伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

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第十一章 真相

第五十七話 昔からの性質

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 ナタリーとジェシカが婚約解消の真意に迫り始めていた頃。王宮でも、動きが見られた。

「ギルバート……どういうことだ、婚約解消って」

 親友の私室に訪れていたルーサーは、目を見開いた。

 フォード伯爵令嬢とは順調か、と雑談ついでに軽く話を振ってみたら、返ってきたのが「この前婚約を解消したんだ」である。

 ルーサーはまず自分の耳を疑った。が、空耳でも冗談を言われたわけでもないらしい。

 それから彼は、ギルバートから事の詳細を聞き出した。

「…………まさか、そんなことになっているなんてな」

 概要を掴んだ彼は、頭の後ろで両手を組み、そう言った。

 この数日で、どうやら怒涛の展開が繰り広げられていたようだ。

 半ば呆気にとられていたルーサー。しかし彼はふと、目の前に座る男の様子を不審に思った。

「婚約解消したての割には、やけに平静じゃないか?」

 ギルバートが冷静沈着で頭の切れる人物だということはよく分かっている。

 ルーサーが言いたいのは、裏で手を回すほど入れ込んだ相手と婚約を解消して、なぜ何ともないような涼しげな顔で座っているのかということだ。

「王太子の役目の方が優先だからな。割り切っているだけだ」

 ギルバートの返答は、淡々としていた。淡々と、しすぎていた。

 だからこそルーサーは、その言葉が台本のように思えてならなかった。

「……本音は?」
「これが本音だよ」

 動揺を一切見せない親友の様子に、乾いた笑いを漏らす。

 嘘だろうと言い返しても、時間の無駄だということは分かった。

「なら、質問を変える」

 ギルバートがこちらに視線を向けたことを確認し、ルーサーは続けた。

「フォード伯爵令嬢のことは、まだ好きか?」
「……元婚約者。彼女はそれ以上でも、それ以下でもない」

 目を逸らさずに言い切ったが、巧みに回答を逸らしたことは明白だ。

 その手腕はこの男の持ち味であると同時に、彼自身の本音を覆い隠す障壁でもある。

 昔から、そうだった。

『ギルバート。今度の会議、しっかり頼むぞ』
『はい、父上』

 荘厳な国王の指導のもとで、早くから政治の場に参加してきたギルバート。

 重圧や責任に押し潰されそうな姿を見せはしないものの、ルーサーは知っていた。

『……倒れるな、倒れるな』

 国王がその場を去った後。とても小さな声で、若き王太子はそう言い聞かせていた。

『ギルバート、大丈夫か』

 柱の影から出ていき声をかけると、紫の瞳と目が合う。

『ルーサーこそ、さっき練習場で足捻っただろ。大丈夫なのか』
『見てたのか……数日あれば治るってさ』
『良かったな。今度のパーティーには間に合いそうで──』

 そのまま話を続けるギルバートに、ルーサーはいつも思ったものだった。また逸らされた、と。

 ギルバートは、己にかかる負担に対して弱音や本心をなかなか吐かない。ルーサーが時にそれを引き出そうとすると、巧みにはぐらかされるのだ。

 無理に聞こうとするものでもないかと考え直しているが、それなりに心配ではある。

 かつては、もっと酷かった。それでも僅かに変化が見られたきっかけは、ギルバートが珍しく風邪を引いた日のことである。

『ギルバート、入って良いか?』
『……入りながら言われても』
『はは、悪い』

 私室で一人横になるギルバートのもとに、ルーサーは見舞いに訪れた。

 国王夫妻は外せない公務で不在らしい。侍従のハリスが看病をしていたところだった。

『ハリスさん以外にも、話し相手が必要だろうなと思ってさ』

 にっと笑いながらそう言うと、ギルバートは苦笑した。

『よく通してもらったな。王太子の寝込み中に』
『そうだろ?顔が広い公爵子息っていうのは結構便利なんだよ』

 冗談めかしつつ、ルーサーはハリスが寝台の用意してくれた椅子に腰を下ろした。

『それで、体調は』
『頭痛と発熱。もう峠は過ぎたよ』
『下手な嘘をつくくらいには、やられてるってことか』
『……』

 何か言いたげな視線を感じ取る。しかし、結局言葉にするのは止めたようだ。普段のギルバートなら、軽口くらい返すだろうに。

 ルーサーはハリスから氷のうを受け取り、風邪人の額に乗せる。

『大丈夫か』

 今度は真面目な顔でそう尋ねた。

『……ああ。大したことじゃないよ』

 額にある氷のうを押さえ、気持ち良さそうに目を閉じながら、ギルバートはそう答えた。

 こんな時にさえ弱音を吐かない親友を見て、ルーサーはひどく胸が締め付けられた。

『大したことにしちゃいけない、の間違いだろ』

 その言葉に、横たわる未来の王がゆっくりと目を開ける。

 僅かに揺らいだ紫の瞳。そして彼は、ただ微笑んだ。

『大丈夫。心配してくれてありがとな』

 また話を逸らされる──そう察したルーサーは、初めてそれを阻止する手段に出た。

『一人くらいいたって、良いと思うんだよ』

 前から、心の中で思っていたこと。

『全部話さなくても良い。でも少しくらい……疲れたとか休憩したいとか、そういう一言くらい話す相手がいたって』

 親友は、黙って聞いてくれた。風邪を引いていて、返す気力が無いのかもしれない。

 ルーサーは言葉を続ける。

『今のお前は、もちろんすごいよ。まだ十五歳なのに、もう国を動かす仕事に携わり始めてる』

 そこに、批難をする要素は見当たらない。

『でも、時々心配になるんだよ。いつか壊れるんじゃないかって』

 生まれ持った地位に胡座をかかず、人並み以上に努力をする姿。

 それは周囲の期待に応えようと頑張るというより、そうするのが当たり前で、王太子としてさらに上を目指さなければならない宿命を背負っている、という方がルーサーにとってはしっくりきた。

 ギルバートはきっと、本音を吐かない・・・・のではない。吐けない・・・・のだ。一滴でも溢せば、貴族社交の荒波に飲まれてしまうから。

『分かってる。俺は王太子じゃない。これはあくまで想像でしかないよ。だけど──』

 近くで見てきて、約七年。

『ずっと、圧し殺してるだろ。誰にも見せずに』

 彼の閉じ籠った核に触れるように、ルーサーは言った。

 しばらく待っていると、ギルバートの唇がうっすらと開く。

『…………鋭いのは、昔から変わらないな』

 初めて聞く、堪忍したような声音。

『王太子の親友は、そうじゃなきゃ務まらないだろ?』

 完璧に見えて誰よりも拗らせている親友がようやく素を見せ始めた。それが、ルーサーにとってはこの上なく嬉しかった。

 それからの日々、ギルバートは時折ルーサーに本音を話すようになった。

『ギルバート、大丈夫か』
『大丈夫』
『……本音は?』
『あー…………まあ、多少はきついな』

 何度か聞かなければなかなか言わないが、それでも話を逸らされていた過去と比べれば大きな進歩である。

『できる仕事があったら、手伝うから。無理するなよ』

 すると、ギルバートは苦笑した。

『格好いいこと言ってるけど……ルーサーの方が最近忙しいまであるぞ。スプラウト公爵家の仕事、やってるんだろ』
『……それはそれ、これはこれだ』

 誤魔化すと、ギルバートは一通り笑った後、ふと口にする。

『でも……ありがとう。同年代の親友だからこそ色々話せるってのはあるから、結構、助かってる』
『おー。どういたしまして』

 評判や立場を気にすること無く、ただ普通の親友同士として交わす会話。それは間違いなく、二人の紐帯を築く材料になった。

 あれから三年。
 個人的には、かなり心を開いてもらえたと思っていた。

 しかし、目の前で黙々と書物の整理を続けるこの男の、本音を隠す性質はまだまだ健在らしい。

 何を考えているのか定かではないが、何かがあってフォード伯爵令嬢から離れているのだろう。そして今回は、相当意志が固いらしい。

「どうしたものかな……」

 諦めてギルバートの私室を後にしたルーサーは、一人呟いた。
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