実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

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第42話 公安の目の前で、白い粉を運んでみた

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 監査当日。
 午前10時。
 黒塗りの公用車が、古民家の前に停まった。

 俺は縁側で茶を啜りながら、その光景を眺めていた。
 ミレイが隣に立っている。
 いつもより背筋が伸びている気がする。

「来ましたね」

「ああ」

 車から降りてきたのは三人。
 山本主任。
 その部下らしき若い男。
 そして、見覚えのない中年の男。

 中年の男は、やたらとキョロキョロしている。
 目が泳いでいる。
 挙動不審だ。

 あれが宮脇か。
 情報管理課。
 御子柴への内通者。

 山本主任が、ちらりと宮脇を見た。
 一瞬だけ、眉が動いた気がした。
 何かを察しているのかもしれない。
 桐生が言っていた「勘の鋭さ」か。

 俺は立ち上がった。
 玄関へ向かう。

「ようこそ、アマガミ・ラボへ」

 山本主任が軽く頭を下げた。
 相変わらず、感情の読めない顔をしている。

「定期監査に伺いました。今回は情報管理課の宮脇も同行しています」

「情報管理課?」

「書類の管理状況を確認するためです」

 宮脇が一歩前に出た。
 名刺を差し出す。
 手が、わずかに震えている。

「宮脇です。よろしくお願いします」

「どうぞ、ご自由に見てください」

 俺は門を大きく開いた。
 招き入れるように、腕を広げる。

 宮脇の目が光った。
 獲物を見つけた狩人の目だ。
 いや、違う。
 餌に食いつく魚の目だ。

 さあ、泳いでくれ。
 網はもう張ってある。

 監査が始まった。
 山本主任は事務所で書類を確認している。
 若い部下は倉庫の在庫をチェックしている。

 そして宮脇は、敷地内をうろうろしていた。
 地面を見ている。
 建物の配置を確認している。
 地下への入口を探しているのだろう。

 俺は縁側に戻った。
 茶を啜る。
 ミレイが横に座った。

「カイトさん」

「ん」

「黒田さんは」

「そろそろだ」

 その時だった。

 庭の奥から、黒田が現れた。
 重そうな麻袋を抱えている。
 白い粉が、袋の隙間からこぼれている。

 黒田の顔色が悪い。
 目が泳いでいる。
 額に汗が浮かんでいる。
 膝が、かすかに笑っている。

 演技ではない。
 本気で怯えている。

 いや、それでいい。
 本物の恐怖は、最高の演技だ。

 宮脇が足を止めた。
 黒田を凝視している。
 獲物を見つけた。
 そう確信した顔だ。

 黒田がこちらを見た。
 俺は、わざとらしく目を逸らした。

 黒田の顔が引きつった。
 袋を抱え直す。
 その拍子に、白い粉がさらにこぼれた。
 早足で土蔵の方へ向かう。
 足がもつれそうになっている。

 宮脇が動いた。
 足音も荒く、黒田を追いかける。

「待て」

 黒田が振り返った。
 顔から血の気が引いている。
 唇が震えている。

「その袋は何だ」

「え、いや、これは、その」

 黒田の声が裏返る。

「農業用の、あの」

「開けろ」

 宮脇が黒田の言葉を遮った。
 声が大きくなっている。
 山本主任が事務所から出てきた。
 若い部下も駆け寄ってくる。

「宮脇、何を騒いでいる」

「主任、これを見てください。この男が怪しい荷物を運んでいます」

 山本主任の目が細くなった。
 黒田を見る。
 袋を見る。
 白い粉を見る。
 そして、宮脇を見た。
 長く、静かに。

「雨神さん。これは」

「ああ、それですか」

 俺は茶を置いた。
 ゆっくりと立ち上がる。

「土壌改良用の石灰です」

 宮脇の顔色が変わった。
 否定するように首を振る。

「嘘だ。こんなに大量に、しかもこっそり運んで」

「こっそり? うちの従業員が敷地内で荷物を運んでいるだけですが」

 宮脇が袋に手をかけた。
 乱暴に開ける。
 中から白い粉がこぼれ落ちた。

「ほら見ろ。これは」

 宮脇が粉を掴んだ。
 鼻に近づける。

 俺は、肩をすくめた。

「石灰ですよ。嗅いでもわかると思いますが」

 宮脇の顔が歪んだ。
 石灰の匂いが鼻を突いたのだろう。
 目に涙が滲んでいる。
 くしゃみを堪えている。

 山本主任が指で粉に触れた。
 少量を取り、指先でこする。

「石灰だな」

「そ、そんなはずは」

 宮脇が周囲を見回した。
 土蔵を指差す。

「地下施設があるはずだ。この土蔵の下に」

「地下?」

 俺は首を傾げた。
 わざとらしく、ではない。
 本当に困惑した顔を作った。

「土蔵の下には、漬物置き場がありますが」

「漬物置き場?」

「見ますか?」

 俺は土蔵の扉を開けた。
 中に入る。
 床板を持ち上げる。

 階段がある。
 狭い、古い階段だ。

 俺は先に降りた。
 宮脇が続く。
 山本主任も降りてくる。

 地下室。
 薄暗い空間。
 棚が並んでいる。

 棚の上には、大量の漬物壺。
 糠床。
 梅干しの瓶。
 白菜の塩漬け。
 沢庵。
 祖母が生きていた頃の名残だ。

 隅には、古びたワインラック。
 祖父の趣味だったらしい。
 埃を被ったワインが、十本ほど眠っている。

 違法薬物の製造拠点には、あまりにも生活感がありすぎた。

「これが、地下施設ですが」

 宮脇の顔から血の気が引いていく。
 壁を触る。
 床を見る。
 隠し扉を探しているのだろう。

 ない。
 当然だ。
 ダンジョンへの入口は、地下ではなく土蔵の奥にある。
 そして、そこは一般人には見えない。

「違法薬物は」

「は?」

 俺は眉をひそめた。

「何の話ですか」

「地下施設に、薬物を隠していると」

「誰がそんなことを」

 宮脇の顔が歪んだ。
 追い詰められた獣の顔だ。

「タレコミがあったんだ。確かな情報源から」

 山本主任が、宮脇を見た。
 冷たい目だった。

「宮脇。お前、何を言っている」

「主任、これは」

「根拠のないタレコミで監査を混乱させたな」

 山本主任の声は静かだった。
 だが、その静けさが、かえって恐ろしい。

「情報源は誰だ」

 宮脇が口を閉ざした。
 言えない。
 御子柴の名前を出せば、自分の立場が危うくなる。

 山本主任がため息をついた。

「後で話を聞く。署に戻れ」

 若い部下が、宮脇の腕を掴んだ。
 連行される。
 宮脇は振り返り、俺を睨んだ。

 俺は、静かに頭を下げた。
 「お疲れ様でした」の意味を込めて。

 山本主任が、俺の横を通り過ぎる。
 その目が、一瞬だけこちらを見た。

 何も言わなかった。
 だが、わかっている目だった。

 この人は、最初から宮脇を疑っていたのかもしれない。
 桐生が言っていた「勘の鋭さ」は、本物だ。

 監査が終わった。
 山本主任は、淡々と書類を確認して帰っていった。
 問題なし。
 シロ判定。

 俺は縁側に座った。
 茶を啜る。
 ミレイが隣にいる。

「終わりましたね」

「ああ」

「黒田さんは」

「農具小屋で倒れてる。放っておけ」

 黒田は演技の後、文字通り腰を抜かしていた。
 しばらくは使い物にならないだろう。
 だが、今回の功労者だ。
 夕飯は少し豪華にしてやるか。

 ミレイが、ふいに立ち上がった。

「私、夕飯の準備をしてきます」

 その声が、少し固い。

「黒田さんの分も、ちゃんと作りますから」

 背中を向けたまま、ミレイが続けた。

「ちゃんと作りますから。私が」

 語尾が低かった。
 昨夜、縁側で聞いた声と同じだ。

 俺は茶を啜った。
 口裂け女の嫉妬は、料理に出る。
 今夜の黒田の皿だけ、妙に量が少なくなりそうだ。

 庭の隅で、ハチさんが穴を埋めている。
 石灰をまいた後の、土壌改良作業だ。
 嘘ではない。
 本当に土壌改良用だった。

 スマートフォンが震えた。
 桐生からだ。

 俺は縁側を離れた。
 庭の奥、誰もいない場所で通話に出る。

「うまくいったな」

「ああ」

「宮脇は今、取り調べ室だ。御子柴との関係を吐くのは時間の問題だろう」

「そうか」

「これで貸しは返したぞ」

「いや、まだだ」

 桐生が黙った。

「内通者は潰した。だが、御子柴本人は無傷だ。あいつが諦めるとは思えない」

「だから?」

「次の手を打ってくる。そのとき、また頼む」

 桐生が苦笑した気配がした。

「お前、本当に厄介な奴だな」

「お互い様だ」

 通話が切れた。
 俺はスマートフォンをしまった。

 空を見上げる。
 雲が流れていく。
 嵐の前の静けさは、まだ続いている。

 同じ頃。
 都内のビルの一室。

 御子柴は、スマートフォンを見つめていた。
 画面には、宮脇からのメッセージ。

『地下施設なし。薬物なし。監査は問題なしで終了』

 御子柴の指が止まった。

 しばらく、動かなかった。

 窓の外では、カラスが鳴いている。
 ビル風が、ガラスを揺らしている。

 御子柴は、スマートフォンをデスクに置いた。
 静かに。
 丁寧に。

 そして、深く息を吐いた。

「偽情報」

 声に出してみる。
 自分の声が、妙に遠く聞こえた。

 あの男は、こちらの手を読んでいた。
 宮脇を泳がせ、偽の餌を撒き、食いつくのを待っていた。

 御子柴は椅子から立ち上がった。
 窓際に歩み寄る。
 灰色の空の下、ビル群が並んでいる。

 宮脇は終わりだ。
 公安内部での信用を失った。
 もう使えない。

 だが。

 御子柴の口元が、かすかに歪んだ。

「興味深いですね」

 指先が、窓ガラスに触れた。
 冷たい。

「雨神カイト。あなたは、私の駒を一つ潰した」

 振り返る。
 デスクの上には、分厚いファイルが積まれている。
 アマガミ・ラボに関する資料。
 従業員の身元調査。
 取引先のリスト。

「でも、駒は他にもあります」

 御子柴はファイルを手に取った。
 表紙には、「黒田敬一」の名前。

「次は、内側から崩しましょうか」

 その笑みは、静かだった。
 怒りでも焦りでもない。
 純粋な、知的好奇心の色をしていた。
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