伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

文字の大きさ
34 / 87
第七章 活躍の伝播

第三十四話 交渉

しおりを挟む
 シャーロットがフローラとの会話に花を咲かせている頃。
 ギルバートは、視察団員達に客室を案内していた。

 それぞれに部屋を用意し、リゼ王女には特に豪華な部屋を準備した。

 トリジア王国伝統の木材を加工し、その上から暗灰色を乗せ艶出しまでおこなった、高級感の漂う棚。
 三人寝られるほど大きな寝台。
 カーテンや寝具は最上級の生地を用い、こちらも棚と同様落ち着いた暗灰色で統一してある。

 一方壁や床は白色を選び、全体として暗すぎる配色になるのを防いでいた。

 リゼ王女はもてなしに感謝の意を述べた後、ふと口を開く。

「あなたに少し話があるの」

 ギルバートは、王女に促され部屋の中へ入った。
 近くに信頼の置ける侍従ハリスを立たせ、王女に視線を戻す。

「それで……お話というのは何でしょうか?」
「明日の見学なんだけど──」

 彼女は、水道設備の案内に関して留意したいことを話し始めた。
 それは現地の住民の迷惑にならないような警備であったり、移動手段の再確認であったりした。

 何か失礼なことをしてしまったかと過去のやり取りを振り返りかけたギルバートは、当日の詳細確認に入った王女に心の中で安堵した。

 しかし粗方の確認が終わると、王女は目を細めてこう切り出した。

「──あなた、私と結婚するのはどう?」

 その提案に、ギルバートは一瞬動きを止める。しかしよそ行きの微笑みを絶やさぬまま、穏やかな口調で言葉を返した。

「光栄ではございますが、私にはすでに婚約者がおりますゆえ」

 突然の展開に驚く素振りを見せず、さらには厄介な打診が来たと眉を潜めることも無く、ただにこやかに告げるギルバート。

 そんな彼を見て、王女はさらに笑みを深めた。

 断られることは始めから分かっている。それでも賭けに出た──王女の場合、賭けというより交渉に近い──のは、それなりに理由があった。

「端的に言うと、私はあなたを気に入ったの。頭脳も振る舞いも完璧だから」
「もったいなきお言葉です」

 返答内容、速度、抑揚、そして表情。まるで手本のようである。
 王女は、動揺を見せない目の前の王太子を興味深げに眺めた。

 外交を担う彼女にとって、表情管理や所作、他国の重鎮と渡り歩けるだけの対応力といったものは得意分野。
 これまで自分が根詰めてきたからこそ、他人のそうした能力の有無にもよく気が付いた。

 その鑑識眼からすると、この王太子は非の打ち所が無いのだ。

 彼には長年幾多の修羅場を乗り越えてきたかのような老練さを感じる。

 王女は様々な国王や宰相、外交官と関わってきたが、彼らのような手腕を、この王太子は齢十八にしてすでに持ち合わせているらしかった。

 だからこそ、彼と組まない手は無いと思った。

 しかしこの打診を、当の本人は受け取る気が無いようである。
 そこで王女は、持ち前の知恵を絞った。

「もしこの話を承諾してくれたら、トリジア王国とロワイユ王国は結び付きを強固にすることができるわ」

 自分が片方の王国の王女であり、相手がもう片方の王国の王太子であることを、彼女は最大限に利用したのである。

「……なるほど」

 ギルバートは相変わらず微笑みながら、王女の魂胆を推し量った。

 両国が敵対関係にあった過去。和解を機にこれから親睦を深めようとしている段階で、両国の王族が婚姻関係を結べば、その効果は絶大だろう。

 王女の余裕たっぷりの笑みを見たギルバートは悟った。断ろうとすれば、こちらの不利になる条件をつけるつもりであることを。

 ロワイユ王国は、トリジア王国よりも人口や地理的条件の点で優位に立っている。
 万が一また戦争を持ちかけられることになれば、残された道は、戦争をしない代わりに自国に不利な条件を飲むことしか無くなる。

 十年前、和平を結んだ時、国王である父は決めた。戦争はもうしないと。「これ以上、民の命を犠牲にするわけにはいかない」と強い思いを宿した父親の瞳を、彼はよく覚えていた。

 今でも、父親のその方針は変わっていない。そしてギルバート自身も、生涯変えるつもりは無い。

 つまり必然的に、ギルバートは王女の提案を受けるしか無いということになる。

 さあ、どうする。

 私欲に走って良いのなら、答えは最初から決まっていた。もちろん、シャーロットとの結婚を選ぶのである。

 しかし王太子という大層な身分は、こういう時に我が身を羽交い締めにしてくる。

 己の選択の影響は、文字通り国内外に及ぶということを、彼はよく理解していた。

 ようやく国内でシャーロットの評価を高められたのに、今度は他国との関係性が立ちはだかる。こればかりは、そう簡単に払い除けられないだろう。

 いくらシャーロットの功績を示したとしても、歴史・社会・経済・人民といったあらゆる分野の問題を、全て解決できるわけではないからだ。

 さらに、王女が納得してくれるかどうかも懸念点である。

 包括的に解決する方法を考えるとしても、ある程度の時間が必要と思われた。

 しばらく──といっても数秒だが──ギルバートが黙っていると、王女は告げた。

「焦ってほしいわけでは無いから、答えは今でなくて良いわ。猶予は、そうねぇ……私がここを去る二週間後までかしら」

 二つの王国の未来を左右する決断をするには、些か短期間だな──。

「承知いたしました。寛大なお心に感謝申し上げます」

 ──そんな感想をおくびにも出さず、ギルバートは最後まで爽やかに言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

とんでもない侯爵に嫁がされた女流作家の伯爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
面食いで愛人のいる侯爵に伯爵令嬢であり女流作家のアンリが身を守るため変装して嫁いだが、その後、王弟殿下と知り合って・・

処理中です...