実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

チャビューヘ

文字の大きさ
23 / 32

第23話 絶叫大根が、公安の胃袋を掴んだ件

しおりを挟む
 また来た。

「よう、雨神」

 玄関先に立っていたのは、桐生だ。
 いつものスーツ姿。
 ただし、目の下の隈が薄くなっている。
 血色もいい。

 俺は縁側から振り返った。

「また昼寝か」

「違う。今日は仕事だ」

 桐生が腕を組んだ。
 視線に真剣さが滲んでいる。

「上層部が騒いでいる。お前のところから出る商品の原材料について」

 俺は炬燵こたつから出た。
 面倒なことになった。

「美容液か。ジャーキーか」

「両方だ。あと、あの疲労回復ドリンクの原料もな」

 スライムゼリー。
 高純度の樹液。
 ダンジョン産の素材。

 どれも「この世にない」ものだ。
 成分分析されたら、説明がつかない。

「希少な薬草です」

「嘘をつけ」

 桐生が鼻で笑った。

「俺を誰だと思ってる。成分が既存のどの植物とも一致しないことくらい、調べはついてる」

 さすが公安。
 情報収集能力だけは一流だ。

「で、どうする。逮捕か」

「しない」

 桐生がため息をついた。

「あれのおかげで、部下の三人が復帰した。過労で休職してた連中だ」

 疲労回復ドリンク。
 スライムゼリーと樹液をブレンドした、うちの自信作。
 飲めば一晩で疲労が抜ける。

「効果は認める。だから、上には『特殊な栽培法で育てた希少植物』と報告した」

「嘘じゃないか」

「お前の嘘に付き合ってやってるんだ。感謝しろ」

 桐生が靴を脱いだ。
 無断で上がり込んでくる。

「で、今日は視察だ。この敷地で何を栽培してるのか、確認する」

 視察。
 要するに、休暇の口実だ。

 俺はため息をついた。

    ◆

 畑に案内した。

 といっても、普通の野菜はない。
 あるのは、マンドラゴラ大根だけだ。

 土から白い根が顔を出している。
 葉は青々として、栄養状態は良好だ。
 時折、「ふぅ」という吐息が聞こえる。

「これは」

 桐生が足を止めた。
 公安の嗅覚が、異常を察知したらしい。

「大根です」

「大根は息をしない」

「鮮度がいいんです」

 俺は平然と答えた。

 桐生が一本、引き抜こうとした。

 その瞬間。

「ひぃぃぃぃぃッ!」

 マンドラゴラが絶叫した。

 桐生の手が止まる。
 顔が青ざめている。

「何だ。今の」

「大根の悲鳴です」

「大根は叫ばないだろう!」

「この品種は叫びます」

 俺は淡々と説明した。

 桐生が、マンドラゴラを見下ろした。
 マンドラゴラが、桐生を見上げた。

 二つの視線が交錯する。

「ぬ、抜かないで」

 マンドラゴラが震え声で言った。

「喋った!」

「栄養がいいと喋ります」

 嘘である。
 最初から喋る。

 桐生が三歩、後ずさった。

「雨神。お前、何を栽培してるんだ」

「大根です」

「嘘をつくな」

「大根です」

    ◆

 縁側に戻った。

 桐生はまだ顔色が悪い。
 堅物の表情が歪んでいる。

「そうです。種子から育てました」

「食えるのか」

「食えます。むしろ、美味いです」

 俺はミレイを呼んだ。

「ミレイ、マンドラゴラを一本」

「はい、カイトさん」

 ミレイが畑に向かった。

 数秒後。

「いやぁぁぁぁッ!」

 マンドラゴラの絶叫が響いた。

 桐生の肩が跳ねる。

「慣れるのか、あれ」

「慣れます」

 俺は茶を啜った。

    ◆

 台所から、甲高い声が聞こえてきた。

「切らないでぇ」

 ミレイの包丁が、まな板を叩く音。

「ふぅぅぅ」

 悲痛な吐息。

「やめ、やめてぇ」

 懇願の声。

「おいしくしてあげますからね」

 ミレイの穏やかな声が重なった。

 桐生が、俺を見た。

「あの女、何者だ」

「料理担当です」

「料理担当にしては、声に慈愛と狂気が混ざってるぞ」

 否定はできない。

 タマが、台所の方を見ていた。
 金色の瞳が、獲物を追う目だ。
 尻尾が左右に揺れている。

「タマ、商品だ」

「にゃ」

 タマが不満そうに視線を逸らした。

 狩猟本能を刺激されているらしい。

    ◆

 料理が運ばれてきた。

 マンドラゴラ大根の煮物。
 出汁の香りが鼻腔をくすぐる。
 大根は透き通るような飴色に仕上がっていた。
 湯気が立ち上り、かつおと昆布の芳醇な匂いが広がる。

「どうぞ」

 ミレイが皿を置いた。
 マスクの下で、微かに笑っている気配がする。

 桐生が箸を手に取った。
 ためらいがある。

「食っても大丈夫なんだな」

「公安の桐生さんを毒殺するメリットがありません」

「それはそうだが」

 桐生が、大根を一切れ、口に運んだ。

 咀嚼する。

 そして、目を見開いた。

「何だこれは」

 桐生の声が震えた。

「甘い。野菜の甘みじゃない。蜜のような、深い甘さだ」

 箸が止まらなくなっている。
 二切れ目。三切れ目。

「出汁が染みてるのに、大根自体の旨みが消えてない。むしろ、引き立て合ってる」

 桐生の目が潤んでいた。
 公安の鉄面皮が、完全に崩壊していた。

「噛むたびに、じわっと汁が溢れてくる。疲れが、溶けていく」

「だから、大根です」

「大根でこの味が出るか!」

 桐生が立ち上がった。
 皿は空になっている。

「これは、国家の要人に出しても恥ずかしくない。いや、出すべきだ」

 俺は眉を上げた。

「買うのか」

「買う。というか、買わせろ。上層部の機嫌を取るのに使う」

 営業成功だ。

 俺は頭の中で計算を始めた。

    ◆

 問題は、商品名だった。

「マンドラゴラでは売れません」

 ミレイが言った。
 一般人は、マンドラゴラの名前を聞いただけで引く。

「叫ぶのも問題だな」

 桐生が腕を組んだ。
 調理中の悲鳴は、普通の客には刺激が強すぎる。

 俺は考えた。

 叫ぶ大根。
 調理中に声を出す食材。

 逆転の発想だ。

「歌う大根」

「は?」

「商品名は『歌姫大根シンギング・ラディッシュ』だ」

 桐生が眉をひそめた。

「どういう意味だ」

「調理中の声は、悲鳴ではなく歌声です。この大根は、調理される瞬間に『歌う』んです。鮮度の証明として」

 俺は淡々と説明した。

「欠点を長所に変える。それが売り方の基本です」

 桐生が、俺を見た。
 その目に、何か複雑な感情が浮かんでいる。

「お前、本当にSEだったのか」

「元SEです。今はニートです」

「発想が黒すぎる」

 否定はしない。

    ◆

 夕方になった。

 桐生は結局、炬燵こたつで二時間ほど眠った。
 ザシキとタマに挟まれて、幸せそうな顔をしている。

 ミレイが、その光景を廊下から見ていた。

「カイトさん」

「なんだ」

「桐生さん、ザシキさんとタマさんに挟まれて、とても気持ちよさそうですね」

 声に棘がある。
 マスクの下の表情は見えないが、空気が冷たい。

「私も、炬燵こたつに入りたいです」

「入ればいいだろ」

「仕事があります。梱包と、発送準備と、夕食の下ごしらえが」

 ミレイの視線が、眠る桐生に向けられた。
 その目が、わずかに細くなる。

「公安のお仕事は、お昼寝も含まれるんですね」

 嫉妬だ。
 俺は気づかないふりをした。

 面倒なことになる予感がする。

    ◆

「また来る」

 桐生が玄関で言った。

「昼寝か」

「仕事だ。視察という名目で」

 要するに、サボりだ。

「構わない。その代わり、マンドラゴラを定期購入しろ」

「する。上層部への土産として経費で落とす」

 互いに得だ。
 持ちつ持たれつ。

 桐生が去っていく。
 その背中を見送りながら、俺は考えた。

 公安の胃袋を掴んだ。
 これで、監視の目が緩む。

 災害を資源に変える。
 敵を味方に変える。

 俺のやり方は、どこまでも効率的だ。

    ◆

「カイトさん」

 ミレイが隣に立った。

「桐生さん、また来ますね」

「来るだろうな。あの味を覚えたら、離れられない」

「私の料理、美味しかったですか」

 ミレイの声に、わずかな期待が滲んでいた。

「美味かった。桐生の反応を見れば分かる」

「そう、ですか」

 ミレイが、小さく笑った。
 マスクの下で、頬が緩んでいるのが分かる。

 だが、次の瞬間。

「次は、カイトさんにも食べていただきたいです」

 ミレイの声が、少しだけ強くなった。

「桐生さんより先に」

 俺は、何も言わなかった。
 言わない方がいい気がした。

    ◆

 炬燵こたつでは、ザシキが丸くなっている。
 タマがその隣で眠っている。
 金色の靄は、穏やかに漂っていた。

「坊や、歌姫大根の注文、入ったさね」

 タエさんがタブレットを持ってきた。

「早いな」

「桐生って人が、もう上司に送ったみたいだよ。『絶品の大根がある』ってさ」

 口コミ効果。
 しかも公安の幹部から広がる。

 信用度が違う。

「よし、増産だ」

 俺は立ち上がった。
 畑のマンドラゴラを確認する必要がある。

「配達は任せな、坊や」

 タエさんが胸を叩いた。

「公安だろうが政治家だろうが、あたしの足なら30分で届けてやるさね」

 時速200km超のターボババア。
 物流の要だ。
 頼もしい限りである。

 外に出ると、夕陽が敷地を染めていた。
 畑では、マンドラゴラたちが「ふぅ」「ふぅ」と息をしている。

 絶叫する食材。
 普通なら欠点だ。
 だが、見せ方を変えれば、付加価値になる。

 不労所得の新しい形が、また一つ増えた。

 俺は、笑った。

 明日も、きっと平和だろう。
 マンドラゴラが叫ばない限りは。

                     続く
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

無能と追放された鑑定士、実は物の情報を書き換える神スキル【神の万年筆】の持ち主だったので、辺境で楽園国家を創ります!

黒崎隼人
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――勇者パーティーの【鑑定士】リアムは、戦闘能力の低さを理由に、仲間と婚約者から無一文で追放された。全てを失い、流れ着いたのは寂れた辺境の村。そこで彼は自らのスキルの真価に気づく。物の情報を見るだけの【鑑定】は、実は万物の情報を書き換える神のスキル【神の万年筆】だったのだ! 「ただの石」を「最高品質のパン」に、「痩せた土地」を「豊穣な大地」に。奇跡の力で村を豊かにし、心優しい少女リーシャとの絆を育むリアム。やがて彼の村は一つの国家として世界に名を轟かせる。一方、リアムを失った勇者パーティーは転落の一途をたどっていた。今さら戻ってこいと泣きついても、もう遅い! 無能と蔑まれた青年が、世界を創り変える伝説の王となる、痛快成り上がりファンタジー、ここに開幕!

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

「お前の代わりはいる」と追放された俺の【万物鑑定】は、実は世界の真実を見抜く【真理の瞳】でした。最高の仲間と辺境で理想郷を創ります

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の代わりはいくらでもいる。もう用済みだ」――勇者パーティーで【万物鑑定】のスキルを持つリアムは、戦闘に役立たないという理由で装備も金もすべて奪われ追放された。 しかし仲間たちは知らなかった。彼のスキルが、物の価値から人の秘めたる才能、土地の未来までも見通す超絶チート能力【真理の瞳】であったことを。 絶望の淵で己の力の真価に気づいたリアムは、辺境の寂れた街で再起を決意する。気弱なヒーラー、臆病な獣人の射手……世間から「無能」の烙印を押された者たちに眠る才能の原石を次々と見出し、最高の仲間たちと共にギルド「方舟(アーク)」を設立。彼らが輝ける理想郷をその手で創り上げていく。 一方、有能な鑑定士を失った元パーティーは急速に凋落の一途を辿り……。 これは不遇職と蔑まれた一人の男が最高の仲間と出会い、世界で一番幸福な場所を創り上げる、爽快な逆転成り上がりファンタジー!

「洗い場のシミ落とし」と追放された元宮廷魔術師。辺境で洗濯屋を開いたら、聖なる浄化の力に目覚め、呪いも穢れも洗い流して成り上がる

黒崎隼人
ファンタジー
「銀閃」と謳われたエリート魔術師、アルク・レンフィールド。彼は五年前、国家の最重要儀式で犯した一つの失敗により、全てを失った。誇りを砕かれ、「洗い場のシミ落とし」と嘲笑された彼は、王都を追われ辺境の村でひっそりと洗濯屋を営む。 過去の「恥」に心を閉ざし、ひまわり畑を眺めるだけの日々。そんな彼の前に現れたのは、体に呪いの痣を持つ少女ヒマリ。彼女の「恥」に触れた時、アルクの中に眠る失われたはずの力が目覚める。それは、あらゆる汚れ、呪い、穢れさえも洗い流す奇跡の力――「聖濯術」。 これは、一度は全てを失った男が、一枚の洗濯物から人々の心に染みついた悲しみを洗い流し、自らの「恥」をも乗り越えていく、ささやかで温かい再生の物語。ひまわりの咲く丘で、世界で一番優しい洗濯が、今始まる。

才がないと伯爵家を追放された僕は、神様からのお詫びチートで、異世界のんびりスローライフ!!

にのまえ
ファンタジー
剣や魔法に才能がないカストール伯爵家の次男、ノエール・カストールは家族から追放され、辺境の別荘へ送られることになる。しかしノエールは追放を喜ぶ、それは彼に異世界の神様から、お詫びにとして貰ったチートスキルがあるから。 そう、ノエールは転生者だったのだ。 そのスキルを駆使して、彼の異世界のんびりスローライフが始まる。

処理中です...