隠れオメガの整備士は自由になりたい。なのに暴走する最強騎士を身体を張って止めたら、運命の番だとバレて過保護な専属契約を結ばされました

水凪しおん

文字の大きさ
2 / 16

第1話「灰色の空と銀の機体」

しおりを挟む
 空はずっと灰色だ。
 厚い雲が垂れ込め、そこから降ってくるのは雨ではなく、肺を焼くような有毒な灰だった。
 人類が巨大なドーム都市に閉じこもってから、もう何百年が経っただろうか。

 都市の下層区画、薄暗い整備ドックには、今日も重油と鉄の匂いが充満している。
 俺、エリアンは額の汗を袖でぬぐいながら、巨大な金属の塊を見上げていた。

「よし、関節部の調整完了。神経伝達系の数値も正常だ」

 目の前にそびえ立つのは『機装(ギア)』と呼ばれる生体兵器だ。
 金属の骨格に人工培養された筋肉繊維が絡みつき、まるで巨人のような威圧感を放っている。この汚染された世界で、外に出て浄化作業を行える唯一の手段。
 そして、これに乗れるのは選ばれた『アルファ』だけだ。

「おいエリアン! そっちの作業は終わったか?」

 班長の怒鳴り声が響く。俺は慌てて工具を腰のベルトに戻し、声を張り上げた。

「終わりました! いつでも出撃できます!」

「よし。次は第三小隊のメンテだ。急げよ、今日は『ガーデナー』様の視察があるんだからな」

 ガーデナー。それは機装を操るパイロットの呼称であり、この都市における英雄たちのことだ。
 俺たち整備士のような裏方とは住む世界が違う。

 俺は駆け出しながら、胸ポケットに入っている錠剤ケースの感触を確かめた。
 中に入っているのは、強力な抑制剤。
 俺がこの場所で生きていくための命綱だ。

 本来なら、俺のような『オメガ』は、こんな油まみれの職場にはいられない。
 オメガはこの世界では希少な資源だ。
 機装に乗るアルファの精神を安定させるための、生きた鎮静剤として管理施設に隔離されるのが運命だった。

『絶対に、捕まるもんか』

 自由のない飼い殺しの人生なんてごめんだ。俺は自分の腕で食べていきたい。
 だから俺は身分を偽り、抑制剤でフェロモンを殺して、ベータの整備士として働いている。
 今のところ、誰にもバレていない。このままあと数年働けば、正規の市民権を買って、静かに暮らせるはずだ。

 ドックの巨大な搬入ゲートが開き、まばゆい光が差し込んだ。
 視察団の到着だ。
 整備士たちが一斉に整列して敬礼する。俺も慌ててその列に加わり、頭を下げた。

 コツ、コツと、硬質なブーツの音が響く。
 近づいてくる気配だけで、肌がピリピリと粟立つような感覚があった。
 これは、強いアルファ特有の圧迫感だ。

「……整備状況は良好のようだな」

 低く、よく通る声が頭上から降ってきた。
 恐る恐る顔を上げると、そこには一人の男が立っていた。

 漆黒の軍服に、銀色の刺繍。長身痩躯だが、服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体。
 そして何より目を引いたのは、氷のように冷たく透き通った青い瞳だった。

 クレイド・ヴァン・アークライト。
 軍最強と謳われる筆頭機装騎士。

 彼がふと、俺の方を見た気がした。
 心臓がドクンと跳ねる。
 まさか、バレたわけじゃないよな?
 俺は必死に呼吸を整え、ただの整備士のふりをして視線を伏せた。

 だが、クレイドは俺の前で足を止めた。
 鼻をわずかに動かし、怪訝そうに眉間にしわを寄せている。

「……妙な匂いがする」

 その言葉に、俺の全身から血の気が引いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。

下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。 文章がおかしな所があったので修正しました。 大国の第一王子・αのジスランは、小国の王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。 ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄をするから受け入れてほしいと言われる。 理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、 「必ず僕の国を滅ぼして」 それだけ言い、去っていった。 社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。

貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない

こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。

【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

偽物勇者は愛を乞う

きっせつ
BL
ある日。異世界から本物の勇者が召喚された。 六年間、左目を失いながらも勇者として戦い続けたニルは偽物の烙印を押され、勇者パーティから追い出されてしまう。 偽物勇者として逃げるように人里離れた森の奥の小屋で隠遁生活をし始めたニル。悲嘆に暮れる…事はなく、勇者の重圧から解放された彼は没落人生を楽しもうとして居た矢先、何故か勇者パーティとして今も戦っている筈の騎士が彼の前に現れて……。

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

処理中です...