悪役令嬢の兄に転生!破滅フラグ回避でスローライフを目指すはずが、氷の騎士に溺愛されてます

水凪しおん

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第9話 氷の騎士の囁きと、芽生えた感情

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 あの夜会での一件は、当然ながら、あっという間に学園中の噂になった。

「聞いた? ヴァイス家のアシェル様が、隣国の騎士団長様とダンスを……」
「まあ、男同士で? なんて破廉恥な……」
「でも、氷の騎士様が、あんなに情熱的な瞳で人を見つめるなんて……」

 廊下を歩けばヒソヒソと囁かれ、教室にいても遠巻きに視線を感じる。俺が望んだ穏やかな学園生活は、完全に崩壊した。

「全部、あの人のせいだ……!」

 当然、俺は噂の元凶であるサイラスを全力で避けるようになった。彼の姿を見かければ回れ右、気配を感じれば物陰に隠れる。
 しかし、そんな涙ぐましい努力は、いとも簡単に打ち破られた。

 その日の放課後、俺が書庫で本を探していると、背後の棚からぬっと彼が顔を出した。

「探したぞ、アシェル」

「ひっ!? サ、サイラス殿! なぜここに……!」

「最近、お前が俺を避けているようだからな」

 彼は悪びれもせずにそう言うと、俺と棚の間に体を割り込ませ、逃げ道を塞いだ。
 いわゆる壁ドンという状況だが、相手が男ではときめきよりも恐怖が勝る。

「あの、用事がありますので、失礼……」

「待て」

 俺の腕を掴む彼の力は、抗うことを許さないほどに強かった。
 そして、彼は俺の耳元に顔を寄せ、とんでもないことを囁いた。

「……あの夜、お前は美しかった」

「~~~っ!」

 俺はカッと顔に熱が集まるのを感じた。何を言っているんだ、この人は! 真顔で、こんな恥ずかしいセリフを!

「な、なな、何の冗談ですか!」

「冗談ではない。ライトに照らされたプラチナブロンドも、俺のリードに翻弄される姿も、すべてが」

 彼は淡々と、しかし熱を帯びた声で続ける。俺はもう、混乱のあまり頭がショートしそうだった。

 彼の真意が、まったくわからない。これは、ただの友情の表現なのか? いや、男友達に「美しかった」などと言うだろうか。
 それとも、からかわれているだけ? でも、彼の瞳はどこまでも真剣だ。

(まさか、この人……本気で俺のことを……?)

 その可能性に思い至った瞬間、俺の心臓が大きく跳ねた。
 転生してからというもの、俺はずっと破滅フラグの回避とスローライフの実現だけを考えて生きてきた。恋愛なんて、考えたこともなかった。ましてや、相手が男だなんて。

 でも、この胸の高鳴りは何だ?
 彼の腕に囚われ、至近距離でそのアイスブルーの瞳に見つめられて、どうしようもなく動揺しているこの感情は?

 それは、三十代半ばの元会社員だった俺が、遠い昔に忘れてしまった、甘く、そして苦い、恋愛という感情の芽生えだった。

「……離して、ください」

 俺はかろうじてそれだけを言うと、彼の手を振りほどき、その場から逃げ出した。

 残されたサイラスが、どんな顔をしていたのか。それを確かめる勇気は、今の俺にはなかった。
 自分の心の中に生まれた、理解不能な感情から逃げるように、俺はただ走り続けた。
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