実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

チャビューヘ

文字の大きさ
43 / 50

第43話 元上司にヘッドハンティングが来たが、条件が怪しすぎた件

しおりを挟む
 翌朝。
 黒田の足取りが重い。

 縁側から、その背中を眺める。
 いつもなら、タエさんに怒鳴られながら駆け足で穴掘りに向かう男だ。
 今日は違う。
 肩が落ちている。
 膝が笑っている。

 ミレイが、湯呑みを差し出した。

「朝ごはん、ちゃんと食べましたか?」

「ああ」

「黒田さんの分も、ちゃんと用意しましたよ」

 語尾が低い。
 昨夜の夕飯、黒田の皿だけ明らかに量が少なかった。
 味噌汁の具が豆腐一切れ。
 おかずは漬物のみ。

 口裂け女の嫉妬は、料理に出る。
 黒田は気づいていないフリをしていた。
 社畜の処世術だ。

「あいつ、昨夜から様子がおかしい」

「そうですね」

 ミレイの声に、わずかな棘がある。

「囮の演技で、疲れたんじゃないですか」

「それだけじゃない」

 俺は茶を啜った。
 黒田の背中が、農具小屋の裏に消えていく。

 スキマ。
 見ているな。

           ◇

 同じ頃。
 農具小屋の前。

 黒田敬一は、一通の封筒を拾い上げていた。

 白い封筒。
 高級な紙質。
 差出人の欄には、見覚えのある名前。

 『ミコシバ・エージェント』

 心臓が跳ねた。
 ミコシバ。
 監査の後、社長が誰かと電話していた時に聞いた名前だ。
 敵の名前らしい、とだけはわかっていた。
 監査を仕掛けてきた黒幕。
 得体の知れない敵。

 封を切る。
 中身は、一枚の便箋。

 『黒田敬一様。ぜひ一度、お話をさせていただきたく存じます。本日正午、集落北の山道にて。あなたの未来について、良いご提案がございます』

 未来。
 その言葉が、胸に刺さった。

 昨夜の夕飯が、まだ胃に残っている。
 豆腐一切れの味噌汁。
 漬物だけのおかず。
 あれは、嫌がらせだ。

 俺は、ここで必要とされているのか。
 穴を掘り、ゴブリンを解体し、怪異に怯える日々。
 囮として使われ、成功しても報われない。
 これが、一生続くのか。

 黒田は、封筒を握りしめた。
 指が震えている。
 行くべきか。
 行かざるべきか。

 脳裏に、ミレイの顔が浮かんだ。
 昨夜の夕飯。
 豆腐一切れ。

 黒田は、山道へ向かった。

 正午。
 集落の北。
 杉林が続く細い山道。

 黒田は、息を切らしながら歩いていた。
 誰にも言わずに抜け出してきた。
 背中に、冷たい汗が流れている。

 道の先に、人影が見えた。

 白いシャツ。
 黒いスラックス。
 穏やかな微笑み。

 御子柴だった。

「黒田さん。お越しいただき、ありがとうございます」

 声は柔らかい。
 だが、目が笑っていない。
 深い井戸のような、底の見えない瞳。

「あの、御子柴さん。お話って」

「面白い経歴ですね、黒田さん」

 御子柴が、一歩近づいた。

「前職はシステム開発会社の課長。部下を使い潰すことで有名だったとか」

 黒田の背筋が凍った。
 調べられている。

「パワハラで労基が入り、退職。その後はあちこちでトラブルを起こして、今はあの古民家で雑用係。お気の毒です」

 御子柴が、名刺を差し出した。
 金の箔押し。
 エンボス加工。
 複数の企業名が並んでいる。

「復帰の斡旋。待遇の改善。過去の清算。すべて、私が手配できます」

 美味すぎる。
 いや、待て。
 この男、どこまで知っている。

「その古民家の社長、雨神カイト。彼はあなたの元部下ですね」

 黒田の顔から、血の気が引いた。
 全部、知られている。

 だが、御子柴の目は笑っていない。
 光のない瞳が、値踏みするようにこちらを見ている。

「手始めに、一つだけお願いがあります」

「お願い?」

「アマガミ・ラボの『結界』に、小さな隙間を作っていただきたい」

 黒田の血が凍った。

「結界を?」

「ほんの小さな隙間です。私の部下が、調査のために入れるように。ザシキという子供がいるでしょう。あの子の気を逸らすだけで構いません」

 御子柴の目が細くなった。
 底の見えない瞳に、冷たい光が宿る。

「簡単な仕事です。それだけで、あなたの人生は一変します」

 黒田は、言葉を失った。

 結界。
 ザシキが張っている、福の結界。
 悪意ある侵入者に不運を与える、見えない壁。

 あれに隙を作れ。
 そう言っている。

 裏切った瞬間。
 何が起こるか。

 タエさんに轢かれる。
 ハチさんに潰される。
 ミレイに切り刻まれる。
 ユキに凍らされる。
 スキマに、一生覗かれる。

 どれも嫌だ。
 全部嫌だ。

 黒田の膝が、本格的に震え始めた。

「む、無理です」

 声が裏返った。

「あの人たちは、まともじゃないんです。裏切ったら、何をされるかわからない」

 御子柴の眉が、わずかに動いた。

「まともじゃない?」

「社長も、従業員も。あそこは、人間の常識が通用しない場所なんです」

 黒田は、がたがたと震えながら後ずさった。

「俺は、あそこから逃げられません。逃げたら、死にます」

 御子柴は、しばらく黙っていた。
 観察するような目で、黒田を見つめている。

 やがて、ゆっくりと口を開いた。

「そうですか。では、少し考える時間を差し上げましょう」

 ポケットから、小さな何かを取り出す。
 黒田の肩に、軽く触れた。

 一瞬、チクリとした痛み。
 何かが、服の内側に滑り込んだ気がした。

「また、ご連絡します」

 御子柴は、穏やかに微笑んだ。
 そして、杉林の奥へと消えていった。

 夕方。
 縁側。

 俺は、茶を啜っていた。

 庭の向こうで、黒田が農具小屋に戻っていく。
 顔面蒼白。
 足がもつれそうになっている。

 スキマが、隙間から囁いた。

「……黒田……御子柴と……会ってた」

「知ってる」

「……何か……つけられた……服の内側……小さいの」

「発信機か。呪具か」

「……わからない……でも……黒い」

 俺は、茶を置いた。

 御子柴。
 次の手を打ってきた。
 黒田を懐柔するか、あるいは監視するか。

「泳がせろ」

 スキマに、そう告げた。

「黒田には、まだ言うな」

「……なんで」

「あいつが御子柴と繋がっていると思わせておけ。そのほうが、情報が取れる」

 スキマの気配が、わずかに揺れた。

「……カイト……黒田を……窓口に……するの」

「餌じゃない。パイプだ」

 俺は、空を見上げた。
 夕焼けが、杉林を染めている。

「御子柴が何を企んでいるか。黒田を通じて、こっちから覗き返す」

 スキマは、黙った。
 納得したのか、呆れたのか。
 隙間からは、表情が読めない。

 ミレイが、縁側に出てきた。

「カイトさん。夕飯の準備ができました」

 その手には、お盆。
 黒田の分の皿が、やけに小さく見えた。

「今日も、ちゃんと作りましたから」

 語尾が低い。

 口裂け女の嫉妬は、料理に出る。
 黒田の受難は、まだ続きそうだ。

 ふと、思った。
 ミレイの嫌がらせが、黒田を追い詰めている。
 御子柴は、そこに付け込んだ。

 皮肉な話だ。
 味方の嫉妬が、敵に隙を与えている。

 だが、それも含めて。
 俺の手の内にある。

「ミレイ」

「はい」

「黒田の飯、もう少し増やしてやれ」

 ミレイの動きが、一瞬止まった。

「理由を聞いても?」

「あいつは今、使い道がある。腹が減っては仕事ができない」

 ミレイは、しばらく黙っていた。
 やがて、小さく頷いた。

「わかりました。増やします」

 語尾が低い。
 不満げだ。

「でも、私の料理のほうが美味しいですから。黒田さんより」

 何の話だ。
 黒田は料理をしていない。

 ああ、そういうことか。
 「黒田の皿を増やす」という指示を、「黒田への好意」と解釈したらしい。
 違う。そういう意味じゃない。

 口裂け女の嫉妬は、根が深い。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草

ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)  10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。  親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。  同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……── ※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました! ※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

【短編】追放した仲間が行方不明!?

mimiaizu
ファンタジー
Aランク冒険者パーティー『強欲の翼』。そこで支援術師として仲間たちを支援し続けていたアリクは、リーダーのウーバの悪意で追補された。だが、その追放は間違っていた。これをきっかけとしてウーバと『強欲の翼』は失敗が続き、落ちぶれていくのであった。 ※「行方不明」の「追放系」を思いついて投稿しました。短編で終わらせるつもりなのでよろしくお願いします。

舌を切られて追放された令嬢が本物の聖女でした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...