伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

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第十四章 歩む道

第八十五話(小話) 今後の道

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     月日は流れ、シャーロットとギルバートの結婚式が明日に迫る日。

「少し寒くなってきたわね」

 羽織を手に取りながら、ベラドンナ・フォード伯爵夫人はそう言った。

「温かい紅茶でも飲むかい?」

 彼女の夫であるマルセル・フォード伯爵が尋ねる。ベラドンナはその問いに、頬を緩めて頷いた。

 明日の結婚式に備え、娘のシャーロットはすでに眠りについている。次女のアンジェリアは祖父母のもとで暮らしているためこの邸にはおらず、弟のウィルフレッドも就寝中だ。

 静かな邸の一室でティーカップを片手に、二人はしばし穏やかな談笑をすることにした。

「いよいよ、シャーロットが結婚するのね」

 ベラドンナが染み入るような声音で口を開くと、マルセルも感慨に更けるような面持ちで同調する。

「ここまで色々あったな」
「ふふ、そうね。色々ありすぎたわ」

 二人の間に初めての子供ができて、はや十八年。

 貴族としての教育もしつつ、シャーロットは伸び伸びと成長した。
 しかし順調に年を重ねていたある日、誘拐をされかけ、娘の心に深い後遺症を刻んだ。

 夫妻にとってそんな娘の様子はとても心配で、しかし大切な彼女の気持ちを無視して勝手に結婚させられるはずもなく、しばらくは社交界に出ずとも急かさなかった二人。

 十七歳を過ぎた頃から、そろそろ少しずつ復帰してみてはどうかとパーティーの招待状を渡すたびに、シャーロットは難色を示していた。

 特にベラドンナは、今振り替えればやや強めに参加を促してしまったと後悔する気持ちが無いわけではない。

 結果的に王太子殿下と婚約し、さらには誘拐される事態にまでなってしまったのは、もとを辿れば母である自分が原因なのではないか──そんなふうに思うことがあるのだ。

 しかし結婚式を明日に控えた今日、ベラドンナがその後悔を吐露してみたところ、娘のシャーロットはこう言った。

『お母様。私、以前何かの本で読んだの。人生には三つの坂があるってね。上り坂と下り坂、そして、よ』

 そして、きっぱりと続ける。

『起きたことを誰かのせいにするつもりはないの。むしろ、逆かもしれない。まさかがある人生は大変だけど……その方が、味が出て私は好きだと思える』

 これまでの自分の人生に起きた様々なことは、全て意味がある。そう、シャーロットは感じていた。

 母親に背中を押され社交界に参加しなければ、あの夜、ギルバートと関わることにはならなかったかもしれない。そして、おそらく公共事業に関わることも無かった。

 王太子の婚約者として誘拐されたことも、貧困街の救済措置計画を始動させるきっかけになった。
 刺激的すぎる出来事だったものの、それは節々で今後の糧に変わっている。

 そう話す愛娘は、とても大人びた表情を浮かべていた。

 邸の中で過ごしていたこれまでの彼女はいつのまにか、自分の知らないところで一皮むけていたらしい。ベラドンナはそう実感した。

 明日以降、愛娘は遂に自分達の手から巣立っていく。そして夫となる青年と一緒に、人生を歩んでいくのだ。

「そういえば、あなた」

 ふとベラドンナは夫のマルセルを見た。

「何だったの、あれ。『生涯、償っていただきたい。娘の隣で』って台詞」

 ギルバートが伯爵家に挨拶に来た日。マルセルは大黒柱然とした様子で、重々しげにそう告げていた。

「確かに迷ってはいたけど、応援してあげようって二人で話していたじゃない」

 それなのにあの時の様子といったら、渋々結婚を許したような顔だった。

「あ、ああ。あれか」

 マルセルは気まずそうに笑う。

 ベラドンナの言うように、マルセルはすでにシャーロット達の結婚を認めるつもりでいた。それは、ギルバートが伯爵邸に来た時に伝えた通りである。

 しかしマルセルが「娘の結婚を渋る父」をのは、理由があった。

「王太子殿下に、最後の確認の意味を込めたんだ」

 反対する父親の圧に耐えられたら、晴れて結婚。
 娘の結婚相手に相応しい男かを判断するための、所謂儀式のような位置付けだったのである。

「それに、ああいうのやってみたかったんだよ」
「……そっちが本当の理由ね?」

 ベラドンナは呆れたように、しかし笑みを浮かべて言う。

「私と結婚する時には大変な思いをしたくせに、父親になったら同じことをするのね」
「それを引き合いに出すのは勘弁してくれ」

 マルセルは降参したように首を振った。

 忘れもしない、二十年前。麗しの令嬢に一目惚れし猛烈な求婚をした結果、彼女の実家からかなり反対された男というのがマルセルなのだ。

 ようやく挨拶に漕ぎ着けたと安堵したのも束の間、ベラドンナの父親と長い長い話し合いをすることになったのはとても堪えた。
 それでも何とか許可を貰えた時の喜びは、よく覚えている。

 きっと王太子殿下も、自分と似たような感情が芽生えたことだろう──マルセルはそう思った。

「少し、寂しくなるなあ」

 紅茶を一口飲むと、彼は呟く。ベラドンナも同調した。

「アンジェリアもこのまま拠点は移さないでしょうし」

 次女のアンジェリアは、今年で十五歳。
 昔から貴族社会には興味が無かった彼女を、爵位を継いで商売を始めた祖父母に預けたのが約一年前だ。

 休暇の時に顔を出しに来るアンジェリアは、商売の勉強がよほど楽しいと見えて、生き生きとその生活を語ってくれる。

 一応は会えるものの、生活拠点が離れているため普段は伯爵家にいない。もちろんベラドンナも寂しいが、子供達の意志を尊重したいという思いはマルセルと同じだ。

「ウィルフレッドはどうなるかな」
「あの子は……爵位を継ぐために勉強したいって言ってくれているけど、それもきっと現状を察しているからよね」

 アンジェリアはすでに貴族社会から抜けている上に、婿取りをする選択肢が無くは無かったシャーロットも、今や王太子の婚約者。明日には王家の一員となる身である。

 二人の姉が家から出るということは、自ずと弟である自分が伯爵家を残していくことになるのだろうということを、ウィルフレッドは分かっているはずだった。

 夫妻は最初こそ「伯爵家存続の危機」などと言っていたが、それはあくまで貴族としての正しい生き方の問題。

 大人の事情を察し、他の選択肢を排除しかけているウィルフレッドの将来をいざ考えると、大義名分を押し付けるのも教育方針に反する。

 彼が「それはそれで面白い生き方だ」と思っているなら話は別だが、やりたいことを極めてほしいという気持ちもあるのだ。

「ともかく、その時はその時で考えましょう」
「そうだな。ウィルフレッドの気持ち次第では、爵位を返上してのんびり暮らすのも良いし」
「あら、それは楽しそうね。自給自足生活かしら?」

 今後の暮らしに思いを馳せつつ、二人は談笑を続けるのだった。
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