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第8話「春の訪れと新しい命」
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宰相オルバンの失脚は、帝国に大きな衝撃を与えたが、同時に長年溜まっていた膿を出す良い機会ともなった。彼の派閥は一掃され、クロヴィスをはじめとする公正な人物たちが、帝国の新しい中枢を担っていくことになった。セレーネ王国との和平協定は、宰相という最大の障害がなくなったことで、より盤石なものへと変わった。
そして、一連の事件を解決に導いたクロヴィスと、その番であるユアンの評価は、帝国内で確固たるものとなった。最初は「小国から来たか弱いオメガ」とユアンを侮っていた貴族たちも、彼が持つ聡明さと、何より帝国最強の将軍を内側から支え、共に戦ったその勇気を認めざるを得なかったのだ。
ユアンは、もはや誰からも侮られることのない、堂々とした「将軍の番」として、人々に敬愛される存在となっていた。
事件が解決し、帝国に平穏な日々が戻ってくると、二人の生活にも穏やかな時間が流れるようになった。
クロヴィスは、相変わらず将軍としての激務に追われていたが、以前のように執務室に籠りきりになることはなくなった。どんなに遅くなっても必ず寝室に戻り、ユアンの隣で眠りにつく。そして、朝はユアンの寝顔を見てから、仕事へと向かうのが彼の日課となっていた。
「氷の将軍」と呼ばれた男は、ユアンにだけは、驚くほど甘く優しい笑顔を見せるようになっていた。その変化に、副官のリオは「ようやく春が来ましたな」と目を細め、侍女たちは「番様の前での閣下は、まるで別人のようだ」と嬉しそうに囁き合った。
ユアンもまた、心からの安らぎを得ていた。クロヴィスの腕の中で目覚め、彼の無事を祈りながら見送る。彼の帰りを待ち、一日の出来事を語り合いながらハーブティーを飲む。そんな何気ない日常のすべてが、ユアンにとってはかけがえのない宝物だった。
そんな幸せな日々が続いていた、ある春の日。
ユアンは、朝から体の異変を感じていた。少し熱っぽく、胃がむかむかする。そして、何より、クロヴィスのアルファとしてのフェロモンに、いつも以上に体が敏感に反応するのだ。
「……ユアン? 顔色が悪いぞ」
朝食の席で、クロヴィスが心配そうに眉を寄せた。
「大丈夫です。少し、寝不足なだけかもしれません」
ユアンは笑顔で答えたが、その日の午後、彼は庭でハーブを摘んでいる最中に、目眩を起こして倒れてしまった。
知らせを聞いて血相を変えて駆けつけたクロヴィスは、すぐに侍医を呼んだ。城中が緊張した空気に包まれる中、診察を終えた侍医は、興奮した面持ちでクロヴィスにこう告げた。
「おめでとうございます、将軍閣下! 番様は、ご懐妊でございます!」
その言葉に、クロヴィスは一瞬、何を言われたのか分からないという顔で固まった。そして、侍医の言葉の意味を理解した瞬間、彼の灰色の瞳が、驚きと、そしてこれ以上ないほどの喜びに、大きく見開かれた。
「……本当か」
「はい。間違いございません。三月ほどかと」
クロヴィスは、ベッドで横になっているユアンの側に駆け寄った。ユアンは、少し気恥ずかしそうに、しかし幸せそうな笑顔で、自分のお腹にそっと手を当てている。
「ユアン……」
クロヴィスは、ユアンのその手の上に、自分の大きな手をそっと重ねた。ここに、自分とユアンの、二人の子供が宿っている。その事実が、彼の心を今までに感じたことのない、温かく、そして力強い感情で満たしていく。
彼は、ユアンの額に、頬に、そして唇に、何度も何度も優しい口づけを落とした。
「ありがとう、ユアン……。ありがとう……」
彼の声は、喜びで震えていた。
その日から、クロヴィスのユアンに対する扱いは、まさに宝物そのものになった。少しでもユアンが重いものを持とうとすれば飛んできて取り上げ、ユアンが歩く道に小石が一つでもあればそれを取り除く。その過保護ぶりは、周囲が呆れるほどだった。
「クロヴィス様、私はそんなに弱くありませんよ」
ユアンが苦笑しても、クロヴィスは「駄目だ。お前と、この子に何かあったら、私は生きていけない」と、真剣な顔で言うのだった。
かつて、ユアンを「世継ぎを産むための道具」だと言い放った男が、今、その世継ぎの存在に、誰よりも心を震わせて喜んでいる。そのことが、ユアンにはたまらなく愛おしかった。
月日は流れ、冬が訪れる頃。
ユアンは、長い陣痛の末、元気なアルファの男の子を産んだ。
黒い髪はクロヴィスに、青い瞳はユアンにそっくりな、愛らしい赤ん坊だった。
初めて我が子をその腕に抱いたクロヴィスは、感動のあまり、しばらく言葉を失っていた。そして、ぽろりと、その灰色の瞳から一筋の涙をこぼした。氷の将軍が、流した初めての嬉し涙だった。
彼は、赤ん坊を抱いたまま、ユアンの傍に膝をつくと、その手に感謝の口づけを落とした。
「ありがとう、ユアン。私に、家族を与えてくれて」
「いいえ。私の方こそ、ありがとうございます。あなたに出会えて、私、本当に幸せです」
ユアンは、クロヴィスとその腕の中の我が子を、深い愛情に満ちた眼差しで見つめた。
政略結婚という、最も不幸な形から始まった二人の関係。すれ違い、傷つけ合い、数多の困難を乗り越えて、今、本物の愛と、新しい家族という、何にも代えがたい最高の幸せを手に入れたのだった。
窓の外では、静かに雪が降り始めていた。それは、二人が初めて出会った季節。しかし、もう二人の心に、凍えるような冬が訪れることはないだろう。なぜなら、彼らの傍には、互いを温め合う、太陽のような愛が存在するのだから。
そして、一連の事件を解決に導いたクロヴィスと、その番であるユアンの評価は、帝国内で確固たるものとなった。最初は「小国から来たか弱いオメガ」とユアンを侮っていた貴族たちも、彼が持つ聡明さと、何より帝国最強の将軍を内側から支え、共に戦ったその勇気を認めざるを得なかったのだ。
ユアンは、もはや誰からも侮られることのない、堂々とした「将軍の番」として、人々に敬愛される存在となっていた。
事件が解決し、帝国に平穏な日々が戻ってくると、二人の生活にも穏やかな時間が流れるようになった。
クロヴィスは、相変わらず将軍としての激務に追われていたが、以前のように執務室に籠りきりになることはなくなった。どんなに遅くなっても必ず寝室に戻り、ユアンの隣で眠りにつく。そして、朝はユアンの寝顔を見てから、仕事へと向かうのが彼の日課となっていた。
「氷の将軍」と呼ばれた男は、ユアンにだけは、驚くほど甘く優しい笑顔を見せるようになっていた。その変化に、副官のリオは「ようやく春が来ましたな」と目を細め、侍女たちは「番様の前での閣下は、まるで別人のようだ」と嬉しそうに囁き合った。
ユアンもまた、心からの安らぎを得ていた。クロヴィスの腕の中で目覚め、彼の無事を祈りながら見送る。彼の帰りを待ち、一日の出来事を語り合いながらハーブティーを飲む。そんな何気ない日常のすべてが、ユアンにとってはかけがえのない宝物だった。
そんな幸せな日々が続いていた、ある春の日。
ユアンは、朝から体の異変を感じていた。少し熱っぽく、胃がむかむかする。そして、何より、クロヴィスのアルファとしてのフェロモンに、いつも以上に体が敏感に反応するのだ。
「……ユアン? 顔色が悪いぞ」
朝食の席で、クロヴィスが心配そうに眉を寄せた。
「大丈夫です。少し、寝不足なだけかもしれません」
ユアンは笑顔で答えたが、その日の午後、彼は庭でハーブを摘んでいる最中に、目眩を起こして倒れてしまった。
知らせを聞いて血相を変えて駆けつけたクロヴィスは、すぐに侍医を呼んだ。城中が緊張した空気に包まれる中、診察を終えた侍医は、興奮した面持ちでクロヴィスにこう告げた。
「おめでとうございます、将軍閣下! 番様は、ご懐妊でございます!」
その言葉に、クロヴィスは一瞬、何を言われたのか分からないという顔で固まった。そして、侍医の言葉の意味を理解した瞬間、彼の灰色の瞳が、驚きと、そしてこれ以上ないほどの喜びに、大きく見開かれた。
「……本当か」
「はい。間違いございません。三月ほどかと」
クロヴィスは、ベッドで横になっているユアンの側に駆け寄った。ユアンは、少し気恥ずかしそうに、しかし幸せそうな笑顔で、自分のお腹にそっと手を当てている。
「ユアン……」
クロヴィスは、ユアンのその手の上に、自分の大きな手をそっと重ねた。ここに、自分とユアンの、二人の子供が宿っている。その事実が、彼の心を今までに感じたことのない、温かく、そして力強い感情で満たしていく。
彼は、ユアンの額に、頬に、そして唇に、何度も何度も優しい口づけを落とした。
「ありがとう、ユアン……。ありがとう……」
彼の声は、喜びで震えていた。
その日から、クロヴィスのユアンに対する扱いは、まさに宝物そのものになった。少しでもユアンが重いものを持とうとすれば飛んできて取り上げ、ユアンが歩く道に小石が一つでもあればそれを取り除く。その過保護ぶりは、周囲が呆れるほどだった。
「クロヴィス様、私はそんなに弱くありませんよ」
ユアンが苦笑しても、クロヴィスは「駄目だ。お前と、この子に何かあったら、私は生きていけない」と、真剣な顔で言うのだった。
かつて、ユアンを「世継ぎを産むための道具」だと言い放った男が、今、その世継ぎの存在に、誰よりも心を震わせて喜んでいる。そのことが、ユアンにはたまらなく愛おしかった。
月日は流れ、冬が訪れる頃。
ユアンは、長い陣痛の末、元気なアルファの男の子を産んだ。
黒い髪はクロヴィスに、青い瞳はユアンにそっくりな、愛らしい赤ん坊だった。
初めて我が子をその腕に抱いたクロヴィスは、感動のあまり、しばらく言葉を失っていた。そして、ぽろりと、その灰色の瞳から一筋の涙をこぼした。氷の将軍が、流した初めての嬉し涙だった。
彼は、赤ん坊を抱いたまま、ユアンの傍に膝をつくと、その手に感謝の口づけを落とした。
「ありがとう、ユアン。私に、家族を与えてくれて」
「いいえ。私の方こそ、ありがとうございます。あなたに出会えて、私、本当に幸せです」
ユアンは、クロヴィスとその腕の中の我が子を、深い愛情に満ちた眼差しで見つめた。
政略結婚という、最も不幸な形から始まった二人の関係。すれ違い、傷つけ合い、数多の困難を乗り越えて、今、本物の愛と、新しい家族という、何にも代えがたい最高の幸せを手に入れたのだった。
窓の外では、静かに雪が降り始めていた。それは、二人が初めて出会った季節。しかし、もう二人の心に、凍えるような冬が訪れることはないだろう。なぜなら、彼らの傍には、互いを温め合う、太陽のような愛が存在するのだから。
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