帰還勇者の盲愛生活〜異世界で失った仲間たちが現代で蘇り、俺を甘やかしてくる~

キョウキョウ

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ハヤトの新しい仕事

第22話 思いっきり

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 広いマットの上で、ハヤトと佐々木は向かい合っていた。警備会社のエリートたちが周囲を取り囲み、固唾を呑んで二人を見つめている。安元社長も少し離れた場所から、腕を組んで静かに観察していた。

 一瞬の静寂の後、元格闘家の佐々木が素早く踏み込んだ。彼の動きは無駄がなく、正確だった。だが、その攻撃がハヤトに届く前、彼の姿は既に横にずれていた。その動きが全く見えなかった。

「っ!?」

 佐々木が驚きの声を漏らす。彼はすぐさま体勢を立て直し、連続した攻撃を仕掛けた。試合でもよく用いた、磨き抜いた得意技。だが、どの攻撃もハヤトには届かない。彼はわずかな動きで全てを避け、まるで水の流れのように自然に動いていた。

 見切られている。どう、攻めるべきか。考えている間に、反撃が来るぞ。駄目だ。動き続けろ。思考が加速して、佐々木は動き続ける。それに対して、軽々とした動きで対応するハヤト。



 三分後、佐々木は荒い息を吐きながら膝をついていた。彼は一度も有効打を与えることができず、逆にハヤトの反撃で何度も床に投げられていた。

 額から滝のように汗を流す男と、ちょっと息を整える程度の男。勝敗は一目瞭然。

「次は私が」

 元自衛隊の田中が一歩前に出た。彼の目には闘志が燃えていた。佐々木よりも体格は小さいが、スタミナには自信がある。

「お願いします」

 ハヤトは微笑みながら応じた。彼の表情には緊張感はなく、むしろ楽しそうな色さえ浮かんでいた。

 田中は慎重に距離を詰めると、突然、ハヤトの腕を掴んだ。組み技の達人であった彼の得意な戦法だ。だが、掴んだはずの彼の表情が驚きに変わる。

「なっ……!?」

 掴んだ腕は、まるで岩のように動かなかった。田中は全力で引き寄せようとしたが、ハヤトは微動だにしなかった。それどころか、彼の目には楽しそうな光が宿っていた。

 田中の掴みを逆に利用して、一瞬で彼の体勢を崩す。慌てて床を転がり逃げようとするが、ハヤトの動きはさらに速かった。逃がしてもらえない。

 呼吸を整えながら勝負の様子を見ていた佐々木は、驚愕する。

 あの動きは、何だ。打撃系、組み技系、総合系など色々と経験して学んできた彼の教科書にない動きだった。無駄がなく、実戦に特化した、純粋に「勝つため」の技術。それは、彼がこれまで見たどの格闘家の動きとも違っていた。

 ハヤトの戦闘スタイルはほとんど全てが実戦で身につけたものだった。異世界で10年間、命を懸けた戦いの中で磨き上げられた技術。それは誰かに教わったものではなく、生き残るために自ら編み出した独自の動き。だからこそ、型にハマらず、予測が難しい。

 そして今、ハヤトは戦いの最中に佐々木や田中の動きを吸収していた。相手の技術を見抜き、それを自分でも活用する能力。学習能力。それは異世界での無数の戦いで培われた、彼の特技の一つだった。

「くっ!」

 田中が膝をついた。彼は全身から汗を流し、息も絶え絶えだった。向かい合っているだけで、ものすごいプレッシャー。それによるスタミナの消費が激しい。体力には自信があった彼でも、かなり辛い。

 対して、ハヤトは立ったまま余裕の姿勢を保っている。彼の呼吸は乱れておらず、汗さえほとんどかいていなかった。

 勝負の間、ハヤトは久しく忘れていた感覚を思い出していた。純粋な楽しさ。体を動かすことの喜び。殺し合いではなく、実力を競い合うことの面白さ。

 異世界から戻ってからの数ヶ月間、彼は無意識のうちに自分の力を抑え込んでいた。普通の人間に戻ろうとしていた。でも、もう無理だった。今、全力で体を動かす喜びを再発見していた。異世界で過ごした10年という月日により、彼の精神と身体は大きく変わってしまった。

「次は俺が」

 警視庁特殊部隊の元隊員だった鈴木が名乗り出る。シールド・エージェント警備保障株式会社の一員として、負けっぱなしでは駄目だ。意地を見せないと。彼の目には挑戦的な光が宿っていた。

「お願いします」

 ハヤトは笑顔でそれを受け止めた。心の中では、戦いの喜びが高まっていた。まだまだ自分は動けるぞ。



 一対一の勝負が続いて、挑戦者が倒れると、また別の挑戦者が現れた。連戦続きのハヤトだが、疲れを見せず、むしろ戦うごとに動きが洗練されていくように思えた。彼の表情には純粋な楽しさが浮かんでいた。

「ハヤトさん、人数を増やしていいですか?」

 ついに彼らは集団で挑むことを提案した。一対一では勝ち目がないと悟ったのだ。

「どうぞ」

 ハヤトは面白そうだと応じた。二人、三人、四人と挑戦者の数が増えていく。彼らは連携を取りながら、様々な角度からハヤトを攻めた。それでも、彼は全ての攻撃を見切り、時には相手同士をぶつけるような巧みな動きで対応した。

 最後には、トレーニングルームにいた全員が挑戦していた。十人近い精鋭たちが、様々な戦術を駆使してハヤトに挑む。しかし結果は変わらなかった。

 挑戦者たちは次第に疲労困憊で倒れていき、体力の回復も間に合わない。最後の一人が床に倒れ込んだとき、ハヤトだけがフロアに立って満足げに呟いた。

 「ふぅ。楽しかった」

 彼は異世界に戻ってから初めての充実感を味わっていた。体を思い切り動かして、実力を発揮する爽快感。それは、彼の心と体を解放するようだった。

 やっぱり、実力を抑え続けるなんて無理だな。

 ハヤトは自分自身の状態に気づいた。こうして発散しないと、精神的にも身体的にも良くない。定期的に全力を出す場が必要なのだ。そして、剛に紹介してもらった警備会社という場所は、その意味で彼にとって理想的な環境だったのかもしれない。

「驚きました。想像以上の実力でした!」

 試合を見守っていた安元社長が、興奮気味に話しかけてきた。その表情には、純粋な驚きと尊敬の色が浮かんでいた。

「これなら、指導も問題なさそうです」

 ハヤトは少し困ったような表情を浮かべた。

「それはちょっと、問題あるかもしれません」

 ハヤトにとって、実戦経験こそが最高の教師だった。 師匠が居たこともあるけれど、魔物との戦い方の基礎を学んだくらいだ。実戦で学んできたことがほとんどで、ハヤトは独自の戦い方を身につけてきた。半年ほど王国の騎士団を訓練したこともあるとはいえ、ちゃんとした指導法を学んだわけではない。

 そんな自分が、果たして誰かに教えられることがあるのか疑問だった。その事を、異世界の話などは誤魔化しながら安元社長に打ち明ける。

「なら、今日のように実践形式の試合を繰り返してもらえば良いのではないでしょうか。そこから学べることが、たくさんあると思います」

 彼の提案に、ハヤトは目を輝かせた。

「それなら、喜んで」

 今日のような対戦形式のトレーニングなら、ハヤトにとっても大歓迎だった。むしろ、積極的にやらせてほしいとお願いしたいほどだ。

「では、そのように決めましょう」

 安元社長は満足げに頷いた。

「佐藤さんには、週に何日かこちらに来ていただき、実践形式のトレーニングを社員たちと行っていただく。それに加えて、あなたの持つ特殊な技術や知識も、可能な範囲で共有していただければと思います」

 こうして、ハヤトの仕事内容が決まった。指導を受ける者たちと実践形式で向かい合い、互いに技術を磨き合う。それが、彼に任される役目となった。



 ハヤトは警備会社の正社員となり、定期的にボディーガードたちと実力を競い合う日々を過ごしていた。

 当初は彼の実力に圧倒されていた社員たちも、少しずつ彼のやり方に慣れていき、積極的に学ぼうとする姿勢を見せるようになっていた。

 ハヤトも彼らに、異世界で学んだ観察力や危機察知能力について教えてみたり、敵との戦い方の心得を伝えたりした。もちろん、異世界での経験とは言わず、「師匠から学んだこと」や「海外で得た経験」として話していたが。

 逆にハヤトも、警備会社の持つ身辺警護のノウハウについて多くを学んでいた。組織的な警備体制の構築方法や、要人の安全を確保するための様々な技術。現代のテクノロジーを活用したセキュリティシステムの知識も、彼は熱心に吸収していった。
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