伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

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第十四章 歩む道

第八十三話 周知

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 ギルバートは執務室で、椅子にもたれかかった。

「大丈夫か?」

 伸びをする彼に、ルーサーが声をかける。

「ひと段落したからか、疲れが出てきた」
「確かに、今回は色々あったもんな」

 ここ数日間の出来事が回想された。
 ギルバートの真の意図が判明したり、誘拐事件があったり、リゼ王女の逮捕があったり。
 多くの人と協力して、何とか乗り越えられた日々だ。

「そういえば、リゼ王女の興味をクラウス殿下に向けさせる作戦は不発だったな」

 ルーサーは以前の自分の提案を思い出す。

 ギルバートとシャーロットを引き離そうとしていたリゼ王女。彼女の興味をクラウス殿下に引き付けることで、攻撃をおさめられないかと考えていたのだ。

 しかしその前にリゼ王女が誘拐事件を企てたため、結果としては法的に彼女を裁くことになった。

「まあ、クラウス殿下のおかげで王女の真の目的が分かったんだ。最終的には上手いこといったから、良いんじゃないか」

 ギルバートはそう話す。

 その時、部屋にシャーロットが戻ってきた。先程まで、拘置所のリゼ王女のところに行っていたのである。

「おかえり、シャーロット。大丈夫だった?」

 ギルバートの言葉に、彼女は笑顔で頷く。

「たくさんお話ができました」

 あの王女にシャーロットを会わせるのは正直心配だったが、本人に「王女とどうしても話したいことがあるんです」と願われてしまえば、了承してあげたいと思った。
 だからこそギルバートは、シャーロットを拘置所に行かせたのである。

「殿下、私の希望を聞いてくださってありがとうございました」

 シャーロットはギルバートに礼を述べた。

「シャーロットたっての願いだからね。それにその様子を見るに、王女との会話は良い結果になったんだよね?」

 表情の明るい彼女に、そう尋ねる。

「はい、和解できました!」

 とても嬉しそうだ。これで、王女がシャーロットに危害を加える可能性は無くなったのだろう。
 ギルバートはほっと胸を撫でおろした。

「あ、そのことでちょっと用事ができたんですが……」
「用事?」
「今回の事件の顛末を新聞社に伝える時に、リゼ王女の過去についても掲載しようと思うんです」

 聞けば、号外の注目度を活かしてリゼ王女の目的を周知させたいのだという。

 クラウス殿下からの伝書で、彼女が性別を理由に貴族から相手にされない苦しみを抱えているらしいと知ったギルバート達。

 シャーロットはさらに先程会話を重ね、王女の根底に「女性の地位向上」という願いがあることを明らかにしたという。

「王女と相談して、決めたんです。現状を変えるために、利用しようと」
「なるほど」

 ギルバートは感心した。シャーロットの言う通り、周知されれば多くの人々に影響を与えられるはずだ。
 それに王女の目的が達成される道筋が立つということは、根本的な解決に導けるということになる。

「分かった。この後新聞社に伝えてくる?」
「そのつもりです」

 頷くシャーロットに、ギルバートは言った。

「俺も一緒に行こうか」

 立ち上がるギルバートに、ルーサーが苦笑する。

 新聞社は王宮から数分で行ける距離な上に、王家の馬車にはきちんと護衛がつく。

 しかもギルバートはその護衛として、捜索の時に共に戦ったニールを直々に任命していた。次期警備隊長候補なのだから、当然腕は確かである。

 しかし今回の騒動を経て、親友はかなり心配性になったらしい。

「ありがたいですけど、まだ仕事が残っているんじゃ……」

 シャーロットがそう尋ねると、ギルバートの斜め後ろに控えていたハリスが珍しく口を開いた。

「僭越ながら、申し上げます。ここは殿下のご提案を受けていただいた方がよろしいかと」
「え?」
「フォード伯爵令嬢様に危険が及ぼうとする時、殿下は何をなさるか分かりません」

 すると、護衛の任務をするために部屋に入って来ていたニールも頷く。

「心配のあまり突然単独行動をなされると、我々としては守れる御方も守れませんし」
「あの時は悪かった」

 ギルバートは気まずそうに笑った。

 シャーロットの捜索に出かける直前、誰かと共に行動するように念押ししたのはギルバートだ。
 しかしいざ裏組織の平屋を前にして、一人で突入したのは彼自身だった。

 彼としてはその危険性を理解していたものの、シャーロットが助けを待っていると思うと居ても立っても居られなかったのだ。

「次から気を付けていただければ、我々はそれで安心いたします」

 ギルバートの謝罪に、ニールはそう言った。

 王太子としてギルバートに媚びる者も多くいるが、ニールは違う。注意すべきことはしっかり注意する男だ。
 それはひとえに、王太子を守るという責務を全うするため。

 そんな信頼できる彼を困らせてしまったことを、ギルバートは反省した。

「分かった、十分気を付ける。それと……一緒に戦ってくれてありがとう。これからも、よろしく頼む」
「もちろんでございます」
「ハリスも、色々とありがとう」

 戦闘だけでなく、リゼ王女の調査や状況把握などに奔走してくれたハリス。
 主から礼を述べられた寡黙な彼は、すっとお辞儀をした。

「ってことで、ギルバートは彼女と一緒に新聞社に行ってくるんだな?」

 一連の会話を聞いていたルーサーは、親友に向かってそうまとめる。
 手元の書類を片付けていると、ギルバートが口を開いた。

「ルーサーはどうする?部屋にいても良いし、休憩に行っても良いが」
「休憩してこようと思ってる。王太子の執務室に本人不在の中いても、ちょっとな」

 騒動の事後処理のために使っているここは、応接間ではない。国の中枢に関わる王太子の仕事部屋なのだ。
 重要書類や調査書なども、複数保管してある。

 すると当の本人は、あっけらかんとした表情で言った。

「別にルーサーならいても良い」

 機密書類はちょうど別件で使用中であり、この部屋に残っている資料はルーサーに見られても問題無いものばかりだった。

 彼は現在父親であるスプラウト公爵とともに国家関連の仕事を手伝っているため、そもそもある程度の国家情報はすでに知っている。

 その上、いずれはギルバートの片腕として活躍してもらう予定を立てていた。
 何なら、近い未来のために今から資料を読み込んでおいてくれても良いくらいである。

「そ、そうか」

 ルーサーは拍子抜けした。

「時々不安になるよ。警戒心が無くなっているんじゃないかって」

 王太子だぞ?と話すルーサー。王太子だ、とギルバートは苦笑しながら訂正した。

「まあ、そこまで言うなら部屋を出ても良いよ。ちょうどオルドリッジ公爵令嬢が着いたみたいだから、庭園かどこかで雑談していても良いし」
「え、ジェシカが?」

 ギルバートの言葉に、ルーサーは目を輝かせた。
 事後処理の確認のために、午後から皆で顔を合わせることになっていたのである。

「じゃあ俺はジェシカのところに行ってくるよ」

 嬉しそうに先に部屋を出る親友。

 普段はオルドリッジ公爵令嬢と、軽快な皮肉を交えた会話をしていると聞いた。そのため、恋愛の雰囲気になることがほとんど無いのだという。

 今のように素直な気持ちを表せたら上手くいきそうなのにな、とギルバートは思う。
 もっとも、自分自身もシャーロットに素直な気持ちを伝えられたのはかなり時間が経ってからだが。

「ともかく、俺達も行こう」
「はい」

 ギルバートはハリスやニール、そして大切なシャーロットと共に、馬車の停車場所へと向かった。



 それからしばらくして、ロワイユ王国とトリジア王国のあらゆる地域に号外が届くことになる。

 誘拐事件や、裏組織の撲滅と判決結果。男達は一年間の幽閉と一部の者の去勢、そしてその後一年間の強制労働が課せられた。リゼ王女は約一年間の幽閉の後、平民降格となる。

 ちなみに王女に強制労働の刑罰が無いのは、彼女の夢や反省の色を加味した裁判官達、そして何よりシャーロットの希望が反映された結果である。

 王女の過去や熱い思いを知った両国の住人達は、各々考えを巡らせた。

 もちろん、批判的な意見もある。
 しかしその一方で、罪を償った後にまた頑張って欲しいと応援する人々が出始めたのも事実だ。
 男尊女卑が激しいロワイユ王国では特に、王女を擁護し、現状に対する疑念を持つ動きが芽を出したと言える。

 それからの数年間はのちに、女性の地位を向上させる転機となった時期であるとして、後世に語られることになった。
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