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第8話 男と男のダンスは波乱の幕開け
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学園主催の夜会が開かれた。きらびやかなシャンデリアがホールを照らし、優雅なワルツの調べが流れる。生徒たちの楽しげな話し声が、心地よく耳に響いていた。
――響いていた、のだが。
俺は壁際で、一人ため息をついていた。
原因は、ホールの中心で踊る二人の男女。アルフォンス王子と、ヒロインのエリアナだ。
エリアナは身分こそ低いが、特待生として学園の顔でもある。王子が彼女と一曲踊るのは、いわば当然のことで、何の他意もないはずだ。しかし、その光景は他の生徒たちの目には違って映る。
「お兄様……」
隣に立つリリアナが、不安そうな声で俺の服の袖を掴んだ。彼女の視線も、王子とエリアナに注がれている。その顔には、寂しさと、ほんの少しの嫉妬の色が浮かんでいた。
まずい。いくらリリアナとエリアナが友人関係だとはいえ、婚約者が他の女性と親しげにしているのを見れば、不安になるのは当然だ。これが、ゲームのように彼女の闇落ちの引き金にならないとも限らない。
「リリアナ」
俺は優しく妹の名を呼び、彼女に向かって手を差し伸べた。
「一曲、俺と踊ってくれるかい? 俺の可愛い妹が、壁の花になっているのは我慢ならないからな」
俺の言葉に、リリアナはきょとんとした顔をしたが、やがて花が咲くように微笑んだ。
「はい、お兄様!」
俺たちはホールの中心へと進み出た。兄妹で踊ることは、別に珍しいことではない。
ぎこちないながらも、なんとかリードを取り、リリアナをエスコートする。俺の腕の中で、リリアナは安心したように、先程までの不安な表情を消していた。
(よしよし、これで少しは気分も晴れただろう)
曲が終わりに近づき、俺が安堵しかけた、その時だった。
スッと、俺たちの前に一つの影が差し、俺の目の前に片膝をついたのだ。
「アシェル殿。次の一曲、私と踊っていただけないだろうか」
漆黒の騎士服、冷たいアイスブルーの瞳。そこにいたのは、今夜もなぜか学園のパーティーに姿を現している、サイラス・エインズワースその人だった。
彼の突然の申し出に、俺は完全に固まった。周囲の音楽や話し声が、一瞬で遠のいていく。
(は……? なんて言った、今この人?)
男が、男に、ダンスを申し込む? 前代未聞だ。いや、ありえない。
ホール中の視線が、一斉に俺たちに突き刺さるのがわかった。リリアナも、アルフォンス王子も、エリアナも、皆が信じられないといった顔でこちらを見ている。
「さ、サイラス殿、ご冗談を……。男同士でダンスなど……」
「なぜいけない? 私は、お前と踊りたい」
彼の瞳は、冗談など言っているようには見えなかった。まっすぐで、真剣で、有無を言わせぬ力強さがあった。
断れば、この場で彼に恥をかかせることになる。それは、隣国の騎士団長に対して、あまりにも無礼だ。
進むも地獄、退くも地獄。俺は覚悟を決め、震える手で、彼の手を取った。
「……光栄です」
次の曲が流れ始める。サイラスは慣れた手つきで俺の腰に手を回し、力強くリードし始めた。彼の動きに翻弄されながら、俺はただステップを踏むことしかできない。
顔が近い。近すぎる。
彼の纏う、冷たい冬の夜のような、それでいてどこか熱を帯びた香りが、俺の思考を麻痺させる。
耳元で、彼の低い声が囁いた。
「……ようやく、捕まえた」
その言葉の意味を理解するより先に、俺の心臓が、今までにないほど大きく、激しく音を立てた。
ホール中の注目を浴びながら、俺はただ、この奇妙で、恐ろしく、そしてどこか甘美な時間が、一刻も早く終わることだけを願っていた。
――響いていた、のだが。
俺は壁際で、一人ため息をついていた。
原因は、ホールの中心で踊る二人の男女。アルフォンス王子と、ヒロインのエリアナだ。
エリアナは身分こそ低いが、特待生として学園の顔でもある。王子が彼女と一曲踊るのは、いわば当然のことで、何の他意もないはずだ。しかし、その光景は他の生徒たちの目には違って映る。
「お兄様……」
隣に立つリリアナが、不安そうな声で俺の服の袖を掴んだ。彼女の視線も、王子とエリアナに注がれている。その顔には、寂しさと、ほんの少しの嫉妬の色が浮かんでいた。
まずい。いくらリリアナとエリアナが友人関係だとはいえ、婚約者が他の女性と親しげにしているのを見れば、不安になるのは当然だ。これが、ゲームのように彼女の闇落ちの引き金にならないとも限らない。
「リリアナ」
俺は優しく妹の名を呼び、彼女に向かって手を差し伸べた。
「一曲、俺と踊ってくれるかい? 俺の可愛い妹が、壁の花になっているのは我慢ならないからな」
俺の言葉に、リリアナはきょとんとした顔をしたが、やがて花が咲くように微笑んだ。
「はい、お兄様!」
俺たちはホールの中心へと進み出た。兄妹で踊ることは、別に珍しいことではない。
ぎこちないながらも、なんとかリードを取り、リリアナをエスコートする。俺の腕の中で、リリアナは安心したように、先程までの不安な表情を消していた。
(よしよし、これで少しは気分も晴れただろう)
曲が終わりに近づき、俺が安堵しかけた、その時だった。
スッと、俺たちの前に一つの影が差し、俺の目の前に片膝をついたのだ。
「アシェル殿。次の一曲、私と踊っていただけないだろうか」
漆黒の騎士服、冷たいアイスブルーの瞳。そこにいたのは、今夜もなぜか学園のパーティーに姿を現している、サイラス・エインズワースその人だった。
彼の突然の申し出に、俺は完全に固まった。周囲の音楽や話し声が、一瞬で遠のいていく。
(は……? なんて言った、今この人?)
男が、男に、ダンスを申し込む? 前代未聞だ。いや、ありえない。
ホール中の視線が、一斉に俺たちに突き刺さるのがわかった。リリアナも、アルフォンス王子も、エリアナも、皆が信じられないといった顔でこちらを見ている。
「さ、サイラス殿、ご冗談を……。男同士でダンスなど……」
「なぜいけない? 私は、お前と踊りたい」
彼の瞳は、冗談など言っているようには見えなかった。まっすぐで、真剣で、有無を言わせぬ力強さがあった。
断れば、この場で彼に恥をかかせることになる。それは、隣国の騎士団長に対して、あまりにも無礼だ。
進むも地獄、退くも地獄。俺は覚悟を決め、震える手で、彼の手を取った。
「……光栄です」
次の曲が流れ始める。サイラスは慣れた手つきで俺の腰に手を回し、力強くリードし始めた。彼の動きに翻弄されながら、俺はただステップを踏むことしかできない。
顔が近い。近すぎる。
彼の纏う、冷たい冬の夜のような、それでいてどこか熱を帯びた香りが、俺の思考を麻痺させる。
耳元で、彼の低い声が囁いた。
「……ようやく、捕まえた」
その言葉の意味を理解するより先に、俺の心臓が、今までにないほど大きく、激しく音を立てた。
ホール中の注目を浴びながら、俺はただ、この奇妙で、恐ろしく、そしてどこか甘美な時間が、一刻も早く終わることだけを願っていた。
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