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第6話 数年ぶりの再会
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ヴィクターは一瞬、言葉を失ったように立ち尽くしていた。
私も黙ったまま、目の前の男を冷静に観察する。かつて威圧的だった金髪の男性は、今では疲労が顔に深く刻まれ、以前の威厳は影を潜めていた。整った服装も、よく見ると襟元に皺が寄り、袖口も少し擦り切れているように見える。靴も、かつてのような上質な光沢を失っていた。
しかし、いつまで私の顔を見つめているつもりなのだろうか。そう思いながら、私から声をかけた。
「あの、ヴィクター伯爵?」
「あ、ああ……。そうだ、久しぶりだな、エリアナ」
彼は慌てたように我に返り、ぎこちない笑顔を浮かべた。
「君に会えて嬉しいよ。本当に……嬉しい」
その表情は、三年前私に婚約破棄を宣告した時の彼とは、まるで別人のようだった。あの時の冷酷で事務的な態度はどこにもない。代わりに、昔の恋人に再会した男のような、複雑で切ない表情を浮かべている。私と貴方の関係って、そんな深かったかしら?
疑問に思いつつ、私は彼の変化を冷静に観察を続けながら軽く会釈した。
「ええ、お久しぶりです」
私たちは向かい合って席に着いた。するとまた、彼は私の顔をじっと見つめて黙り込む。
使用人が高級な紅茶を運んできて、カップを置く音が静寂を破った。それでも彼は見つめ続けている。しばらく見て満足したのか、ようやく口を開いた。
「君はあの頃と変わらず、美しいね。いや、それ以上に美しくなった。本当に驚いた」
ヴィクターは私の外見を褒めてくるけれど、その言葉は空虚に響いた。数年前に私を『魔力不足で不適格』と切り捨てた男が、今更何を言っているのだろうか。
「古代魔法の使い手として有名になったと聞いている。各国で『聖女エリアナ』と呼ばれているそうじゃないか。昔から君には特別な何かがあると思っていたんだ」
彼の言葉に、私は内心で呆れていた。昔から私を特別だと思っていた? 嘘もいい加減にしてほしい。
あの時彼が言った言葉を、私は今でも覚えている。『君の魔力では、伯爵夫人の務めは果たせない』『もっと努力しなければ、私の足手まといになるだけだ』『君を見ていると失望するばかりだ』
「そうでしたか。昔から評価してくださっていたなんて、知りませんでした」
私は社交辞令の笑顔を作って答えた。彼の『特別』という言葉など、まったく心に響かない。むしろ、その場しのぎの嘘っぽさに軽蔑すら覚える。
時計に視線を向けながら、私は本題を促した。
「それで、依頼の内容は何でしょうか? お忙しい中お時間をいただいておりますので、早めに確認させていただければと思います」
私の事務的な態度に、ヴィクターは動揺しているようだ。彼の言葉に感動して頬を染めることを期待していたのかもしれない。魔力不足で自信を失っていた私を、甘い言葉で喜ばせようとしたのだろう。
今の私は、そんな反応などしない。そんな時代は、とうの昔に過ぎ去っていた。
「あ、ああ……そうだね」
ヴィクターは咳払いをしてから、急に真剣な表情になった。ようやく、依頼の話をしてくれるみたい。
「君に来てもらった用件は、二つある。一つは、君に謝りたかったから」
そして彼は座ったまま、深く頭を下げた。
「婚約を破棄したのは間違いだった。あの時、君に酷いことをしてしまった。それを心から謝りたい。本当に申し訳なかった」
彼の謝罪を聞きながら、私の内心で様々な感情が渦巻く。でも、それは彼が期待するような感情ではない。そして、怒りでも悲しみでもなく、ただの無関心だった。
なので私は、淡々と答えた。
「頭を上げてください。もう気にしていませんから、別にいいですよ」
「そうか……」
私の言葉を聞いて顔を上げたヴィクター伯爵は、ホッとした表情を浮かべた。
「許してくれて、ありがとう。君は本当に優しいな」
許したなんて一言も言っていないのだが……まあ、いい。
私の『気にしていない』という言葉は、彼が期待する『許す』という意味ではなかった。本当に、もうどうでもいい存在だから気にしていないのだから。憎しみが愛情の裏返しだとすれば、私が彼に抱いているのは完全な無関心だった。
彼は、それを都合よく解釈したようだった。私は訂正しなかった。面倒な説明をする気にもなれない。それを追求したら、また別の面倒な話が出てくるかもしれないから。
ヴィクターは安堵の表情を見せると、さらに続けた。
「そして、もう一つは……」
彼はためらうように言葉を切った。一度、深呼吸する。それから、意を決したように口を開いた。
「君との関係を、元通りにしたいと思っている。君に、戻ってきてほしい」
その言葉を聞いた瞬間、私は表情を崩さないよう必死に我慢した。これは流石に、激しい怒りが湧き上がってくる。
彼は、私を馬鹿にしているのだろうか。そうとしか思えない。戻ってきてほしい? 私を、まだ自分の所有物か何かと思っているのだろうか。
彼の言葉を分析すればするほど、その身勝手さに呆れ果てた。
私の実力を知って、利用価値があると判断したのだ。あの頃と何も変わっていない。価値があれば自分のものにして、価値がなければ捨てる。本当に都合のいい話だ。
かつて私を『魔力不足で不適格』として切り捨てた男が、今度は『戻ってきてほしい』という身勝手な要求をしてくる。その厚かましさと無神経さに、もはや怒りを通り越して哀れささえ感じた。
沈黙に耐えきれなくなったヴィクターは、焦ったような表情を見せ始めた。
「あ、あの……エリアナ?」
緊張した空気が応接室を支配する中、ヴィクターは私の返事を待てずに話し始めた。
「実は、最近色々と大変なことが続いていて……君の力が、いや、君が必要なんだ」
そう言って、彼は勝手に自分の苦労話を語り始めた。私の気持ちや返事なんて全く考慮せず、一方的に自分の都合を話し始めた。
まるで、私に婚約破棄を告げてきた、あの時と同じように。
私の話を聞こうとしなかったあの時と、何も変わっていない。結局、この男は自分のことしか考えられないのだろう。
私は静かに紅茶のカップを手に取りながら、彼の愚かな一人芝居を黙って眺める。
私も黙ったまま、目の前の男を冷静に観察する。かつて威圧的だった金髪の男性は、今では疲労が顔に深く刻まれ、以前の威厳は影を潜めていた。整った服装も、よく見ると襟元に皺が寄り、袖口も少し擦り切れているように見える。靴も、かつてのような上質な光沢を失っていた。
しかし、いつまで私の顔を見つめているつもりなのだろうか。そう思いながら、私から声をかけた。
「あの、ヴィクター伯爵?」
「あ、ああ……。そうだ、久しぶりだな、エリアナ」
彼は慌てたように我に返り、ぎこちない笑顔を浮かべた。
「君に会えて嬉しいよ。本当に……嬉しい」
その表情は、三年前私に婚約破棄を宣告した時の彼とは、まるで別人のようだった。あの時の冷酷で事務的な態度はどこにもない。代わりに、昔の恋人に再会した男のような、複雑で切ない表情を浮かべている。私と貴方の関係って、そんな深かったかしら?
疑問に思いつつ、私は彼の変化を冷静に観察を続けながら軽く会釈した。
「ええ、お久しぶりです」
私たちは向かい合って席に着いた。するとまた、彼は私の顔をじっと見つめて黙り込む。
使用人が高級な紅茶を運んできて、カップを置く音が静寂を破った。それでも彼は見つめ続けている。しばらく見て満足したのか、ようやく口を開いた。
「君はあの頃と変わらず、美しいね。いや、それ以上に美しくなった。本当に驚いた」
ヴィクターは私の外見を褒めてくるけれど、その言葉は空虚に響いた。数年前に私を『魔力不足で不適格』と切り捨てた男が、今更何を言っているのだろうか。
「古代魔法の使い手として有名になったと聞いている。各国で『聖女エリアナ』と呼ばれているそうじゃないか。昔から君には特別な何かがあると思っていたんだ」
彼の言葉に、私は内心で呆れていた。昔から私を特別だと思っていた? 嘘もいい加減にしてほしい。
あの時彼が言った言葉を、私は今でも覚えている。『君の魔力では、伯爵夫人の務めは果たせない』『もっと努力しなければ、私の足手まといになるだけだ』『君を見ていると失望するばかりだ』
「そうでしたか。昔から評価してくださっていたなんて、知りませんでした」
私は社交辞令の笑顔を作って答えた。彼の『特別』という言葉など、まったく心に響かない。むしろ、その場しのぎの嘘っぽさに軽蔑すら覚える。
時計に視線を向けながら、私は本題を促した。
「それで、依頼の内容は何でしょうか? お忙しい中お時間をいただいておりますので、早めに確認させていただければと思います」
私の事務的な態度に、ヴィクターは動揺しているようだ。彼の言葉に感動して頬を染めることを期待していたのかもしれない。魔力不足で自信を失っていた私を、甘い言葉で喜ばせようとしたのだろう。
今の私は、そんな反応などしない。そんな時代は、とうの昔に過ぎ去っていた。
「あ、ああ……そうだね」
ヴィクターは咳払いをしてから、急に真剣な表情になった。ようやく、依頼の話をしてくれるみたい。
「君に来てもらった用件は、二つある。一つは、君に謝りたかったから」
そして彼は座ったまま、深く頭を下げた。
「婚約を破棄したのは間違いだった。あの時、君に酷いことをしてしまった。それを心から謝りたい。本当に申し訳なかった」
彼の謝罪を聞きながら、私の内心で様々な感情が渦巻く。でも、それは彼が期待するような感情ではない。そして、怒りでも悲しみでもなく、ただの無関心だった。
なので私は、淡々と答えた。
「頭を上げてください。もう気にしていませんから、別にいいですよ」
「そうか……」
私の言葉を聞いて顔を上げたヴィクター伯爵は、ホッとした表情を浮かべた。
「許してくれて、ありがとう。君は本当に優しいな」
許したなんて一言も言っていないのだが……まあ、いい。
私の『気にしていない』という言葉は、彼が期待する『許す』という意味ではなかった。本当に、もうどうでもいい存在だから気にしていないのだから。憎しみが愛情の裏返しだとすれば、私が彼に抱いているのは完全な無関心だった。
彼は、それを都合よく解釈したようだった。私は訂正しなかった。面倒な説明をする気にもなれない。それを追求したら、また別の面倒な話が出てくるかもしれないから。
ヴィクターは安堵の表情を見せると、さらに続けた。
「そして、もう一つは……」
彼はためらうように言葉を切った。一度、深呼吸する。それから、意を決したように口を開いた。
「君との関係を、元通りにしたいと思っている。君に、戻ってきてほしい」
その言葉を聞いた瞬間、私は表情を崩さないよう必死に我慢した。これは流石に、激しい怒りが湧き上がってくる。
彼は、私を馬鹿にしているのだろうか。そうとしか思えない。戻ってきてほしい? 私を、まだ自分の所有物か何かと思っているのだろうか。
彼の言葉を分析すればするほど、その身勝手さに呆れ果てた。
私の実力を知って、利用価値があると判断したのだ。あの頃と何も変わっていない。価値があれば自分のものにして、価値がなければ捨てる。本当に都合のいい話だ。
かつて私を『魔力不足で不適格』として切り捨てた男が、今度は『戻ってきてほしい』という身勝手な要求をしてくる。その厚かましさと無神経さに、もはや怒りを通り越して哀れささえ感じた。
沈黙に耐えきれなくなったヴィクターは、焦ったような表情を見せ始めた。
「あ、あの……エリアナ?」
緊張した空気が応接室を支配する中、ヴィクターは私の返事を待てずに話し始めた。
「実は、最近色々と大変なことが続いていて……君の力が、いや、君が必要なんだ」
そう言って、彼は勝手に自分の苦労話を語り始めた。私の気持ちや返事なんて全く考慮せず、一方的に自分の都合を話し始めた。
まるで、私に婚約破棄を告げてきた、あの時と同じように。
私の話を聞こうとしなかったあの時と、何も変わっていない。結局、この男は自分のことしか考えられないのだろう。
私は静かに紅茶のカップを手に取りながら、彼の愚かな一人芝居を黙って眺める。
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