伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

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第十三章 決定打

第七十五話 辿り着いた場所

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 捜索班は再び、馬車が乗り捨てられた場所に向かっていた。

 昼食を取って空腹が解消されたこと、そして怪しい男が出没したという情報を得たことが起因しているのか、一同の進む速度は午前よりも早い。

「終わりが見えてきたな」

 ルーサーがやや明るい声色でそう話す。

「……ああ」
「ギルバート?」

 パトリックに続きシャーロットの救出も間近だというのに、ギルバートは喜んでいない。
 ルーサーは、親友の様子を訝しんだ。

「何かあったか?」

 その問いかけに、すぐには答えないギルバート。黙っていようとしているというより、確信の無い考えを話して良いか迷っているようである。

「……馬車が、乗り捨ててあっただろ?それが少し引っかかって」

 しばしの間が空いた後、彼はそう切り出した。そして、町に戻る前に抱いていた疑問を共有し始める。

「森の中じゃ役に立たないと思ったのかもしれないが、馬車って結構便利だよな。なのに、どうして乗り捨てたんだろうと思ってさ」
「確かに言われてみればそうだな」

 ルーサーが相槌を打つ。

「こちらとしては、馬車が残ったおかげでシャーロットの居場所の検討がついたが……犯人達にとっては、自分達の居場所をわざわざ教えるようなものだし」

 木箱や縄、そして極めつけはシャーロットの銀色の髪の毛。誘拐に使った馬車だと特定できる材料が複数あった。

 しかしギルバートは、捜査の進展を嬉しく思う反面、上手く行き過ぎているのではという懐疑心も浮上してきているのだ。

「どうにも腑に落ちない」

 まるで、馬車の近くを捜索するよう仕向けられているような、そんな違和感。

 考えながら、小道の横に生えている草へ何気なく目を遣ったギルバート。
 その時彼はふと気付いた。一部の草が、踏み倒されている跡に。

「どうした?」

 突然馬の歩みを止めた親友に、再びルーサーが尋ねる。

「ここ、誰かが通ったように見える」

 食い入るように草を見つめ、ギルバートはそう言った。

 ぱっと見ただけでは分からないようなものだったが、やけに惹きつけられた。己の直感が、ここを見過ごしてはいけないと叫んでいるようだった。

「こっちに行ってみる」
「え?」

 目的の場所を突然変更したギルバートに、ルーサーは戸惑った。

「こっちって……そのまま行くと、ソル王国との国境だぞ」

 馬車の見つかった位置も、怪しい男が目撃された位置も、国境からやや離れた場所だ。

 それに、国境には検問官がいる。人質を乗せていることに万一気付かれたら面倒なはずだ。

 もし犯人達が、ギルバートが検問強化の指示を出していることを知っていたとすれば、余計にそんな危険なところには近付かないだろう。

「大丈夫。フォード伯爵や近衛兵達には、このまま馬車の方角へ行ってもらうよ。俺はハリスと一緒に国境の方へ向かってみる」

 些細なことだとしても、ギルバートは気にかかる痕跡を無視したくなかった。特に、シャーロットが誘拐されているという特殊な状況下においては。

「ちょ、ちょっと待て」

 ルーサーは慌てて制止の声を発した。親友が今にも「そっちは頼んだ」とでも言い出しそうだったからである。

「俺も行く」
「……来てくれるのか?」

 やや驚いた表情を浮かべるギルバート。現段階で、馬車の放置されていた場所の方が格段に、シャーロットのいる可能性は高い。

 国境へ行くとギルバートが言ったのは、自分の直感が合っているかを念のため確かめておきたいという、完全なる思い付きだ。

 すると、ルーサーは言う。

「もし見つけたとして、戦闘になったら、人数が多い方が便利だろう」

 こういう時の親友の勘は当たる──出会ってから十年、ルーサーはそれをよく分かっているのだ。

 腰にさした剣をちらりと見て、ギルバートは口角を上げた。
 親友の剣の腕前が、王太子の侍従兼護衛を務めるハリスと同等だということは、訓練の様子からよく理解している。
 ルーサーの言葉は、とても頼もしかった。

「……ありがとう」
「ああ」

 馬の向きを変えるルーサーを見て、ギルバートは笑う。そしていざ国境方面へ歩みを進めようという前に、口を開いた。

「近衛兵に一人、同行してもらうか。『戦闘になったら、人数が多い方が便利』だし」
「ははっ、そうだな」

 それから捜索班を呼び止め、国境付近へ向かうことを伝えた二人。
 馬車のもとへ行くはずだった者達の中から一人を加え、ハリスと合わせて四人で移動する。

「ニール、急に悪いな」

 ギルバートは、付いてきてもらうことになった近衛兵にそう言った。

「いえ、全力で役目を果たす所存です」
「よろしく頼む」
「はっ」

 力強い返事をした彼の名前は、ニール・ヴェイン。約十年の近衛兵歴と確かな技術を見込まれ、現在では王宮警備隊の次期隊長候補だ。

 表情にやや乏しいため一見不愛想に思われやすいのだが、ギルバートはニールが誰よりも真摯に、近衛兵の任務に向き合っていることを知っていた。

 周囲をよく見て気を配り、己の鍛錬にも精を出すその気質は、ひそかに仲間からの信頼と尊敬を集めているようだ。

 そんなニールを迎え、一行は歩みを進める。

「そろそろ国境だ」

 案内図を確認し、ルーサーは告げた。

 前方に目を凝らせば、遠くの方から明るい光が差しているのが分かる。森の終わりが近い証拠だ。それはつまり、ソル王国の入口が近いことも示す。

 正直に言えばギルバートも、こんなところに犯人達がいるとは、にわかには思えなかった。
 しかし同時に、だからこそいるのだという推測も浮かぶ。

 もしあの馬車が時間稼ぎのための囮だったとすれば、犯人達はそれなりに知恵のはたらく奴等だ。
 まさか検閲のある国境には近付くまいという予想を逆手に取り、あえて国境付近に身を潜めているとしてもおかしくはない。

 そしてギルバートのその考えは、いよいよ正しいと言えるかもしれない事態となった。

「……あんなところに家があるなんてな」

 一同は馬の歩みを止める。

 木々の合間から覗く平屋。
 人里から少し離れてひっそりと暮らす人物がいる可能性もあるが、窓も扉も頑丈に閉じられ、人気も無さそうなところが不審感を倍増させている。

「ついにご対面か」

 ギルバートは平屋を見つめ、静かに言った。
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