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第7話 誠意を持って
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婚約を破棄された後、しばらく後処理に追われる日々が続いた。
今回のパーティーの参加者への個別謝罪、賠償の計算と手配、スタッフへの労いと今後の指示。やるべきことは山積みだった。何より、参加してくださった方々が王国屈指の有力貴族だったこともあり、一つ一つの対応に失敗は許されない。細心の注意を払いながら、丁寧に対処する必要があった。
ハミルトン男爵夫人には特別な菓子詰め合わせを、モンテヴェルディ伯爵には希少なワインを、ウィンザーフィールド公爵未亡人には手書きの状況説明と謝罪文を——それぞれの方の好みと立場を考慮しながら、最適な形でお詫びを重ねていく。
その間に、イザベラが私について悪い噂を積極的に広めているらしいという情報が入ってきた。社交界のあちこちで、私が妹から功績を横取りしていたという話が広まっているという。しかも、イザベラが自ら積極的に噂を流し、ヴァンデルディング公爵家がそれを公式に後押ししている。公爵家という権威を使って圧力をかけ、それが真実であると主張している。
日々の作業を補佐してくれている執事のアルバートが、心配そうに報告してくる。彼の表情には、明らかな焦りが浮かんでいた。
「お嬢様、噂への対処を優先なさったほうがよろしいのではないでしょうか?」
「いいえ、アルバート。今は、こちらが先です」
私はきっぱりと答えた。自分の評判より、招待した方々への責任を果たすべき。噂は後から対処できる。けれど、パーティーで不快な思いをさせてしまった方々への謝罪と賠償は、今すぐ必要だと判断した。優先順位は明確だった。
一週間後、ようやく主要な後処理が完了した。しかし、落ち着く暇はない。予想していた以上に、状況は悪化していた。これは、アルバートの忠告を聞いておくべきだったかもしれない。
イザベラが張り切って動いた結果、噂は王都中に広まっている。ヴァンデルディング公爵家の影響力も大きく、その威光に従う貴族家も多い。数の暴力で押し切られそうな勢いだった。
もちろん、事情を知ってくださっている貴族の方々もいる。パーティーに参加していた方々の中には、私の無実を信じてくださる方も少なくない。けれども、噂というものは恐ろしいもので、一部では本当に真実であると信じ込んでいる方々もいるようだった。『火のないところに煙は立たない』——そんな言葉を盾に、私を疑う視線が確実に増えているみたい。
とにかく、その噂に対処しなければ。具体的にどう動くべきか考えていた時、お父様に呼び出された。
何か重要な話があるらしい。私は身支度を整えてから、書斎に向かった。そこで待っていたのはお父様と——見知らぬ男性。
私よりも十歳は年上に見える。三十代半ばだろうか。顔の左側、こめかみから頬にかけて、古い傷跡が走っている。戦場の勲章のような、深い刻印。いかつい顔立ちで、眼光は鋭い。軍人特有の、張り詰めた空気を纏っている。身なりは質素だが、その立ち居振る舞いには確かな品格があった。おそらく貴族で、戦場に立つ人。そんな印象を受ける。
彼は、どなたかしら。そう思いながら、お父様に視線を向ける。
「セラフィナ、紹介しよう」
お父様は、いつもより少し改まった様子で口を開いた。
「こちらはマキシミリアン・リーベンフェルト殿だ。リーベンフェルト侯爵家の当主であり、王国軍の将軍でもあられる」
「マキシミリアンだ。形式ばった呼び方は苦手でね。マキシミリアン、あるいはマックスと呼んでくれ」
彼の声は低く、落ち着いていた。軍人らしい簡潔な話し方だけど、不快な印象はない。むしろ、飾り気のない誠実さを感じさせる声だった。
「初めまして、マキシミリアン様。セラフィナ・アルトヴェールと申します。本日はようこそお越しくださいました」
私は丁寧に一礼した。社交界で身につけた完璧な所作で。しかし、彼はそんな形式的な挨拶に少し居心地悪そうな表情を見せた。
「あぁ……その、堅苦しい挨拶は不要だ。俺は社交界の作法には疎くてな。普通に話してくれると助かる」
彼は少し気まずそうに頭を掻いた。その仕草が、妙に人間味があって、私は少しだけ緊張がほぐれた。
マキシミリアン・リーベンフェルト様。その名前は確かに聞いたことがある。リーベンフェルト侯爵家は、代々軍人を輩出してきた名門の軍人貴族だと記憶している。戦場での功績が多く、王族からの信頼も厚いと聞く。だが、社交界にはほとんど顔を出さないことでも知られている。軍務に忙しく、華やかな社交パーティーには興味がないのだと。
けれども、なぜそんな方が我が家に? 疑問が生まれる。今までアルトヴェール侯爵家とリーベンフェルト侯爵家との間に、特別な関わりがあるとは聞いたことがないけれど。
「セラフィナ」
お父様が、真剣な表情で私の名を呼んだ。
「マキシミリアン殿は、お前の新しい婚約相手となる方だ」
「え……えっ?」
予想外な話に、思わず声が上ずった。
この方が、婚約相手? まだ前の婚約が破棄されてから一週間も経っていないのに。あまりに早い再婚約の話に、戸惑いを隠せない。この間、婚約を破棄されたばかりで、社交界でも悪い噂が流れている今の状況で、私との婚約を受け入れてくれるというの?
私は戸惑いながらも、マキシミリアン様に視線を向けた。彼は静かに、真っ直ぐな目で私を見返してきた。その瞳には、軽蔑も同情もない。ただ、何かを見極めようとするような、真摯な光があった。
今回のパーティーの参加者への個別謝罪、賠償の計算と手配、スタッフへの労いと今後の指示。やるべきことは山積みだった。何より、参加してくださった方々が王国屈指の有力貴族だったこともあり、一つ一つの対応に失敗は許されない。細心の注意を払いながら、丁寧に対処する必要があった。
ハミルトン男爵夫人には特別な菓子詰め合わせを、モンテヴェルディ伯爵には希少なワインを、ウィンザーフィールド公爵未亡人には手書きの状況説明と謝罪文を——それぞれの方の好みと立場を考慮しながら、最適な形でお詫びを重ねていく。
その間に、イザベラが私について悪い噂を積極的に広めているらしいという情報が入ってきた。社交界のあちこちで、私が妹から功績を横取りしていたという話が広まっているという。しかも、イザベラが自ら積極的に噂を流し、ヴァンデルディング公爵家がそれを公式に後押ししている。公爵家という権威を使って圧力をかけ、それが真実であると主張している。
日々の作業を補佐してくれている執事のアルバートが、心配そうに報告してくる。彼の表情には、明らかな焦りが浮かんでいた。
「お嬢様、噂への対処を優先なさったほうがよろしいのではないでしょうか?」
「いいえ、アルバート。今は、こちらが先です」
私はきっぱりと答えた。自分の評判より、招待した方々への責任を果たすべき。噂は後から対処できる。けれど、パーティーで不快な思いをさせてしまった方々への謝罪と賠償は、今すぐ必要だと判断した。優先順位は明確だった。
一週間後、ようやく主要な後処理が完了した。しかし、落ち着く暇はない。予想していた以上に、状況は悪化していた。これは、アルバートの忠告を聞いておくべきだったかもしれない。
イザベラが張り切って動いた結果、噂は王都中に広まっている。ヴァンデルディング公爵家の影響力も大きく、その威光に従う貴族家も多い。数の暴力で押し切られそうな勢いだった。
もちろん、事情を知ってくださっている貴族の方々もいる。パーティーに参加していた方々の中には、私の無実を信じてくださる方も少なくない。けれども、噂というものは恐ろしいもので、一部では本当に真実であると信じ込んでいる方々もいるようだった。『火のないところに煙は立たない』——そんな言葉を盾に、私を疑う視線が確実に増えているみたい。
とにかく、その噂に対処しなければ。具体的にどう動くべきか考えていた時、お父様に呼び出された。
何か重要な話があるらしい。私は身支度を整えてから、書斎に向かった。そこで待っていたのはお父様と——見知らぬ男性。
私よりも十歳は年上に見える。三十代半ばだろうか。顔の左側、こめかみから頬にかけて、古い傷跡が走っている。戦場の勲章のような、深い刻印。いかつい顔立ちで、眼光は鋭い。軍人特有の、張り詰めた空気を纏っている。身なりは質素だが、その立ち居振る舞いには確かな品格があった。おそらく貴族で、戦場に立つ人。そんな印象を受ける。
彼は、どなたかしら。そう思いながら、お父様に視線を向ける。
「セラフィナ、紹介しよう」
お父様は、いつもより少し改まった様子で口を開いた。
「こちらはマキシミリアン・リーベンフェルト殿だ。リーベンフェルト侯爵家の当主であり、王国軍の将軍でもあられる」
「マキシミリアンだ。形式ばった呼び方は苦手でね。マキシミリアン、あるいはマックスと呼んでくれ」
彼の声は低く、落ち着いていた。軍人らしい簡潔な話し方だけど、不快な印象はない。むしろ、飾り気のない誠実さを感じさせる声だった。
「初めまして、マキシミリアン様。セラフィナ・アルトヴェールと申します。本日はようこそお越しくださいました」
私は丁寧に一礼した。社交界で身につけた完璧な所作で。しかし、彼はそんな形式的な挨拶に少し居心地悪そうな表情を見せた。
「あぁ……その、堅苦しい挨拶は不要だ。俺は社交界の作法には疎くてな。普通に話してくれると助かる」
彼は少し気まずそうに頭を掻いた。その仕草が、妙に人間味があって、私は少しだけ緊張がほぐれた。
マキシミリアン・リーベンフェルト様。その名前は確かに聞いたことがある。リーベンフェルト侯爵家は、代々軍人を輩出してきた名門の軍人貴族だと記憶している。戦場での功績が多く、王族からの信頼も厚いと聞く。だが、社交界にはほとんど顔を出さないことでも知られている。軍務に忙しく、華やかな社交パーティーには興味がないのだと。
けれども、なぜそんな方が我が家に? 疑問が生まれる。今までアルトヴェール侯爵家とリーベンフェルト侯爵家との間に、特別な関わりがあるとは聞いたことがないけれど。
「セラフィナ」
お父様が、真剣な表情で私の名を呼んだ。
「マキシミリアン殿は、お前の新しい婚約相手となる方だ」
「え……えっ?」
予想外な話に、思わず声が上ずった。
この方が、婚約相手? まだ前の婚約が破棄されてから一週間も経っていないのに。あまりに早い再婚約の話に、戸惑いを隠せない。この間、婚約を破棄されたばかりで、社交界でも悪い噂が流れている今の状況で、私との婚約を受け入れてくれるというの?
私は戸惑いながらも、マキシミリアン様に視線を向けた。彼は静かに、真っ直ぐな目で私を見返してきた。その瞳には、軽蔑も同情もない。ただ、何かを見極めようとするような、真摯な光があった。
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