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第28話 元上司の再就職先が、ゴブリンのミンチ係だった件
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正午五分前。
玄関の引き戸が、がたがたと揺れた。
ノックではない。
震える手で取っ手を探している音だ。
「来たみたいだな」
俺は炬燵から腰を上げた。
居間には、すでに全員が揃っている。
正面にミレイ。
書記として筆記用具を構えている。
横にはハチさんが腕を組んで立つ。
190cmの長身が、天井を圧迫するようだ。
隅には、ユキが無表情で座っていた。
「開けてやれ」
俺の声に、スキマが壁の隙間から這い出す。
玄関の戸が、がたがたと震えた。
そして、ひとりでに開いた。
鍵も、取っ手も、誰も触れていない。
黒田が立っていた。
いや、立っているというより、縋りついている。
柱に手をつき、膝が笑っている。
スーツは皺だらけで、ネクタイもない。
頬はこけ、目の下には深い隈。
かつて俺を「お前の代わりはいくらでもいる」と嘲った男の、なれの果てだ。
「入れ」
黒田が、おそるおそる足を踏み入れる。
廊下を歩く足音が、不規則に震えていた。
◆
居間に通すと、黒田は畳に座り込んだ。
正座ではない。
崩れ落ちるように、へたり込んだのだ。
「久しぶりですね、課長」
俺は正面に座った。
黒田の目が、部屋の中を泳ぐ。
ミレイを見て、顔が引きつった。
ハチさんを見て、首がすくんだ。
190cm。人間の規格を超えている。
ユキを見て、歯の根が鳴り始めた。
「な、なんだここは」
「面接会場です」
俺は淡々と答えた。
「え」
「あなたの再就職面接です。本日はお越しいただき、ありがとうございます」
黒田の顔に、困惑が浮かぶ。
恐怖と混乱が、脳の処理能力を奪っているらしい。
俺にはよく分かる。
ブラック企業で三日徹夜したときと、同じ顔だ。
「再就職って、何を」
「まず、これを見てください」
俺はタブレットを取り出した。
画面には、以前録画した動画が映っている。
黒田がこの古民家に乗り込んできた日の映像だ。
『お前、俺を誰だと思ってる。潰すぞ』
『会社に復帰するか、それとも社会的に抹殺されるか選べ』
黒田の声が、スピーカーから流れる。
本人の顔が、みるみる青ざめていく。
「次に、これ」
俺は画面を切り替えた。
スキマが持ち帰った映像だ。
ネットカフェのブースで、黒田がキーボードを叩いている。
画面には公安への通報フォームが映っていた。
『山奥の農家が怪しい薬物を製造している』
『新興カルトの拠点がある』
黒田の喉が、ひゅっと鳴った。
「これはあなたですね」
「ち、違う。俺じゃない。これは」
「IPアドレスも特定済みです。公安の知り合いに調べてもらいました」
俺は三枚目の書類を見せた。
桐生から送られてきたログだ。
「脅迫罪。威力業務妨害。偽計業務妨害。虚偽告訴。あと、名誉毀損」
俺は指を折りながら数えた。
「これだけ揃うと、実刑もあり得ますね」
「待て。待ってくれ」
黒田が身を乗り出す。
その背後で、スキマの声が囁いた。
「……嘘つき」
黒田が悲鳴を上げて振り返る。
だが、そこには誰もいない。
壁があるだけだ。
「な、なんだ今の」
「従業員です。気にしないでください」
俺は書類をまとめた。
◆
「さて、ここからが本題です」
俺は二枚の紙を黒田の前に置いた。
「Aコースと、Bコースがあります」
「は」
「Aコース。この証拠を警察に提出します。あなたは逮捕され、裁判にかけられ、おそらく実刑。出所後の再就職は、まず無理でしょう」
黒田の顔が、蒼白を通り越して灰色になった。
「Bコース。うちで働いてもらいます」
「働く」
「はい。住み込みで、衣食住は保証します。給料は最低賃金ですが、公安からの保護もつきます」
黒田が、書類を手に取った。
震える指で、文字を追う。
「な、なんだこれ。ゴブリン処理係って」
「そのままの意味です」
俺は立ち上がった。
黒田の腕を掴み、縁側に連れ出す。
「見てください」
俺はミレイに目配せした。
予定通りだ。
土蔵の扉が開き、ミレイが戻ってくる。
手には、緑色の小鬼の死体。
首がない。
「これが、ゴブリンです」
黒田の膝が、がくんと折れた。
「毎日湧いてくるので、処理が必要なんです。解体して、素材を回収して、残りを廃棄する。簡単な仕事です」
「む、無理だ。こんなの」
「無理じゃないですよ」
俺はしゃがみ込んで、黒田の顔を覗き込んだ。
「あなたが俺に言ったでしょう。『お前の代わりはいくらでもいる』って」
黒田の目が、大きく見開かれた。
「でも大丈夫です。この仕事は、あなたにしかできない」
「なんで」
「他に応募者がいないからです」
◆
居間に戻ると、黒田は畳に額をつけた。
「やります」
声は、蚊の鳴くようだった。
「やらせてください。お願いします」
俺はミレイに目配せした。
ミレイが、契約書を差し出す。
「では、こちらにサインを」
黒田が、震える手でペンを取る。
名前を書く。
何度も書き損じながら、どうにか署名を終えた。
「採用です」
俺は契約書を受け取った。
「ただし、試用期間は死ぬまでです」
黒田が顔を上げる。
その目は、すでに何かを諦めた色をしていた。
「教育係を紹介します。タエさん」
縁側から、老婆が姿を現した。
白髪を束ね、作務衣を着た小柄な女性。
ただし、その足元は地面についていない。
宙に浮いている。
「新入りかい。よろしくね」
「ひっ」
「タエさん、明日から研修をお願いします」
「任せな、坊や。しっかりしごいてやるよ」
タエさんが、にっと笑う。
黒田が、がたがたと震え始めた。
「あと、もう一人」
俺は部屋の隅を見た。
ユキが、無表情でこちらを見ている。
「ユキ、新入りの匂いはどうだ」
「くさい」
ユキが、顔をしかめた。
「この人……腐ったにおいが、する。悪意の、におい」
「だそうです。しばらく監視が必要ですね」
黒田の目から、涙がこぼれた。
嗚咽が漏れる。
その音が、風の音のように遠かった。
災害は、資源だ。
この男という災害を、労働力に変換した。
それだけのことだ。
◆
夕方。
黒田は土蔵の隣の小屋に押し込まれた。
もともと農具を保管していた場所だ。
布団と、最低限の生活用品だけを置いた。
「明日の朝五時に起こしに来るよ」
タエさんが、扉越しに声をかける。
中から、すすり泣く声が聞こえた。
俺は縁側に戻った。
炬燵に潜り込む。
ミレイが、茶を持ってきた。
「お疲れ様でした」
「ああ」
「楽しかったですね」
ミレイの口元が、マスクの下で歪んでいる。
笑っているのだ。
「復讐は楽しいか」
「いいえ。これは復讐ではありません」
ミレイが、俺の隣に座った。
「効率的な人材活用です。そうでしょう?」
「そうだな」
俺は茶を啜った。
マフラーの温もりが、心地いい。
スキマから報告が入る。
「……黒田という人……小屋から出てこない」
「しばらく見張っていろ。逃げたら報告しろ」
「……分かった」
壁の隙間に、青白い顔が消える。
これでいい。
黒田は労働力になった。
タレコミは止まる。
公安への情報漏洩も、これで終わりだ。
ただ。
俺は窓の外を見た。
公安の「本格調査」という火種は、まだ消えていない。
桐生が内部で孤軍奮闘しているが、いつまで持つか分からない。
次の手を考える必要がある。
でも、それは明日でいい。
今日は疲れた。
「カイトさん」
ミレイが、湯呑みを差し出した。
「おかわり、いかがですか」
「もらう」
俺は目を閉じた。
縁側に、冬の陽射しが差し込む。
穏やかな午後だった。
小屋の方から、まだ泣き声が聞こえる。
でも、それは俺には関係のない音だった。
続く
玄関の引き戸が、がたがたと揺れた。
ノックではない。
震える手で取っ手を探している音だ。
「来たみたいだな」
俺は炬燵から腰を上げた。
居間には、すでに全員が揃っている。
正面にミレイ。
書記として筆記用具を構えている。
横にはハチさんが腕を組んで立つ。
190cmの長身が、天井を圧迫するようだ。
隅には、ユキが無表情で座っていた。
「開けてやれ」
俺の声に、スキマが壁の隙間から這い出す。
玄関の戸が、がたがたと震えた。
そして、ひとりでに開いた。
鍵も、取っ手も、誰も触れていない。
黒田が立っていた。
いや、立っているというより、縋りついている。
柱に手をつき、膝が笑っている。
スーツは皺だらけで、ネクタイもない。
頬はこけ、目の下には深い隈。
かつて俺を「お前の代わりはいくらでもいる」と嘲った男の、なれの果てだ。
「入れ」
黒田が、おそるおそる足を踏み入れる。
廊下を歩く足音が、不規則に震えていた。
◆
居間に通すと、黒田は畳に座り込んだ。
正座ではない。
崩れ落ちるように、へたり込んだのだ。
「久しぶりですね、課長」
俺は正面に座った。
黒田の目が、部屋の中を泳ぐ。
ミレイを見て、顔が引きつった。
ハチさんを見て、首がすくんだ。
190cm。人間の規格を超えている。
ユキを見て、歯の根が鳴り始めた。
「な、なんだここは」
「面接会場です」
俺は淡々と答えた。
「え」
「あなたの再就職面接です。本日はお越しいただき、ありがとうございます」
黒田の顔に、困惑が浮かぶ。
恐怖と混乱が、脳の処理能力を奪っているらしい。
俺にはよく分かる。
ブラック企業で三日徹夜したときと、同じ顔だ。
「再就職って、何を」
「まず、これを見てください」
俺はタブレットを取り出した。
画面には、以前録画した動画が映っている。
黒田がこの古民家に乗り込んできた日の映像だ。
『お前、俺を誰だと思ってる。潰すぞ』
『会社に復帰するか、それとも社会的に抹殺されるか選べ』
黒田の声が、スピーカーから流れる。
本人の顔が、みるみる青ざめていく。
「次に、これ」
俺は画面を切り替えた。
スキマが持ち帰った映像だ。
ネットカフェのブースで、黒田がキーボードを叩いている。
画面には公安への通報フォームが映っていた。
『山奥の農家が怪しい薬物を製造している』
『新興カルトの拠点がある』
黒田の喉が、ひゅっと鳴った。
「これはあなたですね」
「ち、違う。俺じゃない。これは」
「IPアドレスも特定済みです。公安の知り合いに調べてもらいました」
俺は三枚目の書類を見せた。
桐生から送られてきたログだ。
「脅迫罪。威力業務妨害。偽計業務妨害。虚偽告訴。あと、名誉毀損」
俺は指を折りながら数えた。
「これだけ揃うと、実刑もあり得ますね」
「待て。待ってくれ」
黒田が身を乗り出す。
その背後で、スキマの声が囁いた。
「……嘘つき」
黒田が悲鳴を上げて振り返る。
だが、そこには誰もいない。
壁があるだけだ。
「な、なんだ今の」
「従業員です。気にしないでください」
俺は書類をまとめた。
◆
「さて、ここからが本題です」
俺は二枚の紙を黒田の前に置いた。
「Aコースと、Bコースがあります」
「は」
「Aコース。この証拠を警察に提出します。あなたは逮捕され、裁判にかけられ、おそらく実刑。出所後の再就職は、まず無理でしょう」
黒田の顔が、蒼白を通り越して灰色になった。
「Bコース。うちで働いてもらいます」
「働く」
「はい。住み込みで、衣食住は保証します。給料は最低賃金ですが、公安からの保護もつきます」
黒田が、書類を手に取った。
震える指で、文字を追う。
「な、なんだこれ。ゴブリン処理係って」
「そのままの意味です」
俺は立ち上がった。
黒田の腕を掴み、縁側に連れ出す。
「見てください」
俺はミレイに目配せした。
予定通りだ。
土蔵の扉が開き、ミレイが戻ってくる。
手には、緑色の小鬼の死体。
首がない。
「これが、ゴブリンです」
黒田の膝が、がくんと折れた。
「毎日湧いてくるので、処理が必要なんです。解体して、素材を回収して、残りを廃棄する。簡単な仕事です」
「む、無理だ。こんなの」
「無理じゃないですよ」
俺はしゃがみ込んで、黒田の顔を覗き込んだ。
「あなたが俺に言ったでしょう。『お前の代わりはいくらでもいる』って」
黒田の目が、大きく見開かれた。
「でも大丈夫です。この仕事は、あなたにしかできない」
「なんで」
「他に応募者がいないからです」
◆
居間に戻ると、黒田は畳に額をつけた。
「やります」
声は、蚊の鳴くようだった。
「やらせてください。お願いします」
俺はミレイに目配せした。
ミレイが、契約書を差し出す。
「では、こちらにサインを」
黒田が、震える手でペンを取る。
名前を書く。
何度も書き損じながら、どうにか署名を終えた。
「採用です」
俺は契約書を受け取った。
「ただし、試用期間は死ぬまでです」
黒田が顔を上げる。
その目は、すでに何かを諦めた色をしていた。
「教育係を紹介します。タエさん」
縁側から、老婆が姿を現した。
白髪を束ね、作務衣を着た小柄な女性。
ただし、その足元は地面についていない。
宙に浮いている。
「新入りかい。よろしくね」
「ひっ」
「タエさん、明日から研修をお願いします」
「任せな、坊や。しっかりしごいてやるよ」
タエさんが、にっと笑う。
黒田が、がたがたと震え始めた。
「あと、もう一人」
俺は部屋の隅を見た。
ユキが、無表情でこちらを見ている。
「ユキ、新入りの匂いはどうだ」
「くさい」
ユキが、顔をしかめた。
「この人……腐ったにおいが、する。悪意の、におい」
「だそうです。しばらく監視が必要ですね」
黒田の目から、涙がこぼれた。
嗚咽が漏れる。
その音が、風の音のように遠かった。
災害は、資源だ。
この男という災害を、労働力に変換した。
それだけのことだ。
◆
夕方。
黒田は土蔵の隣の小屋に押し込まれた。
もともと農具を保管していた場所だ。
布団と、最低限の生活用品だけを置いた。
「明日の朝五時に起こしに来るよ」
タエさんが、扉越しに声をかける。
中から、すすり泣く声が聞こえた。
俺は縁側に戻った。
炬燵に潜り込む。
ミレイが、茶を持ってきた。
「お疲れ様でした」
「ああ」
「楽しかったですね」
ミレイの口元が、マスクの下で歪んでいる。
笑っているのだ。
「復讐は楽しいか」
「いいえ。これは復讐ではありません」
ミレイが、俺の隣に座った。
「効率的な人材活用です。そうでしょう?」
「そうだな」
俺は茶を啜った。
マフラーの温もりが、心地いい。
スキマから報告が入る。
「……黒田という人……小屋から出てこない」
「しばらく見張っていろ。逃げたら報告しろ」
「……分かった」
壁の隙間に、青白い顔が消える。
これでいい。
黒田は労働力になった。
タレコミは止まる。
公安への情報漏洩も、これで終わりだ。
ただ。
俺は窓の外を見た。
公安の「本格調査」という火種は、まだ消えていない。
桐生が内部で孤軍奮闘しているが、いつまで持つか分からない。
次の手を考える必要がある。
でも、それは明日でいい。
今日は疲れた。
「カイトさん」
ミレイが、湯呑みを差し出した。
「おかわり、いかがですか」
「もらう」
俺は目を閉じた。
縁側に、冬の陽射しが差し込む。
穏やかな午後だった。
小屋の方から、まだ泣き声が聞こえる。
でも、それは俺には関係のない音だった。
続く
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