聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~

キョウキョウ

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第7話 新たな朝の訪れ

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「んっ」

 目が覚めた。とても気持ちのいい目覚めだった。久しぶりに深い眠りに落ちていたのか、体が芯から休まった感覚がある。しばらくベッドの中で伸びをしてから、ゆっくりと起き上がり、窓辺に歩み寄る。

 両手でカーテンを開けると、眩しい光が部屋いっぱいに溢れた。外は晴れていて、澄み切った青空の下、緑深い森が広がっている。朝露に濡れた木々が陽の光を受けて輝き、小鳥たちのさえずりが耳に心地よく響いてくる。

「……」

 その光景に目を奪われて、しばらくボーッと眺めていた。

 神殿に居た頃とは全く違う、新鮮な一人の朝の時間。あそこに居た時はお世話係が常に身近におり、一人になる時間などなかった。そのサポートには感謝していたけれど、時に一人でいたいと思う瞬間もある。今、目の前に広がる静けさと自由は、これまで求めていたものの一つだった。

 しばらく朝の風景を楽しんでから、身支度を整える。シンプルな服に着替え、髪をとかしながら鏡に映る自分の姿を見つめた。聖女としての装いではなく、ただの女性としての自分。どこか不思議な感覚だけれど、悪くない。



 身支度を終えると、お腹が空いていることに気がついた。朝食の準備をしないといけない。これも、私にとっては新鮮な行動。神殿に居た時は、いつも用意された食事を頂いていた。自分で準備することは許されなかった。

 そんなことをしている暇があったら、聖女の仕事を処理しなさい。そう命じられていたから。あの頃は朝から憂鬱な気分だった。だけど今は、命令されることはない。朝から自由に過ごしてもいい。その思いだけで、胸が軽くなる。

 自分の部屋を出る。廊下はとても静かだ。おそらく、まだ誰も起きてはいないみたい。昨晩は、私だけ先に休ませてもらったから。もしかしたら、あの後に私抜きで色々と話し合いをしていたのかもしれない。

 後で、何か話し合ったのか聞いてみましょう。

 足音を立てないように気をつけながら、一人で山荘の中を探索する。食料庫を見つけたので、中を確認してみる。さすがアンクティワン、彼が用意してくれた食料は種類も量も十分だ。

 野菜、果物、肉、卵、乳製品、穀物。必要なものは一通り揃っている。商人としての彼の心配りが伝わってくる。近いうちに会いに行って、きちんとお礼を言わなければ。

 とりあえず今は、ここにある食料を使って朝食を作ってみましょう。使うものを厳選して、台所に持っていく。限られた資源は大切に使わないといけない。

 台所で調理を始める。火を起こし、鍋や包丁を手に取る。手順を考えながら、丁寧に材料を切り分けていく。作業はスムーズに進んだ。

 料理の知識は本で読んだことがあるが、実際に調理するのはほとんど初めて。それでも、次第に香ばしい匂いが部屋に広がり始める。知識はあるから、意外となんとかできそうかも。

「うん。上手くいった。美味しそうな朝食の完成ね」

 最後の仕上げを終え、出来上がった料理をテーブルに並べる。パンと卵料理、簡単なスープに野菜のサラダ。決して凝ったものではないけれど、色とりどりで見栄えは悪くない。自分の分だけでなく、みんなの分も用意してみた。喜んでくれるかしら。

「ノエラ様ッ!?」

 朝食の準備が終わったタイミングで、驚きの声が聞こえてきた。振り返ると、目をこすりながらエミリーが立っていた。

「おはよう、エミリー」
「あ、えっと。おはようございます」

 彼女はまだ半分眠そうな顔で、目の前の光景を理解しようとしている。

「これ、全部ノエラ様がお作りになったのですか?」

 テーブルの上に並べられた料理を指差しながら、彼女は驚きの表情で聞いてくる。私はただ微笑んで頷いた。

 もしかしたら、彼女も朝食を作ってくれようとしていたのかもしれない。けれど私が先に用意してしまった。

「ええ、そうよ。簡単なものしか出来なかったけど」
「いいえ、とても美味しそうです!」

 エミリーの目が輝き、頬が紅潮する。彼女の反応を見て、見た目は大丈夫そうだと安心する。味は、どうでしょう。実際に食べてもらうまでわからない。

「おはようございます、ノエラ様」
「おはよう、ナディーヌ」

 次に現れたのはナディーヌ。彼女はすでに完全に身支度を整えていて、今朝も鋭い警戒の雰囲気を纏っている。いつでも危険から守れるよう、常に緊張感を持っているのだろう。そんな彼女も、テーブルの光景に一瞬驚きの表情を見せた。

「私たちの分まで、用意してくださったのですか?」
「もちろん、これから仲間として協力していかないといけないのだから。一緒に食べましょう」
「ありがとうございます」

 彼女は感謝の意を込めて頭を下げた。

 でも、これからの私たちは対等な仲間だ。上下関係なく、同じ立場で協力しながら生活していきたいと思う。聖女と騎士の関係ではなく、ノエラとナディーヌとして。



 最後に現れたのはジャメル。彼は珍しく、気の抜けたような寝ぼけた表情をしていた。普段は威厳に満ちた老賢者が、こんな風に人間らしい姿を見せるのは初めてかもしれない。神殿に居た頃は、いつも険しくて難しそうな表情をしていたから。

「ノエラ様。おはようございます」

 声はかすれていたが、丁寧な口調だ。

「おはよう、ジャメル。さぁ、席に座ってちょうだい」
「……はい」

 言葉遣いはしっかりしているものの、動作はいつもより緩慢だ。彼も席に着いた。

 朝から集まった私たちは、テーブルを囲んで一緒に食事をする。互いに「いただきます」と言って、それぞれの皿に料理を取り分け始める。

 彼らと同じ食卓で食事するのは初めてのことだ。弟子のエミリーとは時々一緒に食べることもあったが、大神官のジャメルや騎士のナディーヌとは同じ席に座る機会などなかった。聖女という立場上、許されなかった。

「これ、本当に美味しいです!」

 エミリーが口いっぱいに頬張りながら言ってくれる。

「確かに、素晴らしい味です」

 ナディーヌも満足げな表情を見せてくれた。そこに嘘はない。

「ノエラ様に、料理の才能があったとは」

 ジャメルの表情も柔らかくなっている。これまで手料理を振る舞う機会なんてなかったから。でも、才能と呼べるほどの事をしたわけじゃないと思うけど。普通に料理しただけ。
 

 彼らの反応に、私は嬉しさを感じた。今の私は、聖女じゃない。他のみんなも、それぞれの肩書きを失った普通の人たち。こうやって、仲間となって一緒に食事を楽しむことができる。その自由さが、何よりの喜びだった。

 今日は朝から新鮮なことばかり。そんな新鮮さを感じながら、私はみんなと食事を楽しむ。窓の外から差し込む朝日が、テーブルの上を優しく照らしていた。

「これから毎日、こんな風に一緒に食事ができるといいですね」
「えぇ、そうね」

 エミリーが笑顔で言った。

 私は、頷きながら言う。彼女と同じ気持ち。これから先は、この光景が当たり前になっていくのだろうか。そうなってくれたら、本当に嬉しい。新しい生活の始まりを感じながら、私は心から幸せを感じていた。
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