芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥

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出会い

48話

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 飛――飛龍が武官と面会している頃。紅龍は呼び出され母の住まう紫水宮へと足を運んでいた。

 天聖国には皇后の他に妃が一人いる。それが紅龍の母、エン 紫僑シキョウだ。ここでは貴妃の位を賜っている。
 飛龍の母は皇后なので異母兄弟ということになる。皇后即位の際に権力が偏ることを良しとしない貴族たちが打ち出したのが貴妃を後宮へと入れることだった。

 父である皇帝もその意見を退けることが出来ず、子を設けるという義務を果たした後は紫僑への夜伽は最低限のものとなった。

 
「お呼びですか、母上」
「あら遅かったわね。すぐに来なさいと言っていたでしょう。相変わらずグズなんだから 」
「……申し訳ありません」

 爪紅を塗り終えたばかりなのか部屋には独特の匂いが充満していた。思わず顔を顰めそうになったが我慢して話を続ける。

「いつも隣にいる武官はどうしたの? 今日はいないようだけど」
「湖玉なら兄上のところです」
「なんですって? アイツには迂闊に近づくなと言っておいたでしょう」

 紅龍の言葉に気怠げだった表情が一気に鋭いものへと変わる。塗り終えた爪紅がよれないように気をつけている所が紫僑らしい。

「この前菓子をいただいたのでその礼状を持たせただけですよ。何もしないのも逆に不自然でしょう。無駄な疑念を抱かせると後々に影響を及ぼしますからね」
「ふぅん。ま、ならいいのよ」

 しばらく紅龍をじろりと見ていたがコロッと興味を失った様に爪紅を乾かすために息を吹きかける。

「それで、どう?」
「どうとは?」
「あの人が気にしていたわよ。ちゃんと思惑通り動いてるのかって。自分が利用されているのも気付いていないのに、まぬけよねえ」
「また連れ込まれたんですか? 程々になさらないと……」
「なによ、口答えする気? 最近私が優しいからって調子に乗ってるんじゃないの!」

紫僑は近くにあった本の塊を紅龍に投げつける。咄嗟に腕で衝撃を庇ったが、十一歳の少年にはまだ立っていられる強さは足りなかった。
 それに構うことなく紫僑は紅龍の元へ行き俯く息子の顎をすくう。長く鋭い紫僑の爪が頬に食い込む。

「アンタに口答えなんてする権利ないのよ。私が陛下の一番の妃になるの。アンタはそのための道具なのよ」
「……はい、母上」
「せっかく進捗がどんなものか聞こうと思ったのに、気分悪くなっちゃった。――出ていきなさい」
「失礼します……」


 紫水宮を出た紅龍は自分の宮へと帰路につく。紅龍は心の中で黒い感情が渦巻くのを必死に抑えていた。

「アイツらのせいだ……。早く、終わらせないと……」

 その頬には血の様に真っ赤な爪紅が付いていた――。
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