実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

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第44話 敵の盗聴器を、怪異みんなで囲んで解析してみた

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 翌朝。
 俺は縁側で茶をすすりながら、スキマの報告を反芻していた。

 黒田に仕込まれた「黒い小さなもの」。
 発信機か、呪具か。
 どちらにせよ、御子柴が何かを企んでいることは確定だ。

「カイトさん」

 ミレイが障子を開けて顔を出す。
 いつもの柔らかい笑顔だが、目の奥に鋭さがある。

「黒田さん、連れてきました」
「ああ。入れてくれ」

 ミレイに背中を押されて、黒田がよろよろと縁側に現れた。
 顔色が悪い。
 昨日の御子柴との接触で、相当消耗したらしい。

「あ、あの、雨神さん。俺、何かしましたか」
「服を脱げ」
「は」

 黒田が固まった。
 いや、その反応はおかしい。

「パ、パワハラですか」
「違う」

 俺は茶碗を置いて立ち上がった。

「お前、昨日御子柴と会っただろう」

 黒田の顔から血の気が引く。
 図星だ。

「な、なんで」
「スキマが見てた」

 天井の隅から、するりと影が滑り落ちる。
 隙間女のスキマだ。
 黒髪が重力を無視して揺れている。

「……黒田……服の内側……何か……つけられた」

 スキマの囁き声に、黒田が自分の胸元を見下ろした。

「え。嘘。何も」
「肉眼じゃ見えないサイズだろうな」

 俺は顎でハチさんを呼んだ。
 縁側の端に佇んでいた八尺様が、ゆっくりと近づいてくる。
 2mを超える長身が、黒田に影を落とした。

「ぽぽぽ」

 ハチさんの不気味な笑い声。
 黒田が悲鳴を上げる間もなく、巨大な手が彼の両肩を掴んだ。

「ひいいいいっ」
「暴れるな。検査だ」

 スキマが黒田の背後に回り込む。
 細い指が、黒田のシャツの裏地をまさぐった。

「……あった」

 スキマの指先に、何かが摘まれている。
 黒い、小さな、種のようなもの。
 直径3mmほど。
 肉眼でかろうじて見えるサイズだ。

「うわあああっ」

 黒田が絶叫した。
 だが、次の瞬間、その目に別の感情が浮かんだ。
 屈辱。
 自分が「道具」として扱われていることへの、惨めな怒り。

 俺はそれを見て見ぬふりをした。
 知ったことではない。

「騒ぐな。終わった」

 俺はスキマから「種」を受け取った。
 指の腹に乗せて観察する。

 黒い。
 艶がある。
 そして、微かに脈打っている。

「生きてるな、これ」

 俺の呟きに、縁側に集まっていた怪異たちが身を乗り出した。

 タマが鼻をひくつかせる。
 次の瞬間、背中の毛が逆立った。
 二股の尻尾が、威嚇するように膨らむ。

「シャアッ」

 低い唸り声。
 金色の瞳が、種を睨みつけている。

「くさい。御子柴の匂い。あと、腐った水の匂い」
「そんなに嫌か」
「嫌い。殺したい」

 タマが爪を立てようとするのを、俺は制した。

「待て。まだ殺すな」
「なんで」
「使い道がある」

 タマが不満そうに鼻を鳴らす。

「……タマ、うるさい」

 ユキが冷たい声で言った。

「うるさくない」
「うるさい。静かにして」
「お前に言われたくない」

 猫と雪女が睨み合う。
 寒暖差がすごい。

「お前ら、後にしろ」

 俺が割って入ると、二人とも黙った。
 だが、視線だけはまだ火花を散らしている。

 ユキが種を覗き込んだ。
 無表情のまま、指先を近づける。

「これ、冷やしたら死ぬ?」
「試すか?」

 ユキは答えない。
 代わりに、指先を種に近づけた。
 瞬間、白い冷気が指から立ち上る。

 だが、種は凍らなかった。
 むしろ、ユキの指先から逃げるように、俺の掌の上で蠢いた。

「だめ。冷気を吸収してる」

 ユキが首を傾げる。
 珍しく、興味を示している。

「面白い。でも、嫌い」
「お前の好みは聞いてない」

 最後に、ザシキが近づいてきた。
 座敷童子の少女は、種をじっと見つめている。
 その瞳が、一瞬だけ金色に光った。

「あ。これ、知ってる」

 ザシキの声は、いつもより低い。
 神様モードだ。

「悪い種。育てると『不幸の木』になるよ」

 ザシキが指を鳴らした。
 すると、種の周囲に淡い光が浮かび上がる。
 光の中に、禍々しい樹木のシルエットが映し出された。

 根が人の形をしている。
 枝の先には、干からびた何かがぶら下がっていた。

「……これが、完成形か」
「うん。綺麗でしょ?」

 ザシキは笑顔だった。
 神様の美的感覚は、人間とは違うらしい。

「根を張ると、そこにいる人の生気を吸うの。で、吸った分だけ、植えた人に『声』が届く」
「どのくらいで根を張る?」
「3日くらい。でも、まだ芽も出てないから、今なら簡単に殺せるよ」

 俺は種を見つめた。
 盗聴器。生気吸収。御子柴への通信。
 逆に言えば、こちらから情報を流せる。

「殺すな」

 俺の言葉に、怪異たちが一斉に振り向いた。

「殺さないんですか?」

 ミレイが眉を寄せる。
 珍しく、不満そうな表情だ。

「殺さない。使う」
「使う、とは」

 俺は種を指先で弾いた。
 ころりと転がった種を、スキマが素早く回収する。

「こいつが聞いてるなら、聞かせてやればいい」

 怪異たちの視線が、俺に集中した。

「嘘を」

 俺はにやりと笑った。

「茶番劇の、開幕だ」

    ◇

 1時間後。
 古民家の客間に、「嘘の会議」の仕掛けが完成した。

 種は、俺の寝室に見せかけた部屋の枕元に置いた。
 実際の寝室は離れにあるので、問題ない。

 怪異たちが、それぞれの位置につく。

「よし。始めるぞ」

 俺の合図で、ハチさんが大げさに両手を広げた。
 何かを訴えようとしているらしい。

「ぽぽぽ!」

 意味がわからない。

「ハチさん、その役は私がやります」

 ミレイが前に出た。
 咳払いをして、声のトーンを落とす。

「カイトさん。大変です。結界に隙間ができているようです」

 完璧だった。
 さすが口裂け女。
 人を惑わす声の使い方を知っている。

「ふむ。ザシキの力が弱まっているのか?」

 俺も芝居に乗った。

「はい。最近、ザシキちゃんは夜中に外出しているようで」
「外出? どこに?」
「裏山の祠だと聞いています。毎晩、午前2時に」

 嘘だ。
 ザシキは夜中に外出などしていない。
 だが、御子柴がこれを聞けば、「午前2時に裏山を狙えば結界が手薄になる」と誤解するだろう。

「困ったな。あと、俺の弱点は脇腹だったか?」

 唐突に挟んでみた。

「はい。カイトさんの脇腹は、くすぐりに非常に弱いです」

 ミレイが真顔で答える。
 嘘ではない。
 だが、戦闘における「弱点」とは関係がない。

 御子柴が「脇腹を狙え」と指示したら、それはそれで面白い。

「よし。会議は以上だ」

 俺は芝居を打ち切った。
 種が聞いているかどうかはわからない。
 だが、仕込んでおいて損はない。

「……御子柴……騙される?」

 スキマが囁いた。

「騙されなくてもいい。疑心暗鬼になれば十分だ」

 相手の情報源を汚染する。
 それだけで、御子柴の判断は鈍る。

「カイトさん」

 ミレイが俺の袖を引いた。

「なんだ」
「少し、お話があります」

 ミレイの目が、いつもと違う光を帯びている。
 俺は怪異たちに目配せして、二人で縁側に移動した。

    ◇

 縁側に腰を下ろす。
 冬の午後の陽光が、庭木の影を長く伸ばしていた。

「で、何だ」

 ミレイはしばらく黙っていた。
 マスクの下で、唇を噛んでいるのがわかる。

「黒田さんのこと」
「ああ」
「最近、カイトさんは黒田さんのことばかり気にしています」

 ミレイの声が、わずかに硬い。

「ずるいです」

 俺は眉を上げた。

「ずるい?」
「黒田さんは、カイトさんを苦しめた人です。なのに、カイトさんは彼を守ろうとしています」

 なるほど。
 そういうことか。

「誤解してる」
「誤解?」
「俺は黒田を守ろうとしてるんじゃない。利用してるだけだ」

 俺はミレイの方を向いた。

「あいつは道具だ。御子柴との通信パイプ。それ以上でも以下でもない」
「でも」
「お前はパートナーだ」

 ミレイの目が、大きく見開かれた。

「俺が信頼してるのはお前だけだ。道具と、パートナーを一緒にするな」

 沈黙が落ちた。
 長い、長い沈黙。

 やがて、ミレイがマスクの下で小さく笑った。

「ずるいです、カイトさん。そういうこと言うの」
「事実だ」
「はい。でも……嬉しいです」

 ミレイが立ち上がる。
 その足取りは、さっきまでの重さが嘘のように軽い。

「今夜は、カイトさんの好きなハンバーグにしますね」
「ああ。頼む」
「黒田さんの分は、少なめにしておきます」
「おい」
「冗談です」

 ミレイが微笑む。
 マスクの下で、口角が上がっているのがわかった。

「冗談、ですよ」

 繰り返す声が、少しだけ低かった。

 俺は何も言わなかった。
 ミレイの「冗談」は、半分くらい本気だ。
 それくらいは、もう知っている。

 夕暮れ時。
 俺は縁側で、御子柴の次の一手を待っていた。

 種は偽の寝室に置いたまま。
 黒田は農具小屋で震えている。
 怪異たちは、それぞれの持ち場で待機中。

 嘘の情報は、御子柴の耳に届いただろうか。
 それとも、まだ何も聞いていないのか。

 どちらでもいい。

 こっちは、いつでも迎え撃てる。

「ぽぽぽ」

 庭の向こうから、ハチさんの笑い声が聞こえた。
 何がおかしいのかは、わからない。

 俺は茶をすすり、空を見上げた。
 冬の夕焼けが、山の端を赤く染めていた。

 どこかで、カラスが鳴いている。
 不吉な予感がした。

 いや、違う。
 これは予感じゃない。

 俺の勘は、いつだって当たる。
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