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宴
86話
しおりを挟む前を向く飛龍につられて蓮花も舞台へ目をむける。
そこにはしゃなり、しゃなりと出てくる綉礼だった。
照明に当たり、透き通る赤髪に真珠の髪飾りがとても映えている。衣装も薄桃の生地に鮮やかな牡丹の刺繍がされており、まるで花の妖精が舞い降りたようだった。
蓮花だけでなく会場中の人が魅了され、ほう、という簡単が漏れ聞こえる程だ。
蓮花は綉礼が自分の昔の嫌な思い出がある赤髪を盛大に飾り立てていることにとても嬉しく感じた。
それは綉礼がもうその嫌な思い出に囚われないという意思表示のようにも思えたから。
蓮花は綉礼の姿に笑顔が溢れるのを止めることが出来なかった。
そんな蓮花の姿を飛龍が穏やかな顔で見ているとはゆつにも思わず。
綉礼が背後の奏者に目配せをすると演奏が始まる。
優しく響く二胡の音。
紅で鮮やかになった綉礼の口が開く。そこから奏でられる歌声はとても綺麗で心に染み入るようだった。
綉礼が歌っている曲は、想々恋歌。
強制的に離された身分違いの恋人が、たとえ離れていてもこの心はあなた一人のためにあると訴える歌詞だ。
最後には二人は結ばれるという終わりのため、女性にはとても人気が高い曲目だった。
蓮花は曲に聞き入るほど自分の気持ちを重ねてしまう。
恋人ではないが、身分が違う蓮花と飛龍。結ばれることの難しさ、そこに待ち受ける辛さ。たとえ曲のようにいい終わりでないとしても。
蓮花はきっと飛龍を好きになった事を後悔はしない。それは自信を持って言える。
不意に綉礼の目が蓮花と合った様な気がした。綉礼は目だけで微笑んでいるようだ。
そういえば綉礼は前に飛の正体がわかったかもしれないと言っていた。あの時から蓮花の言っている人が飛龍で第一皇子だと知っていたのだろうか。
もしそうなら綉礼がこの曲を選んでくれたのは蓮花の事を思ってだろうか。
さすがに自惚れすぎかとも思ったが綉礼の表情からあながち勘違いでも無いかもしれないと蓮花は思った。
友人の素敵な歌声に込み上げてくるものがあったが仕事中なのでどうにか息を吐いて涙を逃がす。
飛龍はどんな気持ちでこの歌を聞いているのだろうか。ふと気になり横目で飛龍を見ると、翡翠の瞳とぶつかった。
まさか目が合うと思っていなかった蓮花は驚く。直ぐに綉礼の方へ目線を戻そうとした、その時。
蓮花の小指に温かな感触が伝わる。
周りに気づかれないようそちらを見ると、飛龍の指が蓮花の小指に触れていた。
給仕をするためにある程度近い位置にいるからか、飛龍が蓮花に、手を伸ばしていることに気づいているものはいなさそうだった。
皆、綉礼にうっとりと見とれている。こちらを気にするものは今この時だけは一人もいない。
蓮花はまるで飛龍と二人きりになった錯覚を起こした。その雰囲気に絆されたのか蓮花は小指に少し力を入れ飛龍の指を握り返した。
飛龍の指もぎゅっと力が入ったが、蓮花は自分の心臓の音が飛龍に聞こえてしまわないかと言う心配でいっぱいだった。
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