過労死研究員が転生したら、無自覚チートな薬草師になって騎士様に溺愛される件

水凪しおん

文字の大きさ
5 / 13

第04話「秘密の講義と、芽生え始めた特別」

しおりを挟む
「――というわけで、この『月影草』の成分アルカロイドは、神経に作用して痛みを麻痺させる効果があるんです。ただし、量を間違えれば毒にもなる。だから、解毒作用のある『太陽の雫』を必ず一緒に処方する必要があります」

 放課後の薬草園。俺は、目の前で真剣にメモを取る大男――もとい、リオネスさんに、薬草学の基礎を教えていた。魔物襲撃事件から数日、彼は宣言通り、本当に俺の弟子になった。

 もちろん、俺は何度も断った。「僕なんかがリオネス様の師なんて、滅相もありません!」と。しかし、彼は頑として譲らなかった。

「身分など関係ない。俺は君の知識に敬意を払っている。教師としてではなく、師として君から学びたいんだ」

 そう真顔で言われてしまえば、こちらとしてはもう頷くしかない。こうして、騎士団の副団長と平民の特待生という、前代未聞の師弟が誕生したわけだ。

 もちろん、この関係はトップシークレットだ。アランのような貴族主義の連中に知られたら、何を言われるか分からない。だから、俺たちの講義は、人の寄り付かない放課後の薬草園で、こっそりと行われるのが常だった。

「なるほど。成分、か。今まで薬草は、ただ伝承や経験則で使っていた。そんな風に理論立てて考えたことはなかったな」

 感心したように頷くリオネスさん。彼は本当に勉強熱心で、俺が話すことを一言も聞き漏らすまいと、必死に羊皮紙にペンを走らせている。その姿は、まるで初めて勉強の楽しさを知った子供のようで、少し微笑ましかった。

「君の話は面白い。まるで新しい世界の扉を開いていくようだ」
「そ、そうですか?ありがとうございます」

 素直に褒められると、どうにも照れてしまう。前世では、研究成果を褒められることはあっても、プロセスを面白いと言われたことはなかったから。

 俺たちの秘密の講義は、ほとんど毎日続いた。リオネスさんは騎士団の仕事で忙しいはずなのに、どんなに疲れていても必ず薬草園に顔を出した。

「疲れてるなら、休んだ方がいいですよ」
「いや、君の顔を見ると疲れが飛ぶ」

 さらりと、とんでもないことを言ってくる。本人は全くの無自覚なのだろうが、こっちの心臓はたまったものじゃない。俺は慌てて薬草の手入れをするふりをして、赤くなった顔を隠した。

 リオネスさんと過ごす時間は、俺にとって特別なものになりつつあった。彼は俺をただの平民としてではなく、一人の人間として、対等に接してくれる。俺の知識を尊敬し、俺の言葉に真剣に耳を傾けてくれる。そんな風に扱われたのは、人生で初めてだった。

 彼もまた、俺の前では騎士団副団長や貴族の顔ではなく、ただの「リオネス」という一人の青年の顔を見せるようになっていた。

「ハル、これを見てくれ。先日討伐したワイバーンの素材だ。何かの薬に使えないだろうか?」
「うわっ、すごい!こんな貴重なもの、いいんですか!?」

 彼は時々、騎士団の任務で手に入れた珍しい素材を持ってきてくれるようになった。それは、俺の研究意欲を大いに刺激した。二人でああでもないこうでもないと議論しながら、新しい薬のレシピを考えるのは、最高に楽しかった。

 そんな穏やかな日々が続くうちに、俺たちの周りには奇妙な噂が立ち始めた。

「おい、見たか?最近、ヴァインベルク副団長が、やけにあの平民に構っているらしいぜ」
「ああ。なんでも、あの魔物騒ぎの時に、奴の作った薬で命を救われたとか」
「まさか。ただの平民の薬が、騎士団の回復薬より効くわけないだろう」

 噂は尾ひれがついて広まっていく。幸い、俺たちが師弟関係にあることまではバレていないが、リオネスさんが俺を特別扱いしていることは、学院中の知るところとなっていた。

 そして、その噂を最も不快に思っている人物がいた。アラン・フォン・エーデルシュタインだ。

 その日も、俺とリオネスさんは薬草園で講義の真っ最中だった。そこへ、アランが数人の取り巻きを引き連れて、わざとらしい足音を立ててやってきた。

「これはこれは、リオネス副団長。こんなところで平民と油を売っているとは、騎士団も暇なものですな」

 嫌味ったらしい口調。リオネスさんは気にする風もなく、静かに立ち上がった。

「エーデルシュタイン卿。彼との時間は、俺にとって有意義なものだ。油を売っているつもりはない」
「ほう。この男の、一体何が有意義だと?」

 アランの侮蔑に満ちた視線が、俺を突き刺す。思わず身がすくむ。

「彼の薬草に関する知識は、学院のどの教師よりも深い。俺は彼から学んでいる」

 リオネスさんのきっぱりとした言葉に、アランの顔がみるみるうちに怒りで歪んでいく。

「何を馬鹿な!この平民が、この僕よりも優れているとでも言うのですか!?ヴァインベルク家の人間ともあろう方が、平民の戯言に騙されるとは、嘆かわしい!」

 取り巻きたちも、くすくすと嘲笑の声を上げる。悔しくて、唇を噛み締めた。言い返したいのに、言葉が出てこない。平民の俺が、公爵家の長男である彼に逆らうことなど許されない。それが、この世界の常識だ。

 だが、俺が口を開くより先に、冷たく、それでいて威圧的な声が響いた。

「撤回しろ、エーデルシュタイン卿」

 リオネスさんの声だった。その声には、今まで俺が聞いたこともないような、鋭い怒りが込められていた。

「彼の知識と努力を侮辱することは、この俺を侮辱することと同じだ。今すぐ、彼に謝罪しろ」

 その場の空気が、凍りついた。アランも、まさかリオネスさんがここまで本気で怒るとは思っていなかったのだろう。その顔は怒りから驚愕、そして恐怖へと変わっていった。

「な……なぜ、あなたがそこまで……」
「彼は俺の……大切な師だ。それを貶める者は、誰であろうと許さない」

 師、という言葉を口にする寸前、彼はわずかにためらい、代わりに「大切な」という言葉を使った。その配慮が、逆に俺の胸を締め付けた。

 ヴァインベルク家の権威と、副団長としての威圧感。その両方を真正面からぶつけられて、アランは何も言えなくなった。彼はしばらく悔しそうに俺とリオネスさんを睨みつけると、忌々しげに舌打ちをして、取り巻きたちと共に去っていった。

 嵐が去った後、薬草園には気まずい沈黙が流れた。

「……すみません、リオネスさん。僕のせいで、面倒なことに」
「君が謝ることじゃない」

 彼は穏やかな声で言うと、俺の頭にそっと手を置いた。大きな、ゴツゴツした騎士の手。でも、その手つきは、まるで壊れ物を扱うかのように優しかった。

「俺は、君が侮辱されるのが許せなかった。それだけだ」

 頭を撫でられながら、俺は俯いたまま顔を上げられなかった。心臓が、うるさくてたまらない。彼の優しさが、彼の特別扱いが、ただの師弟としての感情だけではないのかもしれないと、思い始めていた。

 そして、俺自身も、彼に対して特別な感情を抱き始めていることに、気づかないふりをしていた。

 この温かい関係が、いつか壊れてしまうのが怖かったから。身分の違う俺たちが、これ以上近づくことなんて許されないと、分かっていたから。

 でも、この時、俺の頭を撫でる彼の手の温もりは、どうしようもなく心地よくて。俺はただ、この時間が少しでも長く続くことだけを、願うことしかできなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない

波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。 異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。 強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。 彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。 しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。 「俺に触れられるのは、お前だけだ」 呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。 となります。

氷鉄の騎士団長に拾われたスラムのオメガは、無自覚な溺愛に溶かされる

水凪しおん
BL
スラム街で泥とハーブの匂いにまみれ、オメガであることを隠して生きてきた少年ノア。 ある雨の日、発情の熱と寒さに震える彼を拾い上げたのは、王国最強と謳われる「氷鉄の騎士」ヴァレリウスだった。 「お前からは、雨に濡れた花のような匂いがする」 冷徹と恐れられる騎士団長は、ノアを汚いものとして扱うどころか、その匂いに安らぎを見出し、不器用ながらも全力で愛を注いでくる。 温かい食事、ふかふかのベッド、そして何よりも甘く強烈なアルファの庇護。 これは、孤独な二人が運命の番として惹かれ合い、心と体を溶かし合っていく、極上の溺愛救済BL。 ※本作は性的な描写(キスや愛撫、発情期の描写など)を含みます。15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。

オメガだと隠して地味なベータとして生きてきた俺が、なぜか学園最強で傲慢な次期公爵様と『運命の番』になって、強制的にペアを組まされる羽目に

水凪しおん
BL
この世界では、性は三つに分かたれる。支配者たるアルファ、それに庇護されるオメガ、そして大多数を占めるベータ。 誇り高き魔法使いユキは、オメガという性を隠し、ベータとして魔法学園の門をくぐった。誰にも見下されず、己の力だけで認められるために。 しかし彼の平穏は、一人の男との最悪の出会いによって打ち砕かれる。 学園の頂点に君臨する、傲慢不遜なアルファ――カイ・フォン・エーレンベルク。 反発しあう二人が模擬戦で激突したその瞬間、伝説の証『運命の印』が彼らの首筋に発現する。 それは、決して抗うことのできない魂の繋がり、『運命の番』の証だった。 「お前は俺の所有物だ」 傲慢に告げるカイと、それに激しく反発するユキ。 強制的にペアを組まされた学園対抗トーナメント『双星杯』を舞台に、二人の歯車は軋みを上げながらも回り出す。 孤独を隠す最強のアルファと、運命に抗う気高きオメガ。 これは、反発しあう二つの魂がやがて唯一無二のパートナーとなり、世界の理をも変える絆を結ぶまでの、愛と戦いの物語。

追放されたので路地裏で工房を開いたら、お忍びの皇帝陛下に懐かれてしまい、溺愛されています

水凪しおん
BL
「お前は役立たずだ」――。 王立錬金術師工房を理不尽に追放された青年フィオ。彼に残されたのは、物の真の価値を見抜くユニークスキル【神眼鑑定】と、前世で培ったアンティークの修復技術だけだった。 絶望の淵で、彼は王都の片隅に小さな修理屋『時の忘れもの』を開く。忘れられたガラクタに再び命を吹き込む穏やかな日々。そんな彼の前に、ある日、氷のように美しい一人の青年が現れる。 「これを、直してほしい」 レオと名乗る彼が持ち込む品は、なぜか歴史を揺るがすほどの“国宝級”のガラクタばかり。壊れた「物」を通して、少しずつ心を通わせていく二人。しかし、レオが隠し続けたその正体は、フィオの運命を、そして国をも揺るがす、あまりにも大きな秘密だった――。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

処理中です...