芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥

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動乱

60話

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 宇民は仕事を終え下宿先に帰ると、とある邸へと向かった。誰にもみられないように入り込み、決められた道順を辿る。

「宇民です」
「入れ」

 許可を得て中に入り後ろ手に扉を閉める。部屋の中に佇んでいるのは狼の獣人だった。この人物こそ宇民を羽州に呼び寄せた人物  渧淳。国防を担当する部署の長、兵部ひょうぶ尚書。
 彼は豪華な椅子に座りくつろぎながら宇民に声をかける。

「例のものは?」
「……本日の分は問題なく済んだかと。特に怪しまれることはありませんでした」
「その調子で今日から頼むぞ。お前の借金分はきちんと体で返してもらわないとなあ」

 嘲るような笑い声を出しながら盃に入った酒を飲み干す渧淳。初めてこの人の元へと連れられた時は自分は死ぬんだと思った。

 宇民の地元である梠州は他の週に比べ闇賭博が横行している。梠州を治めているのは梠尚書の一族。梠家の元には闇賭博の情報が山のように流れ込んでくる。
 そこに引っかかったのが晋奏の情報だった。
 借金の額、宮廷に仕えたという経歴などを見て渧淳は晋奏を使えると判断した。
 逆らうのであればさっさと命を取ってしまえば良いだけのこと。渧淳にとって晋奏はその辺の塵同然だった。

 借金を肩代わりしてもらい、衣食住を提供された晋奏は逃げることも逆らうことも許されず、言いなりになる他なかった。そうして今こうやって宮廷に忍び込み皇帝に毒まで盛ってしまった。
 人はどこまででも落ちることができるのだな、と他人事のように思ったものだ。

「これで忌まわしき皇帝の体をじわじわと追い詰めてやる。龍人だろうが大した力を見せることも今まで無かった。どうせ我々を押さえつけるために力がある振りをしているだけに違いない。早く紫僑様を解放して差し上げねば……」

 うっとりとした瞳で遠くを見る渧淳の表情はまるで何かに取り憑かれているかのような狂気を感じた。
 何故ここまで楽天的な考えができるのか。自分が失敗して死罪になるなど考えてもいないのだろう。
 自分はこんなやつのために文字通り命を懸けて罪を犯しているのかと考えると、自分の命がちっぽけに見えた気がして宇民は目を伏せた。

「引き続き毒見を続けろ。監督の官吏は既にこちらの手に落ちた。決してばれることのないように死ぬ気でやるんだ。皇帝が堕ちれば次の段階に入る」
「――承知しました」

 宇民が頭を下げると渧淳は去れとでも言うように手を振った。
 宇民は入る時同様誰にも見られないように足音を消して邸を後にする。

 そして下宿先に着く前に再び笑顔の仮面を貼り付ける。宇民として誰にも疑われないように。
 
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