芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥

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動乱

59話

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 次の日、蓮花は今日の自分の係を確認しようと表を見ていると配膳係の元へ運搬する係に宇民がいることに気づく。そういえばここ二、三日ずっと運搬係にいることを思い出す。
 正式に勤めている者ならそうそう持ち場が変わることはないが、蓮花や宇民のように短期で働いている者はいろいろな持ち場に回される。たまたま偶然続いているだけかもしれないが珍しいなと思った。



 蓮花は今日の自分の仕事である、明日使用する食材の下準備を終え一息ついたところに運搬する係の人たちが集まり始める。
 場所を開けようと後ずさりしたとき、蓮花の背中に何かが当たった。後ろを振り向くとそこには宇民がいた。どうやら後ろにいるのに気付かずぶつかってしまったようだ。

「すいません! ぶつかってしまって」
「いえ、お気になさらず。蓮花さんは今日は違う係なんですね」

 蓮花の近くにある野菜をみて宇民が呟く。

「そうなんです。宇民さんは最近この係なんですか?」
「実はこの前からしばらくの間固定になったんです。なんでも何人か異動があったらしくその穴埋めに」
「そうだったんですか」

 確かに異動であれば抜ける人数が分かっているし、抜けた分を毎回かき集めて招集するのも面倒だろう。蓮花は理由が分かり頷く。

「では呼んでいくから並べ。――宇民」

 取りまとめの官吏が今日の順番を読み上げると真っ先に宇民の名前が挙がる。

「呼ばれたので失礼しますね」
「あ、はい」

 軽く頭を下げて並びにいく宇民を見送り、蓮花は自分の仕事に戻った。






 宇民は盆を持ち廊下を歩いている。最後の曲がり角を曲がると配膳係の人達が待っていた。先頭にいた宇民は自分の持った盆を持ち小さな幕がかかっている部屋に入る。そこには配膳係の長と、少し位が高そうな官吏がいた。

 先頭の運搬係には運搬と別にもう一つの役目がある。それが毒見だ。王たちの口へ入る物に毒が入っていないかそれは必ず確認しなければならない。
 銀の箸を持ち小鉢から順につまんでいきおかずを口に入れてゆく。すべてつまんだ後に配膳係は銀が変色していないか確かめた。
 そして宇民の体調に変化が無いのを見て、下がるように言われる。宇民は一礼して小部屋から出た。
 
 来た道を戻りながら、宇民は心臓が内側から出てくるのではないかというほどの大きな音を立てているのを感じる。
 もう引き返せない。とうとう自分は悪に手を染めてしまった。その事実を実感し、それでもこの状況から抜け出すことのできない自分に絶望した。
 
 宇民はある人物の思惑でこの毒見係になるよう仕組まれていた。田舎で借金にまみれ、ずたぼろの心身を抱えた晋奏にその人は宇民という新しい名前を与え、毒にも耐えうる体にさせた。

 宇民は王の食事の一部に毒性のある植物を葉物の品に混ぜて運ぶように命令された。そして耐性のある宇民が毒見を行うことで気付かれないようにじわじわと王の体は毒に蝕まれていく。
 植物に含まれる毒は多少食べたところで不調を訴えることは無い。しかし少しずつ蓄積されることで、毒に気付いた時にはもう身体は言うことを聞かなくなっているだろう。

 一番の権力者である皇帝を封じ、第一皇子をほふり第二皇子である紅龍を皇帝に据える。そんな夢物語のようなことを本当に現実にしようとしている。

 宇民は命令に従いながらもそんなに上手くいくはずがないとわかっていた。自分が過去に仕えていた尊敬していた皇帝が、自分の地位に降りかかる危険を承知していないはずがない。

 そして彼の側近には王琳がいる。彼の頭の回転が恐ろしく早いことは自分が一番知っている。
 わかっていて罪の片棒を担いでしまっている自分をどうすることも出来ず宇民は胸が苦しくなる。
 誰か――誰か自分を止めてくれ。そう叫びたい気持ちが宇民の胸に重くのしかかっていた。


 
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