伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

文字の大きさ
59 / 87
第十一章 真相

第五十九話 王太子の苦悩

しおりを挟む
 その日、ルーサーは深刻そうな表情をありありと浮かべ、ギルバートの部屋へ訪れた。

「……どうした、そんな顔して」
「いや、まあ」

 それほど意味を持たない言葉を発しながら、ルーサーはいつものようにソファに腰かける。
 しばらく言い淀んだ後、ギルバートと目を合わせた。

「昨日、ジェシカと偶然外で会った」
「そうか。良かったな」

 親友がジェシカ・オルドリッジ公爵令嬢に少なからず好意を持っていることを知っていたギルバートは、そう返した。

「で、そんな顔をしてるってことは……彼女に振られでもしたのか?」

 嘆くルーサーを慰める準備に入ろうとしたギルバート。しかし、当の本人は首を横に振っている。

 それじゃあ一体何の話をするつもりだ、とギルバートは次の言葉を待つ。

 すると、再び言い淀んだ後、ルーサーは遂にその話題・・・・を開始させた。

「ジェシカから聞いたんだ。フォード伯爵令嬢が、泣いてたって」

 紅茶を飲んでいたギルバートの動作が、ピタリと止む。が、次の瞬間には何事も無かったかのように動き出した。

「……なあギルバート」

 ルーサーは絞り出すような声音で訴える。

「そろそろ、本音を言ってくれても良いだろ」
「……本音も何も、隠してることなんて無いよ」
「ジェシカもトレス伯爵令嬢も、もちろん俺も、お前の違和感には気付いてる」

 試すようにそう話すルーサーを、ギルバートはちらりと見た。

「違和感?」
「普段あれだけ頭の回るお前が、外交のためだけに婚約解消をするわけがないってこと」
「残念だけど、それは外れだ。今回は本当に外交のことだけ考えた。ルーサー達は俺を高く見積もりすぎだよ」

 言い放つギルバート。微笑みを浮かべるほど余裕のある親友の姿に、ルーサーは対抗を試みた。

「じゃあどうしてこの前の……フォード伯爵令嬢のことをまだ好きかって質問に、ちゃんと答えなかったんだ?」

 ただの元婚約者にすぎないという答え。ルーサーは、そのはぐらかしに目をつぶったわけでは無かった。

「ギルバート、もう一度聞く。フォード伯爵令嬢のことは、好きか」

 しばらく待っても、返事はやって来ない。

「じゃあ……分かった。俺には言わなくて良いから、せめて二人でちゃんと話し合ってほしい。明日、フォード伯爵令嬢を連れてくるよ」
「やめろ」

 ルーサーの提案に、鋭い制止の声を上げたギルバート。

 その表情は、僅かに焦りを含んでいるように見えた──が、ルーサーが気に留める間も無く、すぐに元の薄ら笑いを浮かべる。

 そして、口を開いた。

「彼女のことは、好きでも何でもない」
「え……?」
「もう終わったことだ。気の迷いだった」
「おい、ギルバート──」
「王太子に興味の無い令嬢と初めて出会って、恋愛感情だと錯覚しただけだ」

 淡々と告げるギルバート。ルーサーにはそれが、希望の無い未来を前に自嘲しているように見えた。

 こんなの、いつものお前らしくない。
 ルーサーはなんとか説得を試みた。

「だって、あんなに囲いこんだことなんて無かっただろ……!」
「それも全部、気の迷い」

 過去の汚点を振り返るように、ギルバートは吐き捨てた。

「ただの伯爵令嬢が俺と婚約できて、良い経験になったんじゃないか?むしろありがたく思ってもらわないと、割に合わないくらいだろ」
「そんな言い方……っ!」

 ガタリと音を立て、ルーサーは立ち上がる。その拍子に、テーブルに置かれたティーカップは小さく甲高い音を鳴らした。

 はっとしたルーサーは、荒ぶった息を整え、再び腰を下ろす。

「大切なんじゃ、無かったのかよ……っ」

 やりきれない思いは、ルーサーの喉を通って空気に触れた。

 静まり返った室内。魂が抜け落ちたような失望の顔を上げたのは、ルーサーの方だった。

「忙しいとこ、悪いな。もう、帰るよ」
「ああ」

 ゆっくりと立ち上がるルーサーを、ギルバートは目で見送る。

 そして扉が閉まった瞬間に、大きな息を吐いた。

「……これで良い。これが良い。これが一番良いんだ」

 深呼吸を繰り返し、自らに言い聞かせる。膝の上で組んだ両手は、僅かに震えていた。

『彼女のことは、好きでも何でもない』

 先程の自身の言葉が思い起こされる。

『もう終わったことだ。気の迷いだった』

 失敗談を笑い飛ばすような声音で言えた。

『ただの伯爵令嬢が俺と婚約できて、良い経験になったんじゃないか?むしろありがたく思ってもらわないと、割に合わないくらいだろ』

 ああでも返さなければ、シャーロットのことを本当に何とも思っていないのだと悟らせることはできなかっただろう。

『大切なんじゃ、無かったのかよ……っ』

 大切だよ、ルーサー。

「大切だから、離れたんだ」

 ギルバートは呟いた。

 どうしても、シャーロットを遠ざける必要があった。

 全ては、あの王女──ロワイユ王国のリゼ王女の魔の手から、シャーロットを守るため。

 パトリック・トンプソン伯爵子息との噂を発生させたのは、あの王女だ。

 シャーロットが小麦粉で体調を崩した件も、あの王女が仕組んだことだった。

 これまでのハリスの懸命な調査で、食事の時にシャーロットの使っていた布巾に小麦粉を仕込んでいたことが推測できた。
 王女が犯人であると断定できる会話を盗聴することにも成功している。

 復帰した日にシャーロットが手首に怪我を負ったのも、王女が元凶だ。

 その後、シャーロットは小麦粉による体調不良が長引き、休養を余儀なくされている。

 そして極めつけは、フォード伯爵領の取引停止被害。

 彼らには以前、ロワイユ王国側で国際貿易に乗り出す気運が高まっているのが理由だと話した。

 実はこの話には続きがある。

 国際貿易の波を利用してトリジア王国との取引を強化し、フォード伯爵領の取引相手を奪った黒幕が、何を隠そうリゼ王女なのだ。

 以前王女がロワイユ王国の辺境伯に送っていた手紙は、トリジア王国との取引強化を命じるためのものだったのだろう。

 この二週間で立て続けに起きた不可解な出来事。その全てが、あの王女の仕業だった。

 ギルバートは何とかして、この事態を阻止しようとした。回避しようとした。乗り切ろうとした。

 それでも、王女の策略は終わることなく次々と襲いかかってくる。

 彼女は、恋愛物語に欠かせない「恋のスパイス」のような言葉では、到底片付けられなかった。

 登場するや否や、幸せな結末への道を徐々に蝕み、最後には跡形もなく崩壊させてしまうほどの存在だった。

 そうしてギルバートの心には少しずつ、疲弊と不安、そして自責の念が積み重なっていった。

 ギルバート自分という存在と繋がっている限り、シャーロットは被害を受け続ける。

 シャーロットだけではない。シャーロットの大切な家族や領民にまで、その波は及んでいる。

「……俺のせいだ」

 もう、限界だった。

 自分が彼女を好きでい続け、そばにい続ける以上、あの王女からの仕打ちは止まない。

 シャーロットに近づけば近づくほど、間接的に傷つけてしまうのだ。

 では対策をと思っても、王女の手から逃れる術はなく、シャーロットのそばで彼女を守る術もない。

 それならせめて──せめて、離れたところで安全でいて欲しいと思った。生涯、二人の縁を切ってでも。

 だからギルバートは、シャーロットに婚約解消を持ち出した。幸せな結末にはならなくとも、崩壊に至る最後の打撃だけは防ぐために。

 寝台に横になったギルバートは、窓から月を眺めた。

 知らぬ間に、目尻に溜まった水が頬を流れ落ちていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

【完結】竜王の息子のお世話係なのですが、気付いたら正妻候補になっていました

七鳳
恋愛
竜王が治める王国で、落ちこぼれのエルフである主人公は、次代の竜王となる王子の乳母として仕えることになる。わがままで甘えん坊な彼に振り回されながらも、成長を見守る日々。しかし、王族の結婚制度が明かされるにつれ、彼女の立場は次第に変化していく。  「お前は俺のものだろ?」  次第に強まる独占欲、そして彼の真意に気づいたとき、主人公の運命は大きく動き出す。異種族の壁を超えたロマンスが紡ぐ、ほのぼのファンタジー! ※恋愛系、女主人公で書くのが初めてです。変な表現などがあったらコメント、感想で教えてください。 ※全60話程度で完結の予定です。 ※いいね&お気に入り登録励みになります!

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

処理中です...