伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

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第十章 感傷

第五十五話 零れる想い

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 ギルバートとシャーロットの婚約解消書が教会で受理されてから、数日が経過した。

「ナタリー、これも食べて良いの?」
「もちろん!ジェシカ様も、遠慮せずに食べてくださいね」
「あら、ありがとう。じゃあ早速」

 ナタリーが住むトレス伯爵家の一室では、三人の令嬢達がお茶会を楽しんでいた。

 以前のお茶会にて、普段上品なジェシカが意外によく食べることを知ったナタリー。彼女はさくさくと──けれど品位は欠かずに食べ進めるジェシカを見て、嬉しそうに口を開く。

「一日中楽しめるようにたくさん用意したので、どんどん食べましょう!」
「明日の分が無くなっても、文句は言わないでね」
「え……!?」
「冗談よ」

 一瞬焦るナタリーの様子に、目を細めるジェシカ。

 これまで交流を続けてきた彼女達は今日、ナタリーの家で一泊することになっている。

 シャーロットが長期休暇中であるこのタイミングを利用して、二日にわたる女子会を開催することに決定したのだ。

「そういえば、最近王都で新しい劇場ができたの知ってます?」

 趣味や家族の話などを経由した後、ナタリーは話題を移した。

「この間、母と一緒に観に行ったわ」
「そうなんですね!今度エイダン様と行こうかなと思ってるんですけど──」

 ナタリーは一か月ほど前に、エイダン・グラント辺境伯子息と婚約している。近頃は二人で出掛けることも増え、楽しく過ごしているという。

「恋愛劇も良いけど、推理劇も面白かったわよ」
「なるほど。ジェシカ様はともかく、公爵夫人が推理劇も観に行っていらっしゃるのは意外でした」

 ナタリーが驚きながらそう話すと、ジェシカは首を横に振った。

「推理劇の方は母とじゃなくて……ルーサーと一緒だったの」
「「え?」」

 ルーサー、とはルーサー・スプラウト公爵子息のことだろう。

 ナタリーは彼らの交流を知っていたものの、すでに名前で呼ぶような間柄になっているとは思いもしなかった。

「別に、そういうわけじゃないのよ。たまたま趣味が同じだったからで」

 もしや、という表情をする二人に対して、ジェシカはやや赤い顔で、焦ったように弁明する。

 ザ・高嶺の花といった公爵令嬢が珍しくそのような反応を見せたのを、友人達は逃さなかった。

「それはつまり、デートってことですか……!?」
「ご婚約はまだでしたよね。もしかしてもうすぐ……?」

 わくわくという擬音後がぴったりな様子の二人から尋ねられ、ジェシカは悟った。
 こうなってしまえば、話題を変えるのはなかなか難しい。

「ええっと……」

 口を開いたジェシカに、シャーロットとナタリーは前のめりで傾聴体勢に入る。

「世間的には、デート、ってことになるのかしら。でもお互いそういうつもりで観に行ってないわ」

 ジェシカとルーサーは、どちらも公爵家の生まれだ。置かれた環境や周囲の目といった共通点があり、数年前から同志のような関係が続いている。

 時々社交場で顔を会わせては、軽口を叩き合ったり、皮肉を交えた世間話をしたりする二人。

 そこに、恋愛の色は無かった。少なくともたった今、友人達から問われるまでは。

「二人で行ったなら、少しくらい可能性はありそうですけどね~」
「スプラウト公爵子息様から誘われたんですよね?」
「ええ、まあ」

 当時のことを詳細に話す度に、追加の質問が飛んでくる。

 自分以上に色めき立つ二人に、ジェシカは苦笑した。

「それはそうと、ナタリーはどうなの?」

 これ以上聞かれても、二人の求めている内容は話せない。ジェシカは話題を相手に振ることにした。

「私が行った劇場、今度行くんでしょう?当日はどんな感じのデートにするのかしら」
「ええと……劇を観て、その後近くのお店で食事をして、それから色んなお店を見てまわる予定です」

 飲食店だけでなく、仕立て屋や骨董品店、花屋など、様々な分野の店が立ち並ぶ場所だ。丸一日楽しむには事欠かない。

 するとナタリーはふと尋ねた。

「シャーロットは、殿下とどんな風に過ごしてるの?」
「わ、私?」
「うん。やっぱりお忍びデートが多い?」
「私は……」

 少し言葉に詰まるシャーロット。一拍置いた後、彼女は困ったように笑った。

「実は、殿下とはもう婚約解消をしたの」
「「……え?」」

 だからデートはもうしないのよ、と付け足すシャーロットに、二人の友人達は目を瞬かせた。

「ちょ、ちょっと待って。婚約解消?本当なの……?」

 理解が追い付かないとばかりに疑問を投げ掛けるナタリー。ジェシカも、柄に似合わず口をぽかんと開けている。

 質問を受けたシャーロットは、こくりと頷いた。

「解消発表は数日後だけど、殿下の許可は得てるから二人には先に伝えようと思って」
「あ、ありがとう……で、合っているのかしら」
「分かりませんね……」

 友人の突然の衝撃的事実を耳にし、ジェシカもナタリーも驚きを隠せない。

 しかし、伊達に社交界を渡り歩いた令嬢達ではない。切り替えは早かった。

「えっと……もし話せるなら、婚約解消の経緯を聞いてみても良い?」

 シャーロットはそこで、順を追って簡単に説明することにした。

 ロワイユ王国のリゼ王女から、ギルバートが婚約の打診を受けたこと。彼はそれを、一度断ったこと。その後しばらくして、婚約解消を持ちかけられたこと。

 そして昨日、彼から教会で正式に婚約解消書が受理されたのを知らされたことも。

 一通り経緯を聞いた二人は、深刻そうな表情を浮かべた。

「恋愛感情はお互いあるんでしょう?それなのに、急に解消だなんて」
「他に方法があるような気もするけど……」
「殿下と私の立場を考えたら、仕方の無いことだと思ってます。彼は、王族としての役割を担うだけ。私はそれを、応援しただけ。……それだけのこと」

 二人に心配をかけまいと、大したことではないような言い草でそう言った。笑顔も忘れなかった。

 しかし、二人の憂慮の表情は消えない。

「シャーロット、大丈夫?」
「うん、大丈夫。ありがとう」

 笑みを浮かべ続けながら、シャーロットはそう返した。

「本当に……?」
「うん」
「でもシャーロット、気付いてるでしょう」

 ナタリーは、目の前で懸命に笑う親友に告げる。

「……泣いてるじゃない」

 一筋の涙が、シャーロットの頬を伝った。それを皮切りに、ぽろぽろと零れ落ちる。

 涙の膜で、視界が全て霞んでしまう。彼女はそれを止める術を、知らなかった。

 笑顔でいれば、後悔の念も寂しさも塗り替えられるような気がした。何もかも、綺麗な思い出にできると信じた。

 そうでもしなければ、望んではいけない未来が欲しくなってしまうから。

 だから、物分かりの良い自分であろうとした。

 婚約解消の話を持ちかけられた時も、両親に心配された時も、教会で正式に婚約が解消されたと聞いた時も。

 嫌だと表現することを、放棄するしかなかった。

「……大丈夫だって、思おうとしたんだけどなぁ……っ」

 溢れる涙をそのままに、困ったような顔で呟く。

 ナタリーの言う通りだ。最初から気付いている。

 大丈夫なんかじゃ、全然無い。潔く前を向くなど、到底できない。

『彼は、王族としての役割を担うだけ。私はそれを、応援しただけ。……それだけのこと』

 先程の言葉は、友人達に告げるというより、自分に言い聞かせるような役割だったと言う方が適切なのかもしれない。

 大したことではないと言わなければ、感情を制御できなくなるから。

 それほどに、彼への想いは大きく深いものになっていた。
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