実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

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第16話 最強の敵は親だった件

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 あと15分で、人生が終わる。

 留守電が再生された瞬間、俺の箸が止まった。

「カイト、生きてるの? お母さんよ。たまたま近くの温泉に来てるんだけど、せっかくだから寄るわね。あと15分くらいで着くから」

 マンドラゴラ大根の味噌汁が、急に味を失った。

「カイトさん、どうしたの?」

 ミレイが首をかしげる。
 俺は無言でスマホを見せた。

 15分。
 たった15分。

 庭には3メートルのハチさんがいる。
 縁側では、二股の尻尾を持つ巨大な黒猫が丸くなっている。
 そして目の前には、口が耳まで裂けた美女。

「マズい」

 俺は立ち上がった。

「急いで隠れろ。全員だ」

「隠れる? どこに?」

「土蔵は?」

「……狭い」

 スキマが隙間から顔を出した。

「ダンジョン内は?」

「ぽぽぽ、あたいは入口通れないよ、旦那」

 ハチさんが苦笑いした。
 3メートルの巨体が、人間サイズの扉を通れるわけがない。

「タエさんは?」

「デリバリーから戻ったところさね」

 煙管を咥えたまま、タエさんが縁側から顔を出した。

「ちょうどいいタイミングで帰ってきたじゃないか」

「なんだい、騒々しいねえ」

 最悪のタイミングだが、全員揃っているのは不幸中の幸いだ。

 詰んだ。

 いや、待て。
 俺は社畜時代、納期3日前に仕様変更を食らっても生き延びてきた。
 ここで諦めるな。

「土蔵だ」

 俺は廊下を走った。

    ◆

 土蔵の隅に、埃をかぶった木箱がある。

 「お楽しみ袋」の中身。
 戦闘に使えないゴミとして、放置していたものだ。

 俺は箱をひっくり返した。
 転がり出たのは、くすんだ銀色の指輪が五つ。

『擬態の指輪(Cランク)』
『効果:装着者の外見を人間に偽装する』
『注意:魔力消費が激しく、長時間の維持は困難です』
『注意:睡眠時は効果が解除されます』

 産業廃棄物だと思っていた。
 だが、今この瞬間だけは。

「神アイテムだ」

 俺は指輪を掴んで、居間に戻った。

    ◆

「これを着けろ」

 俺は指輪を配った。
 ミレイ、ハチさん、タマ、スキマ。
 全員に一つずつ。

「なにこれ」

「擬態の指輪だ。人間の姿になれる」

「へえ、便利じゃん」

 ハチさんが指輪を嵌めた。
 瞬間、白い光が全身を包む。

 3メートルの白い巨体が縮んでいく。
 2メートル、190センチ。
 そこで止まった。

 結果。
 190センチの、モデル体型の美女が立っていた。
 白いワンピースが、すらりとした長身によく似合っている。
 ただし、顔立ちはどこか幼い。
 十代後半に見える。

「おお、小さくなった!」

 ハチさんが自分の手を見て笑った。

「天井に頭ぶつけなくて済むね、旦那!」

 そう言いながら、無意識に首を縮めている。
 癖は治っていない。

「次」

 ミレイが指輪を嵌めた。
 光が収まると、長い黒髪の美女が立っていた。
 基本的な容姿は変わらない。
 ただ、口元のマスクが消えている。

「傷跡、残ってる」

 ミレイが鏡を見て、唇に触れた。
 裂けた口は消えている。
 だが、薄い傷跡が唇の端に残っていた。

「完全には隠せないみたいだな」

「交通事故の痕ってことにする?」

「それでいい」

 タマは、パーカーを着た少年になっていた。
 十四、五歳くらいに見える。
 目つきだけが、妙に鋭い。
 猫のままだ。

「めんどい」

 口調も変わっていない。

 スキマは、地味な顔立ちの少女になっていた。
 前髪が長く、表情が読めない。
 元々の雰囲気がそのまま残っている。

「……どうも」

 相変わらず、最小限の言葉。

 タエさんが最後に指輪を嵌めた。
 60代の小柄な老婆になった。
 腰が曲がり、白髪交じりの髪。
 ただし、目だけは鋭い。

「あいよ。こりゃ便利だねえ」

 煙管を咥えたまま、タエさんがにやりと笑った。

「よし。次は配役だ」

 俺は全員を見回した。

「お前たちは、俺の会社のスタッフだ」

    ◆

 インターホンが鳴った。

 俺は深呼吸をして、玄関に向かった。

「カイト! 久しぶりねえ!」

 母親が飛び込んできた。
 60代後半、小柄で丸顔。
 天然パーマの髪が、相変わらず爆発している。

「元気してた? ご飯ちゃんと食べてる? 顔色悪いわよ」

「いつもこうだ」

「それが問題なのよ」

 母の後ろから、父が現れた。
 60代、痩身で背が高い。
 元大手メーカーの部長。
 定年後も、鋭い目つきは変わっていない。

「カイト」

「父さん」

「会社を辞めたと聞いた」

「ああ」

「それで、今は何をしている」

 来た。
 本題だ。

「まあまあ、玄関で話すことじゃないでしょ。上がりましょうよ」

 母が割り込んだ。
 俺は内心で感謝しながら、二人を居間に案内した。

    ◆

 居間には、五人が並んで座っていた。

 ミレイ、ハチさん、タマ、スキマ、タエさん。
 全員、人間の姿。
 全員、緊張している。

 母が目を丸くした。

「まあ! お客さん?」

「紹介する」

 俺は一人ずつ指さした。

「ミレイ。共同経営者で、婚約者だ」

「え、婚約者!?」

 母が叫んだ。
 ミレイが慌てて立ち上がり、頭を下げた。

「は、初めまして。ミレイと申します」

「まあまあまあ! 美人さんねえ!」

 母がミレイの手を握った。
 ミレイの顔が引きつっている。
 握られた手が、わずかに震えていた。

「この傷は?」

「昔、交通事故に遭いまして」

「あら、大変だったわねえ。でも全然気にならないわよ。綺麗よ」

 ミレイの目が、わずかに潤んだ。

「ありがとう、ございます」

 声が、かすかに揺れていた。
 怪異が、人間の母親に褒められて動揺している。
 奇妙な光景だ。

 父は黙って観察している。
 まだ納得していない目だ。

「こちらはハチ。海外からの研修生だ。造園を担当している」

「ぽぽぽ、初めまして! よろしくお願いします!」

 ハチさんが元気よく頭を下げた。
 その拍子に、高い天井を気にして首を縮めた。

 190センチしかないのに、3メートルの感覚が抜けていない。
 挙動不審だ。

「背が高いわねえ。どこの国?」

「北欧です」

 俺が即座に答えた。

「へえ、北欧!」

「こちらはタマ。親戚の子を預かっている。引きこもりの更生中だ」

「めんどい」

 タマが無愛想に言った。
 母が困った顔をした。

「あらあら、難しい年頃ねえ」

「スキマ。事務担当だ」

「……どうも」

 スキマが最小限の挨拶をした。

「そしてタエさん。地元の方で、経理を手伝ってもらっている」

「よろしくね、お母さん」

 タエさんがにこやかに笑った。
 老婆の姿が板についている。

「まあ、ご近所さん? 助かるわねえ」

 母は満足そうにうなずいている。
 だが、父の表情は変わらない。

「カイト」

 父が口を開いた。

「会社を辞めて、この人たちと何をしている。怪しい宗教か?」

 直球だ。
 さすが元部長、遠慮がない。

「地域活性化事業だ」

 俺は淡々と答えた。

「この古民家を拠点に、農業と観光を組み合わせたビジネスモデルをしている」

「農業?」

「有機野菜を、富裕層向けに販売している」

 嘘ではない。
 マンドラゴラ大根は、確かに高品質だ。
 叫ぶけど。

「彼女たちは、多様な人材だ。ダイバーシティ経営の実践例とも言える」

「ダイバーシティ」

 父の眉が動いた。
 企業戦士には響くワードだ。

「古民家再生、有機農業、地方創生。これらを組み合わせた、SDGsモデルだ」

「SDGs」

「持続可能な開発目標! 環境負荷を最小限に抑えながら! 収益を上げる。廃棄物ゼロ、循環型経済の実現を目指している」

 俺は社畜時代のプレゼン能力を総動員した。
 専門用語、バズワード、ロジカルな構成。
 内容は空っぽでも、それらしく聞こえる。

「具体的な収益は」

「初年度は赤字だが、3年目で黒字化の見込みだ。詳細は事業計画書にまとめてある」

 ない。
 そんなものは存在しない。
 だが、ここで引いたら負けだ。

「ふむ」

 父が腕を組んだ。
 眉間に皺を寄せている。

「父さん」

 俺は一歩踏み込んだ。

「俺はブラック企業で5年間働いた。その経験を活かして、誰も過労死しない会社を作りたいんだ」

 これは本心だ。
 怪異たちには、有給もボーナスも与えている。
 残業もない。
 ホワイト企業だ。

「過労死しない会社、か」

 父の目が、わずかに和らいだ。
 自分も企業戦士だった。
 過労の辛さは知っているはずだ。

「分かった。しばらく様子を見よう」

 勝った。

 俺は内心でガッツポーズをした。

    ◆

「あら、もうこんな時間!」

 母が窓の外を見た。
 夕日が山の向こうに沈みかけている。
 茜色の光が、畳の上に長い影を作っていた。

「久しぶりだし、泊まっていくわね!」

 俺の心臓が止まった。

「泊まる?」

「そうよ。息子の顔、もっと見ていたいもの」

「いや、宿は」

「キャンセルしたわ」

 詰んだ。

「うむ。事業計画について、詳しく聞こうか」

 父が追い打ちをかけた。

 俺は5人を見た。
 全員、青ざめている。
 タマだけは、相変わらず無表情だったが。

 擬態の指輪には、致命的な欠陥がある。
 魔力消費が激しく、長時間維持できない。
 そして何より。

 寝ると解ける。

 両親が寝静まった後、誰かの変身が解けたら。
 3メートルの巨女が出現したら。
 二股の尻尾を持つ猫が現れたら。
 口が耳まで裂けた女が立っていたら。

 地獄絵図だ。

「カイトさん」

 ミレイが小声でささやいた。

「どうするの」

 俺は深く息を吐いた。

「徹夜だ」

「え?」

「全員、今夜は寝るな。朝まで変身を維持しろ」

 ミレイの顔が引きつった。
 ハチさんが首をかしげた。
 タマが「めんどい」とつぶやいた。
 スキマが「……無理」とささやいた。
 タエさんだけが、煙管をふかしながら肩をすくめた。

「まあ、やるしかないさね」

 俺は天井を見上げた。

 ダンジョンの魔物より。
 怪異より。
 公安より。

 家族というのは、本当に厄介な存在だ。

                     続く
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