真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん

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第11話「奪還作戦」

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 ウィリアムの懸念は現実となった。
 翌日、俺は街への買い出しの最中に、何者かに襲撃された。
 市場の路地裏で、突如として視界が暗転したのだ。魔術による昏睡。気付いた時には、馬車の荷台に乗せられていた。
 拘束され、口には猿轡。隣にはカイル王子の部下と思われる男たちが座っている。

「手荒な真似をしてすまないね。だが、平和的に来てくれそうになかったから」
 御者台から声がする。
 馬車は国境へ向かって疾走していた。
 俺は冷静に状況を分析する。所持品は奪われたが、手足の拘束は縄だ。摩擦で切れるかもしれない。
 だが、ここは王都から離れた街道。逃げ出したところで、再び捕まる可能性が高い。

『困ったな。今夜のシフトはテオドール様の番なのに』
 こんな状況でも、仕事の心配をしてしまう自分が恨めしい。
 その時だった。
 ドォォォン!!
 雷が落ちたような轟音が響き、馬車が大きく傾いた。
 悲鳴を上げる御者。馬の嘶き。
「な、なんだ!?」
 男たちが窓から外を覗こうとした瞬間、天井が吹き飛んだ。

 青空をバックに、逆光の中で三つの影が舞い降りる。
「……見つけたぞ」
 地獄の底から響くような声。
 テオドールだ。手には氷の魔力を纏った剣。
 その横には、素手で馬車の車輪を粉砕したレオナルド。
 そして、空中に浮かぶ魔術陣を展開したウィリアム。

「貴様ら……俺たちの『命』を盗んで、タダで帰れると思ったか?」
 テオドールが剣を一閃させる。
 男たちの武器が、触れもせずに凍りつき、砕け散った。
「ひいぃぃ!? ば、化け物だ!」
 誘拐犯たちは戦意を喪失し、一目散に逃げ出そうとするが、レオナルドがその首根っこを掴んで放り投げた。
「逃がすかよ。みっちり絞めてやる」

 ウィリアムが俺の拘束を魔法で切断し、優しく抱き起こした。
「怪我はありませんか、ルシアン。遅くなって申し訳ない」
「……いえ、迅速な対応、感謝します」
 俺は猿轡を外され、ようやく息をついた。
 それにしても、王族自らが出張ってくるとは。近衛騎士団の出番がないではないか。

 テオドールが俺の前に膝をつき、俺の頬に手を添えた。
 その手は震えていた。怒りか、あるいは恐怖か。
「……二度と、私の目の届かないところに行くな」
 彼は俺を強く抱きしめた。
 氷の王子とは思えないほど、熱い抱擁だった。
「貴様がいなくなったら、私は……我々は、正気を保てない。国などどうでもよくなるほどにな」
 その言葉に、嘘はなかった。
 彼らは国のためでも、能力のためでもなく、ただ「ルシアン」という個を失うことを恐れて、ここまで来たのだ。

 レオナルドもウィリアムも、無言で俺たちの周りに集まり、俺に触れた。
 肩に、背中に、彼らの体温が伝わる。
 フェロモンの嵐のような彼らが、今はただの安らぎを求める子供のように、俺にすがりついている。

『……これでは、どちらが飼い主か分からないな』
 俺は諦めの境地で、彼らの背中をポンポンと叩いた。
 もう、逃げることはできない。
 彼らを置いていくことは、俺自身も望まないようになってしまっていたのだから。
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