偽りの罪で追放された俺の【緑の手】は伝説級の力だった。不毛の地で運命の番に溺愛され、世界一の穀倉地帯を作って幸せになります

水凪しおん

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第10話「揺れる天秤、迫る軍靴」

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 アラン王子が軍を率いて辺境へ向かっている、という知らせは、すぐに僕たちの元にもたらされた。
 その知らせを聞いた時、領民たちの間に、一瞬、動揺が走った。相手は、王国の正規軍だ。いくら警備隊を組織したとはいえ、まともに戦えば勝ち目はない。

「どうするんだ、カイ様」

「戦うしかないのか……」

 不安そうな領民たちの声に、カイは力強く答えた。

「案ずるな。俺たちには、俺たちなりの戦い方がある。それに、俺たちの側には、何よりも強い味方がいるだろう?」

 カイはそう言うと、僕を見て、にやりと笑った。その自信に満ちた態度に、領民たちの不安も少し和らいだようだった。
 僕は、カイの隣に立ち、皆に向かって言った。

「皆さん、どうか心配しないでください。私たちは、誰も傷つけませんし、傷つけさせません。私に、考えがあります」

 僕の言葉に、人々は静かに耳を傾けてくれた。いつの間にか、僕は彼らにとって、カイと並ぶほどの信頼の対象となっていたのだ。その事実が、僕に勇気を与えてくれた。
 僕が提案したのは、「戦わずして勝つ」ための奇策だった。
 それは、武力ではなく、僕の【緑の手】がもたらした「豊かさ」そのものを武器にする、というものだった。
 僕たちは、アランの軍勢を迎え撃つ準備を始めた。しかし、それは武器を手に取る準備ではなかった。厨房では、女性たちが大量のパンを焼き、保存食の燻製肉やチーズを用意する。男たちは、僕の育てた甘い果実から作った果実酒を、大きな樽にいくつも詰めていく。僕は、薬師のリリアと共に、回復効果の高いポーションを、ありったけ調合した。
 辺境領は、まるで収穫祭の前夜のような、不思議な活気に包まれていた。
 一方、アラン率いる王都軍の士気は、決して高いものではなかった。
 兵士たちの多くは、王都に残してきた家族の身を案じていた。飢えと病に苦しむ家族を置いて、なぜ、かつて追放した公爵令息一人を連れ戻すために、こんな辺境まで来なければならないのか。多くの者が、疑問を抱いていた。
 長い行軍は、兵士たちの心身をさらに疲弊させた。なけなしの軍用備蓄から支給された食料は乏しく、味もひどいものだった。彼らは空腹と疲労を抱えたまま、荒涼とした土地を延々と歩き続けた。
 やがて、彼らの目の前に、信じられない光景が広がる。
 見渡す限りの緑の大地。豊かに実った作物。そして、その向こうに見える、堅牢な柵に囲まれた、活気のある集落。

「……あれが、北の辺境だと?」

 兵士たちは、自分たちの目を疑った。自分たちが守るべき王都が「灰色の都」と化しているのに、追放された者が暮らすこの土地は、まるで楽園のようではないか。天秤が、ゆっくりと揺らぎ始める。一体、どちらが正義で、どちらが悪なのか。
 アランは、そんな兵士たちの動揺には気づかず、高らかに宣言した。

「全軍、突撃!エリアスを捕らえ、逆らう者は斬り捨てよ!」

 しかし、彼の号令に応えて戦いの雄叫びを上げる兵士は、ほとんどいなかった。
 軍が領地の柵に近づくと、驚くべきことに、門が内側からゆっくりと開かれた。
 門の前に立っていたのは、カイ、ただ一人だった。

「ようこそ、辺境へ。飢えと渇きで、さぞお疲れだろう」

 カイは、敵意など微塵も見せず、堂々とした態度で言った。

「争うつもりはない。だが、エリアスを渡すこともない。……話がしたいのなら、まずは腹ごしらえでもしたらどうだ?最高の食事と酒を、用意してある」

 その言葉と共に、門の中から、食料を積んだ荷車が次々と現れた。
 荷台の上には、こんがりと焼かれた香ばしいパン、分厚く切られたローストビーフ、艶々と輝く新鮮な果物、そして、芳醇な香りを放つチーズの塊。兵士たちは、ゴクリと喉を鳴らした。ここ数週間、まともな食事にありつけていなかった彼らにとって、それは悪魔的な誘惑だった。
 アランが、怒りに顔を真っ赤にして叫ぶ。

「何を企んでいる!そんなものに手を出すな!罠だ!」

 しかし、その声は、空腹の兵士たちには届かない。一人が、ふらふらとパンに手を伸ばしたのを皮切りに、次々と兵士たちが荷車に群がっていった。

「う、うまい……!こんなに美味いパンは、生まれて初めて食った!」

「この肉、柔らかくて、口の中でとろけるようだ!」

 兵士たちは、武器を放り出し、夢中で食事を貪り始めた。その光景を、アランはただ呆然と見つめることしかできない。
 やがて、大きな樽から果実酒が振る舞われ始めると、兵士たちの間には、もはや戦意などひとかけらも残っていなかった。あちこちで酒盛りが始まり、陽気な歌声さえ聞こえてくる始末だ。
 僕も、カイの隣に姿を現した。兵士たちの中に、行軍の途中で怪我をした者がいるのを見つけると、ためらわずに近づき、用意していたポーションを差し出した。

「どうぞ。これを飲めば、すぐに楽になりますよ」

「あ、あなたは……エリアス様?」

 兵士は、僕の顔を見て驚いていた。噂に聞く『豊穣のオメガ』が、こんなにも優しく、美しい人だったとは。そして、敵であるはずの自分に、癒しの手を差し伸べてくれるとは。
 僕の施しを受けた兵士たちは、皆、戸惑い、そして、深く恥じ入るのだった。
 僕たちは、飢えた者に食料を、渇いた者に酒を、傷ついた者に癒しを与えた。
 それは、戦いというには、あまりにも一方的で、あまりにも平和的な光景だった。
 ただ一人、アランだけが、その輪の外で孤立していた。彼の命令は、もはや誰の耳にも届かない。忠実だったはずの騎士たちでさえ、目の前の豊かさと、エリアスという人間の持つ不思議な魅力の前に、剣を抜くことを忘れていた。
 天秤は、完全に傾いた。
 軍靴の音は、陽気な宴のざわめきの中に、虚しく溶けて消えていった。
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