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第十一章 真相
第五十六話 確信
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その日の夜。
湯浴みを終えたナタリーが部屋に戻ると、シャーロットはすでにいなかった。
「ジェシカ様……シャーロットは」
「眠っているわ。泣き疲れちゃったみたい」
紅茶を飲んでいたらしきジェシカから、そう告げられる。
ティーカップの中身は、ナタリーが湯浴みに行く前とほとんど変わっていない。
「心配、ですよね。シャーロットのこと」
「そうね……」
二人は重々しい顔つきで、ソファに並んだ。
シャーロットの婚約解消。正直、まだ混乱している部分はある。
ようやく親友が恋愛をして、婚約をして、さあ次はいよいよ結婚へ、という時にこの事態である。
軌道に乗っていたはずだった。それが突然、行き止まりだ。
シャーロットの様子を見るに、相当心理的な負担があるのだろう。無理もない。
社交界における表面的な関係や義務に基づく関係ならまだしも、互いに信頼と好意を築き合った間柄だ。
割り切って忘れようなどと慰められるはずがなかった。
「政略結婚かー……」
ナタリーは腕組みをして呟く。
「どんなやり取りがあったのか分かりませんけど……私、そういう風潮ってもう少し薄まってるのかと思ってました」
「実際、間違ってはいないんじゃないかしら?」
ジェシカには、王太子の婚約者の座を狙っていた時期がある。
公爵家当主である父親の期待に答えるべく、立派な淑女であろうとし、教養も社交性も培ってきた。
だが、結局は自ら退いた。
王太子の意中の相手がシャーロットであることを知ったというのも理由ではある。
しかし正直なところ、両親の希望を叶えようとする気持ちはあっても、王太子の婚約者になりたいという気持ちが無かったのが大きい。
思い切って父親に話してみたところ、やや渋ってはいたものの、結果的にはジェシカが王太子の婚約者争いから退くことを認めてくれた。
社交界の上層部に位置付けられる公爵家ですらこうなのだから、恋愛結婚は間違いなく貴族にも浸透してきている。
ただ、やはり王族となると話は変わるようだ。
「仕方の無いことといえば、そうなのかしらね……」
そう呟くジェシカに、ナタリーは嘆きの表情を浮かべた。
「頭では理解していても、シャーロットのあの様子を見れば、すんなり受け入れるのは難しいなぁ……」
そして彼女は、しばらく黙った後にふと口を開く。
「どうにか、ならないんですかね」
呟きの主に視線を向けたジェシカと目が合った。
何を言っているんだという表情ではない辺り、彼女も自分と同じ考えを持っているらしい──そう判断したナタリーは、心の奥に引っ掛かっていた疑問を吐露することにした。
「そもそも殿下は、どうしてわざわざ婚約解消を持ちかけたんでしょうか」
ロワイユ王国との関係を、リゼ王女との婚約を通して強固にするため。婚約解消の理由はそれだと、シャーロットからは聞いている。
ただ、ナタリーはどうしても納得できなかった。もちろん、親友が悲しんでいるということもそうだが──。
「──殿下が、自ら目標を遠ざける人には見えないんですよね」
「確かに、私もそう見えるわ」
容姿端麗であること。剣の腕前はなかなかであること。人当たりが良いこと。
社交界で、ナタリーは王太子に関する様々な評判を耳にしてきた。その中で最も称えられていたのが、聡明さだ。
自分よりも長く社交界に身を置いている両親だけでなく、婚約者のエイダンからも、ナタリーはよく耳にしていた。
エイダンは、王太子ギルバートに憧れを抱いている。
グラント辺境伯の息子であり、将来は領地で国防を担うことから、エイダンはすでに父親と一緒に仕事をし始めていた。
そこにはギルバートも参加する。
自分と同年ながら、国防に関する知識や頭脳を駆使して会議を進める王太子。
エイダンが彼を崇拝の目で見るようになるのは、自然なことだった。
エイダンに声をかけた王宮パーティーの日、王太子がいかに聡明であるかを話してくれた彼の横顔を、ナタリーはよく覚えている。
シャーロットからも、王太子の能力が垣間見えるエピソードを聞いたことがあった。それは他でもない、シャーロットと王太子の婚約に際してである。
婚約の手続きを素早く進めるために、彼は事前に各方面への準備を済ませていたらしい──やけに婚約締結が早いわねと疑問を投げ掛けたナタリーに、シャーロットは苦笑しながらそう話してくれた。
するとナタリーの言葉に、ジェシカもふと思い出す。
「ルーサー主催のパーティーの時もそうだったわね」
水道事業におけるシャーロットの功績を皆に知らせるために、ある種仕組まれたパーティーのことだ。
ジェシカの動向やルーサーが招待した参加者に合わせて、資料を仕上げた王太子。
パーティー当日に公務が重ならないよう、スケジュール調整や対策も行っていたらしい。
ナタリーはジェシカの回想を受けて、確信する。
「殿下は評判通りに……評判以上に、用意周到な御方だと思うんです」
それほど根回しができるはずの王太子が、単にロワイユ王国との繋がりを求めてシャーロットと婚約解消をするのは、些か疑問が残る。
要するに、だ。
「殿下が婚約解消をしたのは、外交の他にも理由があったからではないかと」
ジェシカはナタリーの推理に、ごくりと息を飲んだ。
湯浴みを終えたナタリーが部屋に戻ると、シャーロットはすでにいなかった。
「ジェシカ様……シャーロットは」
「眠っているわ。泣き疲れちゃったみたい」
紅茶を飲んでいたらしきジェシカから、そう告げられる。
ティーカップの中身は、ナタリーが湯浴みに行く前とほとんど変わっていない。
「心配、ですよね。シャーロットのこと」
「そうね……」
二人は重々しい顔つきで、ソファに並んだ。
シャーロットの婚約解消。正直、まだ混乱している部分はある。
ようやく親友が恋愛をして、婚約をして、さあ次はいよいよ結婚へ、という時にこの事態である。
軌道に乗っていたはずだった。それが突然、行き止まりだ。
シャーロットの様子を見るに、相当心理的な負担があるのだろう。無理もない。
社交界における表面的な関係や義務に基づく関係ならまだしも、互いに信頼と好意を築き合った間柄だ。
割り切って忘れようなどと慰められるはずがなかった。
「政略結婚かー……」
ナタリーは腕組みをして呟く。
「どんなやり取りがあったのか分かりませんけど……私、そういう風潮ってもう少し薄まってるのかと思ってました」
「実際、間違ってはいないんじゃないかしら?」
ジェシカには、王太子の婚約者の座を狙っていた時期がある。
公爵家当主である父親の期待に答えるべく、立派な淑女であろうとし、教養も社交性も培ってきた。
だが、結局は自ら退いた。
王太子の意中の相手がシャーロットであることを知ったというのも理由ではある。
しかし正直なところ、両親の希望を叶えようとする気持ちはあっても、王太子の婚約者になりたいという気持ちが無かったのが大きい。
思い切って父親に話してみたところ、やや渋ってはいたものの、結果的にはジェシカが王太子の婚約者争いから退くことを認めてくれた。
社交界の上層部に位置付けられる公爵家ですらこうなのだから、恋愛結婚は間違いなく貴族にも浸透してきている。
ただ、やはり王族となると話は変わるようだ。
「仕方の無いことといえば、そうなのかしらね……」
そう呟くジェシカに、ナタリーは嘆きの表情を浮かべた。
「頭では理解していても、シャーロットのあの様子を見れば、すんなり受け入れるのは難しいなぁ……」
そして彼女は、しばらく黙った後にふと口を開く。
「どうにか、ならないんですかね」
呟きの主に視線を向けたジェシカと目が合った。
何を言っているんだという表情ではない辺り、彼女も自分と同じ考えを持っているらしい──そう判断したナタリーは、心の奥に引っ掛かっていた疑問を吐露することにした。
「そもそも殿下は、どうしてわざわざ婚約解消を持ちかけたんでしょうか」
ロワイユ王国との関係を、リゼ王女との婚約を通して強固にするため。婚約解消の理由はそれだと、シャーロットからは聞いている。
ただ、ナタリーはどうしても納得できなかった。もちろん、親友が悲しんでいるということもそうだが──。
「──殿下が、自ら目標を遠ざける人には見えないんですよね」
「確かに、私もそう見えるわ」
容姿端麗であること。剣の腕前はなかなかであること。人当たりが良いこと。
社交界で、ナタリーは王太子に関する様々な評判を耳にしてきた。その中で最も称えられていたのが、聡明さだ。
自分よりも長く社交界に身を置いている両親だけでなく、婚約者のエイダンからも、ナタリーはよく耳にしていた。
エイダンは、王太子ギルバートに憧れを抱いている。
グラント辺境伯の息子であり、将来は領地で国防を担うことから、エイダンはすでに父親と一緒に仕事をし始めていた。
そこにはギルバートも参加する。
自分と同年ながら、国防に関する知識や頭脳を駆使して会議を進める王太子。
エイダンが彼を崇拝の目で見るようになるのは、自然なことだった。
エイダンに声をかけた王宮パーティーの日、王太子がいかに聡明であるかを話してくれた彼の横顔を、ナタリーはよく覚えている。
シャーロットからも、王太子の能力が垣間見えるエピソードを聞いたことがあった。それは他でもない、シャーロットと王太子の婚約に際してである。
婚約の手続きを素早く進めるために、彼は事前に各方面への準備を済ませていたらしい──やけに婚約締結が早いわねと疑問を投げ掛けたナタリーに、シャーロットは苦笑しながらそう話してくれた。
するとナタリーの言葉に、ジェシカもふと思い出す。
「ルーサー主催のパーティーの時もそうだったわね」
水道事業におけるシャーロットの功績を皆に知らせるために、ある種仕組まれたパーティーのことだ。
ジェシカの動向やルーサーが招待した参加者に合わせて、資料を仕上げた王太子。
パーティー当日に公務が重ならないよう、スケジュール調整や対策も行っていたらしい。
ナタリーはジェシカの回想を受けて、確信する。
「殿下は評判通りに……評判以上に、用意周到な御方だと思うんです」
それほど根回しができるはずの王太子が、単にロワイユ王国との繋がりを求めてシャーロットと婚約解消をするのは、些か疑問が残る。
要するに、だ。
「殿下が婚約解消をしたのは、外交の他にも理由があったからではないかと」
ジェシカはナタリーの推理に、ごくりと息を飲んだ。
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