実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

チャビューヘ

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第18話 元社畜は、先代の技術的負債を相続する

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 目が覚めたら、夕方だった。

 西日が障子を茜色に染めている。
 俺は畳の上で大の字になっていた。

 横を見る。
 ミレイが正座していた。

「おはようございます、カイトさん」

 黒髪が夕日に透けて、赤みを帯びている。
 口元のマスクは外れていて、裂けた口が見えていた。
 怪異の姿のままだ。

 つまり、ずっとそこにいた。

「……何時間そうしてた」

「6時間ほど」

「なんで」

「お母様に、ちゃんと起こしてあげてねって言われたので」

 ミレイの目が泳いだ。
 頬がわずかに赤い。

 俺は天井を見上げた。
 胃が重い。
 物理攻撃は無効だが、この「好意の重圧」は内臓に来る。

「……起こしてくれてよかったんだぞ」

「でも、カイトさん、疲れてたから」

「6時間見守られてた方が疲れる」

「そ、そうですか?」

 ミレイが首を傾げた。
 怪異には人間の感覚がわからないらしい。

 いや。
 違う。
 これは怪異だからじゃない。

 恋愛感情だ。

 俺は頭を抱えた。

    ◆

 居間に移動すると、タエさんが煙管きせるをふかしていた。

「おや、起きたかい、坊や」

「ああ。他のやつらは」

「タマはまだ寝てるさね。ハチさんは外で体動かしてる。スキマは……どこにいるか知らないよ」

 タエさんが首をすくめた。
 スキマは神出鬼没だ。
 探しても無駄だ。

「そうだ、坊や」

 タエさんが思い出したように言った。

「美容液の初売上、入ったよ」

 俺は目を見開いた。

「マジか」

「マジマジ。富裕層向けの高級ルートでね。まあ、詳しい数字はあたしの管轄外だけど、ミレイが把握してるさね」

 俺はミレイを見た。
 ミレイがうなずいた。

「初回ロット、完売です。リピート注文も入ってます」

「……いくらだ」

「粗利で約150万円」

 俺は黙り込んだ。
 寝てる間に150万円。
 不労所得の極致だ。

 悪くない。
 いや、むしろ順調すぎる。

 問題は、ミレイの表情だ。
 嬉しそうなのに、どこか落ち着かない。
 視線が泳いでいる。

「どうした」

「い、いえ。別に」

「隠し事か」

「隠してません!」

 ミレイが慌てて手を振った。

「ただ、その……婚約者って、どうなったのかなって」

 来た。

 俺は深呼吸した。
 これを避けて通ることはできない。

「あれは、その場しのぎの嘘だ」

 ミレイの顔が固まった。

「う、嘘」

「両親を納得させるための方便だった。本気にしなくていい」

 正直に言った。
 効率的だ。
 誤解は早めに解くべきだ。

 ミレイは黙っていた。
 裂けた口が、かすかに震えている。

「……そう、ですか」

 声が小さい。
 まずい。
 泣かせたか。

 俺は焦った。
 怪異を泣かせるのは、あらゆる意味でまずい。
 精神的にも、組織運営的にも。

「待て。違う。そうじゃない」

「何が違うんですか」

「嘘だったのは事実だ。だが、お前を利用したわけじゃない」

「……」

「お前がいなければ、あの場は乗り切れなかった。助かった。それは本当だ」

 ミレイが顔を上げた。
 目が潤んでいる。
 だが、泣いてはいない。

「……ありがとう、は」

「なんだ」

「ありがとうは、言ってもらえないんですか」

 俺は固まった。
 そうだ。
 感謝を伝えていない。

 これが、俺が最も苦手とする「感情労働」だ。

 社畜時代、上司に褒められたことなどなかった。
 感謝されたこともない。
 だから、感謝の仕方がわからない。

 だが。

 ミレイは6時間、俺を見守っていた。
 両親対応でも、完璧に立ち回ってくれた。
 料理も美味かった。

 言わなければならない。

「……味噌汁、美味かった」

 ミレイが目を見開いた。

「明日も頼む」

 絞り出すように言った。
 顔が熱い。
 なぜか恥ずかしい。

 ミレイの顔が、みるみる赤くなった。
 耳まで赤い。
 首筋まで赤い。

「あ、ありがとう、って」

「言った」

「カイトさんが、わたしに」

「言っただろう。一回しか言わんぞ」

「もう一回!」

「断る」

 ミレイが膨れた。
 だが、目は嬉しそうだ。
 裂けた口が、三日月のように弧を描いている。

 タエさんが煙管の灰を落とした。

「青春だねえ」

「黙れ」

    ◆

 夕食後、俺は居間に祖父の遺品を広げた。

 古い真鍮の鍵。
 使い込まれた手帳。

 ミレイとタエさんが、俺の両脇に座っている。
 タマは炬燵こたつの中で丸くなっていた。
 ハチさんは縁側で月を見ている。
 スキマは、いつの間にか襖の隙間から覗いていた。

「じいさんの遺品か」

 俺は手帳を開いた。

 最初のページ。
 達筆な筆文字。
 古い陰陽道の祝詞のようだ。

 だが。

 俺が見ると、文字が変わった。

 ホログラムのように、文字が浮かび上がり、再構築される。

『管理者ログ 第1エントリ』
『アクセス権限:ADMIN』
『最終更新:35年前』

 俺は目を疑った。

「なんだこれ」

「カイトさん?」

「じいさんの手帳が……システムログに見える」

 ミレイが首を傾げた。
 俺の言っていることが理解できないらしい。

 俺はページをめくった。

『X年X月。第4階層の龍脈にバグ発生。瘴気が漏出。修正が面倒なので、結界で封鎖して放置する』

 俺は固まった。

 めくる。

『X年X月。漏れた瘴気はスライムに食わせて処理。我ながら天才的な発想だ』

 さらにめくる。

『X年X月。結界の維持コストが上昇。まあ、孫の代まで持つだろう。後は任せた』

 俺は手帳を閉じた。

 深呼吸した。

 もう一度、深呼吸した。

「じいさん」

 声が震えた。

「お前、『臭いものに蓋』してただけじゃないか」

 SEとして、何度も見てきた光景だ。
 先任者が残した、スパゲッティコード。
 応急処置の上に応急処置を重ねた、技術的負債の山。

 それが、ダンジョンにもあった。

「カイトさん、大丈夫?」

 ミレイが心配そうに俺を見た。

「大丈夫じゃない」

 俺は立ち上がった。

「土蔵に行く。確認しなきゃならないことがある」

    ◆

 土蔵の中。
 ダンジョンゲートの前で、俺はDMSのコンソールを開いた。

 手帳に挟まっていた鍵。
 どこに使うのか、わからなかった。

 だが、今ならわかる。

 俺は鍵を、虚空に差し込んだ。

 何もない空間に、鍵穴が現れた。
 カチリと音がした。

『管理者権限承認』
『第4階層モニター:アクセス許可』

 ホログラムが展開された。

 第4階層の映像。

 そこは、地獄だった。

 ジャングルでも、宝の山でもない。
 真っ赤に染まった空間。
 瘴気が渦巻き、結界がきしんでいる。

『警告:ストレージ容量限界』
『結界崩壊予測:72時間』
『崩壊時の影響範囲:現実世界へオーバーフロー』

 俺は画面を凝視した。

 つまり。

 3日後に、この古民家が瘴気に飲み込まれる。

「カイトさん」

 ミレイが俺の袖を引いた。

「これ、まずいやつ?」

「まずい」

 俺は吐き捨てた。

「じいさんが35年間放置した技術的負債が、利子付きで請求されてきた」

「ぎじゅつてきふさい?」

「先送りにした問題が、膨れ上がって戻ってきたってことだ」

 ミレイの顔が青ざめた。
 怪異でも、危機的状況は理解できるらしい。

「どうするの」

「決まってる」

 俺は深くため息をついた。

「デバッグだ」

 ふざけるな。
 俺は引きこもりたくてここに来たんだ。
 労働から逃げるために会社を辞めたんだ。

 なのに。

「じいさんの尻拭いで、世界規模のデバッグをしなきゃならないのか」

 安眠を守るために、働かなければならない。
 最も憎むべき「労働」が、俺を追いかけてくる。

 だが。

 見なかったことにはできない。
 ここが消えたら、俺の楽園も消える。
 従業員たちの居場所も消える。

「72時間」

 俺はつぶやいた。

「3日で、35年分の負債を返済する」

 ミレイが、俺の隣に立った。

「わたしも手伝う」

「当然だ。お前は筆頭秘書だろう」

「……うん」

 ミレイが、小さく笑った。

 縁側から、ハチさんの声が聞こえた。

「ぽぽぽ、なんか面白そうなことになってるね、旦那!」

 タマが欠伸をした。

「……めんどい」

 スキマが、隙間から囁いた。

「……でも、やる」

 タエさんが煙管をふかした。

「まあ、こういうのを引き継ぐ奴は大体苦労するさね。坊やがなんとかするしかないよ」

 俺は従業員たちを見回した。

 怪異たち。
 異形の、人外の、理解不能な存在たち。

 だが。

 俺の部下だ。

「全員、緊急招集だ」

 俺は宣言した。

「これから72時間。第4階層の再構築を行う」

 ミレイが目を輝かせた。

「お前、意味わかってないだろ」

「わかってます! カイトさんがかっこいいことするってことでしょう!」

 違う。
 全然違う。

 だが、訂正する気力がなかった。

 俺は空を見上げた。
 月が、冷たく光っていた。

 35年前。
 祖父は何を見ていたのだろう。

 手帳の最後のページ。
 そこに、一行だけ書いてあった。

『カイトへ。すまんな。あとは頼む』

 俺はため息をついた。

「頼むな、じゃねえよ」

 だが。

 口元が、わずかに緩んだ。

 逃げ場のない責任。
 世界の命運を握るシステム管理者。

 最悪だ。
 最悪の労働だ。

 だが。

 誰かがやらなければならないなら。
 俺がやる。

 それが、経営者というものだ。

                     続く
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