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第十三章 決定打
第六十九話 迫りゆく危機
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ところは変わって、ロワイユ王国の王宮内。
いつものようにリゼ王女に報告をするべく、執務室へ向かっていたブラッドの顔色は晴れない。なぜなら今回、やや思わしくない情報を得てしまったからだ。
「失敗ですって?」
ブラッドの報告を聞いたリゼは、眉根を寄せた。
「はい。トンプソン伯爵子息は任務を遂行しようと動きましたが、フォード伯爵令嬢の決意により阻まれたそうです」
「……」
算段が甘かったか──リゼは唇を噛んだ。
「トンプソン伯爵子息はもう良いわ。口止めだけしておいて」
「かしこまりました」
溜息をつく王女。そんな彼女に、ブラッドが提案する。
「別の誰かを見繕って、フォード伯爵令嬢に送り込みますか?」
その問いかけに、しばし考え込むリゼ。
トンプソン伯爵子息とフォード伯爵令嬢が恋仲になる道は無くなった。その理由が彼女の固い意志、つまりはギルバートに対する想いの強さなのだから、似た方法だとおそらく再び失敗するだろう。
となると、他に適当な男を近づける作戦はこれ以上使えない。
「他の作戦にするわ」
「では、いかがいたしましょう?」
その時リゼの脳裏に、とある情報が思い出された。
「……そういえば、彼女は男性恐怖症だったのよね?」
「はい」
顎に手を置き知恵を絞る彼女の口角が、僅かに上がる。それから彼女は、従順な臣下に指示を出した。
「誘拐でもできそうな集団を、探してきてちょうだい」
あの令嬢がまだギルバートを求めるならば、いっそのこと男を好きになれないようにしてしまえば良い。
屈強な男共でも利用して、男性への恐怖心を植え付ける。これなら確実に、彼女をギルバートから引き離せるだろう。
「足がつかないよう、直接は依頼しないように気を付けるのよ」
「かしこまりました」
ブラッドは早速、国内の裏組織に当たりをつけて事を進め始める。
誘拐──リゼ王女が、手っ取り早いからと適当に決めた手段。
奇しくもそれは二年ほど前、シャーロットの男性恐怖症の引き金になった出来事と、全く同じだった。
「どうしようルーサー、緊張してきた」
その日、王宮には私室にて不安を滲ませるギルバートの姿があった。そんな親友の様子に、ルーサーは言う。
「自分の今の想いを彼女に正直に打ち明けるって、決めたんだろ?大丈夫、見守っとくから」
にっと笑う彼の表情。
「……ありがとう。とりあえず頑張ってみる」
ギルバートは、ぐっと拳を握りしめた。
今日はこの後、建設事業の打ち合わせでシャーロットが王宮にやって来る。それが終わったら彼女に時間を貰って、告げるつもりなのだ。
何と言われるか分からない。
一方的に婚約解消を申し出て、涙を流させて、辛い思いをさせて。あまつさえすでに懸命に次の婚約へ進もうとしている彼女に対して、今さら自分の本心を伝えるなど──。
リゼ王女から守るためだったと真実を教えれば簡単に理解してもらえる、とは思っていない。そんな言い訳を楯にできるわけが無い。それだけのことを、自分はしてしまったのだ。
それでも言うしかない。そう決めた。このままシャーロットがトンプソン伯爵子息のもとへ行くとしても、最後に伝えておきたいと思った。
自己満足と大差ないと言えばそうなのだろうが、このままだと絶対に後悔する。
他のことは、何とかなる。リゼ王女のことは、己の手腕を信じて、周囲の人々に協力を仰いで、どうにか対処すると決めていた。
こんな時こそ、どうにかなるさ精神で。
「よし」
小さく呟くギルバートを見て、ルーサーは微笑んだ。そしてふと気付く。
「それにしても、なかなか来ないな」
この後事業の打ち合わせがあるというのに、まだ来訪の知らせが無いようだ。
「ああ……いつもなら来てる頃だけどな。トンプソン伯爵子息もまだみたいだし」
懐中時計を確認するギルバート。
シャーロットとトンプソン伯爵子息がデートに出かけたという話を聞いた手前、その二人が同時に遅れるというのは良からぬ想像が頭をよぎる。
しかし、休む連絡が無いことが気がかりだった。
伝書を送るのが間に合わないほど直近に、何か問題が起こったのかもしれない。あるとすれば、王宮の前の大通りで事故があったとか──。
「ちょっと、様子を見てくる」
「あっ、おい」
居ても立っても居られなくなったギルバートは、立ち上がって部屋の外へ出た。
そんな彼を、ルーサーも追いかける。
「……特に変わった様子は無いな」
王宮の門の前に辿り着いた二人。辺りを見回しても、いつも通りの光景が広がっている。
買い物を楽しむ家族連れ。地方から観光に来たと思われる恋人達。客を呼び込む店主。行き交う馬車の音。
そして少し奥へ視線をずらすと、一人の令嬢の姿を捉えた。
「シャーロット……?」
ギルバートが呟くと同時に、彼女が店の陰に消えた。まるで、横から誰かに引っ張られたかのように。
嫌な予感だ。
彼女の消えた場所をじっと見つめ、気付けば足が動いていた。
突然ふらふらと歩き出したかと思えば、徐々に走り始めるギルバート。ルーサーも急いで後に続く。
「シャーロット……っ」
件の店の前まで辿り着いたギルバートの呼びかけが、虚しく空に消えていく。そこには、誰の姿も無かった。
焦燥感に駆られた彼。はっとして店に目を遣ると、入口の脇にチラシが貼られていた。
『林檎のタルト、先行販売中!』
それは、シャーロットがたった先程までここにいた証のように感じられた。
いつものようにリゼ王女に報告をするべく、執務室へ向かっていたブラッドの顔色は晴れない。なぜなら今回、やや思わしくない情報を得てしまったからだ。
「失敗ですって?」
ブラッドの報告を聞いたリゼは、眉根を寄せた。
「はい。トンプソン伯爵子息は任務を遂行しようと動きましたが、フォード伯爵令嬢の決意により阻まれたそうです」
「……」
算段が甘かったか──リゼは唇を噛んだ。
「トンプソン伯爵子息はもう良いわ。口止めだけしておいて」
「かしこまりました」
溜息をつく王女。そんな彼女に、ブラッドが提案する。
「別の誰かを見繕って、フォード伯爵令嬢に送り込みますか?」
その問いかけに、しばし考え込むリゼ。
トンプソン伯爵子息とフォード伯爵令嬢が恋仲になる道は無くなった。その理由が彼女の固い意志、つまりはギルバートに対する想いの強さなのだから、似た方法だとおそらく再び失敗するだろう。
となると、他に適当な男を近づける作戦はこれ以上使えない。
「他の作戦にするわ」
「では、いかがいたしましょう?」
その時リゼの脳裏に、とある情報が思い出された。
「……そういえば、彼女は男性恐怖症だったのよね?」
「はい」
顎に手を置き知恵を絞る彼女の口角が、僅かに上がる。それから彼女は、従順な臣下に指示を出した。
「誘拐でもできそうな集団を、探してきてちょうだい」
あの令嬢がまだギルバートを求めるならば、いっそのこと男を好きになれないようにしてしまえば良い。
屈強な男共でも利用して、男性への恐怖心を植え付ける。これなら確実に、彼女をギルバートから引き離せるだろう。
「足がつかないよう、直接は依頼しないように気を付けるのよ」
「かしこまりました」
ブラッドは早速、国内の裏組織に当たりをつけて事を進め始める。
誘拐──リゼ王女が、手っ取り早いからと適当に決めた手段。
奇しくもそれは二年ほど前、シャーロットの男性恐怖症の引き金になった出来事と、全く同じだった。
「どうしようルーサー、緊張してきた」
その日、王宮には私室にて不安を滲ませるギルバートの姿があった。そんな親友の様子に、ルーサーは言う。
「自分の今の想いを彼女に正直に打ち明けるって、決めたんだろ?大丈夫、見守っとくから」
にっと笑う彼の表情。
「……ありがとう。とりあえず頑張ってみる」
ギルバートは、ぐっと拳を握りしめた。
今日はこの後、建設事業の打ち合わせでシャーロットが王宮にやって来る。それが終わったら彼女に時間を貰って、告げるつもりなのだ。
何と言われるか分からない。
一方的に婚約解消を申し出て、涙を流させて、辛い思いをさせて。あまつさえすでに懸命に次の婚約へ進もうとしている彼女に対して、今さら自分の本心を伝えるなど──。
リゼ王女から守るためだったと真実を教えれば簡単に理解してもらえる、とは思っていない。そんな言い訳を楯にできるわけが無い。それだけのことを、自分はしてしまったのだ。
それでも言うしかない。そう決めた。このままシャーロットがトンプソン伯爵子息のもとへ行くとしても、最後に伝えておきたいと思った。
自己満足と大差ないと言えばそうなのだろうが、このままだと絶対に後悔する。
他のことは、何とかなる。リゼ王女のことは、己の手腕を信じて、周囲の人々に協力を仰いで、どうにか対処すると決めていた。
こんな時こそ、どうにかなるさ精神で。
「よし」
小さく呟くギルバートを見て、ルーサーは微笑んだ。そしてふと気付く。
「それにしても、なかなか来ないな」
この後事業の打ち合わせがあるというのに、まだ来訪の知らせが無いようだ。
「ああ……いつもなら来てる頃だけどな。トンプソン伯爵子息もまだみたいだし」
懐中時計を確認するギルバート。
シャーロットとトンプソン伯爵子息がデートに出かけたという話を聞いた手前、その二人が同時に遅れるというのは良からぬ想像が頭をよぎる。
しかし、休む連絡が無いことが気がかりだった。
伝書を送るのが間に合わないほど直近に、何か問題が起こったのかもしれない。あるとすれば、王宮の前の大通りで事故があったとか──。
「ちょっと、様子を見てくる」
「あっ、おい」
居ても立っても居られなくなったギルバートは、立ち上がって部屋の外へ出た。
そんな彼を、ルーサーも追いかける。
「……特に変わった様子は無いな」
王宮の門の前に辿り着いた二人。辺りを見回しても、いつも通りの光景が広がっている。
買い物を楽しむ家族連れ。地方から観光に来たと思われる恋人達。客を呼び込む店主。行き交う馬車の音。
そして少し奥へ視線をずらすと、一人の令嬢の姿を捉えた。
「シャーロット……?」
ギルバートが呟くと同時に、彼女が店の陰に消えた。まるで、横から誰かに引っ張られたかのように。
嫌な予感だ。
彼女の消えた場所をじっと見つめ、気付けば足が動いていた。
突然ふらふらと歩き出したかと思えば、徐々に走り始めるギルバート。ルーサーも急いで後に続く。
「シャーロット……っ」
件の店の前まで辿り着いたギルバートの呼びかけが、虚しく空に消えていく。そこには、誰の姿も無かった。
焦燥感に駆られた彼。はっとして店に目を遣ると、入口の脇にチラシが貼られていた。
『林檎のタルト、先行販売中!』
それは、シャーロットがたった先程までここにいた証のように感じられた。
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