伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

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第十三章 決定打

第七十一話 共に

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 その日の午後、王宮の応接間には主要人物達が集まって机を囲んでいた。

「すでに規制は始めているので、彼女は絶対に国内にいます」

 ギルバートは焦りを浮かべる伯爵夫妻にそう告げた。

 馬で逃走した可能性もあるにはあるが、人をひそかに運ぶには馬車が最適である。そう睨み、領境や国境で全ての馬車の検問をすることにしたのだった。

「それに、ルーサー・スプラウト公爵子息が新聞社に号外を頼んでくれました。不審な人物がいれば、目撃情報が来るはずです」

 部屋の奥に目を遣れば、地図を広げて敵の巣窟に見当をつけている親友がいる。
 駆けつけてくれたジェシカ・オルドリッジ公爵令嬢とナタリー・トレス伯爵令嬢も、一緒に地図を覗き込んでいた。

 ギルバートも警備の者達に指示し終わり、犯人達を追い詰める手筈を着々と整え始めてある。

「色々と、ありがとうございます」

 伯爵と夫人は、粛々と礼を述べた。そんな彼らを見て、ギルバートは口を開く。

「これくらいさせてください。今回の事は、婚約解消を発表していなかった私の責任です。本当に……申し訳ありません」

 深く頭を下げた彼は、再び顔を上げて口述を続けた。

「今の私にできることは、精一杯させていただきます。彼女の無事を、一刻も早く確保するために」
「殿下……」

 その表情から強い決意を感じ取った伯爵夫妻。
 それは目の前に立つこの青年がかつて、愛娘と婚約するための許可を貰いに来た時と、同じ顔だった。

「絶対に見つけ出しましょう」

 彼の言葉に、伯爵夫妻は震える声で「はい」と返事をした。



「ルーサー、犯人の候補は立てられそうか?」

 捜査開始から数時間が経過した頃。ギルバートは親友に声をかけた。

「黒幕がリゼ王女だっていう予想はギルバートから聞いたから、その付近で調べているんだが……実行犯の特定はまだだ」

 貴族名鑑や過去の事件簿に目を走らせながら答えるルーサー。しかし、収穫はあったらしい。彼はこう続けた。

「トンプソン伯爵子息が来ていない理由も調べて欲しいって言ってただろ?」
「ああ」
「それで伯爵家に協力を仰いだら、彼がリゼ王女に脅されていたらしいことは分かった」
「何?」

 ギルバートは眉根を寄せた。

「どういうことだ」

 尋ねると、ルーサーは机の隅に置かれていた複数の封筒を手に取る。
 聞けば、トンプソン伯爵家に向かった調査官が先程、証拠品として持って帰ってきたものらしい。

「伯爵子息宛てに届いたものなんだが……ほら、ここ」

 封筒の中から手紙を取り出したルーサーが指さしたのは「王女」という単語だ。

「差出人はブラッドって男だ。リゼ王女の臣下らしい」

 ルーサーの言葉を耳に入れつつ、ギルバートは他の手紙にも手を伸ばした。その表情は徐々に険しくなっていく。

「……あの王女がここまでしていたとはな」

 そこに書かれていたのは、フォード伯爵令嬢と恋仲になれと命じる文言。トンプソン伯爵子息の家族を人質に命令を実行させようとする、脅迫状だった。

 ルーサーはギルバートが読み終わった手紙を受け取り、再び机の上にまとめながら言う。

「フォード伯爵令嬢と同じく今行方不明ってことは、黒幕はリゼ王女でほぼ確定だな」

 するとギルバートはふと顔を上げ、焦りを浮かべた。

「トンプソン伯爵子息が危ない」

 その言葉に、横で地図を見つめていたジェシカが口を開く。

「殿下の仰る通り、彼は今、どこかに監禁されているかもしれません」
「まさか、任務が失敗したからでしょうか……?」

 ナタリーも不安げな表情でそう言った。

 トンプソン伯爵子息は、リゼ王女から告げられた任務を成功させられなかった。そして彼は現在、行方不明。

 これらを合わせて考えると、一連の計略を知っているトンプソン伯爵子息は口止めのために、制裁を加えられていてもおかしくない。

「制裁って、彼は大丈夫なのか……?」

 ルーサーが恐る恐る口にした疑問。純粋な疑問というより、確認に近かった。
 答えがある程度想像できてしまっている一同の顔色は暗い。

 今のリゼ王女は、倫理観など全く無い方針を立て続けている。ギルバートから婚約者を引き離すために、誘拐を企てるような精神状態だ。

 王女にとっての「役立たず」になったトンプソン伯爵子息を口止めする時、脅しだけでは済まないかもしれない。
 最悪の場合、命に関わる状態にまで追い込んでいる可能性も無くは無かった。

 そしてそれは同時に、シャーロットの身の安全が揺らぐことをも意味する。

 シャーロットという存在をこの世から消してしまえば、ギルバートは自分のもとにやってくる──リゼ王女がそう考えるだろうという推理は、思った以上に現実味を帯びているのだ。

「……ともかく、一刻も早く二人を見つけ出そう。今はそれしか無い」

 ギルバートの言葉に、一同は大きく頷いた。



「そろそろ横になってみたらどうだ」

 その日の夜。ルーサーは燭台のそばで椅子に座っている親友に声をかけた。

 窓の外を眺める彼の表情は、蝋燭の逆光でルーサーのいる位置からはよく見えない。
 しかし、大切な彼女を心配して物思いに耽っているのだろうということは分かった。

「眠れないかもしれないが、明日も朝から捜索できるように、今は少しでも休んでおかないと」
「……ああ」

 返事をしてしばらくすると、ギルバートはゆっくりと立ち上がった。
 自室に戻る彼と共に、ルーサーも宿泊室へ向かうべく部屋を出る。

 伯爵夫妻やジェシカ、ナタリーは日没頃にそれぞれのタウンハウスへと帰った。

 しかしルーサーは、夜が更けても調査書の確認や実行犯の特定を手伝っていた。無論、寝ようとしない親友の負担を少しでも軽くするためである。

 こうなってしまったギルバートを、止める術は無い──ルーサーは長年の付き合いで、それをよく理解していた。

 その流れで今日はこのまま、王宮で夜を越すことになったのだ。

「おやすみ、ギルバート」
「ああ、また明日……よろしく頼む」
「もちろん。絶対見つけ出そう」

 別れ際のルーサーの言葉に、ギルバートは大きく頷いた。そして自室に戻り、寝台に横になる。

 夜間は危険も多いため、捜索は一旦中止になっている。結局、今日中に二人の居場所を突き止めることはできなかった。

 明日こそ見つけ出せば良いと切り替えたくても、やりきれない思いはある。

 伯爵夫妻には「絶対に見つけ出しましょう」と前向きな言葉こそかけたが、ギルバートも気を抜けば立ち上がれなくなってしまいそうな状況だった。

 時間帯が影響して動けない状況や、起き続けていられない人間の仕組み。そして、シャーロットを再び危険な目に遭わせてしまったという罪悪感。

 何もかもが歯がゆく不安で、どうにかなってしまいそうだ。それでも──。

「今度は、一人じゃない」

 数日前に親友がくれた言葉を反芻する。

「大丈夫。絶対見つかる。絶対、見つける」

 その熱意だけが、押し潰されそうな自分を奮い立たせてくれた。
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