実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

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第40話 ホワイト化した元上司が、眩しすぎて直視できない件

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 翌朝。
 俺は縁側で朝靄を眺めていた。

 昨夜の鍋が美味かったせいか、よく眠れた。
 ダンジョン産の猪肉は脂が甘い。
 ユキが冷やした日本酒との相性も最高だった。

 平和な朝だ。
 こういう時間が一番危ない、と社畜の本能が警告している。

「おはようございます、社長!」

 爽やかな声が響いた。
 眩しい。
 物理的に眩しい。

 黒田が庭を掃いていた。
 朝六時に。
 自主的に。

「今日の空気は美味しいですね!」

 何だ、あの笑顔。
 歯が光っている。
 肌がつやつやしている。
 瞳がやけに澄んでいる。

 気持ち悪い。

「黒田。お前、大丈夫か」

「大丈夫です! むしろ絶好調です!」

 ホウキを振る動作にキレがある。
 落ち葉が舞い上がり、美しいアーチを描いて集まっていく。
 仕事が丁寧だ。
 効率も良い。

 本当に気持ち悪い。

「気持ち悪いねえ」

 タエさんが茶を持ってきた。
 俺の隣に座り、黒田を眺める。

「あの子、昨日と別人じゃないかい」

「穢れが抜けたからな」

「穢れって、あそこまで人を変えるもんかねえ」

 タエさんの疑問はもっともだ。
 だが、俺は知っている。
 ブラック企業の穢れは、人間の本質を歪める。

 あれが黒田の「素」なのだ。
 穢れに汚染される前の、純粋な状態。

 逆に言えば、今の俺も相当歪んでいるのだろう。
 まあ、気にしても仕方がない。

「ぽぽぽ」

 ハチさんが庭に出てきた。
 黒田を見て、目を丸くする。

「旦那、黒田くんがキラキラしてる」

「ああ」

「やる気あるじゃん! じゃあ今日は15m掘ろうか!」

「喜んで!」

 黒田が即答した。
 ホウキを放り出し、ハチさんの後についていく。
 背筋がピンと伸びている。
 足取りが軽い。

 あの調子なら、本当に15m掘れそうだ。

「カイトさん」

 ミレイが台所から顔を出した。
 エプロン姿。
 マスクの下で、小さく微笑んでいるのがわかる。

「朝ごはん、できましたよ。昨夜の鍋で雑炊を作りました」

「ああ、今行く」

 俺は立ち上がり、居間に向かった。

 雑炊は絶品だった。

 猪の出汁が染み込んだ米。
 溶き卵のふわふわした食感。
 刻みネギの香り。

 これが毎日食えるなら、もう外食は必要ない。

「あったかい」

 ユキが小さくつぶやいた。
 俺の向かいに座り、雑炊をゆっくり食べている。

「おいしい」

 雪女が温かい食べ物を好むようになった。
 最初は冷たいものしか口にしなかったのに。

 ユキの口元が、わずかに緩んだ。
 笑顔、とまではいかない。
 だが、以前の無表情とは明らかに違う。

 成長だ。
 あるいは、適応か。

「ユキ、猫舌か?」

「猫じゃない。雪」

 ユキが俺を見た。
 その目が、少しだけ柔らかい。

「でも、あったかいの、わるくない」

「そうか」

 ザシキが俺の膝の上に乗ってきた。
 当然のように座り込み、雑炊を要求する。

「カイト、あーん」

「自分で食え」

「やだ。あーん」

 仕方なく、スプーンで雑炊をすくってやる。
 ザシキは満足そうに頬張った。

「カイト、またあいつら来る?」

「来るだろうな」

「いつ?」

「わからん。だが、しばらくは静かだろう」

 昨日の式神は術者に反動を与えた。
 スキマの報告によれば、老人は血を吐いていた。

 回復には時間がかかる。
 少なくとも、数日は動けないはずだ。

「静かなの、いい」

 ザシキが俺の服を握った。
 金色の瞳が、少し不安そうに揺れている。

「でも、また来たら、あたしも頑張る」

「ああ。頼りにしてる」

「えへへ」

 ザシキが笑った。
 福の神の笑顔は、それだけで場を明るくする。

 スキマが隙間から顔を出した。
 黒田の方を見ている。

「……だんだん……くろく……なってきた」

 囁くような声。

「何がだ?」

「……黒田……朝より……ちょっと……くすんでる」

 俺は窓の外を見た。
 黒田がハチさんと一緒に穴を掘っている。
 確かに、さっきより笑顔が減っている。

 午前中で、もう効果が薄れ始めているのか。
 穢れの回復速度が想定より早い。

 いや、黒田の穢れ製造能力が高すぎるのだ。
 ブラック企業で鍛え抜かれた社畜根性。
 その副産物として、穢れを生む体質。

 恐ろしい男だ。
 味方で良かった。

「ミレイ」

「はい」

「黒田の様子、定期的に観察しておいてくれ。穢れの戻り具合を記録したい」

「わかりました」

 ミレイがうなずく。
 その目が、少し冷たく光った。

 黒田への嫉妬か。
 あるいは、観察対象としての興味か。

 どちらでもいい。
 仕事をしてくれれば。

 昼過ぎ。
 俺は土蔵で収支を確認していた。

 DP残高は1,850。
 昨日の防衛戦では消耗がなかった。
 むしろ、敵の式神を倒したことで何らかの補正が入っているかもしれない。

 システムを確認したが、特別な収益項目は追加されていない。
 まあ、あっても困る。
 敵を倒すたびにポイントが入るなら、積極的に戦闘を仕掛けたくなってしまう。

 俺は平和に暮らしたいのだ。
 戦いは向こうから来る分だけで十分だ。

「旦那ぁ」

 ハチさんの声が響いた。
 土蔵の外から。

「黒田くん、なんか元気なくなってきたよぉ」

 予想通りだ。
 俺は土蔵を出た。

 黒田が穴の縁に座り込んでいた。
 肩が落ちている。
 目の下にうっすらとクマが戻っている。

「社長」

 黒田が俺を見上げた。
 さっきまでのキラキラは、すっかり消えている。

「なんで俺、あんなに張り切ってたんでしょう。今思い出すと恥ずかしいです」

「そうか」

「15m掘るとか言いましたよね。馬鹿じゃないですか、俺」

「結局、何m掘れた」

「8mです」

 十分だ。
 普段の三倍は働いている。

「よくやった。今日は上がっていいぞ」

「え、本当ですか」

「ああ。残りはハチさんに任せる」

 黒田の目に、かすかに光が戻った。
 これは感謝の光だ。
 穢れが戻っても、人間としての感情は残っている。

「ありがとうございます、社長」

「風呂に入って寝ろ。明日も仕事だ」

「はい」

 黒田がよろよろと立ち上がり、農具小屋に向かった。
 その背中は、いつもの灰色に戻っている。

 よし、元通りだ。
 これでまた囮に使える。

 その頃。

 山を三つ越えた場所。
 高級旅館の一室。

 御子柴は窓際に立ち、庭を眺めていた。
 紅葉が美しい。
 だが、彼の目には映っていない。

 背後のベッドで、老人が横たわっている。
 「先生」と呼ばれる呪術師。
 顔色は土気色。
 唇に乾いた血が残っている。

「役に立ちませんね」

 御子柴の声は穏やかだった。
 だが、その目は冷たい。

「式神を三体も潰されるとは。しかも、ただの人間の穢れに負けるとは」

「あの男は、普通ではない」

 老人が掠れた声で言った。

「穢れの量が、常軌を逸している。まるで、呪いを溜め込む器のようだ」

「言い訳ですか」

「事実を述べている」

 御子柴は肩をすくめた。

「まあ、いいでしょう。あなたには休んでいただきます」

「次は、必ず」

「結構です」

 御子柴の声から、温度が消えた。

「別の方法を試します」

 老人の目が見開かれた。
 何かを言おうとしたが、御子柴はすでに背を向けていた。

 スマートフォンを取り出し、番号を選ぶ。
 二回のコールで、相手が出た。

「もしもし。警視庁の、ええ、例の件ですが」

 御子柴の声が、蜜のように甘くなった。

「山本主任の次の監査予定を教えていただけませんか。ああ、もちろん、お礼は弾みますよ」

 電話を切った。
 御子柴は窓の外を見た。
 山々が夕日に染まっている。

 その唇が、かすかに歪んだ。
 笑顔ではない。
 目だけが、獲物を見ていた。

 夜。

 俺は縁側で星を眺めていた。
 隣にミレイがいる。
 反対側にザシキ。

 静かな夜だ。

「カイトさん」

 ミレイが小さくつぶやいた。

「明日も、平和だといいですね」

「ああ」

 俺はミレイの頭を撫でた。
 長い黒髪が、指の間をすり抜けていく。

 平和は、いつまでも続かない。
 敵は必ずまた来る。

 だが、今夜は静かだ。
 それだけで十分だ。

「カイト」

 ザシキが俺の袖を引っ張った。

「明日も、鍋食べたい」

「考えておく」

「やったあ」

 ザシキが笑った。

 俺は空を見上げた。
 星が瞬いている。

 どこかで、敵が次の手を考えている。
 俺は、鍋の具材を考えている。

 たぶん、これでいい。
 少なくとも今夜は。
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