46 / 87
第九章 ねじれた運命
第四十六話 浮上する疑問
しおりを挟む
宿屋の主人に案内された部屋で、ギルバートはシャーロットを寝台に座らせた。
「気持ち悪いとか、頭が重いとかある?」
シャーロットはその問いに、首を横に振る。
「分かった。一旦横になって、医者が来るのを待っていようか」
ギルバートは寝台の隣で屈みながら、不安気な顔のシャーロットにそう言った。
腹痛は続いているようだが、ひとまず安静にしてもらう他ない。侍女のフローラにシャーロットを任せ、ギルバートは他の視察団員のもとへ向かった。
「お待たせして申し訳ありません」
「いいえ、大丈夫よ。様子はどうなの?」
「腹痛だそうです。別の部屋で安静にしてもらうことにしました」
「そう……早く治ると良いわね」
リゼ王女は憂慮の顔でそう話した。
「本日の昼食はどちらで?」
宿屋に到着した医師は、横になっているシャーロットと傍に立つフローラを見ながらそう尋ねた。
「近くの飲食店で、店主の方の郷土料理を召し上がりました」
痛みに苦しむシャーロットに代わり、フローラが答える。
そうですか、と呟いた医師は、再び口を開いた。
「午前中は特に異変はありませんでしたか?」
頷くシャーロット。
「なるほど。分かりました」
メモを取りながら症状を聞いていく医師には、ある程度予想がついていた。
「おそらく……原因としては、その郷土料理にご自身の体に合わないものが入っていたことだと思います」
医師は続いて、対処法の説明に入った。
「ひとまず、腹痛を和らげる薬を出しておきます。それから、普段以上に水分補給をなさってくださいね。二、三日もすれば落ち着いてくるはずです」
体内に入ったものは、体外に出てしまえばさほど悪影響を及ぼさない。そう話す医師の言葉に、シャーロットとフローラの表情が安堵に塗り変わった。
次の日。
「シャーロット、体調はどう?」
フォード伯爵邸の一室で母親に尋ねられ、シャーロットは視線を声の主へと向けた。
「だいぶ良くなってきた感じがする」
差し出された膝掛けをありがたく受け取り、体温が逃げるのを防ぐ。
昨日、突如腹痛に襲われたシャーロット。偶然にも今日は視察団との仕事が休みだったため、伯爵邸で存分に休養をすることになっていた。
医師の指示のもと、たっぷりと水分を取って安静にした結果は上々である。腹痛はすでに、かなり回復していた。
「それなら良いんだけど……明日はまた王宮に行くんでしょう?」
「うん」
「あまり無理せずにね。最近忙しいみたいだから、心配だわ」
新規公共事業を主導する立場にいるが、伯爵夫人にとってシャーロットは十八歳の愛娘。視察先で体調を崩したと聞いた時、夫人はすぐに伯爵邸の馬車で迎えに行った。
「気を付けるね。殿下も事情は知ってるから、色々と補助してくれるみたい」
周囲の助けも得られる状況だと話され、夫人は幾らか不安の色をなくした。
その頃、王宮ではギルバートが親友のルーサーと会話をしていた。
「そういえば今日、フォード伯爵令嬢は?」
ギルバートの私室で椅子に腰を下ろした彼は、ふと尋ねる。
今日は、ロワイユ王国の視察団との仕事が無い日だという。せっかくの休みに二人で過ごさないのかと思って聞くと、親友は言った。
「シャーロットは昨日色々あって、今フォード伯爵邸で休んでる」
「え」
色々あって、の部分にだいぶ詰め込まれている気がする。
ルーサーは続きを待った。
「視察先で食べたものが原因で体調を崩したんだ」
それから語られた昨日の一連の出来事。
「そうなのか……早く良くなると良いな」
諸々の事情を聞き終わり、ルーサーはそう言った。
今日が休みだったのは、不幸中の幸いだ。ゆっくり休む時間が取れたのだから。もっとも、二人きりで過ごす機会が減ったという意味では幸いだとも限らないが。
ギルバートは、椅子に深々と腰かける親友をちらりと見た。
部屋に馴染みすぎているこの男とは、もう何年もの関わりがある。
曾祖父母が同じであるという血の繋がりは確認されているものの、親戚のよしみで付き合っているわけではない。
何となく馬が合い、居心地が良いこと。それが、これまでギルバートがルーサーとの繋がりを維持してきた理由だ。
時々冗談で皮肉めいたことを言い合うこともある。
しかしそれ以前に、ルーサーは親友のギルバートを気遣う心も持ち合わせていた。
先程彼がシャーロットはいないのかと尋ねたのが、婚約者同士で過ごす貴重な時間を考慮したからだということを、ギルバートは分かっていた。
「それにしても」
と、不意にルーサーは口を開く。
「フォード伯爵令嬢が体調を崩すなんて意外だな」
「どういうことだ?」
シャーロットへの印象の話かと思い、ギルバートはそう尋ねる。しかし返ってきた言葉は、その予想とは異なるものだった。
「彼女は国内外の料理を食べてきたんだろう?店主の郷土料理を別の機会に食べたことがあっても不思議ではないし、過去にその料理で体調を崩したことがあれば、視察の時に分かるはずだから」
以前──ギルバートがシャーロットと出会ってしばらく経った頃に、彼女は話していた。自分は国内外の料理を食べたり作ったりすることが好きだと(※第九話参照)。
シャーロットが限られた人物にしか伝えていないその趣味。彼女の確認を取った上で、ギルバートはそれを以前、ルーサーに伝えていたのだった。
親友の鋭い指摘に、はっとする。
確かに、シャーロットがあの郷土料理を知っていてもおかしくはない。
飲食店でそれを出された時に拒まなかったのは、食べたことが無く体に合わないことを知らなかったか、過去に食べた時には問題なく食べられたかのどちらかだ。
シャーロットが国内の料理は大方食べていることを踏まえると、可能性が高いのは後者。
「なぜ昨日は体調を崩したのか、疑問が残るな」
ギルバートの言葉に、ルーサーは大きく頷いた。
「気持ち悪いとか、頭が重いとかある?」
シャーロットはその問いに、首を横に振る。
「分かった。一旦横になって、医者が来るのを待っていようか」
ギルバートは寝台の隣で屈みながら、不安気な顔のシャーロットにそう言った。
腹痛は続いているようだが、ひとまず安静にしてもらう他ない。侍女のフローラにシャーロットを任せ、ギルバートは他の視察団員のもとへ向かった。
「お待たせして申し訳ありません」
「いいえ、大丈夫よ。様子はどうなの?」
「腹痛だそうです。別の部屋で安静にしてもらうことにしました」
「そう……早く治ると良いわね」
リゼ王女は憂慮の顔でそう話した。
「本日の昼食はどちらで?」
宿屋に到着した医師は、横になっているシャーロットと傍に立つフローラを見ながらそう尋ねた。
「近くの飲食店で、店主の方の郷土料理を召し上がりました」
痛みに苦しむシャーロットに代わり、フローラが答える。
そうですか、と呟いた医師は、再び口を開いた。
「午前中は特に異変はありませんでしたか?」
頷くシャーロット。
「なるほど。分かりました」
メモを取りながら症状を聞いていく医師には、ある程度予想がついていた。
「おそらく……原因としては、その郷土料理にご自身の体に合わないものが入っていたことだと思います」
医師は続いて、対処法の説明に入った。
「ひとまず、腹痛を和らげる薬を出しておきます。それから、普段以上に水分補給をなさってくださいね。二、三日もすれば落ち着いてくるはずです」
体内に入ったものは、体外に出てしまえばさほど悪影響を及ぼさない。そう話す医師の言葉に、シャーロットとフローラの表情が安堵に塗り変わった。
次の日。
「シャーロット、体調はどう?」
フォード伯爵邸の一室で母親に尋ねられ、シャーロットは視線を声の主へと向けた。
「だいぶ良くなってきた感じがする」
差し出された膝掛けをありがたく受け取り、体温が逃げるのを防ぐ。
昨日、突如腹痛に襲われたシャーロット。偶然にも今日は視察団との仕事が休みだったため、伯爵邸で存分に休養をすることになっていた。
医師の指示のもと、たっぷりと水分を取って安静にした結果は上々である。腹痛はすでに、かなり回復していた。
「それなら良いんだけど……明日はまた王宮に行くんでしょう?」
「うん」
「あまり無理せずにね。最近忙しいみたいだから、心配だわ」
新規公共事業を主導する立場にいるが、伯爵夫人にとってシャーロットは十八歳の愛娘。視察先で体調を崩したと聞いた時、夫人はすぐに伯爵邸の馬車で迎えに行った。
「気を付けるね。殿下も事情は知ってるから、色々と補助してくれるみたい」
周囲の助けも得られる状況だと話され、夫人は幾らか不安の色をなくした。
その頃、王宮ではギルバートが親友のルーサーと会話をしていた。
「そういえば今日、フォード伯爵令嬢は?」
ギルバートの私室で椅子に腰を下ろした彼は、ふと尋ねる。
今日は、ロワイユ王国の視察団との仕事が無い日だという。せっかくの休みに二人で過ごさないのかと思って聞くと、親友は言った。
「シャーロットは昨日色々あって、今フォード伯爵邸で休んでる」
「え」
色々あって、の部分にだいぶ詰め込まれている気がする。
ルーサーは続きを待った。
「視察先で食べたものが原因で体調を崩したんだ」
それから語られた昨日の一連の出来事。
「そうなのか……早く良くなると良いな」
諸々の事情を聞き終わり、ルーサーはそう言った。
今日が休みだったのは、不幸中の幸いだ。ゆっくり休む時間が取れたのだから。もっとも、二人きりで過ごす機会が減ったという意味では幸いだとも限らないが。
ギルバートは、椅子に深々と腰かける親友をちらりと見た。
部屋に馴染みすぎているこの男とは、もう何年もの関わりがある。
曾祖父母が同じであるという血の繋がりは確認されているものの、親戚のよしみで付き合っているわけではない。
何となく馬が合い、居心地が良いこと。それが、これまでギルバートがルーサーとの繋がりを維持してきた理由だ。
時々冗談で皮肉めいたことを言い合うこともある。
しかしそれ以前に、ルーサーは親友のギルバートを気遣う心も持ち合わせていた。
先程彼がシャーロットはいないのかと尋ねたのが、婚約者同士で過ごす貴重な時間を考慮したからだということを、ギルバートは分かっていた。
「それにしても」
と、不意にルーサーは口を開く。
「フォード伯爵令嬢が体調を崩すなんて意外だな」
「どういうことだ?」
シャーロットへの印象の話かと思い、ギルバートはそう尋ねる。しかし返ってきた言葉は、その予想とは異なるものだった。
「彼女は国内外の料理を食べてきたんだろう?店主の郷土料理を別の機会に食べたことがあっても不思議ではないし、過去にその料理で体調を崩したことがあれば、視察の時に分かるはずだから」
以前──ギルバートがシャーロットと出会ってしばらく経った頃に、彼女は話していた。自分は国内外の料理を食べたり作ったりすることが好きだと(※第九話参照)。
シャーロットが限られた人物にしか伝えていないその趣味。彼女の確認を取った上で、ギルバートはそれを以前、ルーサーに伝えていたのだった。
親友の鋭い指摘に、はっとする。
確かに、シャーロットがあの郷土料理を知っていてもおかしくはない。
飲食店でそれを出された時に拒まなかったのは、食べたことが無く体に合わないことを知らなかったか、過去に食べた時には問題なく食べられたかのどちらかだ。
シャーロットが国内の料理は大方食べていることを踏まえると、可能性が高いのは後者。
「なぜ昨日は体調を崩したのか、疑問が残るな」
ギルバートの言葉に、ルーサーは大きく頷いた。
1
あなたにおすすめの小説
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。
しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。
友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。
『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。
取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。
彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
異世界で守護竜になりました
みん
恋愛
【召喚先は、誰も居ない森でした】の続編になります。
守護竜となった茉白のその後のお話です。
竜王国民を護りたいと、守護竜として頑張る茉白。そんな茉白を甘やかしたい近衛のカイルス。茉白はカイルスのそんな気持ちには気付かない上、茉白には密やかな野望もある。
茉白の野望は叶うのか?カイルスの想いは茉白に届くのか?
聖女由茉も健在です。
❋最初は恋愛要素薄目です
❋独自設定あり
❋他視点のお話もあります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる