心を閉ざした元天才ピアニストのルームメイトの氷を、寮長の僕が絶対溶かしてみせる。

水凪しおん

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第7話: 不器用なココア

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 嵐が嘘のように過ぎ去った翌朝。302号室には、気まずいほどの沈黙が流れていた。
 先に目を覚ましたのは晶だった。隣のベッドでは、結がまだ静かな寝息を立てている。泣き疲れたのだろう、目元が微かに赤く腫れていた。
 昨夜の出来事が、夢ではなかったことを物語っている。
 晶はそっとベッドを抜け出し、足音を忍ばせて共有スペースの給湯室へ向かった。昨夜のことは、どう切り出せばいいだろうか。触れない方がいいのか、それとも、何か言葉をかけるべきか。
 答えが出ないまま、晶は二人分のマグカップにインスタントのココアの粉を入れる。甘い香りが、少しだけささくれ立った心を和らげてくれるようだった。
 部屋に戻ると、ちょうど結が体を起こしたところだった。目が合うと、結は気まずそうに、さっと視線を逸らす。
「……おはよう、雪村」
「……おはよう、ございます」
 いつもよりさらに小さな声。晶は何も言わずに、湯気の立つマグカップの一つを結の机の上に「こん」と置いた。
「……これ」
 結が戸惑ったように、マグカップと晶の顔を交互に見る。
「ん。甘いもんでも飲んだら、少しは落ち着くかと思って」
 ぶっきらぼうな言い方になってしまったのは、照れ隠しだ。結はしばらくマグカップを黙って見つめていたが、やがておずおずと両手でそれを包み込むように持ち上げた。
 ふわりと立ち上る甘い湯気。
 言葉はない。
 だが、その温かい一杯のココアが、二人の間にあった分厚い氷の壁を、ほんの少しだけ溶かしてくれるような気がした。
 結は小さな口で、こくりと一口ココアを飲む。その喉が、小さく上下するのを晶は黙って見ていた。
「……あたたかい」
 ぽつりと、結が呟いた。
 それは晶に向けられた言葉ではないのかもしれない。それでも、晶の胸の奥に、その温もりがじんわりと広がっていくのを感じた。
 凍てついた二人の関係を溶かす、最初の温もり。
 それは、嵐の去った朝に用意された、一杯の不器用なココアだった。
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