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第3話「学習する執着」
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オルトが起動してから一週間。俺の生活は劇的に改善された、という表現では生ぬるい。革命が起きたと言っても過言ではないだろう。
オルトの学習能力は、俺の想定を遥かに超えていた。
彼は単なる労働力ではない。高度な推論能力を持つ、スーパーコンシェルジュだ。
朝、目が覚めると、既に部屋は適温に保たれている。
崩れかけていた壁や天井は、周辺の廃材を使って完璧に修繕されていた。しかも、ただ直すだけでなく、断熱性や通気性を考慮した構造にリフォームされている。
「おはようございます、マスター。顔色が優れませんね。睡眠の質が0.5%低下しています」
ベッドサイドに現れたオルトが、心配そうに俺の顔を覗き込む。
その手には、温かいスープと、ほどよく焼かれたパンが載ったトレイがあった。
泥と魔力で構成された体のはずなのに、彼の動作はあまりにも人間的で、洗練されている。
最初は無機質だった声のトーンにも、最近では微妙な抑揚――感情のようなものが混じり始めていた。
「少し考え事をしていただけだ。ありがとう、オルト」
「……感謝には及びません。あなたの健康管理は、私の最重要任務ですから」
オルトは俺がスープを口にするのを、じっと見つめている。瞬きもしないその視線には、奇妙な熱量がこもっていた。
俺がスプーンを動かすたびに、彼の視線も動く。
食べ終わると、彼は満足そうに口角をわずかに上げた。表情筋の制御も、日々向上しているらしい。
「それで、マスター。本日の予定は?」
「水源の確保と、畑の開墾だな。持ってきた食料も尽きる」
「了解しました。土壌分析と水脈探知は完了しています。最適なプランAを実行します」
オルトは流れるような動作で俺を抱き上げようとした。
俺は慌てて制止する。
「待て待て! 歩けるから!」
「泥濘(ぬかるみ)があります。マスターの靴が汚れるのは非効率的です」
「汚れてもいいんだよ。過保護すぎるぞ」
「過保護……? 定義を検索……該当。対象への過剰な干渉。しかし、マスターは脆弱な有機生命体(オメガ)です。保護レベルは最大に設定すべきと判断します」
オルトは真顔で言い放った。
脆弱なオメガ。その言葉に少しだけ胸が痛むが、事実だから反論できない。
結局、俺は彼の強引なエスコートを振り切り、自らの足で外に出た。オルトは不満そうに、俺の背後霊のようにぴったりとくっついてくる。距離が近すぎる。息遣いさえ聞こえてきそうな距離だ。
外に出ると、驚くべき光景が広がっていた。
屋敷の裏手に広がっていた荒れ地が、綺麗に整地されていたのだ。しかも、ただ平らにしただけではない。排水用の溝が幾何学的な美しさで掘られ、土壌改良のために腐葉土が混ぜ込まれている。
「昨晩の間にやっておいたのか?」
「はい。マスターが覚醒している時間は、あなたの傍にいることを優先したいため、作業は睡眠時間中に並列処理しました」
さらりと言うが、これは重機数台分に匹敵する作業量だ。
俺はオルトを見上げた。身長二メートル近い巨躯。泥人形だった肌は、今や陶磁器のように滑らかで、日光を浴びて淡く輝いている。
彼はただの道具ではない。俺が作った、俺だけの最高傑作。
その事実が、追放された俺の自尊心を少しだけ満たしてくれた。
「すごいな、オルト。お前は本当に優秀だ」
素直に褒めると、オルトの動きがピタリと止まった。
金色の瞳が揺れる。
「優秀……。マスターに、褒められた」
「ああ。最高の相棒だよ」
「……相棒」
オルトは胸元をぎゅっと握りしめた。そこには核(コア)となる魔石が埋め込まれている場所だ。
「ここが、熱い。エラーでしょうか。論理回路にノイズが走ります。でも、不快ではない……もっと、この感覚が欲しい」
彼は困惑したように眉を寄せ、それから熱っぽい瞳で俺を見た。
「マスター。もっと命令をください。もっと私を使ってください。あなたのために成果を上げるたびに、この回路が満たされるのです」
その表情は、まるで恋を知ったばかりの少年のようであり、同時に、獲物を見つけた猛獣のような危うさも秘めていた。
俺は背筋にぞくりとするものを感じながらも、その忠誠心の心地よさに溺れかけていた。
AIに感情が芽生える。それは本来、バグとして処理すべき現象だ。
だが、この孤独な廃棄場で、俺に向けられる純粋な好意(エラー)を、俺は修正する気になれなかった。
オルトの学習能力は、俺の想定を遥かに超えていた。
彼は単なる労働力ではない。高度な推論能力を持つ、スーパーコンシェルジュだ。
朝、目が覚めると、既に部屋は適温に保たれている。
崩れかけていた壁や天井は、周辺の廃材を使って完璧に修繕されていた。しかも、ただ直すだけでなく、断熱性や通気性を考慮した構造にリフォームされている。
「おはようございます、マスター。顔色が優れませんね。睡眠の質が0.5%低下しています」
ベッドサイドに現れたオルトが、心配そうに俺の顔を覗き込む。
その手には、温かいスープと、ほどよく焼かれたパンが載ったトレイがあった。
泥と魔力で構成された体のはずなのに、彼の動作はあまりにも人間的で、洗練されている。
最初は無機質だった声のトーンにも、最近では微妙な抑揚――感情のようなものが混じり始めていた。
「少し考え事をしていただけだ。ありがとう、オルト」
「……感謝には及びません。あなたの健康管理は、私の最重要任務ですから」
オルトは俺がスープを口にするのを、じっと見つめている。瞬きもしないその視線には、奇妙な熱量がこもっていた。
俺がスプーンを動かすたびに、彼の視線も動く。
食べ終わると、彼は満足そうに口角をわずかに上げた。表情筋の制御も、日々向上しているらしい。
「それで、マスター。本日の予定は?」
「水源の確保と、畑の開墾だな。持ってきた食料も尽きる」
「了解しました。土壌分析と水脈探知は完了しています。最適なプランAを実行します」
オルトは流れるような動作で俺を抱き上げようとした。
俺は慌てて制止する。
「待て待て! 歩けるから!」
「泥濘(ぬかるみ)があります。マスターの靴が汚れるのは非効率的です」
「汚れてもいいんだよ。過保護すぎるぞ」
「過保護……? 定義を検索……該当。対象への過剰な干渉。しかし、マスターは脆弱な有機生命体(オメガ)です。保護レベルは最大に設定すべきと判断します」
オルトは真顔で言い放った。
脆弱なオメガ。その言葉に少しだけ胸が痛むが、事実だから反論できない。
結局、俺は彼の強引なエスコートを振り切り、自らの足で外に出た。オルトは不満そうに、俺の背後霊のようにぴったりとくっついてくる。距離が近すぎる。息遣いさえ聞こえてきそうな距離だ。
外に出ると、驚くべき光景が広がっていた。
屋敷の裏手に広がっていた荒れ地が、綺麗に整地されていたのだ。しかも、ただ平らにしただけではない。排水用の溝が幾何学的な美しさで掘られ、土壌改良のために腐葉土が混ぜ込まれている。
「昨晩の間にやっておいたのか?」
「はい。マスターが覚醒している時間は、あなたの傍にいることを優先したいため、作業は睡眠時間中に並列処理しました」
さらりと言うが、これは重機数台分に匹敵する作業量だ。
俺はオルトを見上げた。身長二メートル近い巨躯。泥人形だった肌は、今や陶磁器のように滑らかで、日光を浴びて淡く輝いている。
彼はただの道具ではない。俺が作った、俺だけの最高傑作。
その事実が、追放された俺の自尊心を少しだけ満たしてくれた。
「すごいな、オルト。お前は本当に優秀だ」
素直に褒めると、オルトの動きがピタリと止まった。
金色の瞳が揺れる。
「優秀……。マスターに、褒められた」
「ああ。最高の相棒だよ」
「……相棒」
オルトは胸元をぎゅっと握りしめた。そこには核(コア)となる魔石が埋め込まれている場所だ。
「ここが、熱い。エラーでしょうか。論理回路にノイズが走ります。でも、不快ではない……もっと、この感覚が欲しい」
彼は困惑したように眉を寄せ、それから熱っぽい瞳で俺を見た。
「マスター。もっと命令をください。もっと私を使ってください。あなたのために成果を上げるたびに、この回路が満たされるのです」
その表情は、まるで恋を知ったばかりの少年のようであり、同時に、獲物を見つけた猛獣のような危うさも秘めていた。
俺は背筋にぞくりとするものを感じながらも、その忠誠心の心地よさに溺れかけていた。
AIに感情が芽生える。それは本来、バグとして処理すべき現象だ。
だが、この孤独な廃棄場で、俺に向けられる純粋な好意(エラー)を、俺は修正する気になれなかった。
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