実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

チャビューヘ

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第36話 福の神が本気を出したら、侵入者が不幸のどん底に落ちた件

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 翌朝。
 布団の中で微睡んでいると、頬に何かが触れた。

 柔らかい。
 子供の手だ。

「カイト、起きて」

 ザシキの声が耳元で響いた。
 俺は片目だけ開けて、枕元に座る幼女を見た。

「できたよ」

 ザシキは誇らしげに胸を張っている。
 桜色の着物が朝日に照らされ、ふわりと輝いていた。

「結界か」
「うん。すごいの作った」
「説明してくれ」

 俺は上半身を起こした。
 布団から出ると、廊下の空気が冷たい。
 十一月も半ばだ。冬が近い。

 居間に移動すると、ミレイがすでに朝食を準備していた。

「おはようございます、カイトさん」
「ああ」
「昨夜からザシキが頑張っていたんですよ」

 ミレイが味噌汁をよそいながら微笑む。
 マスクの下でも、目元が優しく細まっているのがわかった。

 俺は炬燵こたつに入り、ザシキに向き直った。

「で、どんな結界だ」
「えっとね」

 ザシキが両手を広げる。

「悪いこと考えてる人が入ると、めっちゃ運が悪くなるの」
「具体的には」
「転ぶ。物が壊れる。お腹痛くなる」

 俺は腕を組んだ。
 要するに、悪意を持った侵入者に対する確率操作だ。
 セキュリティソフトの自動検知に近い。

「どのくらいの範囲だ」
「敷地全部。塀の内側」
「維持コストは」
「あたしが元気なら大丈夫。ここ、福がいっぱいだから」

 ザシキがにこりと笑う。
 土地神である彼女にとって、この敷地は聖域だ。
 福が溜まりやすい環境が整っている。

 黒田という穢れ発生源のおかげで、福の過剰供給も防げている。
 バランスは良好だ。

「いい仕事だ。ありがとう」
「えへへ。褒めて褒めて」

 ザシキが頬を染めてはにかんだ。
 俺は彼女の頭を撫でた。
 座敷童子の髪は、絹のように滑らかだ。

「カイトさん」

 ミレイの声に、かすかな棘があった。
 見れば、味噌汁を持つ手がわずかに震えている。
 嫉妬か。面倒くさい。

「ミレイも、連絡役ありがとう」
「いえ、当然のことです」

 そう言いながらも、ミレイの肩から力が抜けた。
 単純な奴だ。助かる。

   ◇

 昼過ぎ。
 俺は縁側で茶を飲んでいた。
 平和な午後だ。

 タマが屋根の上で丸くなっている。
 昨日、依代を買ったばかりだが、もう使う気配はない。
 「外出できるようになった」ことより「昼寝の邪魔をされない」ことの方が重要らしい。

 農具小屋からは、黒田の悲鳴が聞こえる。

「ハチさん! 今日は何メートルですか!」
「10mだよ! 昨日より2m深いねえ!」
「無理です!」
「ぽぽぽ! 無理じゃないよ、やるんだよ!」

 通常運転である。

 そこに、異変が起きた。

 敷地の入口から、男が二人歩いてきた。
 スーツ姿。
 だが、桐生たちのような公務員の空気ではない。

 ガラが悪い。
 チンピラだ。

「お邪魔しまーす」

 先頭の男が、にやにやしながら門をくぐった。
 瞬間。

 ぶちん。

 靴紐が切れた。
 男は前のめりに転倒し、顔面から地面に突っ込んだ。

「いってえ!」
「おい、大丈夫か」

 後続の男が駆け寄る。
 その頭上を、一羽のカラスが通過した。

 べちゃ。

 白いものが、男の頭に直撃した。
 鳥のフンだ。

「うわああ! なんだこれ!」
「落ち着け、拭けば」

 先に転んだ男が立ち上がろうとした。
 その瞬間、ポケットから煙が上がった。

 ぼん。

 小さな爆発音。
 スマートフォンのバッテリーが異常過熱を起こしたらしい。

「熱っ! 熱い熱い!」

 男は慌ててズボンを脱ぎ始めた。
 もう一人の男も、急に顔色が変わった。

「やべ、腹が」
「は?」
「腹痛い。超痛い」

 男は腹を押さえながら、敷地の外へ走り出した。
 ズボンを半脱ぎの男も、燃えるスマホを投げ捨てて後を追う。

「なんだここ! 呪われてる!」
「二度と来るか!」

 二人の悲鳴が遠ざかっていく。

 俺は茶をすすった。
 所要時間、3分。
 完璧な自動防衛システムだ。

「呪いじゃない。福の裏返しだ」

 誰に言うでもなく、つぶやいた。

 屋根の上で、タマが欠伸をした。

「うるさかった」
「すまんな」
「別に。昨日の鳥よりマシ」

 昨日の使い魔のことを言っているらしい。
 タマにとっては、あれも「うるさいもの」の一種だったようだ。

   ◇

 同時刻。
 天神集落から車で30分ほど離れた場所。
 黒塗りの高級車の中で、御子柴は部下からの電話を受けていた。

「失敗しました。なんか、呪われてて」
「呪い、ですか」
「靴紐切れるし、鳥のフン落ちてくるし、スマホ爆発するし」

 御子柴は眉をひそめた。
 整った顔に、わずかな苛立ちが浮かぶ。

 使い魔で監視していた時、敷地内に幼い少女がいた。
 桜色の着物を着た、無邪気な笑顔の子供。
 あれが土地神か。

「福の神、ですか。厄介ですね」

 通話を切り、窓の外を見た。
 山々が紅葉で染まっている。
 美しい景色だ。

 だが、御子柴の目は冷たかった。

「物理的な干渉はリスクが高いようですね」

 独り言のようにつぶやき、別の番号に電話をかけた。
 3コールで繋がる。

「先生。お願いがあります」
「珍しいね、君から頼み事なんて」

 電話の向こうから、老人の声が聞こえた。
 穏やかだが、どこか粘りつくような響きがある。

「少々、手荒でも構いません」
「ほう。面白そうだ」
「福の神がいる敷地です。浄化は難しいかもしれませんが」
「なに、福も穢れも、所詮は力の形態の一つに過ぎん」

 老人が低く笑った。

「任せておきなさい。私のしきなら、福の結界程度は」
「よろしくお願いします」

 御子柴は通話を終え、名刺入れを取り出した。
 中には、雨神カイトの名刺が入っている。

「次は、もう少し本格的に参りましょう」

 営業マンの笑顔が、ゆっくりと消えた。

   ◇

 夜。
 撃退成功を祝って、宴会が開かれた。
 メニューは鍋だ。

「旦那、肉いっぱい入れたよ」

 ハチさんがダンジョン産の肉を鍋に放り込む。
 湯気が立ち上り、出汁の匂いが広がった。

「いただきます」

 従業員たちが手を合わせる。
 ミレイ、ハチさん、タエさん、ユキ、ザシキ。
 タマは炬燵こたつの中で丸くなっている。

 柱の隙間から、白い顔が覗いていた。
 スキマだ。

「カイトさん、どうぞ」

 ミレイが取り皿に肉と野菜をよそってくれた。
 気が利く秘書だ。

「坊や、今日の侵入者、見たかい」

 タエさんが茶を啜りながら聞いてきた。

「見た。3分で撤退した」
「ぽぽぽ! ザシキの結界、すげえじゃん」

 ハチさんが笑い声を上げる。

「えへへ」

 ザシキが照れくさそうに頬を染めた。

「タマも昨日はよくやった。使い魔を見つけたのはお前だ」

 俺が言うと、炬燵の中からもそりと黒い塊が動いた。

「別に。気になっただけ」
「それでも、お前がいなければ気づかなかった」
「ふーん」

 興味なさそうに返事をして、タマはまた丸くなった。
 だが、尻尾の先だけがぱたぱたと揺れている。
 悪い気はしていないらしい。

「タマ、偉いねえ」

 ザシキが炬燵に手を伸ばし、タマの背中を撫でた。

「くすぐったい。やめて」
「やだ」
「にゃー」

 抗議の声。しかし逃げる気配はない。

 隣で、ユキが無表情に白菜を食べている。

「おいしい、おいしい」

 反復癖。相変わらずだ。

 柱の隙間から、囁き声が漏れた。

「……みんな、たのしそう」

 スキマの白い指が、そっと鍋の方へ伸びる。
 気づいたミレイが、小皿に豆腐をよそって隙間の前に置いた。

「次は、もっと面倒なのが来るかもな」

 俺がつぶやくと、場の空気がわずかに変わった。
 ミレイが俺を見る。

「御子柴、ですか」
「ああ。あいつは諦めが悪いタイプだ」

 御子柴の名刺を思い出す。
 エンボス加工、金の箔押し。
 見栄っ張りで、執念深い。
 元上司の黒田より、よほど厄介だ。

「来るなら、返り討ちにするだけです」

 ミレイが静かに言った。
 マスクの下で、口が裂けているはずだ。
 だが、今の彼女の目は、穏やかだった。

「ああ。そうだな」

 俺は肉を口に運んだ。
 ダンジョン産の肉は、相変わらず美味い。

 窓の外では、星が瞬いていた。
 平和な夜だ。

 だが、嵐は必ず来る。
 ブラック企業で学んだ教訓だ。
 静かな時期の後には、必ずデスマーチが待っている。

 それでも。
 今は、この鍋を楽しもう。

 従業員たちの笑い声が、古民家に響いていた。
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