実家の裏庭がダンジョンだったので、口裂け女や八尺様に全自動で稼がせて俺は寝て暮らす〜元社畜のダンジョン経営〜

チャビューヘ

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第46話 元上司に「不幸の種」を食べさせたら、聖人になってしまった件

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 偽寝室に、異臭が充満していた。

 腐った沼。
 死んだ魚。
 甘い腐敗の匂い。
 俺の鼻が曲がりそうだ。

「な、なんですかこれ!」

 黒田が絶叫した。
 畳の上で、拳大の種が脈打っている。
 黒い根が這い、柱に絡みつこうとしていた。

「お前の仕事だ」

 俺は淡々と言った。

「それを食え。残さずにだ」
「無理です! 死にます! 絶対に死にます!」
「死なない」

 ザシキが、無邪気な声で割り込んだ。

「だって黒田さん、すごく穢れてるもん。むしろ、ちょうどいいくらい」
「穢れ!? 俺がですか!?」
「うん。ドロドロ」
「ちょうどいいって何ですか!」

 黒田の顔が青ざめている。
 当然だ。
 目の前で、人の指のような根が蠢いているのだから。

「説明する」

 俺は腕を組んだ。

「その種は『不幸』のエネルギーで動いている」

 俺は続けた。

「お前の中の『穢れ』は、御子柴と会ってから溜まった。両方とも、負の感情の塊だ」
「それが何の関係があるんですか!」
「毒をもって毒を制す」

 ザシキが、にっこり笑った。

「黒田さんの中のドロドロが、種を食べてくれるの」

 ザシキが指を立てた。

「種は『不幸』、黒田さんは『穢れ』。ぶつけると、消えるんだよ」

 黒田が、種を見つめた。
 種が、黒田を見つめ返した。
 いや、目はないのだが、そう見えた。

「拒否します」
「拒否権はない」

 俺は一歩、黒田に近づいた。

「これはお前の不始末だ。御子柴と会ったのはお前だ。その結果、種がここに送り込まれた。責任を取れ」

 黒田の目が、一瞬だけ揺れた。
 「責任」という言葉に反応している。
 社畜の性だ。

「で、でも」
「お前なら飲み込める」

 俺は、かつて黒田が俺に向けていた口調を真似た。
 冷たく、淡々と。
 三十六時間連続勤務を命じた、あの声だ。

「お前は、俺にそれをやらせた男だ。その根性があれば、この程度の業務は造作もない」

 黒田の顔が、複雑に歪んだ。
 罪悪感と、プライドと、恐怖が混ざっている。

「あ、あれは」
「言い訳は後だ。今は業務に集中しろ」

 沈黙が落ちた。

 種の根が、じわりと伸びる。
 残り時間は、あと二十分ほど。

「黒田さん」

 ミレイが、静かに言った。

「私からも、お願いします」
「え」
「この家が、なくなるんです。あなたがやらなければ」

 ミレイの目が、真剣だった。
 マスクの下で、口元が引き締まっている。

「私は、それが嫌なんです」

 黒田が、ミレイを見つめた。
 そして、種を見つめた。

 長い沈黙。

「分かりました」

 黒田の声は、諦めに満ちていた。

「やります。業務命令なら、やります」
「よし」
「でも、一つだけ条件があります」

 黒田が、俺を睨んだ。
 その目には、わずかな意地があった。

「これが終わったら、有給をください。三日でいいです」
「検討する」
「検討じゃなくて、約束してください」
「善処する」
「社長!」

 俺は肩をすくめた。

「一日だけなら」
「三日です!」
「二日」
「せめて二日半」
「二日」
「給料に反映は」
「ない」
「ですよね」

 黒田が、ため息をついた。
 社畜の交渉術は、いつもこんなものだ。

    ◇

 種が、黒田に向かって這い始めた。

 黒い根が、畳を這う。
 黒田の足首に絡みつき、膝を這い上がる。
 腰、腹、胸。
 そして、口元へ。

「ひっ」

 黒田が悲鳴を上げた。
 だが、逃げられない。
 根がすでに全身を縛っている。

「口を開けて」

 ザシキの声が、低くなった。
 神様モードだ。

「大丈夫。痛くないよ。たぶん」
「たぶん!?」

 種の本体が、黒田の顎に触れた。
 ぬるりとした感触。
 黒田の顔が、絶望に染まる。

「社長、これ本当に大丈夫なんですよね」
「知らん」
「知らないんですか!?」
「やったことがないからな」

 種が、黒田の口をこじ開けた。
 黒田が、くぐもった悲鳴を上げる。

 そして、種が喉の奥に消えた。

「うぐっ」

 黒田の目が、大きく見開かれた。
 体が痙攣する。
 額に汗が噴き出す。

「苦い! 泥の味がする! 腐った魚の味もする!」
「飲み込め。吐くな」
「無理です!」
「業務命令だ」

 黒田の喉が、大きく動いた。
 嚥下。
 種が、胃に落ちていく。

 瞬間。

 黒田の腹が、光った。

「え」

 俺は目を見張った。
 光ではない。
 黒い光だ。
 闇が発光しているという、矛盾した現象。

「すごい!」

 ザシキが、目を輝かせた。

「黒田さんの中のドロドロが、種を食べてる! 種が『マズい!』って言ってる!」
「種に味覚があるのか」
「あるよ。不幸の種は、幸福を吸って育つの」

 ザシキが首を傾げた。

「でも黒田さんの中、幸福がぜんぜんないの。だから自分の不幸を食べるしかない。かわいそう」

 黒田の体が、震えている。
 黒い光が、全身を駆け巡る。
 苦しそうだが、死にそうではない。

「ミレイ」
「はい」
「水を用意しろ」
「了解です」

 ミレイが、台所に向かった。

 黒田の震えが、徐々に収まっていく。
 黒い光が、薄れていく。

 そして。

「はぁ」

 黒田が、大きく息を吐いた。

 その顔から、影が消えていた。
 目の下のくまが薄くなり、肌に血色が戻っている。
 まるで、十年分の疲れが取れたような表情。

「体が、軽いです」

 黒田が、自分の手を見つめた。
 震えは止まっている。

「憑き物が落ちたような。いや、実際に落ちたんですよね」
「そうだな」

「ホワイトに戻ったね」

 ザシキが、満足そうにうなずいた。
 俺にはオーラなど見えないが、座敷童子がそう言うなら間違いない。

「穢れがなくなったから、また福が寄ってくるよ。よかったね、黒田さん」
「あ、ありがとうございます」

 黒田が、ふらりと立ち上がった。
 その全身から、後光が差しているような錯覚を覚える。

「社長」

 黒田が、俺に向き直った。
 その目は、澄んでいた。

「次の業務は何ですか」
「休め」
「いえ、体が軽いので。今なら三十六時間くらいいけます」

 ミレイが、水を持って戻ってきた。
 黒田を見て、小さく舌を打つ。

「チッ。また調子に乗ってますね、この人」
「そうだな」

 俺は、小さくため息をついた。

 社畜根性は、穢れが消えても治らないらしい。
 ある意味、最強の呪いだ。
 御子柴の種より、よほど根深い。

    ◇

 夜明け前。
 俺は縁側で、茶をすすっていた。

 種の危機は去った。
 黒田は、農具小屋で眠っている。
 怪異たちも、それぞれの持ち場に戻った。

 静かな夜だ。
 月が沈み、東の空がわずかに白んでいる。

「……カイト」

 スキマの声が、天井の隅から降ってきた。

「なんだ」
「……御子柴……動いてる」
「種が消えたことに気づいたか」
「……たぶん……電話してた……誰かに」

 俺は、茶碗を置いた。

「内容は」
「……『解体屋』……呼べ……って」
「解体屋?」
「……分からない……でも……御子柴が……初めて……焦ってた」

 スキマの声が、わずかに震えていた。

「……声……震えてた……あの人……初めて見た」

 あの御子柴が、焦っている。
 それは、かなり異常な事態だ。

「監視を続けろ」
「……うん」

 スキマの気配が、遠ざかった。

 俺は、茶碗を手に取った。
 冷めた茶が、喉を通っていく。

 解体屋。
 何を解体するのか。
 建物か。組織か。それとも、人か。

 新しい駒が、盤上に現れようとしている。

 俺は、空を見上げた。
 星が、一つずつ消えていく。

 次の一手を、考えなければならない。

 だが、それは明日でいい。
 今夜は、もう十分に働いた。

 俺は茶碗を置き、立ち上がった。

 怠惰は正義だ。
 明日の問題は、明日の俺が考える。

 そう決めて、俺は布団に向かった。
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