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第十四章 歩む道
第八十一話 苛立ちと
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ギルバート達が騒動の事後処理を行っている頃。リゼはソル王国で公務に励んでいた。
留学先から戻ってきた第一王子クラウスと、顔合わせをするためである。
「ようこそいらっしゃいました、リゼ王女」
「クラウス殿下、お出迎えいただきありがとうございます」
何度も他国の要人と会話してきたリゼは、今さら大した緊張などしない。慣れた様子で洗練された微笑みを浮かべる。
目の前の男は、そんな彼女に向かって同じように微笑んだ。
「噂に勝る美貌ですね」
対面して早々の社交辞令。これまたリゼにとっては慣れた言葉だが、クラウスが言うとなぜか軽く聞こえた。
橙色のウェーブがかった髪と胸元のあいた服がそう見えさせているのかもしれない。そもそも、外交をするにしてはいささか自由すぎる格好ではないか。
そういうタイプの人間ね、と当たりをつけながら、リゼは礼を述べようとした。
すると彼女が口を開く前に、クラウスが言葉を付け足す。
「あなたほどの人物なら、きっと何でも手に入れられるのでしょうね」
一瞬、苛立った。表面上の称賛発言に過ぎないと分かっていても、皮肉に聞こえたからだ。
確かに自分は、王女として知識も経験も積んできた。多くの努力をしてきたことは自負している。
しかし、現実はそう華やかなものではない。
ここ数年の出来事が不意に思い返される。貴族達に認められない、苦い出来事。
「いいえ、私などクラウス殿下に比べればまだまだですわ」
僅かにうごめいた複雑な感情を表には出さず、リゼはそう告げた。
事前に復習しておいた基本情報によれば、この青年は十数カ国を渡り歩き、多言語を習得しているらしい。もちろん、各国の歴史や地理、外交状況なども把握していると聞いた。
これまでほとんど政治の場に出ていなかったとはいえ、経験不足とも言えないだろう。侮れば痛い目に遭う。
慎重に言葉を選びながら、リゼはその後の交流を続けた。
「近々、立太子されると伺いました。おめでとうございます。式典が終わった後に、またご挨拶に参りますわ」
「ありがとうございます」
クラウスは整った顔に微笑を浮かべる。
「ただ……その前に色々と忙しくなりそうです」
「というと?」
リゼが尋ねると、彼は言った。
「この王国で裏組織に関する事件が多発していまして。その撲滅に取り組もうとしているところなのです」
にこやかな言い草に、内心焦りが生じる。しかし、すぐに思い直した。
自分が依頼した裏組織は、トリジア王国を拠点とする者達。それに、フォード伯爵令嬢の誘拐はすでに実行されたと聞いている。
ソル王国で裏組織の撲滅が行われても、大した影響はあるまい。
そう高を括ったリゼは、次に発せられたクラウスの言葉に冷や汗を浮かべることとなる。
「リゼ王女は、何かご存じのことはありませんか?」
思わず動揺したが、何とか笑みを維持する。
「……数年前から強盗や人身売買の被害が増えている、ということくらいしか」
「そうですか」
それ以上切り込むこともなく、あっさりと引き下がったクラウス。リゼはひそかに安堵した。
ところが、彼は再び口を開く。
「そういえば、トリジア王国王太子殿下の婚約者である令嬢が、誘拐されたらしいですね」
「……」
こちらを真っすぐ見ながら、出方を面白そうに窺うような顔。
直感で分かった。この男は、確実に知っている。
「──何が聞きたいのかしら」
美しい笑みを崩さないまま、リゼはそう返した。先程までの恭しい態度は、すでになりを潜めている。
「別に、あんたを批判することには興味が無い」
クラウスはリゼの質問に答える前置きとして、口調を変えつつ告げた。
両者とも、依然として美しい笑みを浮かべている。しかし彼らの間には明らかに、友好的とは言えない雰囲気が漂っていた。
「ただ、その行動の理由が気になるだけだ」
クラウスはリゼの質問に答えた。
彼は今朝、ギルバートから伝書を受け取っている。そこに、事の内容が書かれていたのだ。
一昨日フォード伯爵令嬢とトンプソン伯爵子息という人物が誘拐されたこと。二人は昨日、無事に保護されたこと。裏組織が絡んでいること。
そして、目の前に座るこの王女が黒幕であること。
クラウスはリゼをじっと眺めた。
彼女は王族然とした表情の中に、強気な色を滲ませている。どうやら、猫を被るのは止めたらしい。
「普通に考えれば、危険と見返りが釣り合わない」
クラウスはそう言った。
リゼ王女がギルバートを欲していることは聞いている。そして彼と婚約をするべく、今の婚約者であるフォード伯爵令嬢を遠ざけようとしたことも。
しかし、そんな彼女を誘拐すれば確実に大騒ぎになる。頭の回るこの王女が、これほど簡単なことに気が付かないわけが無かった。
「そもそもあんたは、なぜギルバートと結婚したい?」
「もう知っているんでしょう。彼の能力が欲しいからよ」
わざわざ私の口から吐かせるなんて白々しい──リゼは微笑みの裏で、苛立ちを溜め込んだ。
しかし、クラウスは首を横に振る。
「俺が聞きたいのはその前だ」
「前?」
笑みを浮かべるクラウス。リゼには、もはやその相好が遊び人のように見えていた。
どうにも気に食わない。派手な見た目も、見え透いた世辞も、嫌味ったらしい言葉も。
そんな彼女の心中を知ってか知らずか、クラウスは口を開く。
「なぜ、伴侶に能力を求める?それも、誘拐の罪を犯してまで」
「……」
黙り込んだリゼを見つめるクラウス。
話す気がないのだろうと思った彼は、座っていたソファの背もたれに身体を預け、頭の後ろで両腕を組んだ。
「両親から何か言われているのか?」
リゼの表情は崩れない。
「王女としての足場を固めるためか?」
深呼吸をする彼女。
「それとも──」
「もう良いでしょう」
クラウスの追撃を、彼女は遮った。
その表情を見て、クラウスは軽く息を吐く。これ以上追求しても、答えを与えてもらえる可能性は低いだろう。
諦めることに決めた彼は、最後にぽつりと呟いた。
「あんた自身に能力があるんだから、周りに求めなくとも良さそうなものだがな」
その時。
「…………何なのよあなた」
リゼの喉から、震える声が漏れた。
おや、と眉を上げたクラウス。その仕草が嘲笑に見えたリゼは、かっとなった。
「どうせ馬鹿にしてるんでしょ。私が女だから」
自分でも驚くほど、責め立てるような語気が出た。
彼女が我に返ることは無かった。苦い過去の記憶とともに、彼女の鬱憤、怒り、そして惨めな現実に対するやさぐれた感覚が表出したのだ。
先程まで湛えていた涼し気な微笑みは、すでに消え去っている。
「何でも手に入れられるだなんて皮肉を言って、楽しい?」
今度は自虐的な笑いを浮かべた。
他国の、しかも初対面の王子にこんなことを吐くなど、無礼にもほどがある。ロワイユ王国とソル王国の間に、亀裂が走るかもしれない。
それでもリゼには、己の衝動を止める方法が無かった。
それにこの男に悪事が知られているならば、おそらくトリジア王国の王太子にも知られているはずだ。誘拐を企てた自分はすぐに、罰を与えられるだろう。
そうなれば当然、外交の世界からは退くことになる。つまり、この男に今後会うことは無い。一言言ってやるには、今しか機会が無いのだ。
そして何よりリゼは、クラウスの発言で傷を抉られた。今でも囚われている、深い深い傷を。
「……認められてないことなんて、私が一番よく分かってるわよ」
美しい顔を歪め、彼女は呟く。
今から二十二年前。ロワイユ王国の王家に、一人の王女が生まれた。
国王譲りの才気に恵まれ、彼女は様々な学問に精を出した。王女に見合う教養や作法を身に付け、期待に応えようとした。
才色兼備な王女。そう称えられ、全ては順調だった。彼女が政治に足を踏み入れるまでは。
『公爵。民族問題に関して、意見を交わしたいのですが』
ある日リゼはそう尋ねた。
これまで様々な勉強をしてきて、最も興味が湧いたのは外交。異なる集団がより良く付き合っていくために貢献したかった。
それは、多民族国家として歩みを進めてきたロワイユ王国の王女として暮らす、彼女ならではの希望だった。
しかし彼女の言葉に、公爵は曖昧に笑う。
『そうですね。ええと、南の地方は争いも多いと言いますから、それに取りかかるのが良ろしいかと』
簡単に意見を述べられた後、彼は用事があると言って帰っていった。
はあ、と息を吐く。いつもこうだ。貴族達は自分に対して、表面的なことしか言わない。
民族間争いの解決に乗り出す必要があることは分かりきっている。議論したいのは、その仲裁方法だというのに。
これまでずっとそのような経験をしてきて、徐々に彼女は悟った。女だから、政治の場には入れてもらえないのだと。
「それでも努力したわよ。貴族達に認められなきゃ、政策が進まないから」
リゼの言葉に、クラウスはまだ何も口を開きそうにない。
呆れているのかもしれないが、どうせ馬鹿にされているなら今の態度を撤回する必要性はないだろう。
彼女は話を続けた。
「色々試行錯誤はしたけど、結局ほとんど変わらなかった。だったら結婚相手を利用するしか無いと思った」
ロワイユ王国の貴族達が自分を政治の場から遠ざけるということは、裏を返せば男なら良いということだ。
そんな時、リゼは視察でギルバートに会った。
頭脳明晰で、常に冷静。処世術にも長けており、相手を説得させられる技量もある。
おまけに、彼のいる場所はロワイユ王国の隣の国。両国がこれから友好関係を結ぶにあたり、外交で関わる頻度は増えるはずだ。
地理的に近い隣国とはいえ、他国からだと大した影響力は持てないかもしれない。それでも、何も成し遂げられていない現状よりは救いがある。
民族同士がより付き合いやすい国を作るために、そして女性が活躍できる環境を整えるために、トリジア王国の王妃として間接的に行動できると考えたのだ。
「だから彼に近付いたの」
そう言って深い息を吐いたリゼは、クラウスに視線を遣った。
「これで満足?」
吐き捨てるようにそう尋ねる。
「ああ。気分を害したなら悪かった」
神妙な面持ちのクラウス。
客観的に見れば、無礼に感情をぶつけたこちらが悪い。それなのにすぐに謝る彼に、リゼの苛立ちは再燃した。まるで、可哀想なものを見て嘲笑う目をしていると感じたからだ。
つまり、やはり自分は小馬鹿にされている。
喉の奥から込み上げる何かを押さえ付けるよう、代わりに震えた息を吐いた。
「あなたは良いご身分よね。国内での評価は上々。長い間留学もできて、帰国したらすぐ外交に携われる」
地位がある。裁量権がある。そして、己の考えを政策に反映できる土台もある。
これほど整った舞台で、王族の割にはとても自由でいられるクラウス。
彼の胸元のあいた服を一瞥して、リゼは唇を噛み締める。そのまま視線を上げ、目の前の男の顔を睨み付けた。
「あなたは、私が努力しても得られないものを持っているのよ……っ!」
視界がぼやけ、目の縁に涙が溜まっているのを感じる。
両手を膝の上で組んで静かに話を聞いているこの男が偉そうで、不快で、苛立って──とても、羨ましかった。
留学先から戻ってきた第一王子クラウスと、顔合わせをするためである。
「ようこそいらっしゃいました、リゼ王女」
「クラウス殿下、お出迎えいただきありがとうございます」
何度も他国の要人と会話してきたリゼは、今さら大した緊張などしない。慣れた様子で洗練された微笑みを浮かべる。
目の前の男は、そんな彼女に向かって同じように微笑んだ。
「噂に勝る美貌ですね」
対面して早々の社交辞令。これまたリゼにとっては慣れた言葉だが、クラウスが言うとなぜか軽く聞こえた。
橙色のウェーブがかった髪と胸元のあいた服がそう見えさせているのかもしれない。そもそも、外交をするにしてはいささか自由すぎる格好ではないか。
そういうタイプの人間ね、と当たりをつけながら、リゼは礼を述べようとした。
すると彼女が口を開く前に、クラウスが言葉を付け足す。
「あなたほどの人物なら、きっと何でも手に入れられるのでしょうね」
一瞬、苛立った。表面上の称賛発言に過ぎないと分かっていても、皮肉に聞こえたからだ。
確かに自分は、王女として知識も経験も積んできた。多くの努力をしてきたことは自負している。
しかし、現実はそう華やかなものではない。
ここ数年の出来事が不意に思い返される。貴族達に認められない、苦い出来事。
「いいえ、私などクラウス殿下に比べればまだまだですわ」
僅かにうごめいた複雑な感情を表には出さず、リゼはそう告げた。
事前に復習しておいた基本情報によれば、この青年は十数カ国を渡り歩き、多言語を習得しているらしい。もちろん、各国の歴史や地理、外交状況なども把握していると聞いた。
これまでほとんど政治の場に出ていなかったとはいえ、経験不足とも言えないだろう。侮れば痛い目に遭う。
慎重に言葉を選びながら、リゼはその後の交流を続けた。
「近々、立太子されると伺いました。おめでとうございます。式典が終わった後に、またご挨拶に参りますわ」
「ありがとうございます」
クラウスは整った顔に微笑を浮かべる。
「ただ……その前に色々と忙しくなりそうです」
「というと?」
リゼが尋ねると、彼は言った。
「この王国で裏組織に関する事件が多発していまして。その撲滅に取り組もうとしているところなのです」
にこやかな言い草に、内心焦りが生じる。しかし、すぐに思い直した。
自分が依頼した裏組織は、トリジア王国を拠点とする者達。それに、フォード伯爵令嬢の誘拐はすでに実行されたと聞いている。
ソル王国で裏組織の撲滅が行われても、大した影響はあるまい。
そう高を括ったリゼは、次に発せられたクラウスの言葉に冷や汗を浮かべることとなる。
「リゼ王女は、何かご存じのことはありませんか?」
思わず動揺したが、何とか笑みを維持する。
「……数年前から強盗や人身売買の被害が増えている、ということくらいしか」
「そうですか」
それ以上切り込むこともなく、あっさりと引き下がったクラウス。リゼはひそかに安堵した。
ところが、彼は再び口を開く。
「そういえば、トリジア王国王太子殿下の婚約者である令嬢が、誘拐されたらしいですね」
「……」
こちらを真っすぐ見ながら、出方を面白そうに窺うような顔。
直感で分かった。この男は、確実に知っている。
「──何が聞きたいのかしら」
美しい笑みを崩さないまま、リゼはそう返した。先程までの恭しい態度は、すでになりを潜めている。
「別に、あんたを批判することには興味が無い」
クラウスはリゼの質問に答える前置きとして、口調を変えつつ告げた。
両者とも、依然として美しい笑みを浮かべている。しかし彼らの間には明らかに、友好的とは言えない雰囲気が漂っていた。
「ただ、その行動の理由が気になるだけだ」
クラウスはリゼの質問に答えた。
彼は今朝、ギルバートから伝書を受け取っている。そこに、事の内容が書かれていたのだ。
一昨日フォード伯爵令嬢とトンプソン伯爵子息という人物が誘拐されたこと。二人は昨日、無事に保護されたこと。裏組織が絡んでいること。
そして、目の前に座るこの王女が黒幕であること。
クラウスはリゼをじっと眺めた。
彼女は王族然とした表情の中に、強気な色を滲ませている。どうやら、猫を被るのは止めたらしい。
「普通に考えれば、危険と見返りが釣り合わない」
クラウスはそう言った。
リゼ王女がギルバートを欲していることは聞いている。そして彼と婚約をするべく、今の婚約者であるフォード伯爵令嬢を遠ざけようとしたことも。
しかし、そんな彼女を誘拐すれば確実に大騒ぎになる。頭の回るこの王女が、これほど簡単なことに気が付かないわけが無かった。
「そもそもあんたは、なぜギルバートと結婚したい?」
「もう知っているんでしょう。彼の能力が欲しいからよ」
わざわざ私の口から吐かせるなんて白々しい──リゼは微笑みの裏で、苛立ちを溜め込んだ。
しかし、クラウスは首を横に振る。
「俺が聞きたいのはその前だ」
「前?」
笑みを浮かべるクラウス。リゼには、もはやその相好が遊び人のように見えていた。
どうにも気に食わない。派手な見た目も、見え透いた世辞も、嫌味ったらしい言葉も。
そんな彼女の心中を知ってか知らずか、クラウスは口を開く。
「なぜ、伴侶に能力を求める?それも、誘拐の罪を犯してまで」
「……」
黙り込んだリゼを見つめるクラウス。
話す気がないのだろうと思った彼は、座っていたソファの背もたれに身体を預け、頭の後ろで両腕を組んだ。
「両親から何か言われているのか?」
リゼの表情は崩れない。
「王女としての足場を固めるためか?」
深呼吸をする彼女。
「それとも──」
「もう良いでしょう」
クラウスの追撃を、彼女は遮った。
その表情を見て、クラウスは軽く息を吐く。これ以上追求しても、答えを与えてもらえる可能性は低いだろう。
諦めることに決めた彼は、最後にぽつりと呟いた。
「あんた自身に能力があるんだから、周りに求めなくとも良さそうなものだがな」
その時。
「…………何なのよあなた」
リゼの喉から、震える声が漏れた。
おや、と眉を上げたクラウス。その仕草が嘲笑に見えたリゼは、かっとなった。
「どうせ馬鹿にしてるんでしょ。私が女だから」
自分でも驚くほど、責め立てるような語気が出た。
彼女が我に返ることは無かった。苦い過去の記憶とともに、彼女の鬱憤、怒り、そして惨めな現実に対するやさぐれた感覚が表出したのだ。
先程まで湛えていた涼し気な微笑みは、すでに消え去っている。
「何でも手に入れられるだなんて皮肉を言って、楽しい?」
今度は自虐的な笑いを浮かべた。
他国の、しかも初対面の王子にこんなことを吐くなど、無礼にもほどがある。ロワイユ王国とソル王国の間に、亀裂が走るかもしれない。
それでもリゼには、己の衝動を止める方法が無かった。
それにこの男に悪事が知られているならば、おそらくトリジア王国の王太子にも知られているはずだ。誘拐を企てた自分はすぐに、罰を与えられるだろう。
そうなれば当然、外交の世界からは退くことになる。つまり、この男に今後会うことは無い。一言言ってやるには、今しか機会が無いのだ。
そして何よりリゼは、クラウスの発言で傷を抉られた。今でも囚われている、深い深い傷を。
「……認められてないことなんて、私が一番よく分かってるわよ」
美しい顔を歪め、彼女は呟く。
今から二十二年前。ロワイユ王国の王家に、一人の王女が生まれた。
国王譲りの才気に恵まれ、彼女は様々な学問に精を出した。王女に見合う教養や作法を身に付け、期待に応えようとした。
才色兼備な王女。そう称えられ、全ては順調だった。彼女が政治に足を踏み入れるまでは。
『公爵。民族問題に関して、意見を交わしたいのですが』
ある日リゼはそう尋ねた。
これまで様々な勉強をしてきて、最も興味が湧いたのは外交。異なる集団がより良く付き合っていくために貢献したかった。
それは、多民族国家として歩みを進めてきたロワイユ王国の王女として暮らす、彼女ならではの希望だった。
しかし彼女の言葉に、公爵は曖昧に笑う。
『そうですね。ええと、南の地方は争いも多いと言いますから、それに取りかかるのが良ろしいかと』
簡単に意見を述べられた後、彼は用事があると言って帰っていった。
はあ、と息を吐く。いつもこうだ。貴族達は自分に対して、表面的なことしか言わない。
民族間争いの解決に乗り出す必要があることは分かりきっている。議論したいのは、その仲裁方法だというのに。
これまでずっとそのような経験をしてきて、徐々に彼女は悟った。女だから、政治の場には入れてもらえないのだと。
「それでも努力したわよ。貴族達に認められなきゃ、政策が進まないから」
リゼの言葉に、クラウスはまだ何も口を開きそうにない。
呆れているのかもしれないが、どうせ馬鹿にされているなら今の態度を撤回する必要性はないだろう。
彼女は話を続けた。
「色々試行錯誤はしたけど、結局ほとんど変わらなかった。だったら結婚相手を利用するしか無いと思った」
ロワイユ王国の貴族達が自分を政治の場から遠ざけるということは、裏を返せば男なら良いということだ。
そんな時、リゼは視察でギルバートに会った。
頭脳明晰で、常に冷静。処世術にも長けており、相手を説得させられる技量もある。
おまけに、彼のいる場所はロワイユ王国の隣の国。両国がこれから友好関係を結ぶにあたり、外交で関わる頻度は増えるはずだ。
地理的に近い隣国とはいえ、他国からだと大した影響力は持てないかもしれない。それでも、何も成し遂げられていない現状よりは救いがある。
民族同士がより付き合いやすい国を作るために、そして女性が活躍できる環境を整えるために、トリジア王国の王妃として間接的に行動できると考えたのだ。
「だから彼に近付いたの」
そう言って深い息を吐いたリゼは、クラウスに視線を遣った。
「これで満足?」
吐き捨てるようにそう尋ねる。
「ああ。気分を害したなら悪かった」
神妙な面持ちのクラウス。
客観的に見れば、無礼に感情をぶつけたこちらが悪い。それなのにすぐに謝る彼に、リゼの苛立ちは再燃した。まるで、可哀想なものを見て嘲笑う目をしていると感じたからだ。
つまり、やはり自分は小馬鹿にされている。
喉の奥から込み上げる何かを押さえ付けるよう、代わりに震えた息を吐いた。
「あなたは良いご身分よね。国内での評価は上々。長い間留学もできて、帰国したらすぐ外交に携われる」
地位がある。裁量権がある。そして、己の考えを政策に反映できる土台もある。
これほど整った舞台で、王族の割にはとても自由でいられるクラウス。
彼の胸元のあいた服を一瞥して、リゼは唇を噛み締める。そのまま視線を上げ、目の前の男の顔を睨み付けた。
「あなたは、私が努力しても得られないものを持っているのよ……っ!」
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