心を閉ざした元天才ピアニストのルームメイトの氷を、寮長の僕が絶対溶かしてみせる。

水凪しおん

文字の大きさ
9 / 23

第8話: 弱さを見せるということ

しおりを挟む
 完璧超人、などと揶揄されることもある晶が、珍しく風邪を引いたのは、それから数日後のことだった。
 季節の変わり目の油断か、それとも最近の気苦労のせいか。朝から体が鉛のように重く、熱を測ると微熱があった。
「晶、顔色悪いぞ。今日は休んどけ」
 友人たちの心配を振り切り、なんとか午前中の授業には出たものの、午後には本格的に熱が上がり、寮の自室で寝込む羽目になった。
「何かあったら、すぐ連絡しろよ」
 健太がスポーツドリンクやゼリーを枕元に置いていってくれる。礼を言って一人になると、途端に心細さが押し寄せてきた。熱に浮かされた頭はガンガンと痛み、体の節々がきしむようだ。
 いつもは完璧な寮長でいなければと気を張っているが、こうして弱っていると、そんな強がりも通用しない。
 結は、晶が寝込んでいることに気づいているはずだが、特に何も言わず、自分の机で静かに本を読んでいた。時折、ちらりとこちらに視線を向ける気配はするが、すぐに逸らされてしまう。
 まあ、そうだよな。
 晶は自嘲気味に笑った。あれだけ彼に踏み込もうとして、拒絶されてきたのだ。今さら、彼に何かを期待する方が間違っている。
 意識が朦朧とする中、晶はいつしか眠りに落ちていた。

 どれくらい時間が経っただろうか。
 ふと目を覚ますと、部屋の中はすっかり暗くなっていた。喉がカラカラに渇いている。体を起こそうとした時、枕元に見慣れないものが置かれているのに気づいた。
 新品のミネラルウォーターのペットボトルと、箱から数錠取り出された解熱剤。
「……え?」
 誰が? 健太がまた来てくれたのだろうか。いや、彼は部活があるから、こんなに早くは戻ってこれないはずだ。
 晶の視線は、部屋の隅、自分の机に向かって静かに座っている結の背中に吸い寄せられた。
 まさか、あいつが?
 結はこちらに気づいていないのか、相変わらず黙々と本を読んでいる。だが、その横顔が、いつもより少しだけ落ち着かないように見えるのは、気のせいだろうか。
 確証はない。けれど、晶には分かった。
 これは、結の不器用な優しさなのだと。
 直接声をかけることも、看病することもできない。けれど、放っておくこともできない。その葛藤の末の、彼なりの精一杯の行動なのだろう。
 胸の奥が、じわりと温かくなるのを感じた。熱のせいだけではない、確かな温もり。
 弱さを見せることは、怖いことだと思っていた。完璧な自分でいなければ、人から見放される。そんな強迫観念が、ずっと晶を縛っていた。
 でも、違ったのかもしれない。
 弱さを見せたからこそ、触れられる優しさがある。
 晶は、結が置いてくれた水を一口飲み、薬を口に含んだ。薬の苦さも、今はなぜか心地よく感じられた。
 初めて見せてくれた結の優しさに、晶の心は、自分でも驚くほど強く、どうしようもなく惹かれていくのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

ミリしら作品の悪役令息に転生した。BL作品なんて聞いてない!

宵のうさぎ
BL
 転生したけど、オタク御用達の青い店でポスターか店頭販促動画か何かで見たことがあるだけのミリしら作品の世界だった。  記憶が確かならば、ポスターの立ち位置からしてたぶん自分は悪役キャラっぽい。  内容は全然知らないけど、死んだりするのも嫌なので目立たないように生きていたのに、パーティーでなぜか断罪が始まった。  え、ここBL作品の世界なの!?  もしかしたら続けるかも  続いたら、原作受け(スパダリ/ソフトヤンデレ)×原作悪役(主人公)です  BL習作なのであたたかい目で見てください

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話

雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。  諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。  実は翔には諒平に隠している事実があり——。 諒平(20)攻め。大学生。 翔(20) 受け。大学生。 慶介(21)翔と同じサークルの友人。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

処理中です...