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第8話 新たな婚約
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私の婚約を急いで決める理由があると、お父様は語る。
「ヴァンデルディング公爵家からの圧力が、想像以上に厳しいものになっている」
お父様は深刻な表情で続けた。
「これからさらに厳しくなる可能性が高い。公爵家は本気でお前の評判を地に落とすつもりだ。そうなれば、我がアルトヴェール家の力だけでは、お前のことを守りきれないかもしれない」
お父様の声には、無念さと焦りが滲んでいた。
「だから、力のあるリーベンフェルト侯爵家に嫁いでもらおうと考えた。軍人貴族として王族からの信頼も厚く、独自の影響力を持つリーベンフェルト家であれば、ヴァンデルディング家も簡単には手出しできないはずだ」
お父様の説明を聞いて、私は不安を感じた。確かに、それは私を守るための最善の策かもしれない。けれど。
「よろしいのですか?」
私は慎重に言葉を選びながら尋ねた。
「アルトヴェール侯爵家の将来について、懸念がございます。本来であればイザベラが婿を取って家を継ぐ予定でございましたが、彼女はヴァンデルディング公爵家に嫁ぐことになりました。私もリーベンフェルト侯爵家に嫁ぐことになるのでしたら、後継ぎがいないことになってしまいます」
家の存続。それは貴族として、決して軽んじることのできない重大な問題。お父様は私のために最善を尽くそうとしてくださっているが、それが家の未来を危うくするのであれば、私は受け入れるべきではないのかもしれない。
「セラフィナ」
お父様は優しく、だが力強い声で私の名を呼んだ。
「今はそのことよりも、お前を失いたくない。家の存続も大事だが、お前の幸せはそれ以上に大切だ。こういうことしかしてやれない不甲斐ない父だが、どうか幸せに暮らしてほしい。それが私の願いだ」
そんな言葉を聞いて、私の胸が熱くなる。
「お父様……」
「後継ぎのことは、また別の方法を考える。親戚筋から養子を迎えることもできる。家名が失われたとしても、血は残るだろう。けれど、お前は一人しかいない。お前を守ることが、今の私の最優先事項だ」
私は納得した。そして、お父様の愛情と決意を、しっかりと受け止めた。
それから、私はマキシミリアン様に顔を向けた。我が家の事情に関して理解した。だけど、彼の側はどうなのかしら。なぜ、噂まみれの私との婚約を受け入れてくださるのか。
「マキシミリアン様も、本当によろしいのでしょうか? 面倒な騒動に巻き込んでしまう可能性も高いです。ご迷惑をおかけすることになるかもしれません」
「問題ない」
マキシミリアン様は、きっぱりと答えた。
「エドガー殿から話を聞いて、これはリーベンフェルト侯爵家にとってもメリットのある話だと判断した。政略結婚とは、互いに利益があってこそ成立するものだ」
そのメリットが何なのか、私は具体的に聞いてみた。
「君の社交界での実績については、よく耳にしている。リーベンフェルト家は軍人貴族として、戦場では高い評価を得ている。だが、社交界では疎い。文化が遅れていると、陰で揶揄されることも少なくない」
その評価については、私も何度か耳にしたことがある。『軍人の連中は剣しか知らない野蛮人』『社交の場に相応しくない』そんな心ない噂を。マキシミリアン様は、真剣な表情で続けた。
「その状況を変えたいと、前から考えていた。軍人としての功績だけでなく、社交界でも認められるようにしたい。我々も貴族の一員であることを思い知らせる。そのためには、君のような知識と経験を持つ人物の力が必要だ。それが、私が君との婚約に求めるものだ」
「ですが、世間の噂では私は妹の実績を盗んだなんて言われております。そのような人物で、本当によろしいのでしょうか?」
「そうらしいな」
マキシミリアン様は、少し考えるような間を置いてから答えた。
「だが、私の友人の話では、それは事実ではないと聞いている。彼は君のパーティーに何度か参加したことがあって、君の実力を間近で見てきたらしい。その友人の言葉を、俺は信用している」
彼は真っ直ぐに私の目を見つめた。
「それに、君を実際に見て感じた。おそらく噂は嘘だろう。戦場で部下を見極めてきた経験が、そう告げている」
マキシミリアン様は信じると言ってくれる。彼の言葉に嘘はなさそう。それから、信頼されているという実感があった。その友人のことも深く信じているのでしょう。本当にありがたいこと。
社交界の知識を求めての婚約。少なくとも、彼にも明確な目的がある。互いの利益を理解した上での婚約。
「私の力で、お役に立てるのでしょうか?」
正直な不安を口にした。今、私の評判は地に落ちている。そんな私が、本当に彼の望む結果を出せるのか。
「君にしかできないことだろう。期待している」
マキシミリアン様の言葉は、簡潔だけど力強かった。その確信に満ちた声に、私は勇気をもらった。
私は、彼との婚約を喜んで受け入れることにした。
ロデリック様との婚約は、幼い頃から決められていたもの。そうすることが当然で、嫌だなんて考えたこともなかった。少しでも上手くいくように、私にできることを精一杯やろうと思って頑張ってきた。婚約相手である彼の名声を高めるためにも、完璧なパーティーを目指して。
それなのに、全てを否定された。それだけでなく、婚約も一方的に破棄された。
――そうか。私、ショックだったのね。
ロデリック様に好意があったわけではない。ただ、悲しかった。誠実に尽くしてきたことを全て否定され、努力が無意味だったと断じられたことが。
マキシミリアン様の言葉を聞いて、ふとそう気づいた。『期待している』と言ってもらえたことで、初めて自分の心の内側を冷静に見つめることができた。
婚約破棄された後、私はひたすら後処理に追われていた。参加者への謝罪、賠償の手配、スタッフへの指示。それが責任だと思っていたし、実際そうだった。けれど、もしかしたら。
深く考え込まないようにするため、私は必死に動いていたのかもしれない。考える隙を作らないように。立ち止まってしまったら、どうなるかわからなかったから。意識を逸らすように、目の前の仕事に没頭していた。
ショックを受けていた。傷ついていた。今になって、ようやくそう自覚する。
幸いなことに、すぐ新しい婚約相手が決まった。そして今度は、明確な目的と互いの尊重がある関係。打算的に聞こえるかもしれないけど、だからこそ誠実だと感じられる。
この方となら、良好な関係が築けるかもしれない。今度こそ失敗しないような関係になれるかもしれない。そう思えた。
「分かりました。微力ではございますが、リーベンフェルト侯爵家のお力になれるよう、精一杯尽くさせていただきます」
私は深く一礼した。心からの誠意を込めて。
「よろしく頼む、セラフィナ」
マキシミリアン様も、軍人らしい簡潔な言葉で応えてくれた。
こうして、私には新しい婚約相手が決まった。前とは全く違う、希望の持てる前向きな婚約。互いの利益と尊重に基づいた、対等な関係の始まり——それは、私にとって新しい人生の第一歩となる。
「ヴァンデルディング公爵家からの圧力が、想像以上に厳しいものになっている」
お父様は深刻な表情で続けた。
「これからさらに厳しくなる可能性が高い。公爵家は本気でお前の評判を地に落とすつもりだ。そうなれば、我がアルトヴェール家の力だけでは、お前のことを守りきれないかもしれない」
お父様の声には、無念さと焦りが滲んでいた。
「だから、力のあるリーベンフェルト侯爵家に嫁いでもらおうと考えた。軍人貴族として王族からの信頼も厚く、独自の影響力を持つリーベンフェルト家であれば、ヴァンデルディング家も簡単には手出しできないはずだ」
お父様の説明を聞いて、私は不安を感じた。確かに、それは私を守るための最善の策かもしれない。けれど。
「よろしいのですか?」
私は慎重に言葉を選びながら尋ねた。
「アルトヴェール侯爵家の将来について、懸念がございます。本来であればイザベラが婿を取って家を継ぐ予定でございましたが、彼女はヴァンデルディング公爵家に嫁ぐことになりました。私もリーベンフェルト侯爵家に嫁ぐことになるのでしたら、後継ぎがいないことになってしまいます」
家の存続。それは貴族として、決して軽んじることのできない重大な問題。お父様は私のために最善を尽くそうとしてくださっているが、それが家の未来を危うくするのであれば、私は受け入れるべきではないのかもしれない。
「セラフィナ」
お父様は優しく、だが力強い声で私の名を呼んだ。
「今はそのことよりも、お前を失いたくない。家の存続も大事だが、お前の幸せはそれ以上に大切だ。こういうことしかしてやれない不甲斐ない父だが、どうか幸せに暮らしてほしい。それが私の願いだ」
そんな言葉を聞いて、私の胸が熱くなる。
「お父様……」
「後継ぎのことは、また別の方法を考える。親戚筋から養子を迎えることもできる。家名が失われたとしても、血は残るだろう。けれど、お前は一人しかいない。お前を守ることが、今の私の最優先事項だ」
私は納得した。そして、お父様の愛情と決意を、しっかりと受け止めた。
それから、私はマキシミリアン様に顔を向けた。我が家の事情に関して理解した。だけど、彼の側はどうなのかしら。なぜ、噂まみれの私との婚約を受け入れてくださるのか。
「マキシミリアン様も、本当によろしいのでしょうか? 面倒な騒動に巻き込んでしまう可能性も高いです。ご迷惑をおかけすることになるかもしれません」
「問題ない」
マキシミリアン様は、きっぱりと答えた。
「エドガー殿から話を聞いて、これはリーベンフェルト侯爵家にとってもメリットのある話だと判断した。政略結婚とは、互いに利益があってこそ成立するものだ」
そのメリットが何なのか、私は具体的に聞いてみた。
「君の社交界での実績については、よく耳にしている。リーベンフェルト家は軍人貴族として、戦場では高い評価を得ている。だが、社交界では疎い。文化が遅れていると、陰で揶揄されることも少なくない」
その評価については、私も何度か耳にしたことがある。『軍人の連中は剣しか知らない野蛮人』『社交の場に相応しくない』そんな心ない噂を。マキシミリアン様は、真剣な表情で続けた。
「その状況を変えたいと、前から考えていた。軍人としての功績だけでなく、社交界でも認められるようにしたい。我々も貴族の一員であることを思い知らせる。そのためには、君のような知識と経験を持つ人物の力が必要だ。それが、私が君との婚約に求めるものだ」
「ですが、世間の噂では私は妹の実績を盗んだなんて言われております。そのような人物で、本当によろしいのでしょうか?」
「そうらしいな」
マキシミリアン様は、少し考えるような間を置いてから答えた。
「だが、私の友人の話では、それは事実ではないと聞いている。彼は君のパーティーに何度か参加したことがあって、君の実力を間近で見てきたらしい。その友人の言葉を、俺は信用している」
彼は真っ直ぐに私の目を見つめた。
「それに、君を実際に見て感じた。おそらく噂は嘘だろう。戦場で部下を見極めてきた経験が、そう告げている」
マキシミリアン様は信じると言ってくれる。彼の言葉に嘘はなさそう。それから、信頼されているという実感があった。その友人のことも深く信じているのでしょう。本当にありがたいこと。
社交界の知識を求めての婚約。少なくとも、彼にも明確な目的がある。互いの利益を理解した上での婚約。
「私の力で、お役に立てるのでしょうか?」
正直な不安を口にした。今、私の評判は地に落ちている。そんな私が、本当に彼の望む結果を出せるのか。
「君にしかできないことだろう。期待している」
マキシミリアン様の言葉は、簡潔だけど力強かった。その確信に満ちた声に、私は勇気をもらった。
私は、彼との婚約を喜んで受け入れることにした。
ロデリック様との婚約は、幼い頃から決められていたもの。そうすることが当然で、嫌だなんて考えたこともなかった。少しでも上手くいくように、私にできることを精一杯やろうと思って頑張ってきた。婚約相手である彼の名声を高めるためにも、完璧なパーティーを目指して。
それなのに、全てを否定された。それだけでなく、婚約も一方的に破棄された。
――そうか。私、ショックだったのね。
ロデリック様に好意があったわけではない。ただ、悲しかった。誠実に尽くしてきたことを全て否定され、努力が無意味だったと断じられたことが。
マキシミリアン様の言葉を聞いて、ふとそう気づいた。『期待している』と言ってもらえたことで、初めて自分の心の内側を冷静に見つめることができた。
婚約破棄された後、私はひたすら後処理に追われていた。参加者への謝罪、賠償の手配、スタッフへの指示。それが責任だと思っていたし、実際そうだった。けれど、もしかしたら。
深く考え込まないようにするため、私は必死に動いていたのかもしれない。考える隙を作らないように。立ち止まってしまったら、どうなるかわからなかったから。意識を逸らすように、目の前の仕事に没頭していた。
ショックを受けていた。傷ついていた。今になって、ようやくそう自覚する。
幸いなことに、すぐ新しい婚約相手が決まった。そして今度は、明確な目的と互いの尊重がある関係。打算的に聞こえるかもしれないけど、だからこそ誠実だと感じられる。
この方となら、良好な関係が築けるかもしれない。今度こそ失敗しないような関係になれるかもしれない。そう思えた。
「分かりました。微力ではございますが、リーベンフェルト侯爵家のお力になれるよう、精一杯尽くさせていただきます」
私は深く一礼した。心からの誠意を込めて。
「よろしく頼む、セラフィナ」
マキシミリアン様も、軍人らしい簡潔な言葉で応えてくれた。
こうして、私には新しい婚約相手が決まった。前とは全く違う、希望の持てる前向きな婚約。互いの利益と尊重に基づいた、対等な関係の始まり——それは、私にとって新しい人生の第一歩となる。
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