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第十二章 揺れ動く心
第六十一話 次なる舞台の前触れ
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「姉上、今日は元気そうだね」
これからジェシカの家に向かうところだったシャーロット。
フォード伯爵邸の玄関先にて、彼女は八歳下の弟ウィルフレッドにそう声をかけられた。
まだ十歳とはいえ、すでに貴族としての教育は受けている。姉が王太子と婚約し、それを解消したことは理解していた。
そして、一連の出来事により姉が悲しみに暮れていたことも。
「大変そうだったから、元気になって良かった」
あどけなさの残るウィルフレッドに嬉しそうにそう言われ、シャーロットは彼を抱き締める。
「心配かけてごめんね。ありがとう」
「うん!」
頭を撫でると、無邪気な笑顔を見せてくれた。
「じゃあ私、ジェシカ様のところに行ってくるからね」
「は~い」
彼に見送られながら、伯爵家の馬車に乗り込む。
ウィルフレッドの言う通り、今日のシャーロットは以前より元気だ。
昨日、パトリック・トンプソン伯爵子息に励ましの言葉を貰ったシャーロット。彼女の心は少し、前向きになっていた。
時間がかかっても良い。強くあろうとしなくても良い。
今の自分を優しく肯定してもらえたことで、ひどく安堵した。そして、助言をくれた彼への感謝の念が生まれた。
ジェシカの家に到着したシャーロットは、公爵家の使用人に案内されながら、昨日のことを思い返す。
『……話を聞いてくださって、ありがとうございました』
昨日の別れ際、シャーロットは彼にそう告げた。
『いえいえ。フォード伯爵令嬢のお力になれたら幸いです。では、また建設事業でお会いしましょう』
『はい』
彼は終始、穏やかだ。
活を入れるというよりは、隣でありのままを受け入れてくれるような人。
それと同時に、自分を責めすぎないようにとこちらを気遣う忠告もしてくれる人である。
あの時間は、とても居心地が良かった。
「また会いたいな」
「誰に会いたいって?」
ぴくっ、と肩を震わせるシャーロット。
独り言のつもりだったが、部屋に入ってソファに腰を下ろしたのを忘れていた。
そんな彼女に苦笑しつつ、ナタリーが隣へ座る。ジェシカも焼き菓子の袋を手に、腰を下ろした。
シャーロットの二週間の休暇も、残り僅か。また忙しくなる前にと、今日も三人でお茶会だ。
「なんだか、良いことでもあったような顔ね。会いたいっていうのは、それと関係があるのかしら?」
「ええと……トンプソン伯爵子息のことで」
シャーロットは、昨日の出来事をかいつまんで話した。
「とにかく穏やかなんです。癒しって感じで」
ナタリーとジェシカは、普段の調子を取り戻しつつあるシャーロットに安堵した。
トンプソン伯爵子息は皮肉好きな貴族の中でも、かなり刺がないことで知られる。いわゆる、のほほんとしたタイプだ。
彼の柔らかな口調が、シャーロットの心に染み渡ったのだろう。
ところで気になったのは、そんな彼女が「また会いたい」と呟いたことである。
ナタリーとジェシカはその真意を測りかねていた。
シャーロットとギルバートの婚約は、すでに教会で解消された。社交界にはまだ公表こそしていないが、その日ももうすぐらしいと聞いている。
婚約解消が公になれば当然シャーロットは自由に恋愛ができるわけであり、その相手がトンプソン伯爵子息でも何ら問題は無いわけだ。
しかし王太子が何かを隠しているのだと確信しているナタリー達は、正直に言えばまだ、シャーロットに次の舞台へと進んでほしくなかった。
余計なお世話だと非難されても、どうにも歯がゆいのである。
そこで二人は、さっと視線を交わした。沈黙のまま、彼女達は決議したのだ。
ルーサー・スプラウト公爵子息に、再び近況を報告しようと。
その頃、ロワイユ王国の王宮では一人の臣下が報告を始めたところだった。
「トリジア王国のギルバート・マクミラン王太子殿下と、シャーロット・フォード伯爵令嬢の婚約解消ですが……」
「あら?二週間前に、その話はもう片がついているんじゃなかったかしら」
執務室に陣取るのは、黙々と仕事を捌いていたリゼ王女である。
外交に関わる書類に印を押す作業を進めながら、彼女は臣下にそう疑問を飛ばす。
「いえ、それがまだ、婚約解消を発表していないようでして」
「……どういうこと?」
印を押そうと振り下ろした手をピタリと止め、王女は顔を上げた。
「教会で受理する時間を考慮しても、一週間もあれば発表できるはずよね」
「はい」
トリジア王国では、特に目立った事件や戦争が無いと聞いている。経済状況も好調のようだから、緊急で行わなければならない政策に追われているという線も無いだろう。
となると、なぜまだ婚約解消発表に至っていないのか。状況を鑑みると、遅いと断言できる頃合いである。
「……詳しい調査を頼むわ」
「かしこまりました」
臣下が部屋を出た後、王女は一人、溜め息を吐いた。
順調に王太子をこちらへ引き込めたかと思いきや、ここで要らぬ足踏みをされているらしい。
トンプソン伯爵子息に頼んだ極秘任務も、遂行されていないという報告が上がっている。
「手がかかるわね、本当に」
再び書類に印を押す作業を開始するリゼ王女。その脳内には、一人の伯爵令嬢の姿が浮かんでいる。
「……そうだわ」
はっとした彼女は、今しがた出ていった臣下を呼び戻し、追加で指示を出すことにした。
「いかがいたしましたか、王女」
すぐに戻ってきた臣下に、彼女は告げる。
「あの令嬢──フォード伯爵令嬢についての調査もお願いできるかしら。フォード伯爵家ではなくて、彼女単体について」
伯爵家については、取引停止に追い込んだ時に調査が済んでいる。彼女が知りたいのは、家全体のことではない。
シャーロット・フォードという人物が、これまで何をしてきたのか。
どんな性格なのか。
なぜ社交界で『夜半の白雪』と呼ばれているのか。
これは、次の策略を練るために必要な調査だ。
言いたいことは分かるわね、と視線をやれば、臣下は恭しく諾と返事をした。
これからジェシカの家に向かうところだったシャーロット。
フォード伯爵邸の玄関先にて、彼女は八歳下の弟ウィルフレッドにそう声をかけられた。
まだ十歳とはいえ、すでに貴族としての教育は受けている。姉が王太子と婚約し、それを解消したことは理解していた。
そして、一連の出来事により姉が悲しみに暮れていたことも。
「大変そうだったから、元気になって良かった」
あどけなさの残るウィルフレッドに嬉しそうにそう言われ、シャーロットは彼を抱き締める。
「心配かけてごめんね。ありがとう」
「うん!」
頭を撫でると、無邪気な笑顔を見せてくれた。
「じゃあ私、ジェシカ様のところに行ってくるからね」
「は~い」
彼に見送られながら、伯爵家の馬車に乗り込む。
ウィルフレッドの言う通り、今日のシャーロットは以前より元気だ。
昨日、パトリック・トンプソン伯爵子息に励ましの言葉を貰ったシャーロット。彼女の心は少し、前向きになっていた。
時間がかかっても良い。強くあろうとしなくても良い。
今の自分を優しく肯定してもらえたことで、ひどく安堵した。そして、助言をくれた彼への感謝の念が生まれた。
ジェシカの家に到着したシャーロットは、公爵家の使用人に案内されながら、昨日のことを思い返す。
『……話を聞いてくださって、ありがとうございました』
昨日の別れ際、シャーロットは彼にそう告げた。
『いえいえ。フォード伯爵令嬢のお力になれたら幸いです。では、また建設事業でお会いしましょう』
『はい』
彼は終始、穏やかだ。
活を入れるというよりは、隣でありのままを受け入れてくれるような人。
それと同時に、自分を責めすぎないようにとこちらを気遣う忠告もしてくれる人である。
あの時間は、とても居心地が良かった。
「また会いたいな」
「誰に会いたいって?」
ぴくっ、と肩を震わせるシャーロット。
独り言のつもりだったが、部屋に入ってソファに腰を下ろしたのを忘れていた。
そんな彼女に苦笑しつつ、ナタリーが隣へ座る。ジェシカも焼き菓子の袋を手に、腰を下ろした。
シャーロットの二週間の休暇も、残り僅か。また忙しくなる前にと、今日も三人でお茶会だ。
「なんだか、良いことでもあったような顔ね。会いたいっていうのは、それと関係があるのかしら?」
「ええと……トンプソン伯爵子息のことで」
シャーロットは、昨日の出来事をかいつまんで話した。
「とにかく穏やかなんです。癒しって感じで」
ナタリーとジェシカは、普段の調子を取り戻しつつあるシャーロットに安堵した。
トンプソン伯爵子息は皮肉好きな貴族の中でも、かなり刺がないことで知られる。いわゆる、のほほんとしたタイプだ。
彼の柔らかな口調が、シャーロットの心に染み渡ったのだろう。
ところで気になったのは、そんな彼女が「また会いたい」と呟いたことである。
ナタリーとジェシカはその真意を測りかねていた。
シャーロットとギルバートの婚約は、すでに教会で解消された。社交界にはまだ公表こそしていないが、その日ももうすぐらしいと聞いている。
婚約解消が公になれば当然シャーロットは自由に恋愛ができるわけであり、その相手がトンプソン伯爵子息でも何ら問題は無いわけだ。
しかし王太子が何かを隠しているのだと確信しているナタリー達は、正直に言えばまだ、シャーロットに次の舞台へと進んでほしくなかった。
余計なお世話だと非難されても、どうにも歯がゆいのである。
そこで二人は、さっと視線を交わした。沈黙のまま、彼女達は決議したのだ。
ルーサー・スプラウト公爵子息に、再び近況を報告しようと。
その頃、ロワイユ王国の王宮では一人の臣下が報告を始めたところだった。
「トリジア王国のギルバート・マクミラン王太子殿下と、シャーロット・フォード伯爵令嬢の婚約解消ですが……」
「あら?二週間前に、その話はもう片がついているんじゃなかったかしら」
執務室に陣取るのは、黙々と仕事を捌いていたリゼ王女である。
外交に関わる書類に印を押す作業を進めながら、彼女は臣下にそう疑問を飛ばす。
「いえ、それがまだ、婚約解消を発表していないようでして」
「……どういうこと?」
印を押そうと振り下ろした手をピタリと止め、王女は顔を上げた。
「教会で受理する時間を考慮しても、一週間もあれば発表できるはずよね」
「はい」
トリジア王国では、特に目立った事件や戦争が無いと聞いている。経済状況も好調のようだから、緊急で行わなければならない政策に追われているという線も無いだろう。
となると、なぜまだ婚約解消発表に至っていないのか。状況を鑑みると、遅いと断言できる頃合いである。
「……詳しい調査を頼むわ」
「かしこまりました」
臣下が部屋を出た後、王女は一人、溜め息を吐いた。
順調に王太子をこちらへ引き込めたかと思いきや、ここで要らぬ足踏みをされているらしい。
トンプソン伯爵子息に頼んだ極秘任務も、遂行されていないという報告が上がっている。
「手がかかるわね、本当に」
再び書類に印を押す作業を開始するリゼ王女。その脳内には、一人の伯爵令嬢の姿が浮かんでいる。
「……そうだわ」
はっとした彼女は、今しがた出ていった臣下を呼び戻し、追加で指示を出すことにした。
「いかがいたしましたか、王女」
すぐに戻ってきた臣下に、彼女は告げる。
「あの令嬢──フォード伯爵令嬢についての調査もお願いできるかしら。フォード伯爵家ではなくて、彼女単体について」
伯爵家については、取引停止に追い込んだ時に調査が済んでいる。彼女が知りたいのは、家全体のことではない。
シャーロット・フォードという人物が、これまで何をしてきたのか。
どんな性格なのか。
なぜ社交界で『夜半の白雪』と呼ばれているのか。
これは、次の策略を練るために必要な調査だ。
言いたいことは分かるわね、と視線をやれば、臣下は恭しく諾と返事をした。
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