氷の支配者と偽りのベータ。過労で倒れたら冷徹上司(銀狼)に拾われ、極上の溺愛生活が始まりました。

水凪しおん

文字の大きさ
8 / 16

第7話「暴かれた秘密と悪意の奔流」

しおりを挟む
「僕が、オメガだって……噂に?」

 蓮さんの言葉が、信じられなかった。
 頭が真っ白になり、血の気が引いていくのがわかる。
 どうして。
 どうやって。
 僕がオメガであることは、誰にも話していない。
 家族ですら、僕がベータとして生きていると思っているはずだ。

「誰が、そんなことを……」

「わからない。だが、発信源は、君が所属していた部署の人間である可能性が高い」

 蓮さんの声は、怒りを抑えたように、低く静かだった。

「先日、君をプロジェクトから外した高梨課長が、今回のプロジェクトの遅延の責任を、全て君に押し付けようとしているらしい。その過程で、誰かが君の素性を嗅ぎつけたのかもしれない」

 高梨課長。
 あの人の顔が、脳裏に浮かんだ。
 僕を切り捨てるためなら、どんな汚い手でも使いそうだ。

「噂は、尾ひれがついて、かなり悪質なものになっている。『オメガの性を武器に、橘監査役に媚びを売って、特別扱いされている』……そんな、根も葉もない話が、社内に広まっているようだ」

 言葉を失った。
 悔しさと、情けなさで、全身が震える。
 僕は、ただ真面目に、必死に働いてきただけなのに。
 どうして、こんな仕打ちを受けなければならないんだ。

「湊、落ち着いて聞け」

 蓮さんが、僕の両肩を強く掴んだ。
 彼の真剣な眼差しが、混乱する僕を現実に引き戻す。

「君は、何も心配する必要はない。この件は、私が全て処理する」

「でも……!」

「君を、傷つけるような真似は、絶対にさせない。私を信じろ」

 彼の力強い言葉に、僕は唇を噛んだ。
 信じたい。
 でも、怖い。
 一度広まってしまった噂は、簡単には消せない。
 僕はこれから、好奇と差別の目に晒されながら生きていかなければならないのかもしれない。
 そう思うと、足元から崩れ落ちていくような、途方もない恐怖に襲われた。

 蓮さんは、そんな僕の不安を見透かしたように、ぎゅっと僕を抱きしめた。

「大丈夫だ。君は、私が守る」

 その腕の中で、僕はただ小さく震えることしかできなかった。
 僕がオメガであるという事実は、それだけで、僕の人生をめちゃくちゃにする力を持っている。
 蓮さんがいくら権力を持っていたとしても、世間の偏見から、僕を完全に守ることなんてできるんだろうか。

『僕のせいで、蓮さんに迷惑がかかる……』

 橘財閥の次期当主が、素性の知れないオメガの男を囲っている。
 そんなスキャンダルが広まれば、彼の立場だって危うくなるかもしれない。
 僕が、彼のかけがえのない人生に、傷をつけてしまう。
 それだけは、絶対に嫌だった。

「……蓮さん」

 僕は、彼の腕の中からそっと抜け出した。

「僕、ここを出ていきます」

「湊?」

「僕がここにいたら、あなたに迷惑がかかる。僕一人の問題です。だから、僕に解決させてください」

「馬鹿なことを言うな!」

 蓮さんが、声を荒らげた。
 彼が、感情をここまで露わにするのを、僕は初めて見た。

「君一人の問題なわけがないだろう!君は、私の番なんだぞ!君の問題は、私の問題だ!」

「でも……!」

「君は、まだ私のことを信用できないのか」

 彼の声には、深い悲しみが滲んでいた。
 その声が、僕の胸を締め付ける。
 違う。
 信用していないわけじゃない。
 信用しているからこそ、彼を巻き込みたくないんだ。

「君が、一人でどこかへ行こうというのなら、私は力ずくででも君をここに縛り付ける。二度と、私の側から離れられないように」

 彼の黒い瞳が、暗い炎を宿して、ぎらりと光った。
 それは、獲物を絶対に離さないという、獣の独占欲そのものだった。
 僕は、その気迫に気圧されて、一歩も動けなくなる。

「君がすべきことは、逃げることじゃない。私の隣で、堂々としていることだ。くだらない噂など、吹き飛ばせるくらいの、絶対的な事実を、奴らに見せつけてやればいい」

「絶対的な、事実……?」

「ああ。君が、橘蓮の唯一無二のパートナーである、という事実をだ」

 蓮さんの言葉は、あまりに大胆で、あまりに傲慢だった。
 でも、その言葉には、僕の不安を吹き飛ばすほどの、強い力があった。
 僕の心が、揺れる。
 逃げ出すのではなく、立ち向かう。
 この人の隣で、胸を張って。

 そんなことが、僕にできるだろうか。
 ずっと、日陰で息を潜めるように生きてきた僕に。

 僕が迷っていると、蓮さんは僕の手を強く握った。

「湊。私を信じて、隣にいてくれるか」

 彼の瞳が、まっすぐに僕を見つめている。
 その瞳の中に、僕は自分の姿を見た。
 不安げに揺れる、弱い自分の姿。
 でも、その瞳は、そんな僕を丸ごと受け入れて、守ると言ってくれている。

 もう、一人で戦うのは、やめにしよう。
 この人の手を、取ってみよう。
 僕の中で、何かが決まった。

「……はい」

 僕は、震える声で、でも、はっきりと答えた。

「あなたの、隣にいます」

 僕の答えを聞いて、蓮さんの表情が、ふっと和らいだ。
 彼は、僕の手を握る力を、さらに強めた。

「ありがとう、湊」

 その日から、僕たちの戦いが始まった。
 僕を貶めようとする、見えない悪意との戦い。
 そして、僕自身が、自分の弱さと向き合うための戦い。
 蓮さんという、最強のパートナーと共に。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結婚間近だったのに、殿下の皇太子妃に選ばれたのは僕だった

BL
皇太子妃を輩出する家系に産まれた主人公は半ば政略的な結婚を控えていた。 にも関わらず、皇太子が皇妃に選んだのは皇太子妃争いに参加していない見目のよくない五男の主人公だった、というお話。

『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました

小池 月
BL
 大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。  壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。  加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。  大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。  そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。 ☆BLです。全年齢対応作品です☆

【完結】この契約に愛なんてないはずだった

なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。 そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。 数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。 身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。 生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。 これはただの契約のはずだった。 愛なんて、最初からあるわけがなかった。 けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。 ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。 これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

【完結】逃亡オメガ、三年後に無事捕獲される。

N2O
BL
幼馴染の年上αと年下Ωがすれ違いを、不器用ながら正していく話。 味を占めて『上・中・下』の三話構成、第二弾!三万字以内!(あくまで予定、タイトルと文量変わったらごめんなさい) ⇨無事予定通り終わりました!(追記:2025.8.3) ※オメガバース設定をお借りしています。独自部分もあるかも。 ※素人作品、ふんわり設定許してください。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

今からレンタルアルファシステムを利用します

夜鳥すぱり
BL
大学2年の鳴水《なるみ》は、ずっと自分がオメガであることを隠して生きてきた。でも、年々つらくなる発情期にもう一人は耐えられない。恋愛対象は男性だし、男のアルファに会ってみたい。誰でも良いから、定期的に安全に話し相手をしてくれる人が欲しい。でもそんな都合のいい人いなくて、考えあぐねた結果たどり着いた、アプリ、レンタルアルファシステム。安全……だと思う、評価も星5で良いし。うん、じゃ、お問い合わせをしてみるか。なるみは、恐る恐るボタンを押すが───。 ◆完結済みです。ありがとうございました。 ◆表紙絵を花々緒さんが描いてくださりました。カッコいい雪夜君と、おどおど鳴水くんです。可愛すぎますね!

オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました

こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。

処理中です...