伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

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第十四章 歩む道

第八十六話 二人らしく

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 ある日、よく晴れた空の下。城下町は、いつも以上に活気に満ち溢れていた。

 店の主人たちは店舗の飾り付けに精を出し、商品の補充に忙しく動き回っている。

 今日は、多くの人々が王宮付近にやってくる日だ。この王国の王太子殿下と、その妃となる令嬢の結婚式を見るために。



 その頃シャーロットは、王宮で大準備に取りかかっていた。

「シャーロット様、こちらに腕をお通しくださいませ」
「はい……!」
「シャーロット様、髪飾りを付けますね」
「お願いします」
「シャーロット様、靴はこちらに──」

 フローラを始めとする多くの侍女たちに手伝ってもらい、着々と準備が進んでいく。そしてあっという間に時が流れ、気付くと鏡の前には美しい花嫁が立っていた。

 純白のドレスには細かく花模様の刺繍が施されている。腰から下に向かって広がる幾重にも重なったレースは、シャーロットの妖精のような幻想的な雰囲気とよく合った。

 すると扉が開かれ、侍女に案内されてギルバートがやって来た。花婿の登場だ。

「シャーロット、すっごく綺麗……!」
「ありがとうございます。殿下もとっても素敵です!」
「ふふ、ありがとう。照れるね」

 ギルバートは、それはそれは眩しいほどの輝きを放っていた。

 純白のタキシード姿。シャーロットの髪色である銀の蝶ネクタイ。普段おろしている髪は左サイドからかき上げ、右サイドに流している。

 ちなみにシャーロットの髪飾りは花をモチーフにしており、ギルバートの髪色である金色が所々に使われている。

 お互いにはにかむ花婿と花嫁からは、幸せオーラが溢れた。

 この先の人生、様々な困難や苦労が待ち受けているかもしれない。もちろん、意見が対立したり傷付け合ってしまったりすることもあるだろう。

 全てを受け入れ、乗り越えられるとは言わない。しかし受け入れられないなりに、乗り越えられないなりに、お互いに向き合っていく。
 二人なら、それができるはずだ。

「それじゃあ……行こうか」
「はい」

 目を合わせ、頷き合う。手を重ね、ゆっくりと歩みを進めていく。一歩一歩、着実に。

「緊張するね」
「はい、とても」
「……式が終わって落ち着いたら、林檎のタルトを食べようか」
「名案ですね……!そうしましょう」

 話しているうちに少しだけ緊張が解れ、二人の表情も柔らかくなった。
 しかしやはり、式というものは無意識に身体を強張らせる。

 結婚式の会場は、大きく分けて二つ。王宮と、王都の端にある教会だ。王宮での披露を終えた後に馬車で教会まで向かい、そこで正式に誓いをすることになっていた。

 ちなみにこの教会は、誘拐騒動の後、建設事業でシャーロット達が再建させた教会である。

 二人は共に、深呼吸をした。
 目の前の扉が開けば、いよいよ式が始まる。そしてその奥のバルコニーの向こうでは、多くの人々が二人の登場を待っている。

 やはりどうしても緊張はなくならない。
 しかし、一人ではない。隣には人生を共にしたいと思える相手がいるのだ。この上なく心強い。

 そして、扉が開かれる。
 想い合った二人の、門出の大舞台が始まった。



 結婚式は、大盛況だった。多くの人に祝われ、笑顔の溢れる空間が王国のあちこちで見られた。
 王太子夫婦の誕生という記念の日であることはもちろんだが、他にも理由がある。

「温かいパンとスープ、無料だよー!」
「おじさん、僕にもちょうだい!」
「あいよ!気を付けて食べるんだぞ」
「うん、ありがとう!」

 王国中の広場で行われていたのは、食事の無料提供。
 これまで二つの公共事業を行ってきたギルバートとシャーロットが、半年の準備期間を経て実行した一大イベントである。

 きっかけは半年前、彼女が裏組織のゼンから貧困街の話を聞いたことだ。
 貧困街では犯罪発生率が高く、その根本的な原因はその日暮らすのも一苦労なほどの窮状であると知った。

 その後調査をした結果、さらに分かったことがある。貧困街の人々は飢え、免疫機能が下がったことで風邪や病気に苦しんでいたのだ。

 失業者救済のために募集した働き手の中に、肝心の貧困街の人々がほとんどいなかったのはこれが一因だった。

 どうにか改善できないかと考えたシャーロットは、ひとまず食に手を付けることにしたのだ。
 それからさらに構想が広がり、最終的には王国中の人々に向けて、食事の無料提供をしようと決めた。

 経済的な問題はまだ解決しきっていないが、その他の問題も含め、これから改善していく予定である。



「シャル、紅茶飲む?林檎のタルトもあるよ」

 ふぅ、と一息つくシャーロットに声をかけたのは、今日から彼女の夫となったギルバートだ。
 彼女が頷くと、彼は紅茶を用意するべく立ち上がった。

「ありがとうございます。あ、そういえば──」

 テーブルの隅に置いてあった紙袋から、何かを取り出すシャーロット。

「ナタリーがくれた茶葉とティーカップがあるんです」
「そうだったね。せっかくだから使おうか」
「はい!私もやります」
「じゃあ、林檎のタルトを切り分けてもらおうかな」
「分かりました」

 二人で準備をし、椅子に座る。

 紅茶に林檎のタルト。その下には、橙を主とした暖かな色合いのランチョンマット。これは、ギルバートの親友ルーサーから贈られたものだ。

 他にも様々な人からお祝いをしてもらった今日一日を思い返し、二人は多幸感で包まれていた。

 お祝いと言えば、この半年で彼らの周りでもそのような出来事が起こった。ルーサーとジェシカの婚約だ。

 聞いた時は驚いたが、皮肉や冗談混じりで楽しく話している二人のやり取りを見ていると、とても良い組み合わせだと感じる。

「今日一日、あっという間でした」

 ふと、シャーロットはしみじみとした口調で呟いた。

「今日の出来事のためにたくさんの方々が動いてくださったと思うと、ありがたいことですね」

 結婚式の準備、式の進行に関わってくれた人々。お祝いに来てくれた人々。食事の無料提供の実現までも、多くの人々の協力があった。

 その出来事自体が過ぎ去るのはすぐだとしても、そこにかかる労力や思いを忘れてはならない。

「そうだね、本当に」

 ギルバートも頷く。

「きっと、今後も多くの人々に協力してもらうことになる。いずれは国を治める者として、自分達なりに、皆に還元していきたいね」
「はい。今後も頑張りましょう!」

 感謝を胸に前を向く二人。これからは夫婦という新しい関係を築きながら、課題解決を続けていく。
 シャーロットの男性恐怖症が克服できたように、そして二人の恋愛における様々な障壁を乗り越えられたように。

 困難だと思えることも、どこかに糸口があるはずだ。それを探し出すことによって現状を変えられることを、二人は知っている。

「夫婦として……今後とも、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 未来はきっと、良いものになるだろう。彼らの歩みは、これからも続いていくのだから。
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