実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

チャビューヘ

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第37話 呪いの式神が大量発生したので、元上司を囮にしてみた

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 異変は、翌日の昼過ぎに起きた。

 空が曇り始めた頃。
 縁側で茶を飲んでいると、ザシキが居間から飛び出してきた。

「カイト! 気持ち悪い!」

 幼女の顔が青ざめている。
 桜色の着物が、風もないのにはためいていた。

「どうした」
「福が、食べられてる」

 俺は立ち上がり、庭を見渡した。
 最初は何も見えなかった。

 だが、目を凝らすと気づく。
 空から、何かが降ってきている。

 紙だ。
 白い紙人形が、ひらひらと舞い落ちてくる。
 一枚、二枚、三枚。
 いや、数十、数百。

 無数の紙人形が、敷地全体に降り注いでいた。

「式神か」

 俺はつぶやいた。
 御子柴が言っていた「先生」とやらの仕業だろう。
 福の結界を突破するための、呪術的な干渉。

 紙人形たちは地面に落ちると、カサカサと動き始めた。
 蟲のような動き。
 背筋に、何かが這い上がる感覚。

 奇妙だ。
 ゴブリンの内臓を見ても何も感じない俺が。
 この紙切れには、妙な不快感を覚える。

 呪術というのは、そういうものなのかもしれない。
 恐怖とは別の、もっと根源的な拒絶反応。

 分析は後だ。

「旦那!」

 ハチさんが駆けてきた。
 2mを超える長身が、紙人形を踏みつける。
 だが、踏んでも踏んでも、次々と湧いてくる。

「ぽぽぽ! キリがないよ!」
「数が多すぎる」

 ミレイも裁ち鋏を構えて現れた。
 一振りで数枚の紙人形を切り裂く。
 だが、切っても切っても、空から補充される。

「カイトさん、どうしますか」
「考え中」

 俺は紙人形の動きを観察した。
 目的は明らか。
 結界を張っているザシキに向かって、じわじわと集まっている。

 ザシキは縁側にしゃがみ込んでいた。
 顔色が悪い。
 結界の維持に力を使っているのだろう。

「ザシキ、不運を与えられないか」
「やってる。でも、効かない」

 ザシキが首を振った。

「こいつら、運がないの」
「運がない?」
「だって、生きてないもん。紙だもん」

 なるほど。
 福の結界は「悪意を持った侵入者」に不運を与える。
 だが、式神には意志がない。
 ただの術式に従う紙切れだ。

 不運を与える対象が存在しない。
 SE時代の言い方をすれば、処理対象が空っぽなのだ。
 エラーも出ずに、ただ素通りされる。

「ユキ」

 俺は雪女を呼んだ。
 白い着物の女が、音もなく現れる。

「冷気で固められるか」
「やってみる」

 ユキが両手を広げた。
 冷気が広がり、数枚の紙人形が凍りつく。
 だが、凍っても動きは止まらない。
 バリバリと氷を割って、また動き出す。

「硬い。しぶとい」
「火で燃やすか?」

 俺は考えたが、すぐに却下した。
 敷地内で火を使えば、古民家に延焼する可能性がある。
 築百年の家を焼くわけにはいかない。

 紙人形の数は、さらに増えていた。
 庭の半分が白い紙で埋め尽くされている。

 ザシキが苦しそうにうめいた。

「福が、どんどん減ってる」
「持ちこたえろ」
「がんばる。でも、きつい」

 俺は腕を組んだ。
 物理的に倒しても意味がない。
 冷気も効果が薄い。
 火は使えない。

 式神の目的は「福の吸収」だ。
 清浄な気を食い荒らして、結界を無力化する。

 ならば。
 逆に、「猛烈に汚れた気」をぶつけたらどうなる。

 俺の視線が、農具小屋に向いた。

「ハチさん」
「なんだい、旦那」
「黒田を庭の真ん中に放り出せ」

 ハチさんが目を丸くした。

「黒田を?」
「あいつは穢れの塊だ。ブラック上司の怨念、詐欺の悪意、強制労働の怨嗟。濃厚な負のエネルギーの発生源」
「ぽぽぽ。それで?」
「式神が福より穢れに食いつけば、ザシキから注意を逸らせる」

 ハチさんが笑った。
 2mの怪異が、にんまりと口を歪める。

「あっはは、旦那はひどいねえ」
「効率的だろう」
「大好きだよ、そういうの」

 ハチさんが農具小屋に向かって走った。
 数秒後、悲鳴が聞こえた。

「ひぃぃ! 何ですか! 今日は穴掘りの予定では!」
「予定変更だよ!」

 ハチさんが黒田の襟首を掴んで戻ってきた。
 元上司は、相変わらずボロボロだ。
 ひげが伸び、目の下に隈がある。
 だが、以前より目に光がある。

 社畜の目だ。
 業務に適応し始めている。

「放り出すよ」
「え、何を」

 ハチさんが黒田を庭の中央に投げた。
 黒田は悲鳴を上げながら着地し、顔面から地面に突っ込んだ。

「ぶへっ」

 鼻血が出ている。
 だが、構っている暇はない。

「いたた。雨神、これは何の業務ですか」
「デコイだ」
「で、デコイ?」

 黒田が起き上がろうとした瞬間。
 紙人形たちの動きが変わった。

 ザシキに向かっていた群れが、ぴたりと止まる。
 そして、一斉に黒田の方を向いた。

「な、なんだ。こいつら」
「お前に反応してる」

 俺は観察を続けた。
 紙人形たちは、黒田から漂う「穢れ」を感知したらしい。
 福よりも濃厚な負のエネルギー。
 式神にとっては、より魅力的な餌なのだろう。

「うわあぁぁ!」

 黒田が絶叫した。
 紙人形が、全身に張り付いていく。
 顔、腕、足、胴体。
 白い紙が、黒田を覆い尽くしていく。

「助けてください! 紙が! 紙がぁぁ!」
「動くな。集まるまで待て」
「口の中に入ってくる! 目が! 目がぁぁ!」

 黒田が暴れる。
 紙人形は口や鼻、耳の穴にまで入り込もうとしている。
 穢れを求めて、体内まで侵入しようとしているのだ。

「むぐぐぐ! んんんん!」

 声にならない悲鳴。
 白い紙に覆われた黒田は、まるでミイラのようだ。

 だが、逃げられない。
 紙人形は次々と黒田に群がり、一箇所に集中していく。

 ザシキの顔色が戻ってきた。

「楽になった。福が回復してる」
「よし。ミレイ、ハチさん」
「はい」
「なんだい」
「全部集まったら、一網打尽にしろ」

 紙人形の大群が、黒田を中心に固まっていく。
 まるで白い繭のようだ。
 黒田のくぐもった悲鳴だけが、かすかに聞こえる。

「いつやる?」

 ハチさんが拳を握った。

「今だ」

 ミレイが動いた。
 裁ち鋏が一閃する。
 紙の山が真っ二つに裂かれた。

 続いてハチさんが跳躍した。
 2mの巨体が、上空から紙の山に拳を叩きつける。

「ぽぽぽ!」

 衝撃波が広がった。
 紙人形が四散し、空中に舞い上がる。

「ユキ!」
「わかった」

 ユキが両手を掲げた。
 冷気が空中の紙人形を包み込む。
 今度は、一枚一枚ではなく、まとめて凍らせる。

 氷の塊が、庭に落下した。
 ガシャン、と音を立てて砕ける。

 紙人形は動かなくなった。

   ◇

「業務完了、ですか」

 黒田が這いつくばって言った。
 全身に紙の切れ端が張り付いている。
 鼻血は止まったが、口の端から紙片がはみ出している。
 ボロボロだ。

「ああ。いい仕事だった」

 俺は黒田を見下ろした。

「お前は最高の汚染源だ」
「褒められてるんですかね、これ」
「当然だ。穢れの濃度が高いほど、囮として有能だ」

 黒田が力なく笑った。
 社畜の諦めが、その目に浮かんでいる。

「はは。詐欺と強制労働の日々が、まさかこんな形で役立つとは」
「災害は資源だ。失敗を武器に転用する。ブラック企業で学んだだろう」
「学びましたね。嫌というほど」

 黒田が立ち上がろうとして、よろめいた。
 ハチさんが肩を貸す。

「黒田、今日は穴掘り免除だよ」
「え、本当ですか」
「うん。明日は15m掘ってもらうけど」
「増えてる!」

 黒田の悲鳴が庭に響いた。

   ◇

 同時刻。
 敷地を見下ろせる山の斜面。
 老人が、古民家を眺めていた。

「ほう」

 老人がつぶやいた。
 穏やかだが、粘りつくような声。

「私の式を、穢れで釣ったか」

 興味深げに目を細める。
 予想外の対処法だった。

 福の結界を直接破るのではなく、式神の注意を逸らす。
 しかも、人間を囮に使うという発想。

「面白い」

 老人は低く笑った。

「御子柴の言う通りだな。あの男、普通ではない」

 杖を地面に突き、老人は山道を下り始めた。
 その足元で、一枚の紙人形がカサリと動いた。
 逃げ延びた式神だ。

「お前は残っておれ。あの敷地を見張るのだ」

 紙人形は木の幹に張り付き、古民家の方を向いた。

「次は、もう少し本気を出すとしよう」

 紅葉の山に、老人の姿が消えていった。

   ◇

 夜。
 縁側で、俺は茶を飲んでいた。

 ザシキが隣に座っている。
 顔色はすっかり戻っていた。

「カイト、ありがとね」
「何が」
「黒田さんを囮にしてくれて。楽になった」

 ザシキがにこりと笑う。
 俺は茶をすすった。

「あれは効率的な対処だっただけだ」
「うん。カイトらしい」

 ミレイが茶菓子を持ってきた。
 大福だ。

「今回は防げましたが、次があるかもしれません」
「ああ。相手はこちらを分析している」

 俺は空を見上げた。
 星が瞬いている。
 平和な夜だ。

「式神を送り込んで、反応を見た。偵察だ」
「次は、本格的な攻撃が来ると」
「来るだろうな」

 俺は大福を口に運んだ。
 甘い。

「だが、向こうも学習した。こちらに穢れの発生源がいることを」
「それは不利では」
「いいや」

 俺は首を振った。

「黒田は『再利用可能な資源』だ。今回使えたということは、次も使える」
「黒田さんが聞いたら泣きますよ」
「泣いても構わない。穢れが増えるだけだ」

 ミレイが苦笑した。
 マスクの下で、口元が緩んでいるのがわかる。

「カイトさんは、本当に容赦がないですね」
「効率を追求しているだけだ」

 農具小屋の方から、黒田のすすり泣く声が聞こえた。
 通常運転である。

 俺は茶を飲み干した。
 次の攻撃に備えて、対策を考えておく必要がある。

 だが、それは明日でいい。
 今夜は、この静けさを楽しもう。

 ザシキが俺の膝に頭を乗せた。
 座敷童子の髪は、絹のように滑らかだ。

「カイト、明日も守るね」
「ああ。頼む」

 ミレイが大福を置く手が、一瞬止まった。
 視線がザシキに向けられている。
 だが、何も言わない。
 ただ、裁ち鋏を握る指先に、わずかに力が入っていた。

 屋根の上で、タマが目を開けた。

「まだ、いる」
「何が」
「さっきの紙。一枚、山の方に」

 俺は眉をひそめた。
 逃げた式神がいるのか。
 監視されている可能性がある。

 だが、敷地外だ。
 こちらから手を出せば、戦力を見せることになる。
 情報を与えるのは得策ではない。

「放っておけ。向こうが見ているだけなら、こちらも見せないのが正解だ」
「ふーん。じゃ、寝る」

 タマは再び目を閉じた。

 星空の下、静かな夜が更けていった。
 だが、山の闇から、紙の目がこちらを見ている。

 嵐の前触れだ。
 ブラック企業で学んだ教訓。
 静かな時期の後には、必ずデスマーチが待っている。
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