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第2話「初めての接触と、竜の好物」
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破滅回避を決意した翌日、俺は早速行動を開始した。
手始めに宰相としての膨大な執務書類に目を通し、現在の国の状況とゲームのシナリオとの差異を確認していく。
幸いにも物語はまだ序盤で、俺、クリストフとラスボスのダリウスとの関係は『互いに無関心』というレベルであり、最悪の事態には至っていなかった。
そして絶好の機会はすぐに訪れた。
国王主催の夜会。
王族や有力貴族が一堂に会するこのパーティーに、人嫌いで知られる魔竜公ダリウスも立場上、顔を出さざるを得ないのだ。
豪華絢爛なシャンデリアが照らす大広間で、俺はターゲットの姿を探した。
すぐに見つかった。
一人だけ周囲の華やかな雰囲気から切り離されたかのように、冷たい空気を纏って壁際に佇む男。
黒曜石のような漆黒の髪に、血のように赤い瞳。
その人ならざる美貌と他者を寄せ付けない威圧感は、まさしく魔竜公ダリウス・ナイトレイヴンその人だった。
誰も彼に近づこうとしない。
まるで彼を中心に見えない壁があるかのようだ。
俺は覚悟を決め、ウェイターからグラスを二つ受け取ると、その壁に向かって歩みを進めた。
俺が近づくにつれて周囲の貴族たちのひそひそ話が聞こえてくる。
「おい、見ろよ。宰相閣下が魔竜公の元へ……」
「何を話すおつもりだ? あの二人は犬猿の仲とばかり……」
知るか。
これからその仲を、誰よりも親密なものに変えてみせるんだ。
ダリウスの目の前に立ち、努めて優雅な笑みを浮かべてみせる。
「ご機嫌よう、ナイトレイヴン公爵。今宵の月は美しいですね」
ダリウスは彫像のように無表情な顔を、ゆっくりと俺に向けた。
その血のように赤い瞳が俺を捉える。
ゾクリと背筋が凍るような感覚を覚えた。
これが竜の威圧か。
普通の人間ならこの視線だけで竦み上がってしまうだろう。
「……」
彼は何も答えない。
ただ冷たい視線で俺を観察しているかのようだ。
だがここで怯むわけにはいかない。
俺はにこやかに、手に持っていたグラスの一つを彼に差し出した。
「よろしければ一杯いかがですか? このロゼは今年の新作の中でも特に出来が良いと評判です」
ダリウスの視線が俺の差し出したグラスに一瞬落ち、そしてすぐに俺の顔に戻る。
やがて彼は薄い唇をわずかに開いた。
「失せろ」
たった一言。
地を這うような低い声で、彼はそう告げた。
その声に含まれた拒絶と侮蔑は、心を抉るには十分すぎる威力を持っていた。
周囲から小さく息をのむ音や、嘲笑う気配が伝わってくる。
悪徳宰相が化け物公爵に一蹴された。
面白い見世物だろう。
だが俺の心は折れなかった。
むしろ燃え上がっていた。
ゲーム通りだ。
彼のこの反応は完全に想定内。
俺は少しも表情を崩さず、差し出したグラスをゆっくりと引いた。
そして懐から小さな包みを取り出す。
ビロードの布に丁寧に包まれた、ささやかな贈り物だ。
「では、こちらはいかがでしょう?」
俺が包みを開くと中から現れたのは、琥珀色に輝く小さな蜜漬けだった。
甘く、どこか神秘的な香りがふわりと漂う。
ダリウスの表情が、初めてピクリと動いた。
彼の赤い瞳がわずかに見開かれる。
「それは……」
「『星屑草の蜜漬け』です。公爵の領地でしか採れないという幻の花。その蜜を集めて作った特別な品だと聞いております」
これはゲームの隠しイベントで明かされる情報だ。
星屑草は竜族にしか見つけられない花であり、その蜜は彼らにとって何よりの好物。
ダリウスが幼い頃、唯一心を許した竜の乳母がよくこれを作ってくれたというエピソードがあった。
この蜜漬けを用意するために宰相の権限を使い、あらゆる文献を調べ、商人たちに無理難題を押し付けた。
徹夜で書類の山と格闘した甲斐があったというものだ。
ダリウスは驚愕を隠せない様子で蜜漬けと俺の顔を交互に見ている。
彼の氷のような瞳が初めて揺らいでいた。
「なぜ、お前がそれを……」
「さあ、なぜでしょうね? ただ貴方のようなお方にこそ、相応しい品だと思ったまでです」
俺は意味深に微笑んで、その蜜漬けを彼の手にそっと握らせた。
彼の指先が氷のように冷たいことに驚く。
「……失礼」
ダリウスはそれだけ言うと俺から視線を逸らし、足早にテラスの方へと去ってしまった。
その背中はどこか逃げるように見えた。
俺は彼の去った方向を見つめながら、静かに息を吐いた。
周囲の貴族たちが何が起こったのか分からず戸惑っているのが分かる。
今はまだこれでいい。
彼の心に俺という存在を深く刻み付けられたはずだ。
「クリストフ・フォン・ヴァルディオス」という悪役宰相が、誰も知らないはずの自分の秘密を知っていた。
その事実は彼の心に大きな波紋を広げたはずだ。
破滅回避への第一歩は成功だ。
俺は口の端に満足の笑みを浮かべた。
手始めに宰相としての膨大な執務書類に目を通し、現在の国の状況とゲームのシナリオとの差異を確認していく。
幸いにも物語はまだ序盤で、俺、クリストフとラスボスのダリウスとの関係は『互いに無関心』というレベルであり、最悪の事態には至っていなかった。
そして絶好の機会はすぐに訪れた。
国王主催の夜会。
王族や有力貴族が一堂に会するこのパーティーに、人嫌いで知られる魔竜公ダリウスも立場上、顔を出さざるを得ないのだ。
豪華絢爛なシャンデリアが照らす大広間で、俺はターゲットの姿を探した。
すぐに見つかった。
一人だけ周囲の華やかな雰囲気から切り離されたかのように、冷たい空気を纏って壁際に佇む男。
黒曜石のような漆黒の髪に、血のように赤い瞳。
その人ならざる美貌と他者を寄せ付けない威圧感は、まさしく魔竜公ダリウス・ナイトレイヴンその人だった。
誰も彼に近づこうとしない。
まるで彼を中心に見えない壁があるかのようだ。
俺は覚悟を決め、ウェイターからグラスを二つ受け取ると、その壁に向かって歩みを進めた。
俺が近づくにつれて周囲の貴族たちのひそひそ話が聞こえてくる。
「おい、見ろよ。宰相閣下が魔竜公の元へ……」
「何を話すおつもりだ? あの二人は犬猿の仲とばかり……」
知るか。
これからその仲を、誰よりも親密なものに変えてみせるんだ。
ダリウスの目の前に立ち、努めて優雅な笑みを浮かべてみせる。
「ご機嫌よう、ナイトレイヴン公爵。今宵の月は美しいですね」
ダリウスは彫像のように無表情な顔を、ゆっくりと俺に向けた。
その血のように赤い瞳が俺を捉える。
ゾクリと背筋が凍るような感覚を覚えた。
これが竜の威圧か。
普通の人間ならこの視線だけで竦み上がってしまうだろう。
「……」
彼は何も答えない。
ただ冷たい視線で俺を観察しているかのようだ。
だがここで怯むわけにはいかない。
俺はにこやかに、手に持っていたグラスの一つを彼に差し出した。
「よろしければ一杯いかがですか? このロゼは今年の新作の中でも特に出来が良いと評判です」
ダリウスの視線が俺の差し出したグラスに一瞬落ち、そしてすぐに俺の顔に戻る。
やがて彼は薄い唇をわずかに開いた。
「失せろ」
たった一言。
地を這うような低い声で、彼はそう告げた。
その声に含まれた拒絶と侮蔑は、心を抉るには十分すぎる威力を持っていた。
周囲から小さく息をのむ音や、嘲笑う気配が伝わってくる。
悪徳宰相が化け物公爵に一蹴された。
面白い見世物だろう。
だが俺の心は折れなかった。
むしろ燃え上がっていた。
ゲーム通りだ。
彼のこの反応は完全に想定内。
俺は少しも表情を崩さず、差し出したグラスをゆっくりと引いた。
そして懐から小さな包みを取り出す。
ビロードの布に丁寧に包まれた、ささやかな贈り物だ。
「では、こちらはいかがでしょう?」
俺が包みを開くと中から現れたのは、琥珀色に輝く小さな蜜漬けだった。
甘く、どこか神秘的な香りがふわりと漂う。
ダリウスの表情が、初めてピクリと動いた。
彼の赤い瞳がわずかに見開かれる。
「それは……」
「『星屑草の蜜漬け』です。公爵の領地でしか採れないという幻の花。その蜜を集めて作った特別な品だと聞いております」
これはゲームの隠しイベントで明かされる情報だ。
星屑草は竜族にしか見つけられない花であり、その蜜は彼らにとって何よりの好物。
ダリウスが幼い頃、唯一心を許した竜の乳母がよくこれを作ってくれたというエピソードがあった。
この蜜漬けを用意するために宰相の権限を使い、あらゆる文献を調べ、商人たちに無理難題を押し付けた。
徹夜で書類の山と格闘した甲斐があったというものだ。
ダリウスは驚愕を隠せない様子で蜜漬けと俺の顔を交互に見ている。
彼の氷のような瞳が初めて揺らいでいた。
「なぜ、お前がそれを……」
「さあ、なぜでしょうね? ただ貴方のようなお方にこそ、相応しい品だと思ったまでです」
俺は意味深に微笑んで、その蜜漬けを彼の手にそっと握らせた。
彼の指先が氷のように冷たいことに驚く。
「……失礼」
ダリウスはそれだけ言うと俺から視線を逸らし、足早にテラスの方へと去ってしまった。
その背中はどこか逃げるように見えた。
俺は彼の去った方向を見つめながら、静かに息を吐いた。
周囲の貴族たちが何が起こったのか分からず戸惑っているのが分かる。
今はまだこれでいい。
彼の心に俺という存在を深く刻み付けられたはずだ。
「クリストフ・フォン・ヴァルディオス」という悪役宰相が、誰も知らないはずの自分の秘密を知っていた。
その事実は彼の心に大きな波紋を広げたはずだ。
破滅回避への第一歩は成功だ。
俺は口の端に満足の笑みを浮かべた。
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