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第22話 元上司の悪意が、最高の福利厚生だった件
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限界だった。
「坊や! 足が棒になるさね!」
タエさんが悲鳴を上げた。
三日目だ。
注文が止まらなくなってから、もう三日。
美容液。ジャーキー。美容液。美容液。
タブレットの通知音が、もはやBGMと化している。
「梱包が間に合いません!」
ミレイも珍しく声を荒げた。
長い黒髪が乱れている。
普段は完璧に整えているのに。
俺は炬燵から天井を見上げた。
隣でザシキが丸くなっている。
その向こうでタマも丸くなっている。
ニートコンビは健在だ。
ザシキの周囲に、相変わらず金色の靄が漂っていた。
福だ。
漏れ続けている。
「ザシキ」
「なに」
「もう少し抑えられないか」
「むり。三回目」
会話終了。
神様は眠りについた。
俺はため息をついた。
人手が足りない。
だが、普通の人間は雇えない。
うちには怪異がいる。土地神がいる。猫又がいる。
身元調査されたら終わりだ。
かといって、新しい怪異を召喚するにはDPが要る。
従業員召喚は500DP。
今の残高は2,450DP。
余裕があるように見えるが、緊急時の備えを考えると心もとない。
現状維持でいい。
そう思っていた。
だが、福の神は現状維持を許してくれなかった。
◆
その時だ。
敷地の結界が、嫌な反応を示した。
ピリッ、ではない。
ザワザワ、だ。
悪意を帯びた、粘つくような感触。
「スキマ」
「……人間。複数。三人。悪い匂い」
スキマが隙間から顔を出した。
いつもは無表情な彼女が、わずかに眉をひそめている。
「知ってる匂い。前に来た」
前に来た。
悪意を持った人間。
俺の脳裏に、一つの顔が浮かんだ。
「まさか」
玄関に向かった。
引き戸を開ける。
そこに立っていたのは、やはり、あの男だった。
「よお、雨神」
黒田敬一。
俺の元上司。
俺を過労死寸前まで追い込んだ、あのブラック企業の課長だ。
黒いスーツに派手なネクタイ。
脂ぎった笑顔。
後ろには、ガラの悪い男が二人。
「久しぶりだな。元気そうじゃないか」
俺は無言で黒田を見た。
体が反応している。
恐怖、ではない。
拒絶反応だ。
スーツ姿の人間を見ると、胃が締めつけられる。
これは後遺症だ。
ブラック企業に染み付いた、消えないトラウマ。
「何の用だ」
「冷たいな。せっかく様子を見に来てやったのに」
黒田が敷地の中を覗き込んだ。
「聞いたぜ。お前、なんか儲かってるらしいな? ネットで謎の高級商品売ってるとか」
どこで嗅ぎつけた。
いや、わかる。
この手の人間は、他人の成功を嗅ぎ分ける嗅覚だけは鋭い。
「関係ないだろ」
「関係ないことないさ。俺はお前の『元上司』だぞ? 育ててやった恩があるだろ」
育てた。
この男が俺を育てたのは、確かだ。
ただし、社畜として。
使い捨ての駒として。
「用がないなら帰れ」
「まあまあ、そう言うなよ」
黒田がニヤリと笑った。
「実はな、ちょっと困ってるんだ。会社をクビになっちまってさ」
クビ。
当然だろう。
俺が辞めた後、労基が入ったと聞いている。
「お前のせいだぞ、雨神。お前が辞めたから、俺の評価が下がったんだ」
俺のせい。
この男は、いつもそうだ。
自分の失敗を、部下のせいにする。
「だからさ」
黒田が一歩、敷地に踏み込んだ。
結界が揺れる。
だが、弾かない。
ザシキの結界は「守り」であって「拒絶」ではない。
悪意があっても、物理的に侵入は可能だ。
「ちょっと、手伝ってもらおうと思ってな」
後ろの二人も続く。
チンピラだ。
金で雇った人間だろう。
「お前の商売、いろいろ怪しいところがあるよな? 許可証とか、ちゃんと取ってるのか?」
脅迫だ。
古典的な、ゆすりの手口。
「通報されたくなかったら、俺たちにも分け前をよこせ。なあ?」
黒田が下卑た笑いを浮かべた。
俺は、ポケットの中でスマホの録画ボタンを押した。
証拠は残しておくに限る。
◆
俺は、黒田を見た。
そして、後ろの二人を見た。
頭の中で、計算が回り始める。
黒田。元課長。管理能力は皆無だが、人を使い潰すことだけは得意。
チンピラ二人。単純な肉体労働要員。
合計三人。
三人の人手。
俺の脳裏に、天啓が降りた。
「黒田」
「なんだ?」
「お前、今、暇か」
「は?」
「手伝ってやる、と言ったな」
俺は、笑った。
死んだ魚のような目で、笑った。
「なら、手伝え」
◆
それから30分後。
黒田は、ダンボールの山に埋もれていた。
「な、なんだこの量は!?」
「注文だ。全部、今日中に発送する」
「ば、馬鹿言うな! 無理だろ、こんなの!」
「無理じゃない。お前が俺に教えてくれたことだ」
俺は、淡々と言った。
「『やりがいがあるだろ?』」
黒田の顔が引きつった。
「『お前の代わりはいくらでもいる』」
俺は、かつて自分が言われた言葉を、そのまま返した。
「『残業? それがどうした。社会人なら当然だろ』」
黒田の顔が、青ざめていく。
「お、俺は帰る! こんなこと、できるか!」
黒田が立ち上がろうとした。
その瞬間。
「わたし、きれい?」
ミレイの声が、背後から響いた。
黒田が凍りついた。
振り返ることもできない。
体が、動かない。
空気が、変わった。
部屋の温度が、二度は下がったように感じる。
チンピラ二人も、歯をガチガチと鳴らしている。
「答えるまで、動けませんよ」
ミレイが、ゆっくりと黒田の前に回り込んだ。
マスクを外した。
裂けた口が、耳まで届いている。
その口が、ゆっくりと笑った。
「この人が、カイトさんを苦しめた方ですか」
ミレイの目が、冷たく光った。
普段の優しさは、そこにはなかった。
高位カース・スピリット。
都市伝説の具現。
その本性が、わずかに顔を覗かせていた。
「き、綺麗です! 綺麗です! だから、その、帰らせてくれ!」
黒田が悲鳴を上げた。
股間に染みが広がっている。
情けない男だ。
俺は、手を上げた。
「ミレイ、もういい」
「はい、カイトさん」
ミレイがマスクを戻した。
空気が、元に戻る。
「黒田」
俺は、しゃがみ込んで、黒田の目を見た。
「選べ。警察に突き出されるか、ここで働くか」
「は、働く! 働きます!」
「いい返事だ」
俺は立ち上がった。
「梱包マニュアルはそこにある。伝票の書き方はタエさんに聞け」
◆
それから、地獄が始まった。
黒田にとっての、だが。
「遅い! もっと手を動かすんださね!」
タエさんが、黒田を叱りつけた。
擬態の指輪のおかげで、普通の老婆に見えている。
だが、その迫力は本物だ。
「こ、この量は異常だろ!」
「なに甘えたこと言ってるんだい! うちの坊やは、これの倍はこなしてたさね!」
嘘である。
俺は炬燵で寝ていた。
だが、タエさんはそう言った。
教育的配慮だろう。
「旦那、こいつ使えないよ」
ハチさんが報告に来た。
擬態の指輪で、背の高い女性に見えているはずだ。
それでも190cmはある。
黒田が怯えた目で見上げている。
「伝票、三回も間違えた。ぽぽぽ」
「まあ、しょうがない。元課長だからな。実務経験がない」
「なるほど。管理職って、仕事しないもんね。ぽ」
ハチさんがうなずいた。
黒田の顔が、どんどん青くなっていく。
◆
そして、夕方。
俺は、奇妙なことに気づいた。
ザシキの周囲の金色の靄が、薄くなっている。
「ザシキ」
「なに」
「福、減ってないか」
「うん」
ザシキが、眠そうな目を開けた。
「あの人たち、すごく嫌な感じ。穢れが出てる」
「穢れ?」
「悪い気。福と、打ち消し合う」
俺は、黒田を見た。
梱包作業をしながら、恨みがましい目でこちらを睨んでいる。
後ろのチンピラ二人も、同様だ。
憎悪。怨嗟。後悔。
負の感情が、彼らから滲み出ている。
「まさか」
俺は、理解した。
福の神が呼ぶのは、福。
黒田たちが撒き散らすのは、穢れ。
それが、打ち消し合っている。
「毒をもって毒を制す、か」
俺は、笑った。
黒田の穢れが、ザシキの福を中和している。
注文ラッシュが、落ち着いてきた。
そして、その間に、黒田たちは梱包作業を進めてくれている。
完璧だ。
俺は、何もしていない。
ただ、黒田を働かせただけ。
不労所得の新しい形を、俺は発見した。
◆
日が暮れた。
黒田たちは、ボロボロだった。
「も、もう無理だ」
黒田が、床にへたり込んだ。
「帰る。帰らせてくれ」
「ああ、帰っていいぞ」
俺は、あっさりと言った。
「ただし、また繁忙期には呼ぶ」
俺は、スマホを見せた。
そこには、黒田が脅迫している場面が録画されている。
「来なかったら、これを警察に送る」
黒田の顔が、凍りついた。
「二度と来るか!」
黒田が叫んだ。
チンピラ二人を引き連れて、逃げるように去っていく。
「また繁忙期に来てくれ」
俺は、その背中に声をかけた。
黒田は振り返らなかった。
◆
「カイトさん」
ミレイが、少し心配そうな顔で言った。
「あの人、本当にまた来ますか?」
「来るさ。あの手の人間は、諦めが悪い」
俺は、縁側に座った。
「そして、来るたびに、俺たちの仕事を手伝ってくれる」
ミレイが、目を丸くした。
「でも、それは」
「悪意を利用しているだけだ。向こうが勝手に来て、勝手に働いて、勝手に帰る」
俺は、茶を啜った。
「災害を資源に変える。それが、俺のやり方だ」
ミレイが、ため息をついた。
「カイトさんって、本当に」
「なんだ」
「いえ、なんでもないです」
ミレイが、小さく笑った。
炬燵では、ザシキが穏やかに眠っている。
タマがその隣で丸くなっている。
金色の靄は、すっかり薄くなっていた。
「にゃ」
タマが薄目を開けた。
「静かになった」と言いたげな顔だ。
「坊や、注文が落ち着いてきたよ」
タエさんが、タブレットを見ながら報告した。
「通常の三倍くらいまで減ったさね」
「三倍か。まあ、許容範囲だな」
俺は、炬燵に潜り込んだ。
神様と猫又の間に、自分の居場所を確保する。
「にゃ」
タマが抗議の声を上げた。
狭い、と言いたいらしい。
「我慢しろ。俺も疲れた」
嘘だ。
俺は何もしていない。
至福だった。
元上司の悪意が、最高の福利厚生になった。
これを、因果応報と呼ぶのだろうか。
いや、違う。
これは、仕様だ。
俺は、目を閉じた。
明日も、きっと平和だろう。
黒田が来ない限りは。
続く
「坊や! 足が棒になるさね!」
タエさんが悲鳴を上げた。
三日目だ。
注文が止まらなくなってから、もう三日。
美容液。ジャーキー。美容液。美容液。
タブレットの通知音が、もはやBGMと化している。
「梱包が間に合いません!」
ミレイも珍しく声を荒げた。
長い黒髪が乱れている。
普段は完璧に整えているのに。
俺は炬燵から天井を見上げた。
隣でザシキが丸くなっている。
その向こうでタマも丸くなっている。
ニートコンビは健在だ。
ザシキの周囲に、相変わらず金色の靄が漂っていた。
福だ。
漏れ続けている。
「ザシキ」
「なに」
「もう少し抑えられないか」
「むり。三回目」
会話終了。
神様は眠りについた。
俺はため息をついた。
人手が足りない。
だが、普通の人間は雇えない。
うちには怪異がいる。土地神がいる。猫又がいる。
身元調査されたら終わりだ。
かといって、新しい怪異を召喚するにはDPが要る。
従業員召喚は500DP。
今の残高は2,450DP。
余裕があるように見えるが、緊急時の備えを考えると心もとない。
現状維持でいい。
そう思っていた。
だが、福の神は現状維持を許してくれなかった。
◆
その時だ。
敷地の結界が、嫌な反応を示した。
ピリッ、ではない。
ザワザワ、だ。
悪意を帯びた、粘つくような感触。
「スキマ」
「……人間。複数。三人。悪い匂い」
スキマが隙間から顔を出した。
いつもは無表情な彼女が、わずかに眉をひそめている。
「知ってる匂い。前に来た」
前に来た。
悪意を持った人間。
俺の脳裏に、一つの顔が浮かんだ。
「まさか」
玄関に向かった。
引き戸を開ける。
そこに立っていたのは、やはり、あの男だった。
「よお、雨神」
黒田敬一。
俺の元上司。
俺を過労死寸前まで追い込んだ、あのブラック企業の課長だ。
黒いスーツに派手なネクタイ。
脂ぎった笑顔。
後ろには、ガラの悪い男が二人。
「久しぶりだな。元気そうじゃないか」
俺は無言で黒田を見た。
体が反応している。
恐怖、ではない。
拒絶反応だ。
スーツ姿の人間を見ると、胃が締めつけられる。
これは後遺症だ。
ブラック企業に染み付いた、消えないトラウマ。
「何の用だ」
「冷たいな。せっかく様子を見に来てやったのに」
黒田が敷地の中を覗き込んだ。
「聞いたぜ。お前、なんか儲かってるらしいな? ネットで謎の高級商品売ってるとか」
どこで嗅ぎつけた。
いや、わかる。
この手の人間は、他人の成功を嗅ぎ分ける嗅覚だけは鋭い。
「関係ないだろ」
「関係ないことないさ。俺はお前の『元上司』だぞ? 育ててやった恩があるだろ」
育てた。
この男が俺を育てたのは、確かだ。
ただし、社畜として。
使い捨ての駒として。
「用がないなら帰れ」
「まあまあ、そう言うなよ」
黒田がニヤリと笑った。
「実はな、ちょっと困ってるんだ。会社をクビになっちまってさ」
クビ。
当然だろう。
俺が辞めた後、労基が入ったと聞いている。
「お前のせいだぞ、雨神。お前が辞めたから、俺の評価が下がったんだ」
俺のせい。
この男は、いつもそうだ。
自分の失敗を、部下のせいにする。
「だからさ」
黒田が一歩、敷地に踏み込んだ。
結界が揺れる。
だが、弾かない。
ザシキの結界は「守り」であって「拒絶」ではない。
悪意があっても、物理的に侵入は可能だ。
「ちょっと、手伝ってもらおうと思ってな」
後ろの二人も続く。
チンピラだ。
金で雇った人間だろう。
「お前の商売、いろいろ怪しいところがあるよな? 許可証とか、ちゃんと取ってるのか?」
脅迫だ。
古典的な、ゆすりの手口。
「通報されたくなかったら、俺たちにも分け前をよこせ。なあ?」
黒田が下卑た笑いを浮かべた。
俺は、ポケットの中でスマホの録画ボタンを押した。
証拠は残しておくに限る。
◆
俺は、黒田を見た。
そして、後ろの二人を見た。
頭の中で、計算が回り始める。
黒田。元課長。管理能力は皆無だが、人を使い潰すことだけは得意。
チンピラ二人。単純な肉体労働要員。
合計三人。
三人の人手。
俺の脳裏に、天啓が降りた。
「黒田」
「なんだ?」
「お前、今、暇か」
「は?」
「手伝ってやる、と言ったな」
俺は、笑った。
死んだ魚のような目で、笑った。
「なら、手伝え」
◆
それから30分後。
黒田は、ダンボールの山に埋もれていた。
「な、なんだこの量は!?」
「注文だ。全部、今日中に発送する」
「ば、馬鹿言うな! 無理だろ、こんなの!」
「無理じゃない。お前が俺に教えてくれたことだ」
俺は、淡々と言った。
「『やりがいがあるだろ?』」
黒田の顔が引きつった。
「『お前の代わりはいくらでもいる』」
俺は、かつて自分が言われた言葉を、そのまま返した。
「『残業? それがどうした。社会人なら当然だろ』」
黒田の顔が、青ざめていく。
「お、俺は帰る! こんなこと、できるか!」
黒田が立ち上がろうとした。
その瞬間。
「わたし、きれい?」
ミレイの声が、背後から響いた。
黒田が凍りついた。
振り返ることもできない。
体が、動かない。
空気が、変わった。
部屋の温度が、二度は下がったように感じる。
チンピラ二人も、歯をガチガチと鳴らしている。
「答えるまで、動けませんよ」
ミレイが、ゆっくりと黒田の前に回り込んだ。
マスクを外した。
裂けた口が、耳まで届いている。
その口が、ゆっくりと笑った。
「この人が、カイトさんを苦しめた方ですか」
ミレイの目が、冷たく光った。
普段の優しさは、そこにはなかった。
高位カース・スピリット。
都市伝説の具現。
その本性が、わずかに顔を覗かせていた。
「き、綺麗です! 綺麗です! だから、その、帰らせてくれ!」
黒田が悲鳴を上げた。
股間に染みが広がっている。
情けない男だ。
俺は、手を上げた。
「ミレイ、もういい」
「はい、カイトさん」
ミレイがマスクを戻した。
空気が、元に戻る。
「黒田」
俺は、しゃがみ込んで、黒田の目を見た。
「選べ。警察に突き出されるか、ここで働くか」
「は、働く! 働きます!」
「いい返事だ」
俺は立ち上がった。
「梱包マニュアルはそこにある。伝票の書き方はタエさんに聞け」
◆
それから、地獄が始まった。
黒田にとっての、だが。
「遅い! もっと手を動かすんださね!」
タエさんが、黒田を叱りつけた。
擬態の指輪のおかげで、普通の老婆に見えている。
だが、その迫力は本物だ。
「こ、この量は異常だろ!」
「なに甘えたこと言ってるんだい! うちの坊やは、これの倍はこなしてたさね!」
嘘である。
俺は炬燵で寝ていた。
だが、タエさんはそう言った。
教育的配慮だろう。
「旦那、こいつ使えないよ」
ハチさんが報告に来た。
擬態の指輪で、背の高い女性に見えているはずだ。
それでも190cmはある。
黒田が怯えた目で見上げている。
「伝票、三回も間違えた。ぽぽぽ」
「まあ、しょうがない。元課長だからな。実務経験がない」
「なるほど。管理職って、仕事しないもんね。ぽ」
ハチさんがうなずいた。
黒田の顔が、どんどん青くなっていく。
◆
そして、夕方。
俺は、奇妙なことに気づいた。
ザシキの周囲の金色の靄が、薄くなっている。
「ザシキ」
「なに」
「福、減ってないか」
「うん」
ザシキが、眠そうな目を開けた。
「あの人たち、すごく嫌な感じ。穢れが出てる」
「穢れ?」
「悪い気。福と、打ち消し合う」
俺は、黒田を見た。
梱包作業をしながら、恨みがましい目でこちらを睨んでいる。
後ろのチンピラ二人も、同様だ。
憎悪。怨嗟。後悔。
負の感情が、彼らから滲み出ている。
「まさか」
俺は、理解した。
福の神が呼ぶのは、福。
黒田たちが撒き散らすのは、穢れ。
それが、打ち消し合っている。
「毒をもって毒を制す、か」
俺は、笑った。
黒田の穢れが、ザシキの福を中和している。
注文ラッシュが、落ち着いてきた。
そして、その間に、黒田たちは梱包作業を進めてくれている。
完璧だ。
俺は、何もしていない。
ただ、黒田を働かせただけ。
不労所得の新しい形を、俺は発見した。
◆
日が暮れた。
黒田たちは、ボロボロだった。
「も、もう無理だ」
黒田が、床にへたり込んだ。
「帰る。帰らせてくれ」
「ああ、帰っていいぞ」
俺は、あっさりと言った。
「ただし、また繁忙期には呼ぶ」
俺は、スマホを見せた。
そこには、黒田が脅迫している場面が録画されている。
「来なかったら、これを警察に送る」
黒田の顔が、凍りついた。
「二度と来るか!」
黒田が叫んだ。
チンピラ二人を引き連れて、逃げるように去っていく。
「また繁忙期に来てくれ」
俺は、その背中に声をかけた。
黒田は振り返らなかった。
◆
「カイトさん」
ミレイが、少し心配そうな顔で言った。
「あの人、本当にまた来ますか?」
「来るさ。あの手の人間は、諦めが悪い」
俺は、縁側に座った。
「そして、来るたびに、俺たちの仕事を手伝ってくれる」
ミレイが、目を丸くした。
「でも、それは」
「悪意を利用しているだけだ。向こうが勝手に来て、勝手に働いて、勝手に帰る」
俺は、茶を啜った。
「災害を資源に変える。それが、俺のやり方だ」
ミレイが、ため息をついた。
「カイトさんって、本当に」
「なんだ」
「いえ、なんでもないです」
ミレイが、小さく笑った。
炬燵では、ザシキが穏やかに眠っている。
タマがその隣で丸くなっている。
金色の靄は、すっかり薄くなっていた。
「にゃ」
タマが薄目を開けた。
「静かになった」と言いたげな顔だ。
「坊や、注文が落ち着いてきたよ」
タエさんが、タブレットを見ながら報告した。
「通常の三倍くらいまで減ったさね」
「三倍か。まあ、許容範囲だな」
俺は、炬燵に潜り込んだ。
神様と猫又の間に、自分の居場所を確保する。
「にゃ」
タマが抗議の声を上げた。
狭い、と言いたいらしい。
「我慢しろ。俺も疲れた」
嘘だ。
俺は何もしていない。
至福だった。
元上司の悪意が、最高の福利厚生になった。
これを、因果応報と呼ぶのだろうか。
いや、違う。
これは、仕様だ。
俺は、目を閉じた。
明日も、きっと平和だろう。
黒田が来ない限りは。
続く
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