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第30話 怪異たちに社員証を配ったら、重い愛が返ってきた件
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朝。
炬燵に入ったまま、俺はノートPCを開いた。
「会社を作る」
ミレイが湯呑みを差し出しながら首を傾げた。
「昨日おっしゃっていた、法人化ですね」
「ああ。監査が来るなら、こっちも正規の形で迎え撃つ」
公安の監査チームが動き出した。
桐生の情報では、早ければ明後日にも来るらしい。
個人の古民家として調査されるより、法人として対応した方がいい。
帳簿と契約書さえあれば、少なくとも「怪しい宗教施設」扱いは避けられる。
「社名は決めてある。株式会社アマガミ・ラボだ」
縁側から顔を出したハチさんが口を挟んだ。
「え、もう決まってんの? あたいも考えてきたのに」
「何を」
「株式会社デカい木。うち、木がいっぱいあるだろ。いい名前だと思ったんだけどなあ」
却下だ。
何の会社かわからない。
「有限会社つめたい」
ユキが無表情で言った。
「つめたいもの、とくい。だから、つめたい」
「監査を通すには『それっぽい名前』が必要なんだ。論外」
ユキは少し目を伏せた。
反復癖で「つめたい、ろんがい」とつぶやいている。
意味を理解しているかは怪しい。
「めんどい」
タマが炬燵の中から声を出した。
「タマがね、株式会社カイトの膝、だって!」
ザシキが嬉しそうに補足した。
猫又を従業員として登記できるわけがない。
「アマガミ・ラボ。俺の苗字から取った。天神集落の地名にも繋がる。研究開発っぽいニュアンスもある。以上」
「……あまがみ……かいとの……なまえ……」
隙間からスキマの声がした。
「いい名前じゃないか、坊や。天神様に認めてもらえた気分だね」
タエさんが笑った。
遠くで悲鳴が聞こえたが、気にしないことにした。
◆
社名が決まれば、次は書類だ。
定款、登記申請書、印鑑届出書、事業計画書。
普通なら司法書士に頼むところだが、俺には前職の経験がある。
SE時代、ドキュメント作成は日常茶飯事だった。
仕様書、設計書、報告書。
クライアントが理解できなくても、上司が納得すればいい。
つまり、それっぽく見えればいいのだ。
「事業内容を整理するぞ」
ミレイがメモを取る準備をした。
「ゴブリン狩りは、害獣駆除および特殊清掃」
「はい」
「スライムの美容液は、天然由来化粧品の製造販売」
「なるほど」
「歌姫大根は、音響効果のある農産物の研究開発」
ミレイのペンが止まった。
「音響効果のある農産物」
「マンドラゴラは歌うからな。間違ってはいない」
「確かに、嘘ではありませんね」
嘘ではない。ただ、都合よく解釈しているだけだ。
SE時代、仕様書でよくやった手口である。
2時間後。
定款と事業計画書が完成した。
「次は就業規則と組織図だ」
俺はホワイトボードに組織図を書き始めた。
「代表取締役、雨神カイト。これは俺」
「はい」
「秘書兼総務部長、ミレイ」
ミレイの背筋が伸びた。
「部長、ですか」
「経理、事務、来客対応。お前が一番適任だ」
「光栄です」
声が少し震えている。
マスクの下で、どんな表情をしているのかはわからない。
「物流部長、タエさん。商品配送と人材育成担当」
「あいよ。人材育成ってのは、あの男のことだね」
「そうだ。しっかり鍛えてやってくれ」
タエさんがにやりと笑った。
聞こえはいいが、実態はスパルタ教育だ。
「品質管理部冷凍課長、ユキ」
ユキの首がわずかに傾いた。
「かちょう」
「商品の温度管理と倉庫管理だ。お前の冷気がないと成り立たない」
「かちょう、つめたい?」
意味がわかっていない。
「偉いってことだ」
「えらい。つめたい?」
「冷たいとは関係ない」
「えらいは、つめたくない」
反復癖で確認作業が入る。
面倒だが、理解できたならいい。
「冷たいデザートが一個増える」
「やる」
即答だった。
冷たいもので釣れるらしい。
「情報戦略室長、スキマ」
隙間から、くすくすと笑い声が聞こえた。
「……しつちょう……ひびき、かっこいい……」
「市場調査とセキュリティ管理。お前の諜報能力を活かせ」
「……はい……がんばる……」
スキマは響きが気に入っただけかもしれない。
実務を理解しているかは怪しいが、結果を出してくれればいい。
「土木建築課長、ハチさん」
ハチさんの眉が寄った。
「課長? 嫌だよ、あたい」
「なぜだ」
「課長ってのは現場に出ないでふんぞり返ってる奴のことだろ? あたいは現場がいいんだよ。土をいじって、木を運んで、汗かいてさ」
なるほど。
課長という肩書きにネガティブなイメージがあるらしい。
「課長になれば部下を自由にこき使えるぞ」
「部下?」
「黒田だ」
ハチさんの目が光った。
「ぽぽぽ、あいつをあたいの下につけていいってこと?」
「現場で使い倒せ。命令権はお前にある」
「やる! 課長やる!」
手のひらを返した。
黒田を使えると聞いて、態度が180度変わった。
「警備部長、タマ」
「……寝てていい?」
「施設警備担当だ。名刺には書くが、登記はしない」
「じゃあいい」
興味なさそうな返事。
猫又を法人登記する方法は、さすがに知らない。
「設備部長、ガンさん」
ガンさんの岩の体がゴゴゴと震えた。
承諾なのか、単に動いただけなのか。
まあ、ガンさんは言葉を話さないから、これでいいだろう。
「福利厚生担当、ザシキ」
「それなに? たべれる?」
幼い姿のザシキが目を輝かせた。
「食べ物じゃない。みんなが幸せになる係だ」
「しあわせ! ザシキ、みんな幸せにする!」
土地神なので登記はできないが、名誉社員ということにした。
本人が喜んでいるならいい。
「そして平社員、黒田敬一」
全員の視線が、農具小屋の方に向いた。
遠くで、また悲鳴が聞こえた。
「特殊清掃および廃棄物処理担当だ」
「ぴったりだね」
タエさんが笑った。
誰も異論はなかった。
◆
夕方。
俺はプリンターで社員証を印刷した。
簡易的なカードだ。
社名、氏名、役職、顔写真。
ラミネート加工して首から下げるタイプ。
「配るぞ」
怪異たちが縁側に集まった。
一人ずつ、社員証を手渡していく。
「ミレイ、秘書兼総務部長」
「ありがとう、ございます」
ミレイは両手で社員証を受け取った。
指先が震えている。
自分の名前を何度もなぞり、カードを胸に押し当てた。
「これが、私の居場所」
マスクの隙間から、息が漏れた。
かつて「化け物」と呼ばれ、存在を否定された彼女だ。
名前と役職が刻まれたカードは、ここにいていいという証明なのだろう。
「タエさん、物流部長」
「ありがとさん」
タエさんは社員証を受け取ると、老眼で文字を確認した。
「へえ、キラキラしてるねえ。お守りみたいだ」
お守り。
まあ、そういう認識でもいいか。
「ユキ、冷凍課長」
「カード。キラキラ」
ユキは社員証を光にかざした。
ラミネートの反射が気に入ったらしい。
「ユキの、かちょうカード」
「社員証だ」
「しゃいんしょう。キラキラ」
理解しているのかいないのか。
まあ、大事にしてくれそうだからいい。
「スキマ、情報戦略室長」
隙間から、白い手が伸びてきた。
社員証を受け取ると、すぐに引っ込んでいく。
「……キラキラ……あつめる……」
コレクター気質だったらしい。
「ハチさん、土木建築課長」
「おお、これがあれか! 名刺ってやつ!」
名刺じゃない。社員証だ。
「ぽぽぽ、あたいの名前が書いてある! すげえ、活字だ!」
活字に感動している。
八尺様は字が読めないのかもしれない。
いや、そもそも怪異に文字の概念があるのか。
「ガンさん、設備部長」
岩の体がゴゴゴと震えた。
社員証を渡そうとしたが、手がない。
「……スキマ、ガンさんに渡してやってくれ」
「……わかった……」
隙間からスキマの手が伸び、社員証を受け取った。
そのままガンさんの体の隙間に差し込む。
ゴゴゴ。
嬉しいのか、よくわからない震えだった。
「タマ、警備部長」
「……もらう」
タマは社員証を咥えて、炬燵の中に潜り込んだ。
光り物が好きなのかもしれない。
猫だし。
「ザシキ、福利厚生担当」
「わーい! ザシキのカード!」
幼い姿のザシキが、社員証を振り回している。
「ピカピカ! ザシキのピカピカ!」
キラキラしたものが嬉しいだけらしい。
幼女の反応としては正常だ。
「最後に」
俺は農具小屋に向かった。
泥と血にまみれた黒田が、へたり込んでいた。
「ほら。お前も一応社員だ」
社員証を投げてやる。
黒田は震える手でそれを拾い上げた。
「平社員、黒田敬一」
黒田の目に、複雑な感情が浮かんだ。
かつての課長が、今は最下層の平社員。
しかも「特殊清掃担当」という肩書き。
「俺が、平社員」
「適材適所だ。文句あるか」
黒田は何も言わなかった。
泥まみれの手で、社員証を握りしめている。
◆
縁側に戻ると、スマホが鳴った。
桐生からだ。
「準備は終わったか」
「ああ。株式会社アマガミ・ラボ、本日設立だ」
「早いな。さすが元SE」
桐生の声が、少し緊張している。
「それで、監査はいつだ」
「明日の朝だ。9時に来るぞ」
予想より早い。
だが、準備は整っている。
「わかった。迎え撃つ」
「やりすぎるなよ」
電話を切った。
ミレイが心配そうな顔で俺を見ている。
「明日、ですか」
「ああ。ここからは株式会社としての戦いだ」
怪異たちの社員証が、夕日に照らされて光っている。
ミレイは大事そうに胸に抱き、何度も自分の名前をなぞっている。
その隣では、ユキがカードを光にかざして「キラキラ」と反復し、ザシキが振り回して遊んでいた。
同じものを渡したはずなのに、受け取り方がまるで違う。
まあいい。書類は完璧。組織図も整った。
あとは、監査チームを「正規の会社」として納得させるだけだ。
「皆、明日は人間に化けて待機だ。普通の会社員として振る舞え」
「了解です」
「あいよ」
「ふつう。にんげん。わかった」
「……がんばる……」
「ぽぽぽ、任せな旦那!」
「めんどい」
返事がバラバラだ。
不安しかない。
明日、公安の監査チームが来る。
果たして、この「ホワイト企業」の正体を見抜けるかどうか。
俺は炬燵に潜り込んだ。
働くのは従業員たちだ。
俺は明日も、寝て過ごすだけでいい。
はずだった。
続く
炬燵に入ったまま、俺はノートPCを開いた。
「会社を作る」
ミレイが湯呑みを差し出しながら首を傾げた。
「昨日おっしゃっていた、法人化ですね」
「ああ。監査が来るなら、こっちも正規の形で迎え撃つ」
公安の監査チームが動き出した。
桐生の情報では、早ければ明後日にも来るらしい。
個人の古民家として調査されるより、法人として対応した方がいい。
帳簿と契約書さえあれば、少なくとも「怪しい宗教施設」扱いは避けられる。
「社名は決めてある。株式会社アマガミ・ラボだ」
縁側から顔を出したハチさんが口を挟んだ。
「え、もう決まってんの? あたいも考えてきたのに」
「何を」
「株式会社デカい木。うち、木がいっぱいあるだろ。いい名前だと思ったんだけどなあ」
却下だ。
何の会社かわからない。
「有限会社つめたい」
ユキが無表情で言った。
「つめたいもの、とくい。だから、つめたい」
「監査を通すには『それっぽい名前』が必要なんだ。論外」
ユキは少し目を伏せた。
反復癖で「つめたい、ろんがい」とつぶやいている。
意味を理解しているかは怪しい。
「めんどい」
タマが炬燵の中から声を出した。
「タマがね、株式会社カイトの膝、だって!」
ザシキが嬉しそうに補足した。
猫又を従業員として登記できるわけがない。
「アマガミ・ラボ。俺の苗字から取った。天神集落の地名にも繋がる。研究開発っぽいニュアンスもある。以上」
「……あまがみ……かいとの……なまえ……」
隙間からスキマの声がした。
「いい名前じゃないか、坊や。天神様に認めてもらえた気分だね」
タエさんが笑った。
遠くで悲鳴が聞こえたが、気にしないことにした。
◆
社名が決まれば、次は書類だ。
定款、登記申請書、印鑑届出書、事業計画書。
普通なら司法書士に頼むところだが、俺には前職の経験がある。
SE時代、ドキュメント作成は日常茶飯事だった。
仕様書、設計書、報告書。
クライアントが理解できなくても、上司が納得すればいい。
つまり、それっぽく見えればいいのだ。
「事業内容を整理するぞ」
ミレイがメモを取る準備をした。
「ゴブリン狩りは、害獣駆除および特殊清掃」
「はい」
「スライムの美容液は、天然由来化粧品の製造販売」
「なるほど」
「歌姫大根は、音響効果のある農産物の研究開発」
ミレイのペンが止まった。
「音響効果のある農産物」
「マンドラゴラは歌うからな。間違ってはいない」
「確かに、嘘ではありませんね」
嘘ではない。ただ、都合よく解釈しているだけだ。
SE時代、仕様書でよくやった手口である。
2時間後。
定款と事業計画書が完成した。
「次は就業規則と組織図だ」
俺はホワイトボードに組織図を書き始めた。
「代表取締役、雨神カイト。これは俺」
「はい」
「秘書兼総務部長、ミレイ」
ミレイの背筋が伸びた。
「部長、ですか」
「経理、事務、来客対応。お前が一番適任だ」
「光栄です」
声が少し震えている。
マスクの下で、どんな表情をしているのかはわからない。
「物流部長、タエさん。商品配送と人材育成担当」
「あいよ。人材育成ってのは、あの男のことだね」
「そうだ。しっかり鍛えてやってくれ」
タエさんがにやりと笑った。
聞こえはいいが、実態はスパルタ教育だ。
「品質管理部冷凍課長、ユキ」
ユキの首がわずかに傾いた。
「かちょう」
「商品の温度管理と倉庫管理だ。お前の冷気がないと成り立たない」
「かちょう、つめたい?」
意味がわかっていない。
「偉いってことだ」
「えらい。つめたい?」
「冷たいとは関係ない」
「えらいは、つめたくない」
反復癖で確認作業が入る。
面倒だが、理解できたならいい。
「冷たいデザートが一個増える」
「やる」
即答だった。
冷たいもので釣れるらしい。
「情報戦略室長、スキマ」
隙間から、くすくすと笑い声が聞こえた。
「……しつちょう……ひびき、かっこいい……」
「市場調査とセキュリティ管理。お前の諜報能力を活かせ」
「……はい……がんばる……」
スキマは響きが気に入っただけかもしれない。
実務を理解しているかは怪しいが、結果を出してくれればいい。
「土木建築課長、ハチさん」
ハチさんの眉が寄った。
「課長? 嫌だよ、あたい」
「なぜだ」
「課長ってのは現場に出ないでふんぞり返ってる奴のことだろ? あたいは現場がいいんだよ。土をいじって、木を運んで、汗かいてさ」
なるほど。
課長という肩書きにネガティブなイメージがあるらしい。
「課長になれば部下を自由にこき使えるぞ」
「部下?」
「黒田だ」
ハチさんの目が光った。
「ぽぽぽ、あいつをあたいの下につけていいってこと?」
「現場で使い倒せ。命令権はお前にある」
「やる! 課長やる!」
手のひらを返した。
黒田を使えると聞いて、態度が180度変わった。
「警備部長、タマ」
「……寝てていい?」
「施設警備担当だ。名刺には書くが、登記はしない」
「じゃあいい」
興味なさそうな返事。
猫又を法人登記する方法は、さすがに知らない。
「設備部長、ガンさん」
ガンさんの岩の体がゴゴゴと震えた。
承諾なのか、単に動いただけなのか。
まあ、ガンさんは言葉を話さないから、これでいいだろう。
「福利厚生担当、ザシキ」
「それなに? たべれる?」
幼い姿のザシキが目を輝かせた。
「食べ物じゃない。みんなが幸せになる係だ」
「しあわせ! ザシキ、みんな幸せにする!」
土地神なので登記はできないが、名誉社員ということにした。
本人が喜んでいるならいい。
「そして平社員、黒田敬一」
全員の視線が、農具小屋の方に向いた。
遠くで、また悲鳴が聞こえた。
「特殊清掃および廃棄物処理担当だ」
「ぴったりだね」
タエさんが笑った。
誰も異論はなかった。
◆
夕方。
俺はプリンターで社員証を印刷した。
簡易的なカードだ。
社名、氏名、役職、顔写真。
ラミネート加工して首から下げるタイプ。
「配るぞ」
怪異たちが縁側に集まった。
一人ずつ、社員証を手渡していく。
「ミレイ、秘書兼総務部長」
「ありがとう、ございます」
ミレイは両手で社員証を受け取った。
指先が震えている。
自分の名前を何度もなぞり、カードを胸に押し当てた。
「これが、私の居場所」
マスクの隙間から、息が漏れた。
かつて「化け物」と呼ばれ、存在を否定された彼女だ。
名前と役職が刻まれたカードは、ここにいていいという証明なのだろう。
「タエさん、物流部長」
「ありがとさん」
タエさんは社員証を受け取ると、老眼で文字を確認した。
「へえ、キラキラしてるねえ。お守りみたいだ」
お守り。
まあ、そういう認識でもいいか。
「ユキ、冷凍課長」
「カード。キラキラ」
ユキは社員証を光にかざした。
ラミネートの反射が気に入ったらしい。
「ユキの、かちょうカード」
「社員証だ」
「しゃいんしょう。キラキラ」
理解しているのかいないのか。
まあ、大事にしてくれそうだからいい。
「スキマ、情報戦略室長」
隙間から、白い手が伸びてきた。
社員証を受け取ると、すぐに引っ込んでいく。
「……キラキラ……あつめる……」
コレクター気質だったらしい。
「ハチさん、土木建築課長」
「おお、これがあれか! 名刺ってやつ!」
名刺じゃない。社員証だ。
「ぽぽぽ、あたいの名前が書いてある! すげえ、活字だ!」
活字に感動している。
八尺様は字が読めないのかもしれない。
いや、そもそも怪異に文字の概念があるのか。
「ガンさん、設備部長」
岩の体がゴゴゴと震えた。
社員証を渡そうとしたが、手がない。
「……スキマ、ガンさんに渡してやってくれ」
「……わかった……」
隙間からスキマの手が伸び、社員証を受け取った。
そのままガンさんの体の隙間に差し込む。
ゴゴゴ。
嬉しいのか、よくわからない震えだった。
「タマ、警備部長」
「……もらう」
タマは社員証を咥えて、炬燵の中に潜り込んだ。
光り物が好きなのかもしれない。
猫だし。
「ザシキ、福利厚生担当」
「わーい! ザシキのカード!」
幼い姿のザシキが、社員証を振り回している。
「ピカピカ! ザシキのピカピカ!」
キラキラしたものが嬉しいだけらしい。
幼女の反応としては正常だ。
「最後に」
俺は農具小屋に向かった。
泥と血にまみれた黒田が、へたり込んでいた。
「ほら。お前も一応社員だ」
社員証を投げてやる。
黒田は震える手でそれを拾い上げた。
「平社員、黒田敬一」
黒田の目に、複雑な感情が浮かんだ。
かつての課長が、今は最下層の平社員。
しかも「特殊清掃担当」という肩書き。
「俺が、平社員」
「適材適所だ。文句あるか」
黒田は何も言わなかった。
泥まみれの手で、社員証を握りしめている。
◆
縁側に戻ると、スマホが鳴った。
桐生からだ。
「準備は終わったか」
「ああ。株式会社アマガミ・ラボ、本日設立だ」
「早いな。さすが元SE」
桐生の声が、少し緊張している。
「それで、監査はいつだ」
「明日の朝だ。9時に来るぞ」
予想より早い。
だが、準備は整っている。
「わかった。迎え撃つ」
「やりすぎるなよ」
電話を切った。
ミレイが心配そうな顔で俺を見ている。
「明日、ですか」
「ああ。ここからは株式会社としての戦いだ」
怪異たちの社員証が、夕日に照らされて光っている。
ミレイは大事そうに胸に抱き、何度も自分の名前をなぞっている。
その隣では、ユキがカードを光にかざして「キラキラ」と反復し、ザシキが振り回して遊んでいた。
同じものを渡したはずなのに、受け取り方がまるで違う。
まあいい。書類は完璧。組織図も整った。
あとは、監査チームを「正規の会社」として納得させるだけだ。
「皆、明日は人間に化けて待機だ。普通の会社員として振る舞え」
「了解です」
「あいよ」
「ふつう。にんげん。わかった」
「……がんばる……」
「ぽぽぽ、任せな旦那!」
「めんどい」
返事がバラバラだ。
不安しかない。
明日、公安の監査チームが来る。
果たして、この「ホワイト企業」の正体を見抜けるかどうか。
俺は炬燵に潜り込んだ。
働くのは従業員たちだ。
俺は明日も、寝て過ごすだけでいい。
はずだった。
続く
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旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
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