレムを観察した。
岩の隙間から、白い蒸気が漏れている。
体内に熱源を持っているのか。
マグマ核のようなものがあるのかもしれない。
使える。
「提案がある」
俺はゴーレムに向かって言った。
「お前、うちで働かないか?」
◆
「は?」
ミレイの声が裏返った。
「カイトさん、今なんて」
「協力契約だ」
「いや、相手は山の主だよ? 魔物だよ?」
「魔物も怪異も、適材適所だ」
俺はゴーレムを見上げた。
「お前、熱いのが好きなんだろ?」
スキマが通訳する。
ゴーレムが、またうなずいた。
「なら、いい場所がある」
俺は親指で、建設予定地を指した。
「露天風呂を作る。お前は、その湯を沸かす係だ」
「グォ?」
「毎日、温かい湯に浸かれる。俺たちは風呂に入れる。お互いにメリットがある」
沈黙。
ゴーレムが、じっとこちらを見ている。
スキマが通訳を続けた。
「……温かい湯、毎日?」
「ああ。源泉かけ流しだ。お前が熱源になれば、二十四時間いつでも入れる」
ゴーレムの体から、蒸気が多く噴き出した。
興奮しているのか?
「……いい、って」
スキマが報告した。
「……でも、条件がある、って」
「条件?」
「……静かにしろ、って」
俺は振り返った。
ハチさんが、バツが悪そうに目を逸らした。
「昨日は、ちょっとやりすぎたかね」
「今後は配慮する。それでいいか?」
スキマが通訳した。
ゴーレムが、ゆっくりとうなずいた。
交渉成立だ。
◆
その日の午後。
露天風呂の建設が再開された。
ただし、今回は「静かに」だ。
「ハチさん、杭打ちは禁止」
「えー」
「代わりに、岩を積み上げて浴槽を作れ」
「あいよ」
ハチさんが、しょんぼりしながら岩を運んだ。
杭打ちができないのが不満らしい。
ゴーレムは、その様子を見守っていた。
監督気取りだ。
「グォ」
「……もっと大きく、って」
スキマが通訳した。
「なんであいつが指示出してるんだ」
「……温泉の専門家だから、って」
「専門家か」
どうやら、この山の地熱地帯に長年住んでいたらしい。
温泉の適温も、湯船の深さも、全部把握している。
まあ、任せるか。
◆
三時間後。
岩風呂が完成した。
直径五メートル。深さ一メートル。
ゴツゴツした岩で囲まれた、野趣あふれる露天風呂だ。
湯気の向こうに、夕焼けの森が見える。
「で、あいつはどこに入るんだ?」
「……ここ」
スキマが、浴槽の底を指さした。
見ると、浴槽の中央に、ゴーレムがすっぽり収まる穴が掘られていた。
「半身浴か」
「グォォ」
ゴーレムが、満足そうな声を上げた。
ゆっくりと、浴槽の中央に沈んでいく。
岩の体が、水と一体化する。
そして。
ボコボコボコ。
湯が沸き始めた。
「おお」
ゴーレムの体熱で、水が温められていく。
五分もしないうちに、湯気が立ち上った。
硫黄の香りが、ふわりと漂う。
「ホウ」
ゴーレムが、息を吐いた。
リラックスしている。
まるで、温泉に浸かるおっさんのようだ。
「ガス代、浮いたな」
「魔物を給湯器扱い? それ、どこまで本気で言ってるの」
ミレイが呆れた顔でこちらを見た。
「給湯器じゃない。熱源担当だ」
「同じでしょ」
◆
夕暮れ。
俺たちは完成した露天風呂を囲んでいた。
ゴーレムの名前は「ガンさん」に決まった。
湯を沸かし続けている。
適温は四十二度。
絶妙だ。
「入らないの? カイトさん」
「ああ。今は足湯で十分だ」
俺は岩に腰かけて、足を湯に浸けていた。
じんわりと、熱が体に染み込んでくる。
疲れが、足の裏から抜けていく感覚。
これだ。
これが、俺の求めていた「秘密基地」だ。
「ぽぽぽ、いい湯だねえ」
ハチさんが、向かいで足湯を楽しんでいる。
巨大な足が、湯船からはみ出しそうだ。
「……きもちいい」
スキマは、岩の隙間から足だけ出している。
相変わらず、全身を見せない。
「あんたたち、もう少し普通に入りなさいよ」
ミレイが呆れている。
彼女は肩までしっかり浸かっていた。
タオルを頭に乗せて、完璧な温泉スタイルだ。
「師匠は?」
タマはログハウスの中、暖炉の前で丸くなっていた。
「……めんどい」
相変わらずだ。
尊敬する。
「グォォ」
ガンさんが、また息を吐いた。
湯面に波紋が広がる。
満足そうだ。
「タエさんは?」
「あたしは後でいいさね。煙管が濡れちまう」
タエさんは、少し離れた岩の上で煙を吐いていた。
夕焼けを背に、煙が紫に染まっている。
風情がある。
「明日から、ここが俺の出勤場所だな」
「出勤って、風呂に入るだけでしょ」
「入浴は仕事だ。疲労回復は生産性に直結する」
「屁理屈」
ミレイが湯の中で肩をすくめた。
俺は空を見上げた。
夕焼けが、木々の間から差し込んでいる。
湯気が、オレンジ色に染まっている。
どこかで鳥が鳴いた。
悪くない。
ブラック企業を辞めて、よかった。
心の底から、そう思った。
◆
『協力者登録』
『名称:ガンさん(ロック・ゴーレム)』
『役職:設備担当(熱源)』
『契約形態:業務委託』
『報酬:毎日の入浴権』
DMSに、新しい協力者が追加された。
怪異ではなく、魔物。
召喚ではなく、契約。
従業員ではなく、外部委託。
まあ、細かいことはいい。
仕事をしてくれるなら、それで十分だ。
「よし。これで設備担当も揃った」
「揃ったって、まだ六人目でしょ」
「質だ。量じゃない」
俺は湯から足を上げた。
「明日は何をする?」
「明日?」
「そうだ。秘密基地はまだ完成してない」
俺は周囲を見回した。
ログハウス。露天風呂。結界杭。
基本的なインフラは整った。
だが、まだ足りない。
「次は、食料自給システムだな」
「食料?」
「ダンジョン産の食材を安定供給できれば、外部依存度が下がる」
「また効率の話か」
ミレイが苦笑した。
だが、俺は本気だ。
完全自給自足。
外部との接点を最小化。
究極の引きこもりライフ。
それが、俺の最終目標だ。
「グォォ」
ガンさんが、また湯を沸かし直した。
いい仕事をする。
契約してよかった。
続く
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御峰。
ファンタジー
転生を果たした主人公ノアは剣士家系の子爵家三男として生まれる。
十歳に開花するはずの才能だが、ノアは生まれてすぐに才能【アプリ】を開花していた。
剣士家系の家に嫌気がさしていた主人公は、剣士系のアプリではなく【一秒クッキング】をインストールし、好きな食べ物を食べ歩くと決意する。
十歳に才能なしと判断され婚約破棄されたが、元婚約者セレナも才能【暴食】を開花させて、実家から煙たがれるようになった。
紆余曲折から二人は再び出会い、休息日を一緒に過ごすようになる。
十二歳になり成人となったノアは晴れて(?)実家から追放され家を出ることになった。
自由の身となったノアと家出元婚約者セレナと可愛らしい子犬は世界を歩き回りながら、美味しいご飯を食べまくる旅を始める。
その旅はやがて色んな国の色んな事件に巻き込まれるのだが、この物語はまだ始まったばかりだ。
※ファンタジーカップ用に書き下ろし作品となります。アルファポリス優先投稿となっております。
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