過労死研究員が転生したら、無自覚チートな薬草師になって騎士様に溺愛される件

水凪しおん

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第03話「招かれざる咆哮と、試される師弟の絆」

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「グルルルルァァァァァッ!」

 穏やかな午後を切り裂くように、学院の敷地内に獣の咆哮が響き渡った。それは、明らかに普通の動物の声ではなかった。地を揺るがすような威圧感と、聞く者の本能的な恐怖を煽る邪悪な気配。

 薬草園で土いじりをしていた俺は、思わずクワを取り落とした。

「な、なんだ今の!?」

 遠くから聞こえてくる生徒たちの悲鳴。何かが割れる音、建物の壁が崩れるような轟音。平穏だった学院は、一瞬にしてパニックの渦に叩き込まれた。

「魔物だ!学院の結界が破られたぞ!」

 誰かの叫び声が聞こえた。魔物。この世界に生息するという、凶暴で危険な存在。普段は騎士団が張った結界によって、街や学院には近づけないはずなのに。

 どうすればいいか分からず立ち往生していると、目の前に屈強な騎士が数人、駆け込んできた。

「君は薬草科の生徒だな!すぐに校舎の中へ避難しろ!ここは危険だ!」
「は、はい!」

 騎士の指示に従い、校舎へ向かって走り出す。その時、視界の端に銀色の閃光が走った。見れば、他の騎士たちを率いて魔物に向かっていく、見慣れた金色の髪。

「リオネスさん!」

 思わず叫んでしまった。彼は数体の魔物を相手に、一人で奮闘していた。その剣捌きは見事で、まるで舞うように敵を切り裂いていく。だが、魔物の数は多すぎる。一体を倒しても、次から次へと新たな個体が現れる。

 リオネスの肩が、わずかに上下しているのが見えた。彼の額には汗が浮かび、その表情には焦りの色が滲んでいる。

「副団長!応援が来るまで持ちこたえてください!」
「分かっている!生徒たちの避難を最優先しろ!」

 部下に檄を飛ばしながらも、彼の動きは徐々に精彩を欠き始めていた。一瞬の隙を突かれ、一体の魔物の鋭い爪が彼の左腕を深く引き裂いた。

「ぐっ……!」

 鮮血が飛び散り、彼の白い制服を赤く染めていく。その光景に、俺は頭が真っ白になった。

(血が……リオネスさんから、血が……!)

 体が、勝手に動いていた。避難しろという騎士の言葉も耳に入らない。俺は踵を返し、薬草園へと全力で駆け戻った。

(止血と消毒、それから鎮痛。傷口からの感染も防がないと……!)

 頭の中で、前世の知識が高速で回転する。薬草園の棚から、必要な薬草を素早く選び取っていく。止血効果の高い『赤血草』、強力な殺菌作用を持つ『銀露草』、そして痛みを和らげる『眠りの根』。

 震える手で乳鉢に薬草を放り込み、すり潰していく。そこに精製水を加え、ペースト状になるまで一心不乱にかき混ぜた。普段ならもっと時間をかけて丁寧に作るが、今は一刻を争う。

「お願い……間に合ってくれ……!」

 祈るような気持ちで、即席の傷薬を完成させる。それを持って、再び戦場へと走り出した。

 戦いは、さらに激化していた。応援の騎士団も到着し、数でこそ人間側が有利に見えたが、魔物の猛攻は凄まじい。あちこちで騎士たちが傷つき、倒れていく。

「回復薬を!早く!」
「くそっ、数が足りない!」

 衛生兵が悲鳴のような声を上げている。彼らが持っている回復薬は、この学院で標準的に作られているものだ。効果が弱く、重傷にはほとんど気休めにしかならない。

 俺は人垣をかき分け、負傷して壁にもたれかかっているリオネスのもとへ駆け寄った。彼の左腕の傷は深く、夥しい量の血が流れ続けている。顔は蒼白で、意識が朦朧としているように見えた。

「リオネスさん!しっかりしてください!」

 俺の声に、彼がゆっくりと顔を上げた。

「ハル……?なぜここに……早く、逃げろ……」
「嫌です!今、薬を作ってきましたから!」

 俺は彼の制服の袖を破り、傷口を露わにする。そして、持ってきた緑色のペースト状の薬を、ためらうことなく傷口に塗り込んだ。

「何を……!」

 近くにいた衛生兵が止めようとするが、それより早く、驚くべき変化が起きた。薬を塗った瞬間、じゅわ、という音と共に、あれほど激しく流れていた出血がピタリと止まったのだ。

「なっ……!?」

 衛生兵だけでなく、リオネス自身も目を見開いて自分の腕を見つめている。傷口の周りの腫れがみるみるうちに引いていき、彼の苦痛に歪んでいた表情が和らいでいく。

「すごい……なんだこの薬は……!?」

 俺には、他の負傷者を気遣う余裕はなかった。今はただ、目の前のリオネスを助けたい。その一心だった。

「まだです。これで終わりじゃありません」

 俺はポーチから、先日彼に渡した回復軟膏の試作品を取り出した。あれは外傷用ではなく、体力を回復させるためのものだ。彼の口を無理やりこじ開け、軟膏を少量、舌の上にのせる。

 すると、彼の蒼白だった顔に、少しずつ血の気が戻ってきた。

「ハル……君は、一体……」

 かすれた声で呟くリオネス。俺は彼の問いには答えず、綺麗な布で傷口をきつく縛った。応急処置は、これで完了だ。

 俺が立ち上がると、周囲の騎士たちの視線が一斉に俺に突き刺さった。驚愕、疑念、そしてわずかな期待。

「その薬を……俺たちにも分けてくれ!」

 一人の騎士が叫んだ。見れば、彼の仲間が腹部から血を流して倒れている。もはや一刻の猶予もない状態だ。

「分かりました!今、すぐに作ります!」

 俺は再び薬草園へと駆け出し、残っている材料をかき集めた。乳鉢ですり潰し、薬を作る。その間も、背後では剣戟の音と怒号が飛び交っている。怖くないと言えば嘘になる。足がすくんで、今にも泣き出しそうだ。

 でも、俺の知識で助かる命があるのなら。
 俺の作った薬を、必要としてくれる人がいるのなら。

 その思いが、俺を突き動かしていた。

 全ての魔物が討伐されたのは、それから一時間ほど後のことだった。俺は結局、薬草園と戦場を何度も往復し、ほとんどの負傷者に薬を施した。俺の薬のおかげで、幸いにも死者は一人も出なかったという。

 騒動が収まった後、俺は医務室のベッドで横になっているリオネスを見舞った。彼の左腕には包帯が巻かれているが、顔色は随分と良くなっている。

「ハル」

 俺の姿を認めると、彼は体を起こそうとした。

「だめです、まだ安静にしてないと」
「……礼を言う。君のおかげで、命拾いした。仲間たちもだ」

 彼は真っ直ぐに俺を見つめて言った。その真剣な眼差しに、俺はまた、どうしようもなく心臓が音を立てるのを感じた。

「いえ、僕は……ただ、できることをしただけで……」

 俯く俺に、彼は静かに言った。

「君の知識を、俺に教えてほしい。どうか、俺を弟子にしてはもらえないだろうか」

「え……?」

 弟子?騎士団の副団長で、大貴族の彼が?平民で、ただの学生の俺に?

「本気で言っている。君の力が必要なんだ。この国を、人々を守るために」

 彼の青い瞳は、冗談を言っているようには見えなかった。むしろ、彼の人生を懸けた、悲痛なほどの願いが込められているように見えた。

 常識で考えれば、ありえない申し出だ。身分の違いがありすぎる。だが、彼の真剣な想いを前に、俺は「無理です」と、どうしても言うことができなかった。

 この日、俺たちの間に、奇妙な師弟関係が結ばれることになった。それが、俺たちの運命を、そしてこの国の未来さえも変えていくことになるなんて、この時の俺はまだ知る由もなかった。
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